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夫の思うこと
しおりを挟む「……」
ニエンテは明らかに、精神的に落ち込んでいる、再び傷つき始めているサフィールを横目でちらりと見てから、心の中でため息をつく。
――あーあ、なんにも知らされず、あんな冷たい言われ方と、今までの扱いとか、最後の言葉がアレじゃあ、傷は深いか。あの馬鹿、他の連中の事なんざ無視して妻とか子ども作らず、エリスちゃんだけが妻で、サフィールちゃんだけが子どもだったらこんな事起きなかったのになぁ、馬鹿な奴――
――まぁ、アイツの家庭事情はアイツの自業自得だ、俺そこまで面倒見る気ねぇもん、それよかサフィールちゃんだ、俺にはよく分からねぇけど、親の「愛」を欲しい子どもはそれがもらえなかったら辛いんだろうなぁ、どこかでそれをもらおうとしたがるのかね?――
――ああ、そうか、親と「決別」もしくは「親離れ」できない子ども達は、親に何らかの形で縋ったり、親から認めてもらおうと、言葉を聞いてしまうのか、だから――
――この子は、あいつの言葉に反抗も、怒りも、何もぶつけず、従ったのか――
――この子は「自分は疎まれている」と思いながらも、言う事を聞いた、言う事を聞いていれば、いつか自分に「愛している」とどっかで期待して――
――可哀そうに。つか、あの馬鹿は本当救えない、本心では愛し幸せを願っておきながら、それと真逆の行動としかこの子が取れない事ばかりしやがる――
――……あの馬鹿の所のゴタゴタが終わっても、サフィールちゃんには会わせてやらねぇ、虫が良すぎる、此処迄傷つけておいて、会おうなんて考えてるなら、厚顔無恥にもほどがある!!――
ニエンテは怒りやら何やら色んな感情が噴き出しそうになったが、ぐっとそれらを抑え付け、静かに湯に浸かっていた。
今うかつに普段の様に感情を出してしまうと、サフィールがそれで受ける必要のないダメージを受けかねないと理解しているからだ。
故に、ニエンテは最初の様な態度を取るのはサフィールの前では止める事にした。
ニエンテは「本当の形がない」、姿だけではなく性格、声、口調等どれが本当のニエンテなのかと問われたらニエンテ自身も答えられないからだ。
知ある者達がこの世に出現する前、万等遥かに超えた遠い遠い昔にニエンテはいつの間にか「居た」。
形はどうだったか覚えていない、動くのが酷く難しかったのは覚えている。
動く者を「目にして」気が付いたらそれを真似して動けていた。
少しずつ、生き物たちの存在を「真似」、「学習」し、それを何千回、何千万回、何兆回――数え切れない程繰り返した。
その結果、ニエンテは「よく分からない」な存在になっていた。
性格もころころと変わり、姿も変わり、出来ないことを数えた方が早いほどほとんどの事ができるようになっていた。
当時――「大戦」の時の事を知っている今も生きている統治者の上位の者達のみが知っていることだが「世界」を変えたのはニエンテだ。
ニエンテ自身は変えたつもりは無いが。
何故なら、大戦時――天から来た者達を喰らっていた時のことを、ニエンテはあまり覚えていないからだ。
覚えていることは「こいつ等喰わなきゃ俺が『殺される』」という事だけ。
簡単に言うと「死にたくないから『殺した』」、それを繰り返して、繰り返して、天まで昇り――「何か」を喰ったのだ。
何を喰ったのか勿論ニエンテは覚えていないが、ソレを喰った途端世界が一変した。
星々も、空も、空気の感触も、光も、宇宙も、あらゆるものが変化しすぎた。
生きている者達はすぐさま変化するということはなかったが、徐々に変化した世界に合わせるように変わっていった者が多い。
その間も様々な事があり――そして今に至る。
色々あって最上位の「統治者」というお飾りっぽい立場を与えられ、「統治者」がやる仕事ではない「仕事」をたまにこなしつつ、他の「統治者」達の所に顔を出して話をしたり、それなりに楽しくはあった。
そんな時、四大真祖にして統治者イグニスから悩みを相談された。
それが彼の子ども――サフィールについてだった。
公になってはいない「正妻」エリス。
彼女が人ならざる存在だったらこの問題は起きなかった。
何故なら彼女はもっともか弱い存在である「人」だったからだ。
それ故、彼女はイグニスの城には近づくことをイグニスは許可できなかった、遠ざけることでしか守ることができなかった。
彼女との間にできたサフィールも同様だった。
エリスの死後の直前、他の妻やその間にできた子の行動は悪化しはじめた為、イグニスは最愛の我が子であるサフィールを屋敷の範囲から出さない事で何とか守ることができた。
が、それについに限界が来たのだ。
連中がサフィールの命を狙おうと考え始めたのだ。
イグニスはその件をニエンテに相談した。
ニエンテはそれを聞いた時、色々とツッコミたいことやアホかと怒鳴りたくもなり、同時にイグニスの事はどうでも良くなった。
だが、サフィールに関しては別だと感じた。
非も無ければ、罪もない、ただ人の血を引き、両方の性を持つという特異性を持ち、四大真祖イグニスの子――というだけで他の連中に命を狙われるというのはあまりにも可哀そうに思えたのだ。
最初は他の「統治者」の所に預けるとかはどうだと提案したが、却下された。
他の所でも危険だと、他の統治者も色々問題を抱えていると。
ただニエンテもはあまり相談された事が無かったので、それに提案するのは慣れてはいないが、何とか色んな案を絞り出したがどれも却下された。
そして最後に出した提案が「自分の所に養子に出すか、嫁に出すかしたらいいんじゃね?」という提案だった。
イグニスはその提案を聞き、しばらく考えた後「サフィールをニエンテの元へ嫁がせる」という選択をした。
嫁がせる選択は確かにある種サフィールの身の安全を考えれば最良なのだが――それを告げる時のイグニスのサフィールへの態度が酷すぎた。
ちゃんと説明すればまだ、其処まで傷を負わないで済んだものの、時間がない上情を少しだけでも出せば「何かあった時、戻ってくるかもしれない」と思っていたのだろう、徹底的に冷たい態度で突きとおした。
結果、サフィールは酷く傷つき、今もそれに苦しんでいる。
最初はそこまで触れなかったので分からなかった、ただあまり良くない存在へ嫁がされた事への嫌悪や憂鬱で暗いのかと思ったが、抱いて、触れて、「見た」結果、それは違い、酷く傷ついてるのが分かった。
八つ当たりもできない、ただ心の中にため込んでため込んで、そして苦しむそんな可哀そうな子だというのが分かった。
誰かにすがって泣くこともできない、一人の時にしか泣くことができない。
『助けて』
それが言えない可哀そうな存在。
屋敷の召使いたちもサフィールに立場上そこまで踏み込むことはできない、そして親友と呼べるような者は屋敷から出ることを禁じられたサフィールにいることわけもなかった。
――ああ、あれも、これも、全部イグニスの大馬鹿野郎が悪い!!――
ニエンテは表情や雰囲気に出さないよう必死に努めたが、色々思い出してはサフィールをここまで傷つけた父親であり、諸悪の根源のようなイグニスの事を思い出すので、思考するのを止めた。
これ以上考えると、どうやっても表情等に出てしまう。
――うん、風呂から上がったら酒飲もう、酔っぱらえなくても別に構いやしねぇ――
ちらりと浴場に設置してある、時計を見た。
大分長風呂をしているのに気づいて、嫌な予感をして横を見ると、白い体を紅に染めてぐったりとしているサフィールが居た。
心の中で絶叫しつつ、周囲を見るがメイド達に二人で静かに入浴したいと頼んだので、よほどのことがない限り入ってこないのを思い出したニエンテは、慌ててサフィールを抱きかかえて大風呂から出て、浴場を後にした。
浴場の前の少しひんやりとした部屋でメイド達が明らかに「サフィールが茹ってる」のを想定しそれを冷やす為の物を持ち、いつもより冷たい表情で主であるニエンテを見ていた。
「ニエンテ様、最低です」
「悪かったね、こういう事に頭が回らなくて」
「そんなだからモテないのですよ」
「余計なお世話だよ」
いつサフィールが目を覚ますか分からないので、荒い口調で反論するのをニエンテは避けた。
ニエンテ一瞬で自身の体に付着している液体を乾かすと、黒い物体がニエンテの体を覆い服になった。
ニエンテはサフィールを寝かせられる場所に、サフィールを寝かせ、冷却作用のある布を体にかけてから手当を始める。
「サフィール、サフィール」
肩を叩き、声をかける。
少しすると、サフィールはゆっくりと目を開けて、ぼんやりとこちらに視線を向けてきた。
「起きて、飲めるかい?」
透明な液体の入ったグラスを見せると、サフィールはのろのろとした動作で起き上がり、グラスを受け取ると、口に運び少しずつ飲んでいった。
ニエンテは空になったグラスを受け取るとメイドに渡して、サフィールを再度寝かせた。
「どうしてのぼせていたのに上がらなかったんだい? ああ、答えたくないなら答えなくてもいい、言いづらいこともあるだろうし」
ニエンテは微笑みながら優しい声色と口調で、サフィールの頬を撫でながら言う。
「次からはそういう我慢をしないでおくれ、私からのお願いだよ」
ニエンテがそう言うと、サフィールは小さく頷いて、ゆっくりと目を閉じた。
ニエンテはサフィールの体に触れる。
「医務室に運んで治療の方を、かなり脱水しているし、まだ体温もかなり高い」
「畏まりました」
メイド達が、サフィールの体を布で隠したまま出現した扉の向こうへ行った。
「ニエンテ様はどうなさいます?」
「……何か自分も相当馬鹿なのに腹が立ってきた」
「馬鹿なのはいつもの事かと」
「お前らマジ俺に対して辛辣だよな本当!!」
サフィールが居なくなった途端、ニエンテは普段よく使う口調になってメイドに突っかかった。
「あ゛ー……何かしようかと思っても『庭』の方はもうやることやっちまったし、後は待つだけ、明日になれば『庭』として問題なく機能するの待つだけだから俺がやることは――……」
「ご依頼は現在ありません、でしたらいつものように飲酒でもなさってはいかがでしょうか?」
「サフィールちゃんの事考えたら飲めねぇ、飲む気になれねぇ」
「……それは失礼しました」
「――サフィールちゃんの傍にいるわ、何かあったら連絡をくれ、あそうそう」
ニエンテは医務室に向かおうと思って歩き出そうと思ったが、一度立ち止まった。
「なんでしょうか?」
「内容更新だ。イグニスと、イグニスの血族、イグニス婚姻関係を結んだ者の血族、そのほかイグニスの関係者とかそういう連中は誰一人として城に入れるな、いいな」
「イグニス様も、ですか?」
「ああ、特に奴は何があっても入れるな」
メイドの言葉に、ニエンテは鋭い視線を向けて答える。
「畏まりました」
メイドは反論することなく、頭を下げてその場を後にした。
メイドがいなくなると、ニエンテは医務室に向かって歩き始め、そして姿を消した。
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