6 / 29
もう分からない~魔王は傷ついた乙女に愛を告げる~
しおりを挟むアザレアは、ストレリチアの様を哀れに思った。
共に過ごした時間が、過去が、ストレリチアの枷となり、彼女は前に進めないのだ。
そして、その枷が傷を開かせ、傷をつけ、彼女を苦しめる。
割り切れるならば、切り替えられるならば、ここまで苦しむ必要等ないだろう。
あの「勇者」と「仲間」達から裏切られた時、優しすぎる彼女の精一杯の抵抗が逃亡だったのだろう。
彼女の故郷であり「勇者」の故郷でもある村は、彼女を優先したからこそ彼女は生きることができた。
もし、そうでなければ、己の命を絶っていたかもしれない。
アザレアは当初の予定を変更することにした。
「本当に大丈夫か?」
「……ずびまぜん……」
魔王に渡された綺麗なハンカチで涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった顔はなんとかできた。
その結果どう見ても高価そうな綺麗なハンカチを汚した事に罪悪感が湧く。
「……落ち着いたか?」
「……はい、申し訳ございません……」
「気にするな。ところで其方は一度も余の事を呼んでいないな」
ぎくりと音がなるような事を指摘される。
仮に「魔王様」と呼べば、確実に魔王の機嫌を損ねかねない。
けれども「モルガナイト陛下」と呼べば、私は「何か」を裏切った気がして言えない。
その「何か」が分かっている、でも言葉にするのも心の中で言ってしまうのもできない。
――捨ててしまいたい――
――捨てたくない――
――逃げたい――
――逃げれない――
心の中がぐちゃぐちゃになる。
私はどうすればいいのか、自分でももう分からない。
「――ソレは其処迄其方を蝕んでいるのか」
魔王の言葉に、私はどういう意味か分からず、魔王を見る。
憐憫の眼差しに、似ているのにどこか違う視線に私は困惑する。
「しばし、休むと良い」
魔王はそう言って部屋から出て行った。
扉が閉じると、私は息を吐く。
今の自分の立場が酷く不安定で、恐ろしかった。
会議室の事を思い出す。
魔王の言葉、私が居なくなったから「勇者」達は負けて捕えられたと言う事実で私に確かに、怒りの視線が向けられた。
――どうしよう――
――兄さんに、お祖母ちゃんに、みんなに、何かあったら私は――
自分の所為で村が滅ぼされたりしたらどうしようかと不安になった。
だって、村の皆は私の味方をしてくれた。
その想いを裏切りたくない、でも私は今ここにいる。
どうしようもできない。
部屋の扉が開き、先ほど出て行ったメイド二人が入って来た。
「ストレリチア様、どうなさいました? お顔の色が悪いですよ、何か御不安な事でも?」
ブルーベルが視線を私に合わせて、手を握りしめて訊ねてきた。
「……私の、所為で……村が……」
声が震えてうまく言葉にならない。
「――サイネリア」
「分かっております」
サイネリアが部屋を出て行った。
しばらくして、部屋に戻ってくると、サイネリアも床に膝をついて私を見て口を開いた。
「ご安心ください、ストレリチア様。貴方様の村に危害を加えられぬように陛下が計らってくださっております。何名か村に滞在し、村の警備にあたらせたようです。ですので、ご安心を」
「ほん、とう……です、か?」
「はい、ですのでご安心ください」
多分、嘘ではないと思う。
魔王の今までの態度や発言、そして二人の態度から嘘をつく理由がない。
安心したら、頭がふらふらとし始めた。
「「ストレリチア様!?」」
少しだけ柔らかな床に倒れるのを感じながら、私の意識はそこで暗転した――
「――ストレリチアが倒れただと?」
アザレアは自身の部屋にやってきたストレリチアの世話役につけたメイドの一人であるブルーベルの言葉に聞き返した。
「はい、医師の診断ではおそらく精神的なものと……」
「……さて、どうしたものか」
アザレアは少しばかり考え込んでから、ブルーベルに命じた。
「すまないが、ストレリチアの兄を明日連れてきて欲しい」
「畏まりました、そのようにお伝えします」
ブルーベルが居なくなると、アザレアはふぅと息を吐いた。
ストレリチアには療養も必要だが、同時に少し強い刺激が必要だと感じたのだ。
椅子に深く背中を持たれ、ストレリチアの身なりを整えさせている間に、捕えた愚者達の所へと向かったのを思い出す。
愚者は卑怯な手でも使ったのだろうとこちらを罵ってきたので。
とある真実を教えてやった。
『そう言えば、貴様らの仲間が一人抜けたそうだな』
『それがどうした一人抜けた位で――』
『彼の者は神の祝福を受けし者。あの聖女を自称する雌などと比べ物にならぬ加護の持ち主。自身と己が信頼する者を守り強める、力を増大させるというものだ。つまりだ、貴様らはその者が居たから戦えたわけだ』
『そ、そんな嘘を――』
『嘘をついて余に何の得がある? まぁ、仮にその者がいても貴様らは勝てなかっただろうな。貴様らはその者を裏切ったのだろう? なぁ「勇者」カイン。恋人であった女から「王女」に乗り換えた下劣な男よ』
わめきたてるその輩を無視してアザレアは牢屋を後にした。
自死されては計画が台無しだから捕縛した全員に自死せぬよう術をかけているし、術を使えぬようにも施しているし、力も奪った。
元々大した力のない連中だが、念には念を入れた。
ストレリチアは前を向くべき乙女だ。
だからこそ、自分の手で決断してほしい。
自分の意思で裏切り者達と決別する言葉を吐き出して欲しい。
それが、どんな形であろうとも、彼女は決して裏切り者達とそれを庇護する愚者以外には何もしないだろう。
歪もうと、憎しみに染まろうと、狂気に陥ろうと、あの善性は無関係の者や、己の味方には決して向かうことはないだろう。
だからこそ、彼女の決断が欲しかった。
前を向く為の決断が。
夜、アザレアはストレリチアの部屋を訪れた。
眠っているかと思ったが、起きていた。
ベッドの上で体を起こし、項垂れているのが暗闇でも良く見えた。
「ストレリチア」
名前を呼べばびくりと体を震わせて、こちらを向く。
アザレアは明かりを取り出し、それをもってベッドに近寄り、椅子に腰を掛けて、明かりを空中に浮かせる。
「……其方は……余が……いや、私が憎いか?」
ストレリチアは首を振った。
「……私が居なければ、お前の愛した男は勇者になることもなく、お前と村で式を挙げ、生涯を共にしたのかもしれないのだぞ?」
アザレアの言葉に、ストレリチアは首を振った。
「何故?」
「……彼は私との約束を忘れていました、彼は王様になれるという事に目がくらんでいました。そんな彼と結婚したとしてもきっと彼はいつか私を裏切っていたでしょう……」
掠れた声だった。
そうなる程に、ストレリチアは泣いていたのだろう、この部屋でずっと。
「――そう、私の母のように」
「……どういう事だ?」
アザレアは知らぬふりでストレリチアに問いかけた。
「……私の兄は覚えてないと思っていますが、私は覚えて……いえ、思い出したのです。小さい頃父が亡くなった直後、私と兄を捨てていった母の事を。私と兄を捨てて、貴族の所に行った母の事を……」
ストレリチアは自分の母親の事を知っていたのだ。
おそらく、ずっと記憶に蓋をしていたのだろう、だがその蓋が開いたのだ。
「……彼の母も同じように愛した人を身分の高い女に奪われたと聞いた時、頭の中で何か違和感があったんです……そして今日、漸く思い出したんです。ああ、私は母にも捨てられていたんだと」
項垂れながらぽつりぽつりと口にするストレリチアの顔がはっきりと見えた。
憂いを帯び、目元を赤く染め、宝石よりも美しい青い目を涙で滲ませていた。
「……私は捨てられる運命なんでしょうね……ずっとこれからも……」
諦めきった声が痛々しかった。
「……其方は、どうしたい?」
「……彼に愛されたいとはもう思いません、未練がないとはいいませんが……彼を許せない、王女も、仲間だった皆も許せない、許せないのに、どうすればいいのか、分からないんです……!!」
顔を覆い、嗚咽を漏らすストレリチアを、アザレアは抱きしめた。
「――ならば、私が愛そう、ストレリチア。其方の事を私は愛している、其方が分からないのであれば、共に悩もう。だから――」
「どうか、私の妻になってくれ」
アザレアは、予定も、計画も全て投げ捨てて感情のままに、己の本心をストレリチアに告げた――
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
石使いの乙女はダンピールの王子見初められる
琴葉悠
恋愛
吸血鬼が支配する国に住む人間の娘スフェール・ジェムは、ジェム家の長女、継母と義妹にいじめられる日々。父は仕事で家に帰らぬ日々。
ある日、真実の石の破片を拾い持ち帰る、すると継母の宝石を盗んだといわれの無い事を言われるが、石の破片が光り出し、人の姿になる。
その人物は自分は真実の石の精霊だといい、継母と義妹を糾弾し、義妹を石ころに変えてしまう──
出来の悪い令嬢が婚約破棄を申し出たら、なぜか溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
学術もダメ、ダンスも下手、何の取り柄もないリリィは、婚約相手の公爵子息のレオンに婚約破棄を申し出ることを決意する。
きっかけは、パーティーでの失態。
リリィはレオンの幼馴染みであり、幼い頃から好意を抱いていたためにこの婚約は嬉しかったが、こんな自分ではレオンにもっと恥をかかせてしまうと思ったからだ。
表だって婚約を発表する前に破棄を申し出た方がいいだろう。
リリィは勇気を出して婚約破棄を申し出たが、なぜかレオンに溺愛されてしまい!?
王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません
黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。
でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。
知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。
学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。
いったい、何を考えているの?!
仕方ない。現実を見せてあげましょう。
と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。
「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」
突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。
普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。
※わりと見切り発車です。すみません。
※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
悪役令嬢はお断りです
あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。
この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。
その小説は王子と侍女との切ない恋物語。
そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。
侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。
このまま進めば断罪コースは確定。
寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。
何とかしないと。
でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。
そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。
剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が
女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。
そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。
●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_)
●毎日21時更新(サクサク進みます)
●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)
(第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる