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表情乏しき「妻」

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「エミリア、君に聞きたいことがある」
「何でしょうか、アベル……様」
 私が返事をするとアベル様は苦笑してから、真面目な表情をして問いかけてきました。
「君は元婚約者に婚約破棄された時、全く傷ついていない様子だったと周囲から聞いているが、実際はどうだったのだね?」
「多少は、傷つきました」
「多少は?」
 私はいつものように返します。
「今のアレクシスは私を物のように扱っていました、傍に置く装飾品のように。そのようなお方を好きにはなれませんでしたが、お父様とアレクシスのお父様が友人ですもの、御二人の顔に泥を塗る気にはなれませんでした」
 私の答えに、アベル様は額に手を当ててため息をついた。
「アベル……様」
「エミリア、そう言う時はもっと早く言っておいてよかったのだよ?」
「そうなのですか?」
「ああ、そうだ」




 アベルは、エミリアの発言から、多分彼女は自分の意志を押し殺す癖がついた結果、傷つかない分、被害を甚大にしてしまったのだと予想した。
 実際、普段の様子からエミリアは楽しいとか嬉しいとかそういう表情が全く分からない。
 実の親であるバージルでさえ、表情が分からないという程なのだ。
「……エミリア、君に聞きたい」
「何でしょう?」
「君は今、幸せかい?」
「幸せですけども……そう、見えませんか?」
「……非常に失礼なのだが、見えない」
 アベルの発言に漸くエミリアの表情が僅かに変わった。
 驚愕だ。
 幸せに見えていないという事実に驚いているのだ。
「私は幸せそうに見えないのでしょうか……?」
「君は思っている以上に表情の変化が乏しいようだね、悪く言っていることではないが、そのおかげで、あの二人は君は表情と口調そう言ったものの反応で歯牙にもかけていないと思わされたからこそ、かなり嫌味だったらしいからね」
「はぁ……」
「……それも耳に入ったからこそこうなったんだがね」
「……少しあの二人に可哀想な事をしすぎたでしょうか?」
「いや、国の英雄として今も名高いバージルの事をよく知らないうえ娘の君に無礼を働いたんだ、下手したら爵位没収と追放の両方があったが、両家のご両親がまともだったから二人を追放……基バイロン辺境伯の預かりになったんだ」
「……」
 エミリアの表情が少しまた変わった。
 不安だ。
「御二人大丈夫でしょうか? 流石に死なれたら私は嫌です」
「大丈夫だ、まず死なないだろう」
「なら良かったです……」
 安堵の表情に変わった。

 ここでアベルはあることに気づいた。

 エミリアは自分の事柄では表情の変化は乏しいが、他人の事になると若干乏しさが弱まることに。

――なるほど、バージルが分からなかったのも無理はない――
――すべては他人の事である以上に自分の事だったから表情が乏しかった、そういうことか――

 アベルはそこで悩んだ。
 どうすればエミリアをもう少し表情の乏しさを減らせるだろうかと。

 他人の事だけでなく、自分の事でも表情を豊かにして欲しい。

 アベルはそう思った。


「……まぁ、いい。時間はたっぷりある。エミリア、君が誰が見ても笑っているようになるように、善処しよう」
「……はぁ」
 むにむにと自分の頬を触るエミリアがアベルには非常に愛おしく見えた。




「いい加減脱走するのはやめろと何度言えば分かる新入り!!」
 バイロン辺境伯の従者の一人が新入り――アレクシスに怒鳴りつける。
「今はワイバーンがこっちに群れで来ているんだ、お前が外に出た途端一瞬で餌だぞ!!」
 従者がそうどなるとアレクシスはひぃっと悲鳴を上げた。
「全く、英雄バージル様のご息女を蔑ろにしなかったらこんな所に来なかったのに、馬鹿な奴だ」
「違う!! 私は悪くない!! だってアイツはいつだって俺の事を何とも思っていなかった!!」
「御令嬢の話を伯爵さまから聞いたが、お前が反応見たさで虫や蛇を持ってきた時は嫌で嫌でたまらなかったとか、そういう事は聞いているぞ。子どもだから許されたものの――」
「嫌で?! アイツは表情一つ変えなかった!! 何も言ってこなかった!!」
 喚き散らすアレクシスにふぅと呆れのため息をついた。
「……これは伯爵さまがご帰還したら報告した方がいいな……」
 従者は一人呟いた。




「え? 自分が何をしても表情一つ変えなかったから不安であんなことをした? 今でもエミリア嬢を愛してる?」
 ブルースは領地の屋敷に帰還した直後、従者からの報告を聞き、呆れの声を上げた。
「んー……仕方ない」
 ブルースは通話術を使って、アベルへと連絡をした。
「アベル、今ちょっといいか?」
『構わない、エミリアは就寝済みだからな』
「ちょーっと情報共有したいんだけど、いいかな?」
『分かった』


「……」
『……』
「これはエミリアちゃんの性質に気づかなかったあの若造が悪いわ!!」
 話し合った結果、ブルースはそう言い放った。


 エミリアは、他人の事でしかうまく表情を変えられない。
 自分の事だと、無表情になりがちだ。
 だからアレクシスが自分に何かしても、自分の事だから無表情のままだった。
 それに不安になったアレクシスはベティの誘惑に負けて、婚約破棄をして――

 現在に至る。


「確認しても信じなかったのが悪いわ」
『エミリアは嫌な事は嫌、良かったことは感謝したが、全く信じられなかったのが悲しかったと言っていた』
「何年婚約者やってんだよって話だよな」
 ブルースははぁとため息をついた。
『どちらにせよ、戯言をほざく愚者がこちらに戻ってこないように監視を頼む』
「了解了解、任された」
『ではな』
 通話術を終わらせ、ブルースは再度息を吐く。
「やれやれ、エミリアちゃん。本当バージルの奥さんのエイダにそっくりだぜ」
 遠い目をして呟いた。




「成程、エミリアはエイダそっくりと……」
「お前も分からない時があったな、エミリアに関しては」
 アベルが問いかけると、バージルは息を吐いた。
「エイダが死んだ後、面影を見るのが怖くてわからなくなってたんだろうな。今ならはっきりわかるからな」
「自分の庇護から離れたから、か?」
「ああ」
 アベルはバージルが少し哀れだった。

 愛する妻エイダに似すぎるが故に、妻の影を押し付けない為に無意識に愛娘エミリアがそっくりだという認識ができなくしていたバージルが哀れだったのだ。
 亡き妻の面影を強く持つエミリアを不幸にしないためにバージルは彼女が自分の庇護下にある間無意識に分からなくしていたのだ。

 エミリアは、エイダではないと。

「さて、アレクシスの件どうしたものか……」
「このまま脱走を繰り返して向こうに被害が出たら申し訳が立たないしなぁ……」
 部屋をノックする音が聞こえた。
「――エミリア?」
 エミリアが少し暗い面持ちで部屋に入ってきたのだった。




「お父様、アベル様。お願いがございます」
 部屋に入った私に二人は穏やかにほほ笑みかけます。
「何だね、エミリア」
「アレクシスと会わせてください。あの時、言いたかった事があるのです……あと、可能ならベティさんにも」
 そう言うと二人は酷く不機嫌そうなお顔をなさいました。
「駄目だ、アレクシスのいる場所は危険だし、あの馬鹿男にもう私はお前を会わせたくない」
「アレクシスが迷惑をかけ続けているのでしょう? ですから私、言いたい事があるんです」
「……分かった、エミリア。君の好きにさせよう。ただし、私も同伴する、それでいいかね?」
「有難うございます、アベル様」
 私はアベル様にお礼を言って、部屋を後にしました。


 今のアレクシスに言うべき言葉を胸に秘めたまま。





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