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可哀そうな子

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――ただ、話しかけたかった。貴方と話がしたかった、でも――
――何を話せばいいか、わからない――

 サフィールは目を開けた。
 寝室のベッドの上にいるのが分かった。
 頭を優しく撫でられるのを感じて視線を向ければ横にはニエンテがいた。
 恰好は朝見たものではない、明らかに寝る時の恰好のように見えた。
「ああ、良かった。体のほうはもう大丈夫かい?」
 ニエンテの言葉に、サフィールは体の状態を確認する。
 喉も乾きもないし、酷い熱さもない、頭のふらつきなどもない、特に問題はなかったので、サフィールは小さく頷いた。
 ニエンテが頬を撫でながらサフィールの事を青い目で見つめているのを感じながら、サフィールは何だろうとぼんやり考える。
「――そうだね、問題はないね」
 ニエンテは穏やかにほほ笑んでいるのを見ながら、サフィールはちらりと窓を見た、既に夜になっているのが見えた。
「……」
「今日はもう休むといい、大丈夫傍にいるから」
 ニエンテの優しい甘く蕩かすような声に、体の奥に風呂で茹ったような熱ではない、朝ニエンテの声に聞いた時に体の中に生まれた熱がもう一度体の中を疼かせ始めた。

 昨夜の快楽と絶頂の感覚を体が思い出す。

 サフィールは、口を開こうとして、きゅっと唇を噛んで閉ざした。
 ぐっと、寝衣を掴んで、堪える。
 すると、再び頬を撫でられる感触に視線を向ければ、ニエンテが穏やかな眼差しを向けながらサフィールを見ていた。
「……言いたい事があるなら、我慢せずに言っていいんだよ。君をこの城から出すことができない分、叶えられる我儘なら私は叶えてあげたいんだ」
 ニエンテの甘やかしてくれるような声に、サフィールは口を震わせた。
 熱は酷くなって、苦しさを感じる程だった。

 でも、言葉が分からない。
 何と言えばいいか分からないのだ。


 サフィールは性的な事柄に関してあまりにも「無知」すぎたのだ。


 ニエンテは表面上は穏やかにサフィールに微笑みながら、内心では舌打ちをし、サフィールの父であるイグニスの行動に怒りを覚えた。

――あの馬鹿頭の中お花畑な上、過保護なんて甘い言い方じゃねぇ。本当アイツのやってること全部虐待じゃねぇか!!――

 おそらくイグニスは今抱えている問題達がなかったら、あの屋敷の中でサフィールを永遠に閉じ込めているつもりだったろう。
 妻も迎えさせず、夫も迎えさせず、ずっと閉じ込めておく。

 永遠に死ぬことの無いどんな鳥より美しい鳥を鳥籠の中に閉じ込めるように。
 飛ぶ等をを忘れ去せ、ただ籠の中で大人しくしているように飼育する――

――ああ本当、テメェは父親としては失格だよ!!――

 今イグニスの顔を見たら、顔面に穴が開けるか頭部を破壊できる自信がニエンテにはあった。
 それをサフィールが分からないように、ぐっと押しとどめている自分をニエンテは褒めたかった。
 表に出してしまったら、サフィールは自分に怯えてしまう、それだけは嫌だった。
 夫の顔色を常にうかがい、常に夫に従い、我慢する。
 そんな妻を欲しがる男は今も昔もいるが、ニエンテはそう言う夫婦関係は嫌だった。

 別にサフィールは理想の夫婦像という物は特に持ってない。
 けれど、今思うことはただ一つ、サフィールを「甘やかしたい」ということだけだ。

 父からの愛情を願って、そして本当は愛されていると信じることで耐えてきた可愛らしいニエンテの妻。
 その願いを踏みにじり、信じる心に傷をつけるような態度で自分の元へと嫁がされたこの子の心の傷は未だ深い。
 快楽で全部忘れさせればいいやと短絡的な考えで、最初無理やり抱いた事はニエンテは今は反省している、ちゃんとサフィールの心等を「見て」からそう言う行為をするべきだったと。
 故に、ニエンテはどうするべきかと考えた。

 サフィールは今、体に「熱」を持っている。
 病気とかの熱ではない、肉欲の「熱」だ。
 このまま放置したら、多分サフィールはロクに眠れないで過ごすだろう。
 何故ならサフィールはその「熱」の発散方法――自慰を知らない上、よく分からぬまま、下手に自慰まがいの行動をして悪化するのが目に見える。
 だが、多分このまま待っていても、サフィールは「どう言えば良いか」分からないし、時間が経過して限界状態になってから手を出してしまうと、サフィールがちょっと色々と面倒なことになりそうな予感がした。
 なのでニエンテは少しずつ、「教えていく」ことにした。

「サフィール」
 ニエンテが名前を呼ぶと、サフィールはうつむいた顔を上げ「熱」に浮かされた表情でニエンテを見た。
「おいで」
 優しい声色で呼べば、サフィールはゆっくりと近づいてきた。
 ニエンテは近づいてきたサフィールを抱きしめる。
 甘やかすような声で囁く。
「抱いてもいいかい?」
「だ、く?」
 想定の範囲内の反応が返ってきた。
「別の言い方なら、性行為をしたい、セックスをしたい、愛し合いたい――色んな言い方があるけど、最初に聞いたあの言葉ならもっと分かりやすいかな、君とまぐわいたい」
「……!!」
 サフィールの体が僅かに強張ったのを感じ、ニエンテは優しく囁いた。
「大丈夫、最初の時のような事はしないよ。君が嫌がるならすぐ、止めるから……」
 抱きしめるのを止めて、寝衣越しに体を優しく撫でる。




 ニエンテに寝衣越しに撫でられる感覚が優しいのが、サフィールには酷く物足りなかった。

 寝衣を脱がして、裸の自分の体を触って欲しい。
 口づけを、「甘い」口づけが欲しい。
 でもそれ以上に――「愛している」とあの声で言って欲しい、何度も、何度も、それが嘘じゃないと信じさせて欲しい。

――私を、愛して、ください――
――その為なら、私は、なんだって、我慢しますから――

「――いいえ、大丈夫、です。抱いて、ください」
「……ありがとう」
 ニエンテは穏やかに微笑みながら口を開いた。




 その表情が悲しい微笑みであることに、サフィールは気づけなかった。




 ニエンテはサフィールの寝衣を脱がし、己の寝衣も脱ぎ裸の状態で抱き合いながらサフィールに深い口づけをした。
 昨夜覚えたばかりの口づけに拙いながら舌を絡ませたりそういう行為をしてくるサフィールが可愛いくて仕方なかったが、同時に可哀そうで仕方なかった。

 サフィールがまだ我慢をしているからだ、愛して欲しいがために。

 言葉で分かった、ねだる様な言葉ではなく、「言う通りにするから捨てないで」そんな声と言い方だったのだ。
 愛が欲しくてたまらないサフィールは、上手くねだることができない。
 ねだって、拒絶されたり、それが原因で愛されなくなる等考えてしまったのだろう。

――可哀そうな子だ――

 ニエンテは、イグニスを許せないがサフィールを自分に嫁がせたのは正解だと思った。
 他の者に嫁がせたりした場合、サフィールは「真祖イグニスの子」「美しい姿」この二つがステータスの「飾り」とされるなら比較マシ、タチが悪ければサフィールの心を知ってそれ故に「愛してあげるから何でもしていいよね?」と言わんばかりの扱いをされかねない。
 逃げ場のないサフィールは「愛して欲しい」故にどんな扱いにも耐えるだろう、もっとタチが悪いと飽きて見向きしなくなる輩もいる、そうなったらサフィールの心は耐えられなくなる。
 だから、イグニスのその選択だけは正解だと認めた、ただし今までの行いや、それを告げる態度などに関しては今会ったら一億回位は殺しかねない程頭にきている。

 今まで我慢を強いられ続けたサフィールにニエンテはあまり我慢をして欲しくなかった。
 だからニエンテは少し卑怯と思いながらも、昨夜同様、「甘い液体」をサフィールの口の中に注ぎながら口づけを繰り返す。
 心を、欲を押し殺して生きてきた者達の「声」を吐き出させ快楽を与える、「甘い毒」を注ぎ込む。




――ああ、甘い――

 サフィールは「甘い」口づけに蕩かされていくような気分になった。
 口づけが心地よくてたまらなかった。
 何度も「甘い」口づけをされているうちに、体が熱が強まっていくのを感じた。
 口を開放される。
「ふ……ぁ……」
 体に何かが――ニエンテの人型ではなくなった箇所――黒い何かになった下半身がまとわりついてくる。
 シーツの感触は無くなり、昨夜のニエンテの体に座らされた時のような感触が尻や脚に伝わった。
 体に力が入らなくて、ニエンテの腕の中にもたれかかってしまいそうだったが、複数の黒い手がサフィールの体を支える。
 ニエンテの手がサフィールの頬を撫でてきた。
 優しい微笑み、優しく触れる感触、酷く心地よい、こんな心地よさは屋敷に居た時感じた事が無かった。
 けれども――物足りなかった。

「……も……っと……さ、わ……って……」

 口が勝手に動いて、願いを吐き出してしまった。
 心がそれに恐怖を感じる。
「いいとも、サフィール。私は叶えられるお願いなら応えよう。愛しているよ、私のサフィール」
 ニエンテは柔らかく微笑みながら、体を優しく触り始めた、黒い手達もサフィールの体を優しく触りだす。
 願いを望みを否定されず、受け入れてもらえた事と、「愛している」と言われた事、そして優しく体を触れてもらえた事に、サフィールはうっとりとした表情になり、甘い声を薄紅の唇からこぼした。




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