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変わる事、変われない事~幸せな日々~
しおりを挟む「アベルお前正気か?」
「安心しろ、正気だ。エミリアの告げるのは別離の言葉だ」
「何? 言ってなかったのか?」
「完全にはな」
アベルは椅子に座りなおして、グラスを傾け、中の葡萄酒を飲み干す。
「それでエミリアは晴れて自由だ、私と添い遂げられる」
「……分かったお前がそう言うなら」
アベルの言葉に、しぶしぶバージルも納得した。
「ようこそ、ガロウズご夫妻!」
二週間後、私はバイロン辺境伯様の所へアベル様と向かいました。
「ブルース様、私の我儘を聞き入れてくださり、感謝します」
「いいんだいいんだ、それよりもアレクシスの脱走癖が悪化しててね」
「……分かりました、ではお願いします」
屋敷の中に案内されると、応接室で従者の方に体を抑えつけられているアレクシスがいました。
――ああ、貴方は現実逃避を繰り返しているのですね――
「アレクシス――」
「エミリア助けてくれ!! こいつ等は私を殺す気だ!!」
「……現実逃避は止めてください、貴方は私を捨てましたでしょう?」
「ちがう!! お前が何も言わないから不安だったんだ!! 今だって愛しているんだ!!」
心からの言葉なのは分かりますが、私にとってはアレクシス自身に都合の良い言葉にしか聞こえませんでした。
「――幼い頃、貴方は虫や蛇を捕まえては私に見せにきましたよね?」
「……? あ、ああそれがどうした?」
「私はそれに『いやです、やめてください』と言ったのに、貴方はなんども繰り返した、それに何度も拒否の言葉を言っても貴方は止めなかった、だから私は貴方に拒否の言葉を言うのは止めました」
「そ、そんな子どもの頃の――」
「貴方の誕生日に、贈り物を持って私は貴方に『アレクシス、大好きよ』と言ったのに貴方は『嘘をつけ!』と冷やかし続けました。だから私は貴方に『好き』というのも止めました」
淡々と事実を述べます。
アレクシスの顔が真っ青になっていきます。
「アレクシス――」
「――全部、貴方が招いたことよ。貴方は私を信じてくれなかったから、私は貴方を信じられなくなった。だからもう、あの時終わっていたの」
「そしてどうか、自分のしたことをちゃんと見つめなおして、現実を見て」
「もう、私と貴方は終わったの。貴方を愛していた気持ちはあの日貴方の言葉で死んだの。だから、お終いなのよ」
目からつぅと一筋の涙が零れるのが分かりました。
それをアベル様が拭ってくださいました。
それを見たアレクシスはがくりとうなだれたようでした。
「さようなら、アレクシス、どうか幸せになってください。自分がしたことを償った上で――」
私はそう言い終わると、アベル様と部屋を後にしました。
その後、ベティさんと話をしましたが、こちらの話は全く聞いてもらえず、罵られる一方だったのでブルース様が会話を打ち切り、彼女を独房へと連れて行きました。
アレクシス程でなくても、自分がしてきたことの重さを理解して欲しかったのですが――残念でした。
「もう、帰るのか?」
「要件はこれだけだ――だが、土産を用意してくれるとは思わなかった、すまない私からの土産が葡萄酒二本だけなのにな」
アベルがそう言うと、ブルースは首を振った。
「王族御用達の葡萄酒だろ?! だから気にするな!」
「そうか」
「エミリアちゃんは?」
「疲れて寝ている、ではな」
「ああ」
アベルはそう言って馬車に乗り込むと、すぅすぅと眠っているエミリアに毛布を掛けてやり、そのまま走らせた。
後日、アベルとエミリアの元にアレクシスの態度が変わったと報告があった。
仕事を覚えようと必死になり、脱走などしなくなったそうだ。
それからさらに月日がたったある日、二人の元へバイロン辺境伯からとある茶葉が届いた。
それはアレクシスが購入したものだという。
『何も気づかなくて、ごめんエミリア。それからお幸せに』
と、メッセージカードが添えられていた。
アベルは人は変わるものだなと少しだけ感心した。
だが、変わらないものもいる。
アレクシスとは違い、ベティ・ルネス。
彼女は何度も脱走を繰り返し――ついにはワイバーンの群れの餌食となったそうだ。
そして骨だけになった亡骸をルネス家に返されたという。
そのことを聞いたエミリアは、悲壮の色に染まった顔をして、静かに涙を流していた。
「エミリア、可愛いエミリア」
「何ですか、アベル様。それと可愛いというのはそのお恥ずかしいので……」
「可愛いらしく美しい君をそう言って何がダメなのかね?」
アベル様は大体こういって私の少し恥ずかしいという気持ちに歯止めをかけてしまいます。
いつも私の傍にいて、日々を過ごしてくださることがとても楽しいと感じています。
アレクシスは人が変わり、勤勉で真面目になり、結婚が決まったそうです。
お祝いを送りたいというと、アベル様は――
『以前のままの彼なら私は嫌だが、彼は変わった。ともに選びましょう』
と、いって共に祝いの品を選びました。
茶葉のお返しに、アベル様は様々な果実のジュースの詰め合わせを送りました。
『葡萄酒が好きなのだが、妻となる方はお酒が飲めない方らしいからね』
そう言った事も調べて選んでくださいました。
でも、新しい人生を歩んでいるアレクシスの事を聞くたびに。
ベティ嬢も、真面目に働いて、脱走何てしなかったら人生をやり直せたかもしれないとそう思ってしまいます。
男癖が悪く、多くの令嬢からひんしゅくをかっていた彼女ですが。
私は死んでほしかったわけではありません。
ただ、真面目に人生を歩んで欲しかっただけです。
「エミリア」
色々と考え込むエミリアに声をかける。
「アベル様?」
「君が重荷を負う必要はないのだよ」
そう言ってアベルはエミリアの額に口づけをした。
「アベル様」
「私の大切なエミリア」
一見すると表情は殆ど変わっていないが、アベルには嬉しそうにほほ笑んでいるのが見えた。
「愛しているよ」
「私もです、アベル様」
そう言って二人は頬に口づけを交わした。
アベルにとって、人は悪意のあるものだった。
けれども、親友がそうではないと教えてくれた。
そしてその親友の愛娘を愛した。
けれども歳の差からためらってしまった。
結果、彼女は元婚約者から傷つけられた。
だから、二度と、傷つけられないようにと守るをアベルは誓ったのだ。
周囲はエミリアとアベルの子を早く望んでいるが、アベルはその気はないし、エミリアも同じだ。
ゆっくりと自然に任せていけばいい。
できればその時、できなければその時――
そう思いながら、二人は幸福で穏やかな日々を過ごしている。
「アベル様」
いつものようにアベル様の名前を呼びます。
「何だいエミリア」
「私、とても幸せです」
私が微笑んで言うと、アベル様も微笑み返してくれました。
「私もだよ、エミリア」
アベル様とどうか幸せに過ごせますように、私は祈りを込めてアベル様に口づけをしました――
人嫌いの不老公爵と、表情乏しい令嬢は――妻を愛する不老公爵と、家族の前で表情豊かになる令嬢はいつまでも幸せに暮らしたそうです。
めでたしめでたし
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