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貴方の為に頑張りたい
しおりを挟む夜会、ダンスパーティ。
参加経験はあるものの、ダンスはあまり得意ではありません。
だから、いつも元婚約者が誰かと踊っていたりするのを見ているだけ。
情けない令嬢。
「……」
情けない自分が嫌でした、泣くのをぐっと堪えて答えを探します。
「わかりました、ダンスは致しません。本当は、私の婚約者の披露を――貴方を自慢したいのです」
「えっ……」
デイヴィット様にそう言われても、私は自慢できるようなものを何一つ持っていません。
本当に情けない、女なのです。
デイヴィットは自分の魅力に気づいていないエステルが可哀そうであり、また愛おしくもあった。
夜会にデイヴィットはエステルをエスコートして、向かう。
周囲の視線がこちらに集中する。
それもそうだ、デイヴィットは公に夜会に出ることはまずない。
いつも変装したり、裏からこっそりと入る位だから夜会に参加したことに気づく者はほとんどいない。
だから、視線が集中する。
デイヴィットは視線を無視して、エステルに微笑みかけて、壁の隅による。
「相変わらず、此処は騒がしいですね」
「……あ、あの……」
「どうしました、エステル?」
「……ダンスをその……」
デイヴィットはエステルの言葉に、少しだけ驚いたが、微笑んだまま頷いた。
「私がエスコートします、ご安心を」
デイヴィットがそう言って手を伸ばすと、エステルは恐る恐る手を取った。
小声でアドバイスしながらゆっくりと踊る。
エステルが躓きそうになったりなどしたら上手くフォローし、ダンスを続ける。
そうして、一曲目が終わるとエステルが疲れてしまったのが分かったので壁際に戻る。
「エステル、よく頑張りました」
「……その、私は、デイヴィット様の、婚約者、ですから……」
エステルの言葉にデイヴィットが彼女がたまらなく愛おしく見えた。
健気で、それでいて、前向きな彼女が可愛らしく見えた。
「エステル?!」
「――ドリスさん!」
エイムズ侯爵の令嬢がエステルに近寄ってきた。
「お父様から聞いたわ、辛かったでしょう?」
「はい……でも、デイヴィット様がとてもお優しくて……」
「こちらの方がフォスター公爵様?」
「初めましてドリス・エイムズさん、私が此度エステル様の婚約者にならせていただいたデイヴィット・フォスターです」
「――初めまして、フォスター公爵様、私はドリス・エイムズと申します」
ドリスはそう挨拶してから、デイヴィットにエステルと話したいと言い出して、エステルと少し距離を置いて話し始めた。
デイヴィットは耳をそばだてる。
「エステルちゃん、大丈夫?」
「はい、ドリスさん」
「フォスター公爵様の噂は……ちょっと変な人と聞いてたけど、会ってみるとそうでもないのね……」
「こ、公式的な出会いは衝撃的でしたけど……」
「え、何かあったの?」
「実は……」
エステルが更に小声で、おそらく商人に変装していたころに出会った時の話をし始めているようにデイヴィットには思えた。
ドリスの件も知っていた。
同じフィード侯爵家の嫡男から婚約破棄され、悲観に暮れていたドリスのそばにより、涙目で「こんな素晴らしい人を婚約破棄するなんて後で絶対後悔しますよ」とエステルが言い切ったのを覚えている。
実際そうなり、婚約破棄を取りやめたいと申し出たが、ドリスの父であるエイムズ侯爵が新しい婚約者の方が素晴らしいし、婚約破棄をしたのはそちらだと怒鳴りつけたのだ。
事実新しい婚約者は、泣き虫令嬢とからかわれるエステルをかわいがっていた青年で、爵位は伯爵だが、エイムズ侯爵家に婿入りするという事が決まっている。
「……何か、凄いわね……まぁそれより、なんなのあの二人!」
「ど、ドリスさん……」
「ああ、ごめんなさい……全く失礼極まりない輩ね、縁が切れて良かったわね」
「……はい、でも……」
「でも?」
「……追放先で、迷惑をかけていそうなんです」
「あーそれは……否定できないわね……いいわ、この際だからもし連中が何かしたらの切り札を教えてあげる」
「え?」
デイヴィットはあの二人が既に問題行動を起こして独房に入れられ続けているのを知っているし、何度も脱走行為を行っているのも知っている。
だが、エステルに伝える気はない、エステルの迷惑になるだろうから。
後、あの二人がまだ秘匿していることも知っているが、エステルに言う気はない、ドリスが代わりに伝えているようだからだ。
「フォスター公爵様」
夜会に兄である国王陛下からの連絡係がやってきた。
「どうした?」
「二人が脱走したとの――」
「何だと?」
脱走したとなれば、エステルの身が危うい。
逆恨みをしているはずだからだ。
「……」
デイヴィットはドリスと話をしているエステルに近づいた。
「エステル、先ほど貴方の父上からご連絡があり、しばらく私の家に滞在して欲しいとのことです」
「何かあったのですか?」
「ええ、婚約前であるのは承知していますが、お願いいたします」
「……分かりました、デイヴィット様がおっしゃるんですもの」
「エステルちゃん、何かあったら私にも連絡をちょうだい?」
「はい、ドリスさん」
ドリスはそう言って婚約者の元へと戻っていった。
「エステル、では帰りましょうか」
「はい」
デイヴィットもエステルを連れて自身の屋敷へと戻っていった。
「――というわけです、しばらく私にエステルさんをお預けください」
『分かりました……しかし、頭の痛い事になってきました』
「ええ、全くです」
デイヴィットはエステルを客人用の寝室で寝かしつけさせると、エステルの父であるアッシュベリー伯爵と会話をしていた。
「アッシュベリー殿にも護衛をつけるよう陛下に進言しておきました。ですので、アッシュベリー殿もお気を付けください」
『分かりました、私達もなるべく外出は控えるつもりです』
「はい、ありがとうございます」
デイヴィットは通信魔術を終了し、一人息を吐いた。
愛しい婚約者が泣くのは仕方ない。
だが、悪意を持って傷つけた輩にもう一度傷つけられて泣くのはもう見たくない。
悪意を持って傷つけるような輩など、居なくなってしまえと思っている。
――彼女の笑顔が一番見ていたい――
デイヴィットの願いはそれだけだった。
お父様も今忙しいからデイヴィット様の所でお世話になっていなさいと連絡がありました。
もしかして、あの二人が何かしたのでしょうか?
嫌な予感がして胸の動悸がとまりません。
でも、デイヴィット様にそんなことは言えないし――
「エステル」
デイヴィット様にお声をかけられて、私はびくっとします。
「どうしたのですか?」
「……実は……」
我慢ができずたずねる事にしました。
「あの二人が良からぬことをしようとしているのではないかと、不安なのです」
「――あの二人とは、貴方の元婚約者と幼馴染の?」
その言葉にこくりと頷きます。
デイヴィット様はしばらく黙り込んでから、口を開きました。
「貴方に不義理はできません、正直にお話します」
「何を、ですか?」
「あの二人が脱走しました」
「?!」
私の予感は当たっていました。
「貴方や貴方のご家族に何かするかもしれない可能性が高いため、貴方は私が護衛をし、貴方のご両親は陛下の方から護衛をつけて護られています」
「……」
お父様と、お母さまが安全なそう事に私は安堵しました。
「早く、解決すれば――」
『フォスター公爵様!!』
通信魔術で、デイヴィット様に連絡が入りました。
「何があった?」
『エリオット・オルコット、アデル・ガーネット、両名がアッシュベリー伯爵の家を燃やそうとする手前で捕獲しました』
私の心臓がどくんと脈打ちました。
「被害は?」
『ありません!!』
通信を黙って聞いて、そして終わった後、私はフォスター様にお願いすることにしました。
「デイヴィット様」
「どうしたのだい、エステル」
「あの二人と会わせてください、私は許せません。私の家族を――お父様とお母様に危害をくわえようとしたことを許す事はできません」
「……分かった、では会う準備をしよう」
「有難うございます」
幾ら私が「泣き虫」だとしても、今回ばかりは泣けません。
きっぱりと言ってやらなければ。
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