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前世が魔王だった私はやはり人間に絶望して世界をつくり返る

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 ハッピーエンドは御伽噺。

 青い鳥なんていやしない。
 幸福な王子はすぐにみすぼらしい姿になって廃棄される。

 つまりまぁ。
 こんな世界に期待した「私」が。
 馬鹿だった。

 自分にとっての「ハッピーエンド」が欲しいなら。
 自分を傷つける連中を全て消さないといけない。
 世界を変えなきゃいけない。
 それが、私の答え。

 大切な人を失いかけて漸く出した。
 手遅れになる前に出すことができた、答え。







 私の名前は伊集院薊いじゅういんあざみ
 17歳の女子高生。
 日本人。
 母子家庭。
 父親は死んだ。
 母親は仕事をしている、金はくれる、だが愛情はくれない、男漁りに夢中な雌だ。

 私には前世の記憶がある、ついでに普通の人間と違う力を持っている。
 何故なら私の前世は魔王だったからだ。
 別に魔王では無かったが、夫と我が子のように愛した捨て子や孤児等を人間共に殺された結果私は魔王となって世界と対峙した。
 転生したという事は、私は誰かに殺されたのだろう。

 何故ここが、推測なのか。

 理由は簡単だ、その時の記憶が曖昧なのだ。
 だが、転生したという事は魔王の私は死んで、そして今の時代を生きている。
 見目普通の人間のまま、魔王の力を隠し持って。

 家庭環境は良くないが、前世の幼少時の環境に比べれば遥かにマシだったので、とりあえずどうでも良かった。
 私が料理ができるようになるまでは家事手伝いの人が来て料理等をしてくれた。
 料理等できるようになってから「母親」に言って、家事を自分でするからもういらないと言った。

 理由は、私は人間が嫌いだからだ。

 私がそもそも魔王になった原因は人間にある。
 神の教えに従わない女の身内だから、という理由だけで私の夫と子ども達は殺されたのだ。

 故に、宗教も嫌いだ。

 神が何をしてくれるというのだ。
 前世の私を忌み子として虐げ、挙句殺そうとした神が。
 戦争で親を失い、行く場の無くなった孤児に何もしなかった神が。
 私と同じように忌み子として捨てられた、虐げられた子らに何もしなかった神が。

 神など嫌いだ。
 神に愛されているなどという人間共も嫌いだ。

 だから私は一人でいい。
 生みの親も好きになれない。
 赤の他人も好きになれない。
 私は、一人で一生を終えたい。

 だから学ぶ、だから取り繕う。

 一人で生きる為に、一人で終える為に。
 失う苦しみを味わうのはもう嫌だから。


 そんな私に、転機が訪れた。


 食物の買い出しに行った帰りに、男どもに絡まれた時の事だった。
 自慢――にしたくないが、見目に関しては今の私はそれなりにいい。
 そして両手が荷物で塞がっている。

 周囲は見ないふり。

 にやけた面をする男達を見て私は内心どうしたらいいのだろうと悩んだ。

 魔王の力を使ってバレるのは困る。
 食料は大事だ、振り回すとか捨てて逃げるとかしたくない。
 悩んでいると、初めて「安心」するような声がした。
「何をしている、貴様ら」
 男の声だった。
 黒髪の長い髪に黒い目、色白で背の高く、人間にしては綺麗すぎる容姿の黒いスーツを着ている男が近づいてきた。
「何だよ」
「私の――従姉妹に何のようだ?」
 男はそう言って私を抱き寄せた。
 何を言ってるのか分からなかったが、耳元でささやかれた。

「私の名前は浅井白夜あざいびゃくやだ。話を合わせてくれ」

 他者の手助けなど嫌う私が、何故かその男――白夜の言葉に従ってしまった。
 何故か分からなかったが、その時はそうした。

 白夜に合わせて話を進め、彼に家まで送ってもらった。
 荷物を持ってもらって。
「すみません」
「いや、構わない……薄情な連中が多いのだな」
「……皆面倒事には関わりたくないんでしょう」
「……悲しいな」
「変わってる――いえ、優しいですね、白夜さんは」
「いや私は――……何でもない、では気を付けて」
 彼はそう言って立ち去っていった。
 お礼をするのがいいと思ったのに、出来なかった。

 心に、良く分からない感情を抱いたまま、私は少しの間過ごすことになった。
 少しの間なのは、私は白夜とすぐに再会する事ができたからだ。


 どうやら、彼は――白夜は、近くに住んでいるようだった。
 否、正確には近くに引っ越してきたらしい。
 だから、会う機会が度々会った。

 挨拶をし合うようになり、次第に、立ち話や、カフェで話し合うようになったりした。


 不思議だった。
 今まで誰にも関わりたくないと思っていた私が「関わりたい」と思うなんて。

 もしかして前世で殺された夫か子ども達の誰かの生まれ変わり?
 等と、想像してみたものの、神なんかがそんな優しい事をしてくれると思えない。

 だが、何故私が記憶の大体を保有して、そして力を持ったまま生まれ変わった理由が自分でも分からない。

 その部分を思い出そうとしてもどうしても思い出せない。
 死んだ時の事と関係があるのかもしれない気はするが、死んだ原因を私は覚えていないのだ。
 だから何故白夜に対して他の人間達の様な拒否感を抱かないのか不思議でならなかった。


 休日、今までなら買い物以外で家に引きこもっていた私は、他人の家に来ていた。
 自分の意思で来たのは初めてだ。
 マンションの一室。
 白夜が借りている部屋。
「どうぞ」
「有難うございます」
 紅茶を出してもらえる。
 毒や薬など入っていないが、明らかに高級品だと香りで分かる。
「砂糖とミルクは必要かい?」
「砂糖だけください」
 そう言われるとシュガーポットを目の前に置かれた。
 砂糖にも何も入っていない。

 前世の記憶の所為でどうしても食べ物や調味料に「毒」や「薬」が入ってないか確認する癖がついてしまっている。

 だから何故か申し訳なく思ってしまうのだ。
 白夜は「そんなことしない」と何故か思ってしまうからだ。
 どうして自分がそう思うのか私は自分の事が良く分からなかった。

「――誘った私が言うのも何だが、良かったのか? 友人や家族と過ごす時間だろう?」
「……母は父が亡くなってから休日は男の所へ行っています、私に友人はいません」
 何故か喋ってしまった。
 取り繕う事だってできたのに、私は何故か喋ってしまった。
「そう、か……なら――」
「?」
「……今更だと思うが私の友人になってはくれないか?」
「――はい、いいですよ」
 何故か、そう答えてしまった。
 どうしてか分からなかった。

 年も、職業も良く分からない、不可思議な男――なのに、何故か一緒にいるととても落ち着く不可思議な人間。

 こんな存在がいるなんて、こんな「人間」と出会うなんて、私は思いもしなかった。


 時が経ち私は大学生になった。
 住んでいた場所に私の所謂「人生プラン」にはちょうど良い大学が合った、倍率は高かったが、学校では品行方正、成績優秀で通っているから問題なかった。
 推薦ですんなりと入学できた。
 学費も問題なかった。
 私の「母」は「金」は出す女だ。
 あの雌は自分のやることに口を出さないならいくらでも「金」を出してくれる。

 推薦で入学が終わるまで、一時期白夜とは直接会わない時期ができた。

 社会人と高校生だ。
 悪い噂が立ったら私の不利になると、間接的なやり取りだけの時期があった。
 世の中は便利だ、スマートフォンという物があるから。
 だから、声を聴くことも顔を見る事もこうしてできるから、嬉しかった。

 ああ、私は白夜と出会ってこの人生で初めて「嬉しい」と「楽しい」と感じた。

 白夜は学友を作るなり、もっと交友を深めた方がいいと言ってきたが、それはどうしてもする気になれなかった。
 白夜が居れば、それで良かった。
 他の人間なんてどうでも良かった。
 今が、幸せだった。
 それで良かった。


 成人した頃、私は白夜への感情が「親愛」ではない事に気づいた。
 そう、まるで「前世の私」が――愛した夫へ向けた感情とよく似た感情であることに気づいた。
 友人としての付き合いをするうちに、私は白夜を、愛してしまったのだ、そう言った意味で。

 私は困り果てた。
 だって白夜は私より明らかに年が離れている気がした。
 こんな成人したばかりの「小娘」に恋慕の情を向けられては彼が困るだろうと思ってしまった。

 そして私は――白夜に会いたくてたまらないのに、会うと苦しくてたまらないという状態になってしまった。


 この感情を受け止めてもらえなかったら、私はどうなってしまうのだろう?
 いわゆる「失恋」と受け入れ、彼と会うことをやめるのか、それとも「友人」でいるのか。


 怖くて、たまらなかった。


 だから、私は隠すことにした。
 だって、私の前世は「魔王」で、今もその力を持っている。
 普通の「人間」じゃないのだ。

 何となく、白夜も普通の「人間」と違う気はするが私とは違う。


 もし、前世を知られて拒否されたら、この関係が壊れたら。


 怖くて、たまらない。


 私はそれを悟られない様にしながら、白夜と交流を続けた。
 白夜と「友人」として関わる様に努めた。


「大学卒業と就職、おめでとう」
「有難うございます」
 大学卒業と就職――基一人で暮らす為の前段階としての就職が決まり、マンションの一室――白夜が借りている部屋で二人っきりとでお祝いをした。

 私の「母」は私には相変わらず興味がない、いつも通り男漁りだろう。
 哀れな女だ。

「――ここを出ていくのか」
「……ええ、一人暮らしに多少不安はありますけど……」

 私はそう言ってごまかした。
 本当は、白夜に会えなくなるのが、辛い。

「――時に相談なのだが……」
「何でしょう?」
 白夜の言葉に、私は耳を疑うことになる。
「――ルームシェア――良ければ一緒に暮らしてくれないか?」
「え……?」
「……大人の私がこういうのはみっともないのは分かっている。でも、どうしても」
「……」
「私は君の事を愛している、君とそういう付き合いをしたいんだ。友人ではなく、恋人として。いや……家族として。私は君と家族になりたい」
 私は言葉を失った。

 嬉しくて言葉が出せなかった。

 私は思った「ああ、幸せになってもいいんだ」と。
 そう思った。

 私はそれを受け入れ、生まれた場所を離れた。
 白夜と共に。


 それは、幸せな時間だった。
 産まれた事を嬉しいと、良かったと思う程に、幸せに満ちた時間だった。
 白夜と出会って少しだけ色彩を取り戻した私の世界は、より美しい色に輝いて見えた。
 何もかもが新鮮で楽しかった。




 だから――
 私は、耐えられなかった――


 その日は雪の降る日だった。
 綺麗な白い雪が降る夜。

 家に帰った私を待っていたのは、荷物を詰めている白夜だった。
「――白夜?」
「薊、急いでくれ。此処は危険だ」
 明らかに何かを警戒する言葉、彼の様子に私の胸もざわめいた。
 酷く怖くて、彼の言う通りに、荷物を手に家を出た。

 家を出た途端、彼が私を突き飛ばした。

 銃声が聞こえた。

 血の臭いがした、どこか懐かしい血の臭い。
 何が懐かしいかは分からない、けれども――
 それが恐ろしい意味を持っている事を理解するのは簡単だった。

「白夜!!」

 私は地面に倒れる白夜を抱きしめた。


「漸く見つけたぞ魔王の生まれ変わりめ」
「二度と生まれ変わらないように、殺してやる」
「神の仇なす存在め」


 白夜を傷つけたそいつらが――ああ、そいつらが――……


 下等生物が何か言っている。
 また、私の愛する者を奪うのか?
 私はただ、幸せになりたかっただけなのに?
 愛する者と幸せに過ごし、そして一生を終えたかっただけなのに?
 何故、いつも、ああ、いつも、そうだ。

 憎い。
 憎い。
 憎い。
 神が憎い、神を信じる貴様らが憎い。
 私達が何をした?

 お前達に、何も、していなかったのに?
 私を排除してきたのはお前達なのに?
 何故私が、私達がこんな思いばかりしなくては――……


 いらない。
 ならば、こんな世界壊れてしまえ。
 前世でも、今でも、私の幸せを否定する世界等、神等、認めない――




 女の茶色い髪が深淵の黒に染まる。
 女の茶色の目が血よりも鮮やかな赤に染まる。
 女の背から無数の黒い翼が生える。
 翼から黒い靄が生まれ、化け物達が生まれる。
「――死ね」
 女がそう言うと、化け物たちは、魔王の生まれ変わりである女――否再び魔王となった主の命令に従い、彼女の「幸せ」を踏みにじっろうとした愚か者達に襲い掛かる。

 悲鳴、哀願の言葉、断末魔が響き渡る。
 血の、肉の、生きた人間が死ぬ匂いが周囲に広がり、肉片や臓物がその場に散らばる。

 あらゆる家から明かりが消える。

 世界は黒に染まった――








『お前が、お前が私を裏切るのか、エヴァン……息子が……私を、母を裏切るのか?!』
 魔王シスル――母は私にそう言った。

――母上、お止め下さい。父上はこんな事望んでは――

『知っている!! そんな事!!』
 母は激怒し、顔を覆い嘆いた。
『あの人は「憎まないでくれ」と言った……だが、だが、あの子達の言葉を「母」として無碍にできようか!!』

『「どうして僕たちは生きてたらいけないの?」という言葉を否定する為に私はこうするしかないのだ!! あの子達を否定し続けた、無視し続けた、虐げてきた連中を否定するにはこれしかないのだ!!』
 母が――血のつながらぬ子どもらの、嘆きの言葉で動いていた事を私は理解した。
『連中は、何も、何もわかっていない、分かろうとすらしない!!』

――母上……――

『……だが、お前が――我が子であるお前がそこまで言うなら猶予をやろう』
 母は血の涙を流しながら銀色に輝く剣を手に取った。
 そしてそれで自分の胸を貫いた。

――母上?!――

 私は倒れる母に近づき体を抱きしめた。
『……生まれ変わった時の私がこの世界で良いと思えるなら、世界をそのままにしよう、だが、生まれ変わった時の私が絶望した時――……私は行動しよう、その時世界が終わるか、壊れるか、それとも――どう行動するかは分からないが』

『……お前との記憶は封印する、この記憶がある限り、どうあがいても絶望するのが見えているからな』

 母はそう言って死んだ。
 魔王シスルは死んだ。
 私の最愛の母――シスル・エレジオンは、死んだ。


 魔王と呼ばれた母の血ゆえに、私は不老不死に近いような存在になっていた。
 私は、幾度も姿を変えて、生きて、生きて、生き続けた。
 母の生まれ変わりに会うために。


 小さな島国にたどり着いた。
 何となくだが、生まれ変わった母に会える予感がしたのだ。
 そしてその国で各地を放浪して――私は「母」と再会した。

 出会った時の「母」は――薊は死んだ目をしていた。
 この世の何にも期待していない、そんな目をしていた。

 薊と会った時、彼女は周囲が明らかに助けなければならない状況なのに、誰も見向きをしない――否関わらない様にしていた。
 私は母の言葉を思い出し、薊を助けて、家まで送った。

 そして、それとなく彼女を監視するように、時折接触するようにしていった。
 薊は、少しずつ私に打ち解けてくれた。
 だけども反応的に母の言葉通りに、薊は前世の私との記憶を保有していないような素振りだった。

『何故か分からないですけど、白夜さんと一緒だと落ち着くんですよ』

 薊のその言葉に安堵した。
 ただ、不安が消えなかった。
 そして交流を続け、薊が友人もいない、家族――産みの母親との仲は冷え切っていることを理解した。
 私は薊に友人にならないかと声をかけた。

――……今更だと思うが私の友人になってはくれないか?――

『――はい、いいですよ』

 彼女は初めて、微笑んだ。
 嬉しそうに笑みを浮かべた。
 いつも何処か寂しげな表情だった彼女が初めて嬉しそうに笑ったのだ。

 その日から、彼女が「母の生まれ変わり」だから、彼女の人生が良き終わりをするよう見守ろうと思っていた物が別の物に変わり始めた。


 もっと、微笑んで欲しい。
 もっと、傍にいたい。
 声を聴きたい、顔を見たい、触れたい。


 愚かな私は薊が「母の生まれ変わり」であること「魔王シスルの生まれ変わり」であることを理解していながら――彼女に、恋慕の情を抱いてしまった。

 理性が「母の生まれ変わり」だと言う。
 心がそれを一蹴する。
 薊は薊だと、母とは違うと。


 友人として時を過ごすうちに、薊が私に恋慕の感情を抱ていることに気づいた。
 だけれども、彼女は言うのをためらっているようだった。
 今の関係を壊れる事を、友人という関係が壊れる事を彼女は恐れていた。

 確かにある意味恵まれている、だがある意味不幸だった彼女は温もりのある幸せを知らずに過ごしていた。
 私との友人関係は初めての温もりのある幸せを彼女に与えた。
 だから、それが壊れることに、彼女は怯えていた、恐れていた。

 私は言うべきか悩んだ。
 だが、私は一応社会人という立場だ、それに彼女はまだ学生だ。
 誰かに保護されるべき立場の少女に、そんな事を言うことなどできなかった。


 そして時が経ち、彼女は大学を卒業し、家から、家族の思い出などない家のあるこの生まれ育った場所から出ていく事が決まった。
 私は、薊と会えなくなる事が、怖かった。

 傍にいたい、話をしたい、ずっと、ずっと一緒にいたい。

 そう願って、そう思って、そして、告げてしまった。

――時に相談なのだが……――

『何でしょう?』

――ルームシェア――
――良ければ一緒に暮らしてくれないか?――

『え……?』

――……大人の私がこういうのはみっともないのは分かっている。でも、どうしても――――私は君の事を愛している、君とそういう付き合いをしたいんだ――
――友人ではなく、恋人として――
――いや……家族として――
――私は、君と家族になりたい――

 薊は、泣きながら嬉しそうに笑って頷いてくれた。
 嬉しくてたまらなかった。


 住む場所を決める前だったから良かった。
 二人で住む場所を決めて、薊の母親が居ない時間帯を見計らって彼女家に行って引っ越しの準備をして、そして――二人で新しい場所で暮らし始めた。

 幸せな時間だった。

 母が死んでから、永い間ただ「母の生まれ変わり」を探すだけだった私の人生に、嘗て父と母や、血のつながってない兄妹たちと過ごした温かな幸せ――それ以上の幸せな時間を私は彼女と過ごせた。


 それがずっと続くと信じてしまった。


 幸せな時間終わる悪い情報が私の元に入って来た。
 薊が「魔王シスルの生まれ変わり」だと知られたくない連中に知られてしまった。
 私は誰にも言っていない、薊が母の生まれ変わりであることを。
 そうなると予言者の類か何かによって薊が人間にとって「不都合な存在」の生まれ変わりだと知られたのだろう。

 連中が薊を殺そうとするのを知り、私は急いで荷物をまとめ始めた。

『――白夜?』

 仕事から帰ってきた彼女は何も知らない、理解できていない、だが説明する暇もない。

――薊、急いでくれ。此処は危険だ――

 彼女は戸惑いながらも、私を信用し、従ってくれた。
 私は彼女と共に必要最低限の荷物を手に家を出た。


 けれども、遅すぎた。


 銃口が彼女に向けられていた。
 私は彼女を突き飛ばした。

 激しい痛みが、熱が、あった。

 魔の血や魔の力を持つ者に対しての毒――いわゆる祈りが込められているのか、意識が朦朧としていった。

『白夜!!』

 逃げてくれと言いたくても口が動かない。
 泣いている彼女を慰められない。


 私の意識は彼女の腕に抱かれて暗転した――








「……」
 世界が黒に染まった翌朝、私はベッドの上で眠る白夜の髪を撫でる。
 傷の手当はしたから、大丈夫だろう。
 大丈夫に決まっている、だって白夜は「前世の私の息子」なのだから。

 私は薄く笑った。

 今の名前が薊――嘗ての名前はシスル。
 読み方は違えど、同じ花の名前だ。
 そして花言葉は色々あるが、今の私に相応しいのは「復讐」「報復」そして「人間嫌い」だろう。

 テレビをつけると。
 そこには人間ではない別の何かが居た。
 正確には元人間だった存在達が映っていた。
 ソレらはニュースを読み上げている、何事もないかのように。

 昨夜私が放出した黒い灰、黒い雪、黒き種子は世界中に満ち、あらゆる壁を通り抜けて、人間を別の存在へと変異させた。
 変異させられた側は何一つ気づかない。

 変異できず、塵になった者もいる。

 愚者達――他者を傷つける事を悦びとする者、悪意に手を染める事を良しとする者、正義の名の元に人々に恐怖を植え付ける者・迫害する者――等々、そう言った類の連中は、変異することなく塵となる。

 神は天なる者達は皆私の黒い「呪い」に蝕まれて死に絶えた。
 世界も私の黒の「祝福」に塗り替えられた。

 だから変異した者達は、変異した世界は私の支配下にある、故に全ての事象が私の手の中にある。
 今や私が「神」という立場になった。
 おかしな話だ、前世で「魔王」と呼ばれた私が「神」だとは。

 カーテンの隙間から覗き見れば、生まれ変わった彼らが歩いている。
 皆穏やかな幸せな表情だ。

 やつれた顔、不安そうな顔、苦しそうな顔、そういった表情をしていない。
 幸せそうな、明るい表情で歩いている。

 もう誰も怯える必要はないのだ。
 性別故の恐怖、子ども故の恐怖、大人故の苦しみ、他と違う故の困難――あらゆる苦しみが恐怖が困難が、全てがもう無くなった。

 ただ穏やかな世界が此処にある。

 今この世界で「人間」に近い姿をしているのは私と白夜位だが、誰も気を止めない、そういう風にしたからだ。

「――ああ、もっと早くこうすれば良かった。そうすれば白夜が傷つくこともなかったのに」

 私は眠る白夜の頬をそっと撫でる。
 彼が目を覚ますまで、傍にいることにした。
 昔のように黒かった髪も元の茶色に戻し、赤くなった目も元の色に戻す。
 起きた彼が驚かない様に。

 翌日、外が真っ白な雪で覆われていた。
「……ああ、そんな日か」
 カレンダーを見て呟いた。

 白夜と友人になるまでは、何でもなかった日。
 普通の子どもなら、プレゼントがもらえたり、ケーキを食べたり、そうやって家族で過ごす日。
 宗教は嫌いだし、そんな子ども時代は無かったが、白夜と初めて過ごした時は嬉しかった。
 高級なケーキや、料理よりも、白夜と過ごす楽しいひと時、そして心のこもった、私が欲しい物をくれた事が嬉しかった。
 私も何かプレゼントがしたかったが、大人になってからでいいと、二人で暮らすまで用意しないように言われた。
 だから、初めて白夜にプレゼントできた時は嬉しかった。
 嬉しそうにほほ笑む彼が何よりも私にとってのプレゼントだった。

 夜、イルミネーションが光りだす時間帯に、白夜は目を覚ました。
「……薊?」
「白夜、大丈夫?」
「……」
 白夜はぼんやりとした表情でこちらを見ている。
「物騒な人達は警察に連れていかれたみたい、救急車を呼んで病院で処置してもらったんだけども……病院は苦手だから我儘を言って家に戻してもらったの」
「……そう、か」
 白夜はそう言ってテレビを見た。
「……何かあったのか?」
「ううん、他には何も? 体は大丈夫?」
「大丈夫だ……」
 白夜はベッドから起き上がる。


 白夜は気づかない、世界が変わった事に、人間はもう一人も居なくなった事に。
 私がそうした。


「白夜、今日はクリスマスよね」
「そう言えば……」
「ケーキとかもう用意できてるよ、食べれる? 無理なら明日にしようか?」
「いや、食べよう。せっかくのクリスマスだ」
 白夜がそう言うので私は用意をする。









 目を覚ますと、私はベッドの上にいた。
 見慣れた天井、そして、私を見て安堵する薊が居た。
――……薊?――

『白夜、大丈夫?』

 確か私は撃たれたはずだ、けれども、生きている。

『物騒な人達は警察に連れていかれたみたい、救急車を呼んで病院で処置してもらったんだけども……病院は苦手だから我儘を言って家に戻してもらったの』

 彼女がそう言った、ああ確かに病院は困る。

――……そう、か――

 テレビから音が聞こえたので視線を向けた。

――……何かあったのか?――

 少しだけ何か変わったような気がして、薊に問いかける。

『ううん、他には何も? 体は大丈夫?』

――大丈夫だ……――

 薊の反応的に、何もなかったようだ。
 体の痛み等違和感はない、大丈夫だったから安心するように言って起き上がる。

『白夜、今日はクリスマスよね』

 薊の言葉に私はそう言ってカレンダー機能付きの時計を見る。

――そう言えば……――

『ケーキとかもう用意できてるよ、食べれる? 無理なら明日にしようか?』

――いや、食べよう。せっかくのクリスマスだ――

 二人で暮らすようになって、薊にとって別になんでもない日、他者にとっては祝う日などは二人で祝うようになった。
 もちろん薊の誕生日も祝っている。
 不調ならともかく、体は何も問題ない、なら大事にしたい時間だ。

 薊が私を気にして、一人で用意したのが少しもどかしかった、次回は今まで通り一緒に用意をしよう、そう決めた。








 温かな御馳走、お酒が好きになれなかった私に合わせてくれたシャンメリー、苺がたくさんのせられたケーキ。

「さぁ、食べましょう」
「有難う」
 いつものように、私達は向かい合って座って、グラスにシャンメリーを注ぐ。
「メリークリスマス、来年も一緒に過ごしましょう」
「ああ、勿論だ」
 微笑み合ってグラスの液体を口にする。

 今までの世界が壊れて、新しい世界が生まれて初めてのクリスマス。
 別に特別な事ではないけれども――……


 もう、私達の事を邪魔する連中は現れない。
 私達を傷つけようと考える連中は現れない。
 気分が悪くなるような連中も現れない。

 そう「素敵な世界」が始まって最初のお祝いの日。

「ねぇ、白夜」
「どうしたんだ?」
「ずっと、一緒にいてくれる?」
「勿論だ」
「じゃあ、お願いがあるの。ペアリングを明日つくりに行きましょう?」
「ペアリング? 結婚指輪はあるが……どうしてだい?」
「何となく欲しくなったの。ダメ?」
「いや、可愛い妻の滅多にしないお願いだ。明日作りに行こう。結婚指輪を作った店でいいかな?」
「うん」
「――そうだな、だったらついでにペアリングができたらもう一度ドレスを着てくれないかな? 今の君が白いドレスを着た姿を見たい」
「本当? だったら、黒いドレスも着たいわ。黒い色は貴方の色に染まっているって意味なんでしょう?」
「少しばかり照れるが……君が言うなら」
「有難う、白夜。愛してるわ」
「私もだよ、薊。愛している」




 私達に酷い事をする神様は消えていなくなった。
 私達を排除しようとする人間達も居なくなりました。
 私の気分を害するような人間達も居なくなりました。
 そう「人間」は居なくなりました。
 この世界から。

 新しい世界で、私は夫との――白夜との生活を始めます。
 今まで通り、だけど少し違う、生活を。

 人間が居なくなり、元人間だった「優しい」存在達だけの世界で、私達は過ごすつもりです。


 この世界が、終わるその日まで――











END     
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