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壊れゆく花嫁
実家で過ごす幸福な時間、けれどそれにも終わりはあった
しおりを挟むルリは久しぶりの母と兄の手料理を満喫した。
そして寝室――母親との共同の寝室のベッドでゆっくりしていた。
「えへへー」
安心して眠れるのだ、大好きな母親の隣で、ルリはとてもうれしかった。
「今日はゆっくり休んでね、明日一緒に買い物にいこうね?」
「うん!」
ルリは元気よく返事をして、久しぶりに穏やかな眠りについた。
その日からルリは楽しく過ごしていた。
友達に会って外食して、ゲームセンターで遊んだり。
家の農作業を手伝ったり。
体の弱った祖母の介護をしたりと、今までの生活がどれほど楽しく幸せなものだったかを噛み締めていた。
――あそこにはもう行きたくない、戻りたくない――
そう思ってすらいた。
吸血鬼の国の真祖の城の玉座の間の大扉の前でヴィオレは部屋から聞こえる音が良い意味で止むことを祈っていた。
一週間もたちっぱなしで。
「ヴィオレ様、休憩を」
アルジェントがヴィオレに声をかけるが、ヴィオレは首を振る。
「真祖様……」
そう呟いた直後、破壊音、破裂音、様々な闘争の音が――止んだ。
ヴィオレは大扉を開け、中に入る。
「真祖様……?!」
目がより大きく開かれた、目に映ったのは――
床に倒れ伏す真祖と、それを足蹴にするグリースだった。
「貴様あああああ!!」
ヴィオレが怒りの形相になり、グリースに襲い掛かるがグリースはいとも簡単に彼女の攻撃を受け流し腹に重い一撃を与えた。
ヴィオレは吹っ飛び壁にぶつかった。
「ヴィオレ様!」
アルジェントが何かしようとした瞬間風の刃が彼の頬を切った。
「余計な事しようとするんじゃねぇぞ」
グリースは怒りがこもった口調で続ける。
「……まぁ、一週間不眠不休栄養も取らずよくやったとほめてはやらぁ」
グリースは真祖をぐりぐりと足蹴にしながら続ける。
「だがな、あの子にやったことは俺は許さねぇからな? あんな笑顔が素敵な子があんな絶望した顔するのは二度と見たくねぇんだよ」
「私は……」
「てめぇのトラウマも独占欲もしったこっちゃねぇんだよ、あの子を泣かせた時点で俺からするとテメェは旦那失格なんだよ」
グリースは真祖を蹴り飛ばした。
「次あの子傷つけたら、俺がもらうからな」
グリースはそう言って姿を消した。
「真祖様」
「っ……真祖様!」
アルジェントとヴィオレが床に倒れ伏す真祖の元へと駆け寄る。
真祖は二人の手を借りず立ち上がった。
痛むのか体を押さえている。
「……グリースめ……露骨に手を抜いてアレか……」
忌々しげに呟いた。
「真祖様!! 双方の障壁が無くなったとの連絡が!!」
役人が入ってくる。
「アルジェント迎え――」
「いらぬ」
「真祖様?」
「……奴が連れてくる」
真祖の言葉にアルジェントとヴィオレは顔を見合わせた。
朝、ルリが目を覚ますと目の前に――
「やっほールリちゃん」
「?!」
グリースが居た。
「何で!?」
「お迎えに来たよー。あ、ヴァイスの奴はボコったから、アレで反省してなかったら言ってね」
グリースはルリを抱き寄せる。
「俺のお嫁さんにするから」
ルリは戻ってくるときに着た服に着替えて、出ていく準備をする。
また母親が不安そうな顔でルリを見ている。
「大丈夫ですって、何かあったらまたお家に帰しますんで!」
グリースは笑顔で言う。
「……正直戻りたくないなぁ」
「次戻りたくなくなったらもう戻さないから安心してよ」
グリースの言葉が少しの不安と期待を持たせた。
「うん、じゃあお母さん、また」
ルリは母親に挨拶をし終えると、グリースの手を握る。
グリースはルリを抱きかかえて、灰色の風と共に姿を消した。
景色が変わると、其処は城のルリに用意された部屋だった。
戻ってきたのかと気分が憂鬱になった。
「奥方様!!」
ヴィオレが部屋に飛び込んでくる。
続いて静かにアルジェントが入ってきた。
「ほい、花嫁は一旦返すぜ、でもヴァイスの奴がまた阿呆なことしたら――」
「花嫁は俺がもらう」
グリースはそう言って姿を消した。
「ルリ様お怪我は?」
「……ない」
グリースが居なくなるとルリはムスっとした表情になった。
グリースは若干信用できる人物という認識になったが、この二人はあの真祖の配下、信頼できるという感情は全くおきなかった。
むしろ顔も見たくない。
特に真祖は。
「出て行って」
「ですが……」
「いいから出ていけ!」
ルリは怒鳴る。
一週間の精神休養はできたが、ここでつけられた傷は相当深かった。
ヴィオレとアルジェントは大人しく出ていく。
ルリは部屋に鍵をかけて、独りの時間を楽しむことにした。
それができる程度には精神は回復していた。
ソーシャルゲームや、アプリや、ゲーム、ネット、読書、動画鑑賞など、好きにしていたら夜になっていた。
何も食べていないが腹は減らなかった。
家にいたときは食欲がいくらでもあったのに、ここに来た途端食欲は全くなくなった。
ここで出された物は食べたくない、そんな気分だった。
「……」
夜という事で、ルリは身構えた。
誰かが来る予感がしているのだ、鍵のかかった扉が意味をなさない相手が。
影ができる。
後ろを振り返れば巨躯の吸血鬼――真祖が立っていた。
怖いという感情が噴き出る。
ルリにとって真祖は既にトラウマの塊になりつつあった。
ヴァイスはルリの絶望しきった顔を見て心の中で落胆した。
自分にとってルリはそんな表情を見せてしまうような相手と認識されているのだと改めて思い知らされたからである。
だが、渇望せずにはいられなかった。
一週間、一週間触れていないというだけで、グリースとの闘いの最中でも気が狂いそうだった。
ヴァイスは何も言わずルリを抱きしめるとそのままルリの部屋から姿を消した。
己の部屋に連れていくとヴァイスはルリを抱きかかえ、ベッドへと連れていく。
「や、やだ」
ルリは引きつった声を上げている。
ベッドに寝かせ、邪魔な服と下着を転移させる。
ルリは真っ青になって毛布で体を隠そうとした。
毛布の中にくるまって震え出した。
ヴァイスは息を吐き、己の服に手をかけた。
毛布の中で震えるルリの耳に、何か音が届いた。
服を脱ぐような音だ。
脱げるかどうかはともかく服を着ているのはこの部屋では一人、真祖しかいない。
真祖が服を脱いでいる。
服を脱ぐ。
脱いだらどうなる。
裸になる。
ルリは真っ青な顔をさらに青くしてガタガタと震えた。
縛られていない今、確実に好きでもなんでもない男の裸を直視する羽目になるということを理解したのだ。
ルリは頭を抱えた、もう逃げたくなった。
グリースに助けてほしかった。
ベッドに乗っかる感触にルリはガタガタと震える。
毛布の中に入ってきた。
ルリの体を大きな手が掴む。
――終わった――
ルリは絶望色の目と表情をした。
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