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蝕む物を取り除き、「偽物」で埋める
しおりを挟むヴァインは腕の中で眠っているメルを見つめていた。
下着や服も、品の良い、綺麗なものへと着替えさせた。
足枷も外した。
ヴァインの腕の中で歳不相応の幼い表情でメルは眠っている。
「……」
「ん……」
メルの体が僅かに動き、そしてゆっくりと長い黒いまつげを震わせて、蜂蜜色の目を開いた。
「……」
「メル様、おはようございます」
ヴァインは視線をさ迷わせているメルに優しく、何でもない様に声をかけた。
「……ヴァインお兄ちゃん、おはよう……」
「お早うございます、メル様」
「……お兄ちゃん、抱っこ」
「はい」
メルを抱きかかえ、額に優しくキスをする。
「お風呂、入りたい……」
「はい、わかりました」
ヴァインはメルを抱きかかえて部屋を後にした。
ヴァインは、メルの心の「傷」の深さから、当初の予定を大幅に変更した。
彼女がずっと見ないふりをしていた傷の深さに、それを抱え込むことが彼女にとって辛すぎる事を理解したためだ。
メルとヴァインが過ごした時の記憶を戻した上で、他の記憶を改竄した。
今のメルには友達もいない、血のつながった家族もいない。
あの「事件」の後大怪我をして何もできなくなったメルは捨てられた、家族に、友達に、全てに。
ヴァインだけが、そんな自分を受け止めてくれた。
それからこの空間でずっと過ごし、ヴァインと生活していると。
ヴァインの「お嫁さん」になったのだと。
小さいころから甘えていた「ヴァインお兄ちゃん」と家族になったのだと。
外は怖いところ、皆が自分を傷つけると。
自分の味方はヴァインだけだと。
そう、改竄したのだ。
広い浴場――温泉のようにお湯が注がれ続ける湯舟にヴァインとメルは裸になって浸かっていた。
メルはお湯につかりながら濡れた短い黒い髪を見て悲しそうに言った。
「……ごめんなさい、ヴァインお兄ちゃん、お外出て……」
「怒っていませんよ、綺麗な髪が切られてしまったのは残念ですが、メル様が無事で良かった。髪がすぐ伸びる様に、私がおまじないをしてあげますからね」
「うん……」
「私が悪かったのです、扉を閉め忘れたから、だからメル様は分からず出てしまった。悪いの私です。ですから、そう自分を責めないでください」
髪が短くなったのも、うっかり外に出て、怖い人達に切られたということになっている。
「……わたし、お外、怖い……」
「大丈夫です、もうお外にでる必要はありませんから、メル様が欲しい物があればおっしゃってください」
「……ヴァインお兄ちゃんが傍にいてくれるなら、何もいらない」
「メル様、我慢しなくていいのですよ『いつものように』言ってください」
「……くまさんのぬいぐるみ、しろくてかわいくて真ん丸なクマさんのぬいぐるみ……」
「――白熊の、ディアのぬいぐるみですね。分かりました、後で買ってきましょう」
ヴァインは優しくメルの髪を撫でながら、言った。
――最初からこうすればよかったのか――
入浴を終え、メルの体を拭きながらヴァインは一人思った。
自分との記憶を奪った後の彼女の生をヴァインは大事にしたかった、彼女が選んだからと、思って。
だが、彼女の反応があまりにも気になり、昔彼女が抱えていた物等も踏まえて、予想で言った言葉に彼女は想像以上のダメージを受けた。
ヴァインはそれを見て理解した――周囲は何一つ変わっていない、誰一人彼女を理解するものなんていなかった、彼女はずっと苦しいままだった、と。
だから、メルがどうしても堕ちてくれない場合にと考えていた記憶の改ざんと記憶を戻すのを行った。
一番やりたくない手段を使った。
快楽で堕とすのは仕方ないと諦めていた自分の意志で否定させるのと、だが彼女が歩んできた生や必死に作っていた人格を自分が否定する――彼女の努力を自分が否定する行為をやるのはヴァインもためらった。
だが、そうしなければならない程に、メルの苦しみは傷は、深かった。
だから、記憶を戻した上で、今までの人生の歩みの記憶を改竄した。
部屋まで抱きかかえてメルを連れていく。
「メル様、お腹は空いてませんか?」
「うん……ヴァインお兄ちゃん、お腹、すいた……」
「分かりました、持ってきますので少しだけ待っててくださいね」
ヴァインはメルを椅子に座らせて、髪を撫でてから部屋を後にした。
用意しておいた食事をトレーにのせて、部屋に戻る。
「メル様、どうぞ」
「ヴァインお兄ちゃん、いつもありがとう……私料理できないのごめんなさい」
「いいんですよ、メル様。いつかメル様が料理ができるようになった時、一緒に料理をいたしましょう」
「……うん!」
メルはにこりと笑って用意したパン等に手を伸ばし始めた。
他者から見たメルは料理上手――だが本当の彼女は料理をするのが「怖くて」仕方ないのだ。
不味いと言われたら、嫌いだと言われたら、何か言われたら、それらが怖くて料理をしたくはないのだ。
「ごちそうさま」
「では、お薬を飲んで、歯を磨きましょうね」
「うん」
ヴァインが用意した薬をメルが飲んだ。
用意した薬は、先ほど改竄した記憶などをそのまま定着させるものだった。
メルに触ったことで、メルが奪ったはずの「記憶」を思い出しかけていたのを理解した為、念のため用意したのが役に立った。
少しだけ薬を服用する必要があるが、完全に定着し、二度と「本当の記憶」が戻ることがない状態になったら薬は要らなくなる。
ヴァインは、メルの本当の「記憶」はこれから彼女が歩む生には不要寧ろ妨げになると判断したのだ。
薬も飲んだのを確認すると、ヴァインはメルの歯を磨いて、濯いでもらい、そして確認する。
「ええ、大丈夫です」
「ん……」
メルは口を閉じた。
「メル様、お疲れのようです、今日はもう休みましょう」
「うん……」
メルを抱きかかえ、ベッドまで運び、寝かせる。
ベッドに横になったメルは外を見た。
「……お外綺麗……わたし、夜が好き……朝は……おひさまは嫌い……」
そう呟いたメルの頬をヴァインは撫でた。
メルは夜、人目を気にせず一人になれる時間が好きだった。
だから、朝が嫌だった、日中が嫌いだった、皆が自分に期待をする目を向けてくる時間帯だから、その時間がはじまるから。
「メル様が望まない限り『朝』はきません、だからゆっくりと休みましょう」
「……」
メルは不安げな表情を浮かべてヴァインを見た
ヴァインはメルに毛布をかけて、自身も横になり、頭を優しく撫でる。
「メル様が寝るまで、傍にいますから」
「ありがとう、ヴァインお兄ちゃん……」
メルはその言葉に安心した様に目を閉じた。
メルが目を覚まさない程の眠りに落ちると、ヴァインはそっとベッドから離れた。
「さて、仕事をしなければ」
部屋を出て、黒いローブで身を包む。
「駒達への指示……ああ、それとメル様が欲しがったぬいぐるみを買わなければ」
ヴァインはそう言って部屋を後にした。
美しい「華」があった、甘い「蜜」を滴らせる美しい「華」が
多くの者がその「蜜」を奪い、花びらをちぎった。
その「華」は必死になって再び花びらをつけ「蜜」を滴らせた。
幾度も幾度も。
愚者達は「華」の悲鳴に気づきもせず、貪った。
もう、その「華」も「蜜」も得る事はできない。
真っ黒な「蔓」がその「華」を包み、誰にも届かぬ場所へと隠したからだ。
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