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罰を求める
しおりを挟むいつもと違う空気の感触を感じながらアトリアは目を覚ました。
酷く重く感じる体を何とか起こして周囲を見れば、今までの部屋とはことなる場所にいた。
ベッドから起き上がり、ゆっくりと見れば、巨大な鳥籠のような物の中に閉じ込められていることが分かった。
扉らしき場所には鍵が掛かっており、今の自分の腕力では開ける事はできなかった。
仮に開けたとしても、鎖の長さはこの鳥籠のような空間内でしか動くことができない長さであり、その鎖をどうにかしない限りどうにもできないのもアトリアには分かっていた。
忌々しい檻の外は窓などが一つも見あたらず、水の流れる音と、植物たちところどころに植えられているのが見えた。
見たことのない植物だった。
――毒草、か?――
と思い、抑えつけられていない嗅覚で確認してみると、そのような気配はなかった、どうやら、ただの植物だ。
見た事が無いだけで。
アトリアは現状から脱出ができないことが理解でき、深いため息をついて、ベッドに横になり、酷く疲れた体を少しでも休めようと毛布にくるまり、目を閉じた。
真っ白な空間、子ども達の話声。
あの時見た、光景だ。
自分を大人が抱いている、姿が分からないが、体格的に大人なのは分かる。
『――さま、そのこは?』
『新しい、家族だよ』
大人はアトリアを抱きかかえたまま、誰も座っていないソファーに近づき、腰を下ろすと、子ども達らしい見えない存在が近寄ってきた。
『ねぇ、きみのおなまえは?』
『おもちゃはすき?』
『えほんをよむのは?』
答えようにも声が出ない、体が動かない、何故か分からなかった。
『――さま、このこ、ぜんぜんはんのうしないよ?』
『……この子はとても深い傷を負ったんだよ、心に、深い、深い、傷を、だから閉じこもってしまっているんだ。私の可愛い子ども達、お前達を嫌っているのではない、反応できないのだよ』
『ひどい! ねぇ――さま、このこをきずつけたのはだれなの? わたしおとなになったらやっつけてあげる!』
『――は正義感の強い子だね……この子を……アトリアを傷つけたのは、アトリアから全てを奪ったのは――』
『反逆者達だ』
アトリアは目を覚ました。
起き上がり周囲を見るが、時計等がなく、窓もないため時間が分からず、どれだけ眠っていたか把握することはできなかった。
だが、心臓の鼓動が酷く、早くなっているのが分かった。
――わ、たし、から全て、奪った、のは……「反逆者」……?!――
――ど、どういう事だ、反逆者は、公で言われる私がいた組織や同じ志をする者達を、指す、言葉、私の、全てを……わたし、のりょう、しん、を……ころし、たのは……――
アトリアは混乱し、蹲った。
深く考えるな、考えろ真実を目にしろ、異なる主張がアトリアを責め立てる。
『深く考えないでいまのままでいろ、お前は暴君を殺す為の存在だ』
『考えなさい、貴方のその過去の意味を、貴方の生はどういう扱われかたをしていたのかを、真実をその目で』
今までなら、後者の声など切り捨てれた。
だが、今のアトリアには、後者の声が酷く強く頭に残っていた。
苦しくてたまらなかった。
ガチャリと扉の開く音に、アトリアが振り向くと、暴君の姿がそこにあった。
穏やかな微笑みを浮かべたまま、暴君はアトリアのいる鳥籠に近づき、入り口のカギを開けて、中に入る。
そして扉を閉めると、アトリアに近づいてきた。
「アトリア、良く眠れたようだね」
優しい声に、頭の中が「早く殺せ」と「もう委ねていいんだよ」という相反する言葉でぐちゃぐちゃになる。
――苦しい、誰か、助けてくれ――
『不死の一族なんだろう、お前なんかと共闘するのも嫌なんだよ、精々暴君を殺す盾になれよ、俺が英雄になるためにな!!』
今まで自分に言われてきた言葉が苦しむ自分を苦しめる、その時、子どもの声が聞こえた。
『だいじょうぶ、あとりあ、くるしいね、いたいね、でも――さまやあたしたちがそばにいるから、もう、だいじょうぶだよ。だからね、ないて、いいんだよ』
聞いたことのある子どもの声に、何かがはがされる、へばりついている物が落ちるのを感じると同時、アトリアの金色の目から、ぼろぼろと涙が零れた。
――とまれ、とまってくれ――
――なくと、たたかれる、なぐられる――
『泣くなと言ってるだろう!! なんのためにお前を引き取ったと思ってる!!』
『不死の一族がこれぐらいの痛みで泣くな!!』
恐怖で体が震える。
――ごめんなさい、たたかないで――
優しく頭を撫でられる感触に、顔を上げると、悲しそうな顔をした暴君――王が、其処にいた。
「可哀そうなアトリア。お前は泣くことさえ、許されなかったのだね」
王はアトリアを抱きしめ、頭を撫でながら言う。
「泣きなさい。お前が泣いても、私はお前を叩くことも怒鳴ることも殴ることもしない。だから泣きなさい、もう我慢しなくてよいのだよ」
幼子を慰めるかのような仕草に、涙が更に止まらなくなる、アトリアは嗚咽をこぼしながら、王の腕の中で泣き続けた。
王は、泣き疲れて眠ったアトリアの頬を撫でながら、悲し気な表情で彼を見つめる。
泣くことも許されなかった、哀れな子。
――手放さなければ、良かった――
ゆっくりと、アトリアの心にへばりついた薄汚い「物」が落とされている。
何も知ろうとせず、自分達の「独善」と言う名の「悪意」で民に害なす「愚者」、自分に歯向かってくる者達。
――根絶やしにせねば、でなければこの子のような子が生まれ続ける――
――暴君と言われようと、恐れられようとかまわぬ、私はこの子のような子が「我が子」が「愚者」共の「毒」に染まり、苦しむ姿を、見たくはない――
王は、アトリアの涙の痕に口づけをして、鳥籠の中を立ち去り、鍵をかけ、部屋を後にした。
慈悲深き王、全てを許す王――傀儡王――と呼ばれていた過去。
その過去が悲劇を生み出した。
自分の罪。
自分の罪は自分で償わねばならない。
その結果、自分がどう言われても仕方がない、だが――その結果、悲劇が生まれた。
全て、自分が「優しすぎた」過去が招いた事。
全て、自分の罪なのだと、王は理解していた。
故に、その罪の所為で、幸福を奪われることとなった「我が子」が居る事だけは王には耐えがたかった。
「――ああ、そうか。いつものように行え、よいな?」
報告を見てそう告げると、王は空中に浮いて透けている映像たちを消した。
愚者達――反逆者共がまた何かしでかすつもりだと、言う報告だ。
それの鎮圧、被害を出ないよう、また関係者は全て洗い出し根絶やしにするように命令を下した。
王が外を見ればもう日は暮れ、夜になっていた。
王は玉座から立ち上がると、その場を後にする。
――ああ、あの子はまた、泣いているだろう――
泣いてる「愛しき子」の元へと足早に向かっていった。
王の「愛しき子」はあれ以来、泣き続けるようになった。
夢を見る事で「何か」を思い出し、そして「何か」に気づき、そしてまるで許しを請うように泣き続ける。
どの様な、理由で「愛しき子」が許しを請うように泣き続けているのか――王は理解していた。
彼は気づき始めている、自分のあったであろう幸福を奪った者達のような連中が、自分を「洗脳」して、そして自分は自分のような子作り出し、自分が己が両親がされた事を、洗脳者達の命令に従うまま罪無き者達に行い、その命を奪い続けていた事に。
その罪の重さに、耐えられなくなっているのだ。
それほど、彼の本来の心は「善人」過ぎたのだ。
自分が信じ込まされた「正義」が、許されざる「悪」気づき始めたが故に。
最近は自傷行為まで目立つようになってきたが、王はそれは止めなかった。
自死は封じている、故に死ぬことはない。
無理に自傷行為を止めればより「愛しき子」は苦しむようになる、少しでも減るなら自傷行為を許すことにした。
王は、部屋の扉を開け、巨大な鳥籠に近づき、鍵を開ける。
許しを請う言葉を口にし、祈るようにベッドの上で蹲る「愛しき子」を見て、王は悲しみの眼差しを向ける。
ゆっくりと近づき、頭をそっと撫でる。
「アトリア」
名前を呼ぶと、愛しき子――アトリアはびくりと体を震わせて怯えるように顔をあげる。
涙の痕跡が残った顔、赤くなった目元、爪で引っかいたであろう、体の傷。
王は、アトリアを押し倒して頬を撫でる。
「アトリア、お前に――『罰』を、与えよう」
王が静かにそう告げると、アトリアは薄い笑みを浮かべて涙をこぼした。
王はそれが悲しかった。
――今のこの子には「許し」という言葉は救いにならない、だから「罰」と言おう、その心が救われる、その日まで――
王は、傷だらけの白い肌に手を伸ばした。
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