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嘆く花嫁

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 人ならざる者達が、人を支配し、統治する世界。
 様々な統治者が居たが、被支配層の間で名前で最も有名なのは四大真祖と呼ばれる統治者たちだった。
 だが、統治者たちの間では更に上の存在が有名だった。

 誰も彼の存在に逆らうことなかれ――

 そう言われる程の存在がいた。
 その名はニエンテ――

 見る者によって姿を変えると言う謎の存在。
 その存在が住まう城に、六本の脚をもつ馬達が走る馬車と、同じような六本脚の無数の馬たちが引く大型の馬車が向かっていた――




 馬車の中、黄金など劣る程の美しい金色の長い髪の人ならざる美貌を持つ、美しい青年が、美しいヴェールを被り、花嫁衣裳とも花婿衣装とも取れるような美しい白い服に身を包んで、座り目を閉じていた。
 青年はため息をつき、首から下げているイエローサファイアのペンダントを握りしめた。
「……母様……」
 青年はそういうと顔を覆った。


 生まれて物心ついてから父の姿を見た回数など数える程度。
 母と、自分の事を嘲笑わない、自分の事に真摯に寄り添ってくれる召使たちと、父の城から遠く離れた屋敷で暮らしていた。
 城に呼び出されたことなど一度もない。
 母が亡くなった時、父が来ていたのを覚えているが泣いてなどいなかった、ただ静かに母を見ていたのを覚えている。
 それからどれくらいの月日がたっただろう、母の死後父は自分に屋敷から決して出るなと命令をして、自分はそれに従い一人屋敷にこもり召使以外の誰とも関わらず生きてきた。
 だが、先日――
『サフィール、お前とニエンテと結婚させる事にした』
 父が急に言い出した。
『な、何故です』
『――当主命令だ、お前はニエンテの妻となるのだ、仕度をせよ。異論は認めぬ。そして二度とここに戻ってくるな』
 冷たい父の言葉に、己の心がずたずたに引き裂かれるのをサフィールは感じた。

――ああ、父上、貴方も、他の異母兄弟達のように私を、疎んでいたの、ですね――

 父が居なくなったと同時に、サフィールは泣いた。
 もう、ここは居場所ではないのだ、出ていけと言われたのだから。

――母様との思い出の詰まった此処から、出て行けと、父上、貴方は酷すぎる――

 サフィールはそれでも逆らうことなど出来なかった、父の言葉に従い、仕度をした。
 身一つで行けとは言われなかったのが、少しだけ救われた。
 母との思い出の品などを何とか輸送用の馬車に詰め込み、母の墓を掘り、遺骨を少しだけもらい、そして身を清めてから用意された花嫁衣裳に身を包み、馬車に乗り込んだ。
 魔導車や自動走行車等もあるが、父の持つ六本の脚をもつ幻獣馬の方が遥かに早いからとそちらが準備されていたのもサフィールの心を傷つけた。

――ああ、早く、失せろ、出ていけ、ということなのですね――

 サフィールは悲し気表情で自分を慰める召使たち言葉を聞きながらも、それに癒されることなく、傷心のまま馬車に乗り込み、一人暗い表情を浮かべていた。


 サフィールは外を見る気もなかった。
 景色を見る気分すら起きないのだ、それほどサフィールの心は暗く沈んでいた。

――いっそ、何処かに消えてしまいたい、母様の後を追いたい――

 そんな気持ちが湧くほどだった。

 しばらくして、音が聞こえた。
 到着したことを知らせる音。
 サフィールは憂鬱そうな息を吐いた。
 馬車の扉が開く。
「サフィール様ですね、お待ちしておりました」
 数人のメイドがどことなく無機質な声でサフィールを出迎えた。
 足元には花嫁衣裳が汚れぬようカーペットが敷かれている。
 メイド達はサフィールの衣装が汚れぬように裾をもったり、荷物を持っていた。
 執事の様な姿の者達がそれ以外の品が入っている馬車へと向かっていくのが見えた。
「さぁ、サフィール様、ニエンテ様がお待ちしております」
 メイドの一人の手を引かれ、サフィールは憂鬱な気持ちのまま足を動かした。
 目の前の巨大な城を見ながら、その城の開かれた扉の方へと歩いていった。

 父の城にも入った事のないサフィールにとって、初めての城だが、入って分かった。
 凄まじい魔力で作られた城だと。
 敵対者は入った時点で命を落としかねない、それほどだから、城の周辺には最低限の防御構造で問題ないのだろうと、既に暗くなっているが、夜でもよく見える種族の血を引く故、サフィールはそれを理解した。
 父は本当最低限のことしか言わなかった、だからサフィールは「ニエンテ」についてどういう人物かはあまり知らない。

 噂では――淫魔達でさえドン引きする程の色欲の持ち主だとか――

 サフィールは身震いした。
 より、心に深い傷がつくのをサフィールは感じ、足取りが重くなっていく。
「サフィール様、大丈夫ですか?」
「……何でも、ない……」
「そのようには見えません、ニエンテ様に迎えに来てもらいましょう。ニエンテ様」
 メイドが城の主にして――サフィールを妻に迎えることとなった存在の名前を呼ぶのに、サフィールの白い顔が青ざめる。

「ああ、来たの? うんうん、今行く今行く!!」

 男の声が聞こえた、サフィールが顔を上げると、階段の所に、花婿衣装を身にまとった、顔のない、真っ黒で人の様な姿をした何かがいた。
 それは飛び降りて、サフィールの少し前のところに、床やカーペットに衝撃を与えることなく降りてくると、サフィールに近づいてきた。
 目も口も鼻もない、つるっとした顔のその存在は身長がそれなりに高いサフィールよりも高かった。
 サフィールの顎を掴んで、顔を上げさせてきた。
「っ……」
 目もないのに、じっとりとみられている感じがして、サフィールは視線をそらした。
「はは、うんうん。確かにアイツにゃにてねーな。エリスちゃんそっくりだわ!!」
「⁈」
 あったばかりの異形なる存在が、サフィールの亡き母の名前を口に出したことに、サフィールは驚いて視線を戻した。
 何もない顔なのに、笑っているようにみえる。
「あー状態だと、お気に召さない? じゃあこれはどうだい?」
 真っ黒な顔のない花婿衣装に身を包んだその異形は、一瞬で銀髪に赤い目、青白い肌のの壮年の男性の姿――サフィールの母エリスと同じ時期に無くなったサフィールの世話係の姿に変わった、声も彼の声と瓜二つだった。
「な……?!」
「それともこっち?」
 再び声が変わり、次は黒い肌の黒い髪、黒い目の少年の姿に変わった、サフィールの幼いころの一度だけ遊ぶことができた少年の姿だった。
「!?」
「ああ、どれもお気に召さないか、じゃ俺の気に入りの姿にならせてもらうよ」
 次の瞬間、それは褐色肌の銀髪肩まである長さの髪の、青い目の男性の姿になった。
「どうだい、色男だろう?」
 また、声も変わる。
「と、言ってもずっとお屋敷で引きこもってたサフィールちゃんには分からんか」
 姿や声までも変えるそれは肩をすくめた。
「では改めまして花嫁さん、ようこそ俺の城へ。俺はニエンテ。この城の主、で――」
 得体の知れない存在――ニエンテは、サフィールの腰に手を回し、抱き寄せた。
「これからは君の夫だ」
 ニエンテはいやらしい手つきで、服越しにサフィールの体を撫でてきた。
「……」
 サフィールはそれに酷い嫌悪と寒気を感じた。
 けど、自分には帰るところなどないし、逃げ出すこともおそらくできない。
 出入口は開いているが障壁が張られ、自分が出れないのを示していた。

 そして、父がサフィールを「花嫁」としてこの存在に自分を娶らせたということは――

「うん、あいつから聞いてるよ、君の体の事。男の子と女の子の、両方あるんでしょ?」
 股の箇所を服越しいやらしい手つきで撫でる感触に全身が総毛だった。
 顔から血の気が引く。

――淫魔達でさえドン引きする程の色欲の持ち主――

「ニエンテ様、初日はサフィール様にそのような対応は控えるよう、イグニス様からのご要望があったはずです」
 メイドの一人が口を開くとニエンテはサフィールの体から手を離して、少し距離を取る。
「おーっと、そうだった。初日からいつのもやったら焼きに来るってアイツいってたしなぁ」

――父上が、焼きに、来る?――

 メイドから出た父の名前と、ニエンテの態度にサフィールは頭が混乱した。

――父上は、私を――

 感情がぐちゃぐちゃになっていく、サフィールに、ニエンテが手を差し出してきた。
「ま、その話は何時かするから、今日はもうゆっくり休んで」
 先ほどの表情とは全く異なる柔らかく優しい表情でニエンテが言ってきたので、サフィールは恐る恐るその手を掴む。
「よし、じゃあ寝室に行こう、ああ今日は何もしないよ、だから安心して」
 ニエンテはそう言って指を鳴らすと目の前に扉が出てきた。
 扉が開き、ニエンテに促されるまま、その扉へ入ると、広い寝室へと移動していた。
「俺の城広いから、階段とかも基本使わず転移魔法系統で移動するから、だからこれ」
 ニエンテはサフィールの手に何かを握らせた。
 手の中には青い宝石が埋め込まれたブレスレッドがあった。
「それで城の中行きたい場所あった時とか、迷子なった時に使えばいいから」
「……わかった」
「――ニエンテ様、サフィール様の荷物全て運び入れ、そして指示通りの場所に収納しておきました」
 メイドが姿を現し、そう言ってきた。
「よしよし、じゃあサフィールの服を着替えさせてやってくれ、俺は出かける」
「畏まりました」
「じゃ、サフィールちゃん、今日はゆっくり休みな」
 ニエンテはそう言って花婿衣装から真っ黒な服に身にまとっている物を一瞬で変え、同時にその場から姿を消した。
「サフィール様、寝衣はこちらでよろしいですね」
「……あ、ああ」
 メイド達が入ってくる、彼女たちはサフィールの纏っている花嫁衣裳を脱がせると、寝衣を着せてきた。
「ではゆっくりお休みください」
 メイド達はそう言って部屋から出て行った。
 部屋が暗くなる。
 サフィールはため息を吐き出し、ゆっくりと広すぎるベッドに近づき、近くの台に首から下げてたペンダントと、受け取ったブレスレッドを置き、ベッドに体を横たえ、上質な毛布で体を覆う。

――明日から、私は、どうなるのだろうか……?――

 不安を抱きながらサフィールは目を閉じ眠りに落ちた。




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