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第二章:エドガルド、自分、そして──
「汚泥」の中で歪みに歪み~汚されるくらいならいっそ~(Side:エドガルド)
しおりを挟む出発前の挨拶が酷く憂鬱だった。
それを表に出さないことが出来たのは幸いだった。
ふと、弟の執事の姿が目に入った。
私は苦しくてたまらなかったからこそ、弟の執事を呼び、少しだけ話をする時間をもらった。
向こうは自分が呼ばれる等と思ってもいなかっただろう。
しかも私の執事を外して二人きりなど。
私は弟の執事に……あまり良く思われてないのは理解している。
弟は、ダンテは、残酷な程に優しすぎる。
自分の本心を悟られない為に無下に扱う私を、純粋に慕う優しさが私には苦しかった。
けれども、自分の執事になど話せなかった、あの執事には話したくなかった。
父上にも母上にも話せなかった。
だから、弟の執事と話したかった。
弟の事を。
弟の執事は平静を装い私を下げることはしないながらも、自身が仕えている主についての素晴らしさを大げさにではなく淡々と語ってくれた。
残酷な程に優しい、私の弟。
焦がれる程私は愛しているのに、代わりなどどこにもいない程愛しているのに、私を「愛」してはくれない存在。
なのに――
『四年も兄様と会えないのに、挨拶もできないのは寂しいのです』
『兄様が私をどう思っていようと、私にとって兄様は大切な存在なのです』
『兄様、私は兄様の帰りをお待ちします。手紙も出します。どうか、お体に気を付けて、善き四年間を』
ああ、ああ。
苦しくてたまらない。
お前のあの言葉が私を苦しめる。
――四年も弟に会えないなどあんまりだ――
苦しさのあまり、吐き出してしまった言葉。
そしてため込んだ思いが零れていく。
けれども、弟を、ダンテを焦がれる程に愛している事だけは、隠し通せた。
でも、多くの抱えていた思いを言ってしまった。
私が口止めの言葉を言う前にダンテの執事はこういった。
『――先ほどの事は聞かなかった事に致します、エドガルド殿下。どうか良き四年間をお過ごしください』
そう言って弟の執事は去っていった。
私はその言葉を信じるしかなかった――
ガラッシア学院。
共同都市メーゼの歴史ある学院の一つ。
学院生活が始まった。
王族故、私には屋敷が用意されていた。
王族以外の場合は共同部屋らしいが、私はそうではないので屋敷が用意された。
執事も基本付き添っているが執事の部屋もある。
だから一人で休める時間があるのは有難かった。
近づいてくる連中は、次期国王でなくとも王族――それ故繋がりを持ちたがる雄と雌があまりにも多すぎた。
学院の中も、外も、それに――
汚らわしい、汚らわしい、汚らわしい!!
媚を売る雄達、雌達が汚らわしくて仕方ない!!
週末のダンテからの手紙を読む時間だけが、救いの時間だった。
けれども、返事は出せなかった。
書けるようなことなど何一つないのだ。
私には、何もないのだ!
だから、返事など出せなかった、出せるはずもなかった。
だが、帰国前に苦しさのあまり手紙を送ってしまった。
募った感情、我慢した思いを書き殴っては消して、書き殴っては消してを繰り返し、何も書かれていない状態に見えるものを送ってしまった。
私の醜い感情を知られたくなかった、でも気づいてほしかった。
手紙を出した後、あまりにも綺麗なダンテの事が私の頭を占めた。
ダンテが18になったら、こんな薄汚い連中がいる場所に来なければならないと?
そんな薄汚い連中に汚されると?
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
そんな連中に汚されるくらいなら――
どうせ「愛」してもらえないなら――
いっそ
自分の手で――
悪い事だと訴える良心も理性も麻痺していた。
ダンテにだけ効果が出るように作った毒を買っておいた飲み物に混ぜた。
隠蔽の術と毒の効果もあり毒見役は毒を見抜けなかった。
私は公の場では初めて、そして四年ぶりに、欲しくて欲しくて、焦がれて焦がれて、愛おしくて愛おしくてたまらなかったダンテと再会を果たす。
16歳になったダンテは、本当に、本当に、美しかった。
青く美しく輝く銀色の色の長い髪。
透明感のある黄金の目。
大地の愛されている美しい褐色の肌。
私より小さいであろうが、すらりとした背。
無駄なものがない美しく若いまだ少年的な体つきが服を着ていても分かった。
ああ、美しい。
だから、あんな醜い蟲共に汚される前に――
何も知らずに、グラスに口を付け飲む様の美しかった。
微笑んだ顔も愛おしかった。
ああ、それを私は――
薬が効いてきたようで、ダンテは祝いの場を後にした。
主役が居なくなったという事もあり、宴は終わる。
そして、皆が寝静まった夜、私は見張り達に気づかれぬようにしてダンテの寝室へとむかった。
音もなく部屋に入ると、ダンテがベッドの上で横になっているのが見えた。
静かに近寄り、寝顔を見つめる。
寝顔を見たのはダンテが赤ん坊の頃以来。
寝顔も、とても美しかった。
間近で見ると、銀色のまつげは長く美しかった。
唇もほんのりと紅の色をしていて、吸い付いてしまいたかった。
毛布をはぎ、起きる気配のないダンテの上に跨る。
何も知らぬであろう、美しく清らかな体。
その体を薄汚い蟲共の手が這うのが頭をよぎる。
――あの薄汚い蟲共に汚されるなど、我慢ならない――
――報われないなら、いっそ――
私はダンテの寝間着に手をかけめくろうとした。
「――兄上、何をしているのですか?」
ダンテの言葉に、体が凍り付いた。
恐ろしくて、私は弟を、ダンテを直視できなかった――
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