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第二章:エドガルド、自分、そして──
兄の思いに向き合う~完璧ではなくとも~
しおりを挟む兄の手が微かに汗ばんでいる。
予想などしなかったのだろう。
このような事態を。
様々な感情に揺れるサファイアブルーの目。
「……兄上、私が憎いですか?」
「!?」
兄は驚き、そして焦ったように目を反らした。
「兄上、私を見て下さい」
兄は私を見ようとはしない。
けれども私は続ける。
「私は兄上を咎めるつもりはありません」
その言葉に表情を変えた、兄の表情が憎悪の色に染まる。
「ふざけるな!! そのような言葉――」
「信じてください。兄上。私は兄上の事が――」
「大切なのです」
目を見据えて、はっきりと言う。
憎悪に染まった表情が、戸惑いに変わる。
「兄上、兄上からの手紙を、私は見ました」
「……」
兄上は、何も言わない、いやおそらく言えないのだろう。
「……兄上、私は推測する事しかできませんが、四年という学院生活は兄上にとって――苦しかったのですね? 悪意に、満ちていて」
表情がまた変わる、泣くのを堪える子どものように私には見えた。
兄は上辺をずっと取り繕っていたのだろう。
傷つかない様に、悟られない様に。
そしてある事実から目をそらしたくて。
「兄上、兄上は……自分が『祝福』されない理由を理解したからこそ、私が……憎いのですね」
兄の手がさらに汗ばむ。
震えている。
それ以上は言わないでほしい、そう怯えているのが分かる。
自分が「祝福」されず、私が「祝福」された理由。
兄は私以外を「愛」せないから。
私はそうではない……まぁ、ゲームだと攻略対象公式からはっきりと顔出しされてたの四人だったしな、エドガルドは隠しだったし、公式め、とんだ愛憎ゲームだしやがって。
でもあの会社の好きだったから仕方ない、NTRと不倫がないからね私としては助かっている、それはそれとしておのれ。
『確か「Form of love」だったか? 制作会社は。いやはや、あのご時世でよく18禁ゲームであそこ迄やっていけるのは素晴らしいとしか言えんな』
――まぁ、色々としっかりしてたし、攻略情報とかは絶対教えてくれないけれども、攻略しきったというのが攻略サイトに出た頃合いには、資料本とか、普段使いできるグッズとか出してくれるし……再販もかなりの頻度でしてくれるからうん……――
『そういえば、そうだな』
――転売とかするの報告したら即座に再販報告をWeb掲載、SNSで拡散してたからなあの会社……すげぇよ、18禁のゲーム売ってる会社とは思えねーよ……いや、18禁じゃないゲーム売る兄弟会社あったけど――
『……何と言うか、凄まじいな』
――うん――
『後、また、悩んだ結果思考がそれてるな。現実逃避したくなるほど、難しい問題でもないと思うが?』
――軽く言ってくれますね、この神様は!――
『当然だ、お前は既に「解」を得ているのだからな』
――……は?――
『無自覚、これは面倒だな』
神様の呆れたような声。
私が既に「解」を得ているだって?
分からないから、思わず現実逃避してこうなってるんですけど?
『それは「本当」か?』
――全員幸せにするのはハーレムしかないという事は、全員をちゃんと彼らの心に持っているものと向き合って愛し合う必要がある、結果五股するの非常に嫌だけど――
『なにを言う、どこぞのゲームの隠れて二股とかそういうのではなく、全員公認状態でするんだぞ?』
――更に難しいじゃないですかヤダー!!――
思わず絶叫する。
『……まぁ、それやると……いや、これは言わんでおくか』
――非常に怖いのですが?――
『とりあえず体力関係に関する事柄は伸ばしておいて損はないと言っておく』
――ちょっとぉ?!――
『というか、今の自分に満足せず励め。それと脱線は終わりだ、無自覚のようだから問いかけよう』
神様の圧のある声が割と怖い。
『お前は兄を「愛」せないのか』
――いや、そうではないですけど……でも、兄だけを愛するとかはできない、そうでしょう?――
『分かっているではないか』
――意味が分からないよ!!――
『そう、兄だけを愛することはできない。つまり、今兄に「愛」を語ることはできない、ならばどうする?』
――……今まで、会った人達の中では、一番大切……?――
『分かっているではないか、ならさっさと言うがいい』
神様の呆れた声を最後に、また時間が動きはじめる。
眠った時、それと先ほどのような時は時間が止まる。
その間私は精神的な場所にいる状態になり神様と話すので、別にダンテが何か動いているわけではない。
ゲーム的に言えば一時停止ボタンを押したりしている状態だ。
それを理解している私は、神様に言われたことを実行するべく、震えている兄を見つめたまま、私は口を開いた。
「……兄上、私は。兄上が私の事を憎くても……私は、私は今まで出会った方々の中でも兄上を大切に思っております。フィレンツォよりも、父上と母上よりも」
兄の手を握り、私は言う。
兄の目がより揺らぐ、様々な感情でぐちゃぐちゃになっているように見えた。
表情が歪む、まるでどうしようもなく泣きじゃくり駄々をこねる子どものようだった。
「だがお前は私を選ばないではないか!! 私はお前しか愛せないのに、お前は私を『愛することはない』から選ばれた!! 私はお前しか愛せないのが女神が理解してたから選ばれなかった!!」
兄の本心。
自分がいくら愛そうと、焦がれようとも「愛され」ないと思っているからこそ、兄は苦しいのだろう。
愛が深いが故に、憎悪を抱き、愛されないなら死んでほしいと願い、その愛憎に苦しみ、そう願う罪深さ故に許しと救いを求める。
愛を、求める。
選ばれなかった事を強調しているのは――選ばれなかったことを嘆いているのではない事くらい、私でも分かる。
女神に選ばれた私が自分の事を「選ばない」から、選ばれた。
兄を愛することがないであろうから私が「選ばれた」と強調することで、兄にとって自分の愛が報われない事が苦しくてたまらないのを少しでも隠したいのだろう。
他の誰かを愛することが兄にはできなかったのだ。
――手紙を出すのは間違いだったのでは――
『否、正しかった。手紙がなければ、周囲の醜さにエドガルドは耐えられなかった。歪さがより酷くなり、今の言葉を吐きだせたかどうかすらわからない』
思った事を神様は即座に否定した。
少しだけ安心した。
嗚咽を零し、俯いて涙を流し続ける兄の手を握って私は静かに言う。
「……兄上のような『愛』を私はまだ知らないのです。分からないのです、それがどういう事なのか。けれども――」
「兄上がいなくなることは、私には耐えがたい事なのです」
兄が顔を上げる。
「……申し訳ございません、兄上。私はそう答えることしかできません。でもお伝えします、兄上。私は兄上を家族という意味合い以上に愛しています。兄上――いえ、エドガルド、私はそれほど貴方の事が大切なのです」
これが、私なりの、私が今言える精一杯の言葉だ。
兄さん、いえ、エドガルド。
不器用で、ままならぬ苦しみを抱えてきて、それ故私を犯そうとした貴方の行為は確かに貴方は許さないでしょう。
今の言葉を聞いた貴方は自分を許せないでしょう。
でも、私は許します。
私の、可愛い兄、私の大事な、エドガルド。
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