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とある異形少女と番いの話~創造邪神の娘と能の天才~

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 人は、人以上になることを求めている癖に、そうなった者を排斥したりいいように扱ったりする、きわめて不可思議な生き物だ。
 個を大事にするとのたまうくせに、大衆からはずれた者は毛嫌いする。
 嗚呼、なんて不可思議で、愚かで、哀れで、愛おしい存在なのか。
 だから、私は人の中に紛れ込むのだ。
 そして私はその中で一番大切な者を見つけた、番いとなる者を。




 煌々と月があたりを照らす時間帯。
 一人の青年が松や楓の木、ツツジで作られた塀がある庭を歩いていた。
 ぼんやりと、生気の失われた表情で歩き続け、ふと立ち止まる。
 ツツジの木に、青い鳥が止まっていたのだ。
 鳥は、警戒心が全くないようにも見える仕草を繰り返していた。
 青年はその鳥に手を伸ばし、無造作につかんだ。
 そこで鳥はようやくばたばたと暴れ始めたが、彼は無表情のままその鳥をべきりとにぎり、手を真っ赤に染めた。
 青い羽根が赤く染まって地面に落ちる。
 青年は、死んだ鳥を無造作に手から落とすと、またふらふらとどこかへと歩き始めた。
「ずいぶん酷いことをするね、鳥さんがかわいそうよ?」
 聞き慣れない澄んだ声、可憐な少女の声に、思わず振り返る。
「ここだよ、おにーさん」
 顔をあげれば、夜さえもかしづくような黒い色の髪をした少女が、大きな石の上にいた。
 少女は高さなど関係なさげに飛び降りると、死骸となったどす黒い色と青が混ざったそれを両手で包み、ぼそぼそと何かを呟いた。
 つぶやき終わると、腕を伸ばし手を開く。
 そこには綺麗な青い色の鳥がいた。
 先ほど、青年が殺した鳥が、殺す前の姿でそこにいたのだ。
 思わず青年は、目を見開く。
「さ、いきなさい」
 少女がそういうと、鳥は夜空へと羽ばたき消えていった。
 呆然としている青年をみて、少女は真っ黒な深淵のような目を彼に向けた。
「──鳥が、うらやましいの?」
 少女の言葉に、驚愕を隠せなかった。
 まるで、自分を見透かすような目に、酷く蠱惑的な目に、どうしてもあらがえなかった。
 思わず口が開きそうになると、少女がその口に人差し指をあてる。
 あてられたとたん、口は開こうとしなくなった。
「--いいんだよ、わかるから」
 少女はそういうと、青年から離れ、器用に石達の上を歩いていく。
「青い鳥は幸運の証、おにーさん、酷くうらやましいと思ったんだよね、ほしいと思ったんだよね。だから、殺しちゃっんでしょう?」
 少女は可憐で、蠱惑的で、どこかおぞましさと美しさが混じり合った声で話し続ける。
「おにーさん、幸せになりたい?」
 少女はそういって言葉を区切った。
 青年は呆然としながらも、何か不思議な確信を得てしまっていた。

──この少女は、自分を「幸せ」にしてくれる
──この少女なら、自分を、ここから連れ出して、くれる。

 いつの間にか目の前に移動していた少女は、青年に手を差し出した。
 青年は、その手を必死に、すがるように掴んだ。
 それをみて、少女は満面の笑みを浮かべる。
「うん、じゃあおにーさんを『幸せ』にしてあげる」


 少女はそのまま手を掴むと、竹林へと青年をつれて歩き始めた。
 普段よりも長い竹林の感覚に青年が違和感と不安を覚えると、少女は微笑み、その不安を一瞬でかき消してしまった。
 青年は少女の存在に少しだけ不安を感じながらも、どこか不思議な安堵感、奇妙な親和性も感じていた。
「あ、おにーさん呼びじゃあれだね、おにーさん名前は?」
 少女の問いかけに、青年はようやく口を開けた。
「……雪代ゆきしろひいらぎ……」
「へー柊さんか、いい名前だねー。私はね──……そだね、フエ。フエでいいよ」
 少女--フエの答えに少し違和感を感じたが、すぐさまそれは別のものにかき消された。
 竹林を抜けた先には、みなれない花を咲かせる木々と、花畑、小高い丘には木製にもみえる家がみえたのだ。
 先ほどまで、自分の家の敷地内にいたのに、全く別の場所についてしまったのだ。
「柊さん、こっちよ」
 フエは鈴のなるような声で、手を掴んだまま丘の上にある家を目指した。
 みたことのない花や蝶々に、目が奪われたが、青年--柊はフエに案内されるままに丘の上の屋敷を目指した。

 和風な自身の家とはことなる、洋風な屋敷に思わず目を奪われる。
 そして、その屋敷に奇妙な懐かしさを感じた。
「柊さん、はいってはいって」
 フエに案内されるままに、屋敷に入り、リビングに案内する。
「座って座って」
 ソファーに座るように言われ、そのまま腰を下ろしてしまう。
「お茶いれようか? 紅茶がいい? それとも緑茶?」
「……紅茶」
 なぜか普段飲み慣れない方を選んでしまった。
 フエはにっこりと笑うとリビングをでていき、数分もしないうちに戻ってきた。
 盆の上に、二つのティーカップをのせ、一つのティーカップが柊の前に置かれる。
 砂糖とミルクが用意されており、柊はその二つをティーカップの紅茶にいれると、口にした。
 酷く懐かしい味に、思わず目を見開いた。
 ミルクティーなど飲んだことがないのに、なぜか懐かしく感じたのだ。
「おいしい?」
「……ああ」
 小さくうなづきながら答える。

 来たことのない場所なのに、驚く程の安心感を覚えるその場所に、柊は少しずつリラックスしていった。
「やっぱり誰かとお茶するのはいいなー」
 フエの笑みに、目をやると、驚くほど魅力的なものに見えた。
 何故か不思議とあったときから違和感が少なく、懐かしささえ覚える彼女が酷く不思議な存在に見えた。
「? 私の顔に何かついてる?」
 首を傾げてあどけない少女のように笑うフエをみて、柊は首を振る。

 時折見せる、おぞましささえも感じる美しく愛らしい笑みと、何か危険なものを宿している人ならざる瞳に、わずかな時間で柊は魅入られていた。
 本人ですら、気づくほどに。

 フエとそれから他愛のないかつ、彼女からの一方的な会話と、庭の散歩、食事など長い時間過ごしてから帰路につくことになった。
 家に戻ることが恐ろしいと、内心冷や汗をかく柊に、フエはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫、時間はすぎてないよ。ほら」
 ここで初めてフエは時計を見せた、彼女の言うように時間は10分も経過してなかったのだ。
 竹林からでると、そこは先ほどの庭で、外は暗かった。
 自身の連絡機器をみると、同じように時間そうたっていなかった。
 驚きを隠せない柊に、フエはにっこりと微笑むとポケットから綺麗な青色のハンカチを出した。
「私にあいたくなったら、もって歩いてね。そうじゃないときはタンスかどこかにしまってね。大丈夫誰もそれは見えないから」
 フエの発言は、酷く不可思議だが、先ほどの夢のような時間から嘘ではないことがわかった。
「じゃあ、また会いましょう。柊さん」
 フエはそういうと、夜の闇にとけ込むように姿を消した。
 柊はその不思議な光景を目に焼き付け、そして元の暗い表情に戻って自分の部屋へと帰って行った。



 嗅ぎなれた木の匂い、香の匂い。
 聞き慣れた太鼓の音、人の声。
 感じなれた人の視線。
 柊は能の舞台で、面をつけて舞っていた。
 数少ない能の家の出で、跡取り息子。
 希代の才能の持ち主。

 周囲の目は、羨望と欲に満ちていた。
 柊の舞いに皆みとれ、終わると拍手が包み込んだ。
 柊は舞台から去り、そして面の下で憂鬱な表情を浮かべる。
「柊様」
 従者の声に振り向く。
 用件はわかっている。
「──雪人か、なんのようだ」
「先代様方がお呼びです」
「……わかった、下がれ」
 普段から着慣れた着物に着替え、ため息をつきながら先代達の元へと向かう。
 おぞましい欲の、犠牲になるために。


 老いぼれ達に蹂躙され、体を汚される。
 柊は着物の下につけたハンカチを、時折握りしめながらこの行為が終わった後の救いを待った。

 陵辱が終わり、体を洗い流して屋敷の自室に戻る。
 思わずため息をついた。
「柊さん、ため息をつくと幸せにげるよー?」
 昨日何度も聞いた少女の声──フエの声に、思わず顔を上げ、窓の方をみる。
 すると、そこには窓辺に腰をかけたフエが小鳥と遊んでいた。
「迎えにきたよ、さぁいこう?」
 フエの言葉に、柊は幼子が泣きそうな顔をして、彼女の手をとった。
「よしよし、いいこいいこ」
 フエは柊の髪を優しく撫でてから、彼を抱き抱え窓から飛び降りた。
 そして、地面にゆっくりとちゃくちすると、柊を地面にやさしくおろし、たたせてから竹林へとむかった。
 昨夜と同じように竹林の向こうのすばらしい光景にたどり着くと、柊は酷く安心した。
「柊さん、今日もゆっくりしていってね」
 フエの言葉に柊はうなづいた。

 屋敷に入ると、フエは柊をなにを思ったのか浴室に連れて行った。
「柊さん、お疲れみたいだから温泉につかるといいよ」
 やつれた柊の顔をそっとフエは撫でて、額にキスをする。
「はい、これ着替え。ラフな格好になるけどいいよね」
 着替えを渡すと、柊は頷き、浴室へと向かった。
 着ている着物を脱ぎ、青色のお湯につかる。
 お湯につかると、ふうと息をつく。

 現実味のない時間経過。
 けれど、実際にそれはあったことで、夢ではなく現実。
 でも、まだ、まだつらい。
 あの「現実」から逃げたい、逃げ出したい
 ずっとここに、いたい

 柊はため息をついていると、脱衣所から声が聞こえた。
「柊さーん、着物あらうねー。大丈夫ー帰るときには綺麗になってるからー」
「あ、ああ……」
 フエの声にため息をつく。

 帰りたくない、逃げ出したい
 けれども──

 湯船に沈み、体を抱きしめる。
 まだ、得られない答えに悩む自分を戒めるように、体に爪をたてた。

 浴室からあがると温かな食事と、いつも昨日と同じような他愛のない会話が続いた。
 他愛のない散歩や、テレビゲームという初めての遊びはとても刺激的だった。
 あの家では得られなかった出来事すべてに、柊は心を踊らせた。
 何より、フエとそばにいると、今までにないほどの幸せな気持ちに満たされるため、自然にフエに近づき、手に触れるという行動を繰り返した。
 最初はその行動にフエも驚いたようだが、いやな顔はせず、嬉しそうに笑いながらそれを受け入れていた。

 そんな日々が毎日のように続いた。
 地獄の日が終わると、夜にフエの迎えを待ち、彼女と家をでて自由きままに穏やかに過ごす日々が繰り返された。
 その中でふと、柊はあることに疑問を抱いた。

 フエの触れ方はどこか一線引いているのだ、何かを気にしてるかのように触れるのに線を引いていた。

 何故そうするのか、柊には理解はできなかったが、どうしても、線を越えたくなったのだ。
 そう、それくらい、柊は彼女に魅入られていた。

 ある時、柊はソファーに横になっているフエの頬を撫でた。
「柊さん、どうしたの?」
「……君が好きといったら、迷惑か……?」
 酷くせっぱ詰まった声で、フエにいうとフエは目を丸くしてから、途端に視線をさまよわせた。
「──ごめん、私人じゃないから──」
「それでもいい、君がいい」
 絞り出されたフエの言葉を遮り、柊ははっきりと口にした。

 わかってる。
 人間にこんな芸当はできない。
 君は人じゃない。
 でも、そんなの関係ない。
 私は、君がいい。
 君のそばにいたい。

 見えなかった答えが見えてきたが故に、柊は伝えたのだ。
 はじめて会った日からの違和感、それにようやく気がついたのだ。
 柊は、フエをずっと求めていたのだ。

「……」
 フエはすっと立ち上がると、奥の部屋へと移動した。
 部屋の扉が閉じられると同時に、様々な声色が入り交じった声が響いた。
「「「これをみても平気なら、考える……だめなら記憶とか消すから……」」」
 フエの言葉に思わず柊は硬直したが、小さく首をふってから笑みを浮かべた。
「わかった……君がそういうなら」
 柊はそういうと、部屋の扉をあけて、中に入った。

 部屋の中は黒く、赤く、おぞましい肉塊に満ちていた、無数の手が無数の霧が、無数の目がこちらをみている。
 常人なら発狂死する光景なのに、柊は穏やかに笑ったままそれらを撫で、まっすぐと歩いて一つの目のところにたどり着く。
「どんな君でも、綺麗だ」
 狂気的で、淫靡で、そして穏やかに笑って愛を語る。
 目は驚いたように開かれたが、やがて嬉しそうに笑いその箇所からフエの姿が形どられる。
 上半身裸体の美しい少女、下半身はおぞましい肉塊--化け物、そんな状態のフエはそっと柊を抱き寄せた。
「こんな私でも?」
「──勿論」
 フエの問いに柊は嬉しそうに答えた。
「じゃあ、私が抱きたいといったら?」
「君になら、抱かれてもいい。いや、君以外に、もう抱かれたくない」
 柊の言葉を聞いて、フエは嬉しそうに笑って彼を抱きしめた。
「やった! もう我慢しない、キスもたくさんさせてね!」
「君の口づけならどれだけでも」
 柊の言葉を聞いて、フエは彼の唇と自分の唇を重ねた。
 柊はフエのやわらかく、暖かく、甘い唇と舌の感触を堪能する。

 昔からむさぼられた感触とは異なる優しく、愛おしい感触を味わい、深くなっていく口づけを受け入れる。
 フエの体の一部の肉塊が、触手が柊の服を脱がし体を愛撫するが、いやな感触などなかった。
「う、ァ」
「柊さん、大好き……」
 フエは柊のあえぎ声を堪能しながら、彼の体を存分に堪能していた。
 その様は普通の者が見たらおぞましい陵辱にみえるが、本質は全く別だった。
「もっと……も、と……」
「うん、もっと好きになろうね、触れ合おうね」
 柊はフエの答えに嬉しそうに淫靡に笑い、唇をむさぼりあう。
 そして、内部に吐き出された熱にいとおしさを感じながら、柊は意識をとばした。

 柊が目を覚ますと湯船の中にいた。
 フエがとなりで、人の形になった状態で柊の頭を撫でていた。
「よかった。最初なのにちょっと無理させちゃったね、ごめんね」
 柊は首を振った。
「そっか、よかった」
 フエはそういうと、何かを考えるような仕草をした。
「──ねぇ、柊さん。柊さんって舞できるんだよね」
「……ああ、そうだが」
「あのね、舞台用意できるから、私だけに舞ってくれる?」
 あどけない少女のようなフエのおねだりに、柊はきょとんとしたがすぐさま笑った。
「勿論、あがったら早速舞おう」
「本当?! わーい!!」

 湯船からあがり、リビングで一休みしてからフエは花畑の向こう側の木々がある場所へと柊を案内した。
 木々の向こうには、美しい舞台があり、広い客席があった。
「柊さんが舞ったらあわせてくれるから気にせず舞ってね」
 フエはそういうと舞台近くの客席に腰を下ろした。
「ああ、少しまっててくれ」
「うん!」
 柊は舞台の中へと歩いていった。

 いつも通りに着替え面をかぶり、舞台に立つ。
 客は今宵はただ一人、愛しい人のみ。
 面の下で淫靡に微笑むと、舞い始める。
 すると、どこか等か音や声が聞こえたが、聞き慣れた声や音よりも何倍も美しい声と音だった。
 美しい花びらが散るなかで、柊はただ一人の観客の為に舞った。

──ああ、彼女の前でだけ、舞いたい。もう彼女以外、いらない。何もいらない。家も、全て。

 その日以来、柊の生活ががらりと変わった。

 舞いはこれまでよりも美しくなった、否あまりの素晴らしさに周りがついていけなくなったのだ。
 そして先代達の呼びかけを無視しすぐさま家に帰宅するようになったのだ。
 帰宅してはフエが出迎え、すぐさま二人であの屋敷に向かう。
 そして互いに、体をふれあい、愛を口にする。
 そんな日々を繰り返すようになった。


「柊様」
「──なんだ」
 早く戻ってフエに会いたい柊は、雪人の言葉にいらだったように返事をした。
「心ここにあらずがここ最近酷すぎます」
「それがどうした」
「──あの娘ですか」
 雪人の言葉に思わず激昂し、彼の服をつかみあげる。
「貴様が彼女のことを口にするな……!」
「あれはどうみてもおぞましい存在です! そんなものに心──」
「煩い! 黙れ!!」
 雪人の言葉に我慢ができず、殴り飛ばそうとすると、複数の何者かに押さえつけられた。
「?!」
 驚愕し、振り向くと先代達や「お得意先」の老人達がいた。
「先代様に相談させていただきました」
「雪人……貴様!」
 服を破かれ、押さえつけられる。
「これも、柊様のためです」
 そういうと、雪人はでていき、柊は必死に暴れたが、多勢に無勢、押さえつけられ無理矢理からだを蹂躙される。
「はな、せっ……やめ、ろ……!!」
 体の中にいやな感触がする物体がはいり、暴れようとするが、無理矢理押さえつけられ、体をいやな手達が愛撫する。
 高ぶることはない、むしろ萎えるだけの行為、不快な行為でだった。
「うぐっ……!」

「ねぇ、おじさんたち。私の柊さんに誰の許可得て触ってるの?」

 聞き慣れた声に、柊は顔を上げる。
 不愉快そうな顔をした、フエが彼の近くにたっていた。
 フエが手を払う動作をすると、群がってた男たちは何かに吹き飛ばされたかのように壁まで吹っ飛んだ。
 そして、呆然としている柊に、フエが近づく。
「フエ……」
 声をかけると、フエは悲しそうな顔をして柊を抱きしめた。
「ごめんね、もう少し早くくるべきだったね、ごめんね」
「いいや、君が来てくれただけで、もう、十分だ」
 フエに抱きしめられ、柊は幸せそうに微笑んだ。
「……柊さん、しばらく目を閉じてこのままでいてね……ちょっと、掃除するから」
「……ああ」
 柊はフエの言うままに目を閉じた──


 柊が目をとじると、フエは彼を愛おしげに撫でながら彼の聴覚を封じた。
 これから起きる惨劇は見なくていい、聞かなくていいからだ。
「……あんた達」
 うろたえてる男共を一瞥する。
「死んで償え、それなりの方法で死ね死に絶えろ」
 べきべきとフエの背中が割れる、おぞましい肉塊の触手が、爪が、牙が、部屋中にあふれる。
 部屋の中を耳障りな断末魔が響きわたる。
 あるものは触手にむさぼり食われ、あるものは串刺しにされたあげく真っ二つにされ、あるものは体内から食いつぶされ、部屋中が死に満ちたころ、急に扉があいた。
「先代様?! 柊様?!」
 雪人が入ってきた、そして同時に彼の顔が死体の血で真っ赤に染まる。
「……う、うあああああ?!」
「煩いなぁ、あんたも殺すよ?」
 フエはぎろりと雪人をにらみつけた。
「……でも、殺さないであげる」
 しかし、すぐさま腕の中で目を瞑り、幸せそうにしている柊を撫でながら微笑んだ。
「取り返そうなんて馬鹿なことは考えないでね? 柊さんは私だけ大事な人なんだから…ねぇ?」
 恐ろしい微笑みを向けると、フエは柊を抱き抱えてその場所から姿を消した。

 残された雪人は、死体の山に、再度絶叫した──



「──『能の名家、雪代家の惨劇』か……」
 とある探偵事務所で、事務所の主はミルクと砂糖入りのコーヒーを口にしながら新聞を読んでいた。
「犯人は不明、捜査は中断ですって所長」
「犯人にも心当たりはあるが、さすがにこの犯人捕まえるのは無理だろうな、中断して当然だ。私が警察いたころもそうだったしな」
 受付嬢の言葉に所長はぶっきらぼうに返し、かぶっていた帽子をさらに深くかぶった。
「というわけで、今回の事件捜査依頼来てるかもしれんが却下だ。彼女が何かしたならそれなりに理由がある、雪代家に問題があったんだろう、というわけで警察と、雪宮家の依頼は無視しろ、電話も同様」
「はい!」
 そういうと、所長は二階へと上がっていった。
「いやーごめんねー、派手にやりすぎちゃった」
 二階に上がると、ウィンクをして笑う少女--フエがいた。
「派手にやりすぎだ阿呆。死体の画像ネットに流れたがグロ動画より酷いぞあれは」
 所長は新聞を丸めてパコンとフエをはたく。
「わーん! 零ちゃんひっどいー!」
「異形がなにいうか」
 所長──零はソファーに腰を下ろし息を吐く。
「ひっどーい! 差別反対ー!」
「頭吹っ飛ばされても死なないお前が、新聞紙ではたかれたくらいで文句をいうな。今回の事件で無視したい依頼大量にきたんだからな」
 不機嫌そうに零はいった。
「だって、あの爺共酷いんだよー! よってたかって柊さんレイプしようとするしー! してたしー!」
「わかったわかった」
 鬱陶しそうに言うと、零はフエの前にオレンジジュースを出す。
「で、その『柊さん』の様子はどうだ?」
「ん! 元気だよ! 今いろんなところに一緒にお出かけしたりしてるの! 今日はお留守番だけどねー……」
 フエは出されたジュースを飲みながら嬉しそうに答える。
「そうか、それはよかったな」
「でね、来週はお祭り一緒にいくんだー! 楽しみ!」
「ふむ……周囲の視覚操作してか?」
「勿論!」
 当たり前だと言わんばかりに胸を張るフエをみて、零は再度ため息をつく。
「そこまで大事なら早く帰ってやれ」
「──うん! じゃあ、またね!」
 ジュースを飲み終えたフエはその場からすっと消えていなくなった。
 それを見て、ふうと息を吐く。
「……近いうち私の胃袋に穴があきそうだな……胃薬もらってくるか」
 そういって立ち上がり事務所を出て行った──



 あの事件後、雪代家の実体が明らかになり、その分家である雪宮家に批判が集中した。
 同じ分野の家も同じことが起きていないか調査が入り、能の界隈は騒然となった。
 その中で全く問題のなかったとある家が雪代家と雪宮家の監視の管理に入ることで一つの事件は決着した。
 しかし、柊は結局見つからなかったという──


 

「柊さん!」
 とある場所の祭りに、フエは柊と遊びに来ていた。
「ああ」
 先を歩いていたフエの手を、柊はしっかりと握った。
 握られたフエは嬉しそうにしている。
 そして、祭りはたくさんの人が集まっていた。
「名前の無い神社の祭り、か」
「一部からはマヨヒガの祭りって言われてるの」
「……君の『妹』の祭りか?」
「うん!」
 フエは誇らしげにいってから柊と一緒に社に向かう。
「今はマヨイいないけど、祭りが終わりに近づくとここにくるのよ」
「供え物を食べにか?」
「うん! あの子食いしん坊なの!」
 フエがカラカラと笑いながらいうと、柊は微笑ましそうに笑った。
「ちなみに、地域の人はポスターとか張らないのも昔からの風習--というかマヨイのお父さんの頃からの約束かな? 有名になったらここの社なくなっちゃうから」
「だから『マヨヒガの祭り』か」
「そうそう」
 柊の言葉に、フエは頷いた。
「君らは不思議だな、いろんな形で私たちに関わっているのに、知られたがらない。本来神様なら信仰が大事だろうに」
「それは人間の言う神様ね、私らはそういうの必要としない存在だから、信仰なんてイラネイラネ、なのよ」
「なるほど」
 柊は古びた社前に用意された食材や、料理を見て苦笑する。
「だが、完全な慈善事業ではないか」
「当然だもの、与えるだけだと人間高慢になっちゃうからね! 対価は払って当然! というかむしろマヨイの場合は安すぎる!」
 フエの言葉に、柊は思わず失笑する。
「あー! なんで笑うのー!」
「それ、君がいえるかなって」
「あー……うん、私は特別だから!」
「特別な、『異形少女』だから、か。確かに、私には一番特別だ」
「……えへへー!」
 柊の言葉にフエは顔を赤くして抱きつく。
「柊さん大好き!」
「私も君が大好きだよ、フエ」
「そこ、私がお参りしているのにのろけるないちゃつくな、というか人がくるところでいちゃつくなリア充共め」
 同じくお参りに来ていた零があきれ顔で二人をみている。
「いくら視覚と聴覚操作してても、わかる奴にはわかるんだから少しは自重しろ」
 二人を心配する発言をする零をみて、柊とフエは顔を見合わせた。
「ふふ、明日は雪かもね?」
「案外槍がふってくるかもな?」
「お前ら絞めるぞ本当」
 柊達の発言に、疲れたように零は喋る。
「この間の事件で私はお前等に相当迷惑かけられたからな。事件の視線別のにそらすの本当に大変だったんだぞ」
 殺人事件から、お家の暗部の内容を主体にすり替える作業をしたのは零だったらしく、疲れたように息を吐いた。
「あー……それはごめんね」
「わかったらあんまり派手なことをするな……いや本当」
「……すまない」
 思わず二人そろって謝罪する。
「……もういい、そろそろ花火が上がるぞ」
「え、本当?!」
 二人そろって空をみると、綺麗な花火が上がり始めた。
「……綺麗だな、また、見に来たい程に……」
「うん、見にこようね、ずっと、ずーっと!!」
 幸せそうで、狂気的な笑みを浮かべる二人を見て、零はそっとその場を後にした。


 異形少女《わたしたち》は、見つけた運命の相手《番い》は決してはなさない。
 そして、それをみつけるとき、私たちは初めて幸せになれるの。
 だからね、私いま、とっても幸せよ……






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