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おとずれた変化

愛 ~ここからが本番~

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 アルジェントは、ここ最近心が弾むようだった。

 主の城に不法侵入者テロリストが穢し、そして最愛の存在 ルリの体に傷をつけられた事に関しては今も許しがたいし、そのような輩を入れた愚者への怒りもまだ収まってはいない。

 けれども、それさえも上回る喜ばしいことがあったのだ。
 不死人に――最愛の存在 ルリと同じ存在になれたのだ。

 人間のままなら、老い何時か最愛の存在 ルリを置いて死ぬ。
 吸血鬼になることができない自分はどうあがいても、最愛の存在 ルリを置いて死んでいくのだ。
 年老いて、弱くなり、死んでいくのだ。

 けれども今は――ルリを置いて逝く恐怖を抱えずに済むようになったのだ。

 忌々しいグリースと同じ不死人なのはどうでもいい、最も愛おしい存在であるルリと同じ不死人である、それがアルジェントにとって何よりも重要だった。

――ああ、ルリ様、これで永遠に、永遠に貴方の御傍にいることができる――

 自室にこもると、顔がどうしてもにやけてしまう。

 ルリの世話の時ヴィオレが居ると、いつも通りでいられるが、居なくなっている時は心がどうしても感情を抑えるのが今まで以上に困難になってしまってきた。

 うっかり、主君の妻 ルリに、愛の言葉を言いかねない程に、心が喜びに満たされている。
 言ったらそれは問題なので、それだけは何とか抑え込んでいるが。


 けれども、ルリはここ最近、申し訳なさそうな顔でアルジェントを見ているか、何か一歩引いた風にアルジェントと接している。

――ルリ様、どうしてなのですか?――

 明るい表情を見たいのに、喜んでいる顔が見たいのに、ルリは見せてくれない。
 その理由を語ろうとしてくれない。
 グリースと関係する事かと聞いたがそれは違うようなので、何となく深入りするのは止めた。

 グリースが関係するなら介入するつもりだったが、違うのなら、自分に相談するべきと思ってくれるようになるまで待とうとアルジェントは思った。


 アルジェントはルリの部屋へと急いだ。
 ヴィオレと先ほどあったのだ。
 となると――

 アルジェントはノックをしてから部屋の扉を開けた。
「ルリ様、失礼いたします。グリース貴様はさっさと失せろ」
 アルジェントは最愛の存在 ルリの傍にいる憎むべき対象 グリースを睨みつけて言った。
「お前本当、俺嫌いだよなぁ。あ、ちょうどいいや俺お前に用事があったんだ」
「私は無い、失せろ」
「まぁまぁ、そう言わずに。ルリちゃん、ちょっとアルジェント借りるね、何かあったら呼んでねー」
「うん……」
「ルリ様?!」
 グリースがアルジェントに近づいてきて、腕を掴んでずるずると引きずりながら部屋の外へ出ていく。
 アルジェントは拒否したかったが、最愛の存在 ルリにそう言われては殴り掛かることもできなかった。

 グリースは部屋の扉を閉じて、鍵をかける。
「此処で話すのもアレだ、近くに空き部屋あったな、其処で話すぞ」
 グリースはそう言って近くの空き部屋にアルジェントを引きずって連れ込んだ。
 扉に鍵をかけ、盗聴等を防ぐ術をかけたのが分かった。
「……グリース、貴様何の用だ?」
「んー、ルリちゃんの事でお前に言わなきゃいけないことが」
「何……?」
 グリースの言葉に聞き捨てならない内容が入っていた為、アルジェントは眉を顰める。
「あ、最初に言っておくが、ルリちゃんはまだ誰も『愛していない』それだけは覚えて置けよ」
「……」
 アルジェントの一番の不安材料は取り除かれたが、同時に心の中で落胆する。
「あのさー、お前。はっちゃけすぎ」
「……は?」
「ルリちゃん、お前が不死人になってから態度変わった事に戸惑ってる、不死人になって頭のネジぶっとんだんじゃないかとかそんな感じで」
「な?!」
「このままだと、お前がルリちゃんの事好きなのバレるぞ?」
 グリースの言葉に、アルジェントは冷や汗を流す。

――それは、それはあってはならない――

 アルジェントは何が原因か分からず頭を抱えた。

――それほど、私は自分を抑えられていなかったのか?――

「それ、お前が不死人になったからそうなったと思ってるみたいだから、自分の所為だってルリちゃん自分の事責めてる」
「?!」
 アルジェントは言葉を一瞬言葉を失い、そして激怒してグリースにつかみかかる。
「貴様!! 戯言も大概に――!!」
「いや、これはマジ。ルリちゃんが暗いのあの事件の所為で家族と友達が何かされるんじゃないかってのもあるけど、お前の態度が変わってるのも原因、ちゃんと自分の言葉で、ルリちゃんの負担を取り除けよ。俺が言ったところでそれは俺が『考えてる』ことだ。アルジェント『お前の考えてる事』じゃない」
 グリースは呆れたような小馬鹿にするようなアルジェントが苛立つ表情のまま、アルジェントの手を離させた。
「ルリちゃんにバレたくないなら、気を付けて言えよ。俺はちょっとヴァイスに用事があるから」
 グリースはそう言って術を解除して部屋から出て行った。
「……」
 アルジェントは首を触り、唇と噛んだ。

――ルリ様……――

 アルジェントは、自分がルリの心の重荷になっている事を知らされ、それが苦しくてたまらなかった。

――ルリ様……貴方様は……――

 アルジェントはしばらく部屋から出ず、グリースの言葉を心の中で反芻していた。




「――全くこれ以上問題ごとが起きないといいんだがな」
 ヴァイスの部屋の、ヴァイスの棺の上に腰を下ろすとグリースは疲れたようにぼやいた。
『私の寝床の上に乗るな』
「うるせぇ、ここの所ずっとお前の怒りをなだめ続けてた俺の身にもなれ」
 棺の中から聞こえるヴァイスの言葉に、グリースはやさぐれた様に返す。
「馬鹿やったのは向こう側への対応とか、色々あってここ最近ごったごた、アルジェントは不死人になったからルリちゃんの傍に永遠にいれると有頂天になって頭のネジゆるんでるしな」
『それはすまぬ……ん? アルジェントが、か?』
「そ」
 グリースがそう答えると、ヴァイスの笑い声が――愉快そうな声が聞こえた。
「何がそんなに面白いわけ?」
『いや何「育ての親」としてな、嬉しくもあるのだ』
「恋敵なのに?」
『それはそれだ。あのアルジェントがな、ふふ、良いことだ。だが、少し寂しくもある、私ではそうできなかったからな』
「なるほど、複雑な親心ってやつね」
 グリースはふぅと息を吐く。
「あの様子じゃうっかり自分の想い言いそうだなぁアルジェント。言ったらアイツ何するかわかんないからヤベェし」
『……別に問題行動は起こさないだろう?』
「いや、アルジェント拗らせてるからなぁ。死ねないのスコーンと忘れて自殺行為繰り返すか、行方不明になるか……さてどうなることやら」
『……バレてる事をこちらから言うのは?』
「それは悪手すぎる、余計アルジェントがヤバイことになりかねない」
 グリースは首を振った。


 アルジェントは恋をすることもなく、ただヴァイスへの忠誠のみで生きてきたような男だ。
 そんなアルジェントが恋に落ちたのだ。
 初めて、そういう意味合いで他者を愛したのだ。
 ただ、その相手は自分が使える主であるヴァイスの妻だった。

 普通ならそこで恋は散るものなのだが。
 ヴァイス自身がルリが誰を愛するのか楽しみにしていると言ってしまっているのだ。
 争奪戦のようなだ。
 アルジェントは魔術が使える一族の出ではあるが人間だ。
 吸血鬼になることができなかった人間。
 故に、年衰え、いつかルリの傍にいられなくなるからこそ、アルジェントは想いを隠そうとしていた。

 だが、アルジェントは不死人になった。
 最大の懸念材料が無くなったのだ。
 永遠に、最愛の女性の傍にいることができる、お仕えすることができる。

 有頂天になっている故アルジェント自身が気づいてはいなかったが、ルリに振り向いてほしい、愛して欲しいというのがちょっと隠しきれていない状態になっている。
 ヴィオレの前では今までと変わらず隠すことができるが、彼女が居ない状態――ルリと二人っきりになると、それが隠しきれなくなっている。

 恋を知らぬルリ、初めて恋をしたアルジェント。
 結果、ルリはアルジェントの今までと違う態度を、自分の所為と思い込み、アルジェントはルリが暗い原因を理解できずにいた。

「いやはや、恋とは、誰かを愛するってのは視野を広げたり、狭めたり、厄介だよなぁ本当」
 グリースは呆れたように呟いた。
『なんだ、お前はアルジェントの応援でもする気か?』
「まっさか、俺はそこまで優しくありませーん」
『……やらぬぞ?』
「それは、ルリちゃんが決める事、だろ?」
『む……』
 反論しないヴァイスを見て、グリースは笑みを浮かべてから遠い目をする。

――ルリちゃん、君は一体、どうしたいんだい?――

 未だ、自分達の様な「愛」を持つことができない最愛の存在 ルリの今後が、グリースは不安で仕方なかった。




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