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第三章:忍び寄る「死」
しおりを挟むライカとフォルトが同棲し始めて一週間に経ち、役割分担をしながら日々を過ごしていた。
「フォルトさん、今日の晩ご飯どうしますか?」
「任せる」
「またですか。じゃあトリの蒸し焼きにしますよ? 後豚汁」
「それでいい」
ライカは冷蔵庫から鶏のもも肉と豚肉、野菜を取り出して調理を始めようとした。
その時、チャイムが鳴り響き、ライカは慌てて玄関に向かう。
「はーい」
ライカがドアを開けると、そこには銀髪の美女、基レイヤが立っていた。
「邪魔したかな?」
「今晩ご飯作る所だったんですが」
「すまんな、急用だったんで」
「まぁ、ここでもなんですからどうぞ」
レイヤを家の中に招くと、ライカはリビングまで案内し、ソファーに座るように言う。
「いや、すまないな」
「レイヤ。用事は何だ?」
「明後日の試合の事だ……というのは半分で、もう半分お前に言いに来たことがある」
「何?」
「ライカ、別の部屋はないか?」
「じゃあフォルトさんの部屋で話して下さい」
「解った」
ライカに言われて、フォルトは自分の部屋にレイヤを連れて行った。
フォルトがドアを閉めると、レイヤは深刻そうな顔をしてベッドに腰を掛けた。
「レイヤ、どうした?」
「奴が、ルギオンが姿を現した」
レイヤの口から出た言葉を聞くと、フォルトの顔が強張る。
その表情には、驚愕と憎しみが入り交じっていた。
「……何、だと?」
「つい先ほど得た情報でな。獄門の金星支部が謎の『DOLL』に破壊されたと」
「…………」
「金星のセントラルシティにも甚大な被害が出たらしい、これがその『DOLL』だ」
レイヤは鞄の中から書類と写真を取り出し、フォルトに写真を見せる。
写真には、紫に近い黒の歪なフォルムをした「DOLL」が写っていた。写真の背景は壊れた建造物や、破壊された「DOLL」が無数に存在した。
「この『DOLL』は……!」
「そうだ……形が僅かに異なるが、間違いない。タナトスだ。奴の『DOLL』タナトスだ!」
レイヤは吐き捨てるように言うと、手の中の写真を握りつぶした。
「奴も私達と同類という訳だ。これではっきりした」
「奴は、死んだと言ったな?」
「ああ、奴の顔面が穴だらけになるまで弾丸をぶち込んでやったからな……それで死んでないとなると一つしか思いつかん」
「だが、乗っているのは奴とは限らんだろう?」
「これを見てもそう言えるか?」
別の写真を鞄から出して、フォルトに突きつける。
フォルトはその写真に写る人物を見て目を見開いた。
写真は鮮明にその人物を写していた。海のような深い青の髪、何処かくすんだ金色の目、純白のコートから見えるフォルトとは違う意味での白い肌の男。
男は、端正に整った顔で微笑を浮かべて廃墟となった町を見ていた。
「……『死こそが真の「救済」』……奴はそう言っていたな」
「また、戦争が起きる可能性が高くなった」
レイヤは項垂れ、深い溜息をつく。
けれども目は絶望ではなく、激しい憎悪を宿していた。
「奴を今度こそ殺そう、それで終わりだ」
声にも憎悪を宿し、レイヤはフォルトを見据える。
それをフォルトは肯定することはなく、静かにレイヤを見下ろしているだけだった。
レイヤはライカに何も言わず家を後にした。
フォルトはそれを黙って見送った後、レイヤがいなくなったことをライカに伝える。
「一言ぐらい言ってから帰ってくれれば良かったのに……」
ライカはそう愚痴る。それをフォルトはなだめて、二人は少し遅めの夕食を取った。
翌日、ライカは「DOLLGAME」の試合会場にいた。
姿全てをパイロットスーツで覆い隠して。
「ライカ」
フォルトは耳元でライカの名前を呼ぶ。ライカはそれに反応して振り返った。
「どうしたんですか?」
「試合がそろそろ始まる。リベリオンに搭乗するべきだ」
「ああ……そう、ですね」
小さく頷いて、ライカはフォルトの後を追って格納庫へと足を向ける。
格納庫には、漆黒の「DOLL」リベリオンが静かにその場にたたずんでいた。
ライカとフォルトは、コクピットまでの階段を上り、中に入り込む。
フォルトはガチャガチャと、音を立てて生体媒介として自分とリベリオンを繋ぐコードと自身をドッキングさせる。
コードがフォルトの身体とリンクすると、彼の身体に僅かに蛍光色の線がその箇所に浮かんだ。まるで、フォルトの身体を浸食するかのように。
「今日もさっさと片づけましょう」
「そうだな、期待してるぞ」
ライカはバイザーを上げてじっとフォルトを見つめる。
「……ライカ」
自分の名前で呼ばれると、ライカは嬉しそうに目を細めた。
そして、コクピットと階段の繋がる通路を仕舞うとリベリオンを動かし始める。
リベリオンはゆっくりと歩き出す。ライカが望むままに。
試合はいつもと同じように、リベリオンの圧勝で終わった。
ライカはリベリオンを運ぶようにグリーンプラントの職員に指示すると、フォルトとレイヤが話しているのを見かけて一人で帰ることにした。
帰り道にマーケットで寄り道をすることにして。
「何かないかな~」
ライカはぶらぶらと歩きながらマーケットに入って行った。
露店も数多く存在するそのマーケットは多くの人で賑わっており、ライカはそれを必死になって避けていった。
「本当人が多いなー……ってうわ!」
人を避けようとした途端、ライカは足をくじいてしまいその場で転んでしまった。
「あいたたた……」
ライカは足の痛みに耐えて立ち上がろうとしたが、ひねり方が悪かったらしく思うように立てなかった。
その時、ライカの目の前に色白の手が差し出された。
「大丈夫ですか?」
ライカが視線を上げると、海の様な深い青色の髪を持つ男が、微笑んで其処に立っていた。
ライカは男に背負われて広場まで連れてこられた。
マーケットの隅の広場に来ると、ライカは下ろされ、男が慣れた手つきでライカの足を手当し始めた。
「足は痛みませんか?」
「大丈夫です。すみません、おぶって此処まで運んで貰った上手当して貰っちゃって……」
「いいんですよ」
男は微笑みを浮かべたまま、椅子に座っているライカの隣に腰を下ろす。
そのまま男にじっと見つめられ、ライカは不安そうな表情を浮かべる。
「あ、あの……私の顔に何かついてますか?」
「ん?ああ、いえ……私の友人によく、似ていたものですから」
「はぁ……」
ライカは何とも言えない溜息をつくと男を見る。
男は微笑を浮かべて、ライカを見ていた。
「……似てるって、どんなところがですか?」
「顔が特に似ていますね。びっくりするくらいに、親戚か何かじゃないかと思うんですよ」
「その人、名前、なんて言うんですか?」
ライカがそう言うと、男は少し考えるような顔をしてから口を開いた。
「……ソロネ。ソロネという名前の女性でした」
それを聞いたライカは、目を丸くする。
「その名前、私の祖母のお姉さんの名前と同じですね」
「……え?」
「確かに、祖母は私とその人がよく似ているって言ってましたけど、それは違いますね。だって何十年も前の話ですから」
くすくすと笑うライカを見て、男は薄い笑みを浮かべた。陽光の様な温もりのある笑みではなく、狂気と歓喜に満ちた歪んだ笑みを。
男は何かを呟くが、ライカの耳には届かなかった。
「え?」
「そうですね。おそらく他人のそら似でしょう。ですが一期一会といいます、私は貴方と友人になりたい。せめて名前くらいは教えて頂けないでしょうか?」
男の唐突な申し出に、ライカは目をキョトンとさせるが、すぐに笑って頷く。
「私はライカ。ライカ・フィーネって言います」
「ライカさん、ですね。私はルギオン。ルギオン・リビトゥムと申します。どうぞ宜しく」
ルギオンと名乗った男がライカに手を差し出すと、ライカは何の疑いも無くその手を握り替えした。
ルギオンにタクシーを呼んで貰うと、ライカはそれに乗って家へと向かった。
家に着くと、先に帰宅したフォルトが出迎えた。
「足はどうした?」
「ちょっと、くじいちゃって……でも大丈夫だから!」
ライカが笑って言うと、フォルトはそれ以上何も聞かなかった。
「夕食をもう作ったんだが……食べるか?」
「うん!」
ライカが満面の笑みを浮かべると、フォルトはライカの頭を撫でた。
深夜、フォルトは眠れず外に出た。
外に出ると空が赤く染まっているのが見え、何事かと凝視する。
黒い夜空に、赤い炎と煙、そして歪な「DOLL」が見えた。
その方角は、ルギオンとライカが出会ったマーケットとは真逆だった。
「…………!」
フォルトは舌打ちすると、その場所へと自動操縦車を走らせた。
自動操縦車が現場に着くと、其処は火の海と化していた。
赤い炎が煌々と燃えており、辺りを赤く染め上げる。
フォルトは生存者がいないか確認しながら歩き回るが、見つかるものは屍ばかりだった。
「…………」
そして、燃えさかる炎の中を悠然と歩く人影を目にする。
フォルトは迷うことなく、拳銃を取り出しその人物に向ける。
「おや、誰かと思えば貴方ですか」
にこやかに微笑みながら男はフォルトに近寄ってきた。
フォルトは躊躇うことなく男に銃弾を放つ。
銃弾は男の胸に大穴を開けるが、その傷は直ぐにふさがってしまった。
「……そうか、だから死ななかったのか。貴様は」
「そう、貴方やレイヤさんと同類、らしいですね」
フォルトは男を睨み付ける。
男は薄い笑みを浮かべるだけだった。
「……ルギオン、何をしに此処に来た?」
男――ルギオンは笑う。
「解らないのですか?」
「解りたくないな」
フォルトは傷がふさがった部分を撫でるルギオンを睨み付けながら続ける。
「いつ、気づいた?俺たちと同類だと」
「レイヤさんに殺された時、ですかね? 目を覚ましたら無くなっているはずの頭がありましたから」
事も無げに言うルギオンをフォルトはさらに憎しみのこもった目で見る。
「貴様の事を俺は許す訳にもいかない。貴様がソロネを殺したんだからな」
フォルトが言った言葉に、ルギオンは初めて表情を変えた。
「……そう、貴方達の所為で私は彼女を、ソロネさんを殺してしまった。とても残念ですよ、私の数少ない理解者でも友人でもあった彼女を貴方達の所為で殺してしまったんですから」
ルギオンが吐き捨てるように言うと、フォルトはギリ……と歯を食いしばってから再び引き金を引く。
今度はルギオンの右腕をえぐるような傷ができたが、それも瞬時に治ってしまった。
「どこが理解者だ! 彼女は貴様の殺戮を否定していた! 貴様がやっていた事とは別のことをしていたソロネが貴様の理解者になってたまるか!」
フォルトはこれまで出したことのない程の大声を出して叫ぶ。
ルギオンは腕をさすりながらそれを眺めていたが、嘲笑うようにフォルトを見下した。
「ええ、彼女は私がやっていたことを否定していました。ですが、私を否定したことは一度もありませんでしたよ」
「……何?」
「貴方は、私が人を殺す理由を考えたことなどないでしょう? ただ、『狂ってしまった哀れな元医者』としか考えてないのでしょうね? でも、ソロネさんは違いました。私に寄り添って考えて、痛みを共有しようとしてくれた。そんな彼女を私は殺してしまったのですよ? むしろ私は彼女をたぶらかした貴方達が憎い!」
ルギオンが今まで溜まっていた憎しみを吐き出すように言う。
しかし、フォルトの憎しみも同じく積もり積もっているようであった。
「……『愛と憎しみは同じ物、愛の反対は無関心』」
「ええ、彼女はそう言ってました。だから彼女は決して無関心であることを良しとしなかった」
「俺はそれに一部賛成だ。貴様がソロネを殺したあの日から俺は貴様への憎しみが今まで以上の物になったからな」
「ええ、私もそうですよ。貴方達には憎しみは抱いていなかったのに、ソロネさんを殺してしまったあの日から貴方達への憎しみが絶えない」
フォルトが拳銃に弾丸を装填し銃口を向けると、ルギオンも懐から拳銃を取り出しフォルトに狙いを定める。
全ては狂った。
あの日から。
あの夏の日、あの戦争の中で全ては狂った。
ソロネの「DOLL」がフォルトの「DOLL」庇い、ルギオンの「DOLL」がソロネの「DOLL」を貫いた時、全ては狂いだした。
フォルトはルギオンを憎み、レイヤはルギオンとフォルトを憎み、ルギオンはレイヤとフォルトを憎んだ。
フォルトはレイヤの憎しみを甘んじて受け、ルギオンはレイヤに殺された。
それで終わるはずだった。
しかし、終わることは無かった。
ルギオンが死ななかった為に。
そして、新たな争いの種が芽吹くことになった。
互いに銃口を向けあったまま時間が流れるが、ルギオンが突然拳銃を懐にしまった。
「止めておきます」
「どういうことだ?」
フォルトが銃口を向けたまま睨み付けると、ルギオンは満面の笑みを浮かべた言う。
「今此処で正体が極端にばれるとまずいんですよ」
「どういうことだ?」
「そのままの意味ですよ」
ルギオンは自分の「DOLL」を呼び寄せて、コクピットに飛び乗った。
フォルトは何発か銃弾を放つがもう届かない。
「今度こそ貴方達には邪魔はしないでもらいたいですね」
ルギオンはそう宣言すると自分の「DOLL」のコクピットを閉じた。
歪な「DOLL」が闇に染まった空に溶けていく。
フォルトはそれを見つめてから、拳銃に視線を移す。
「こんなものでは奴も、俺も殺せんか……!」
ギリっ……と歯を食い縛ると、フォルトは拳銃を握りつぶした。
鈍い音と共に、破片が燃えさかる炎の中に消えていった。
フォルトがいなくなった後も炎は一晩中燃え続け、鎮火することは無かった。
まるで、彼らの憎しみを反映するかのように。
翌日、その事件は多くのニュースで放送された。
「歪な『DOLL』、町を破壊。目的は不明」と、どのニュースでも流された。
「……気づかなかった……」
ライカは呆然とニュースに目をやる。
「気づかなくても無理はない。場所は遠かったからな」
「でも……たくさんの人が、死んで……」
声を震わせるライカの肩に手を置き、フォルトは優しく声を掛ける。
「確かにマーケットだから死者は多かった。だが時間帯もあって死者のほとんどはマフィアの連中だ。気にすることはない」
「そんなの関係ない!」
怒鳴り声を発するライカにフォルトは驚きを隠せなかった。
「どんな人でも死んだらそれでおしまいじゃない!それにどんな人であってもコレは人殺しよ!どうしてそういえるの!」
「…………!」
ライカの言葉にフォルトは固まった。
『どうしてそんな風に言うの?』
ああ、彼女も、そう言っていた。
あの時、「戦争だから誰かが死ぬのは当然だ」と言った俺を彼女は怒った。
『なんで、そんな風に誰かの命を粗末にするの?』
彼女は怒鳴りはしなかったが、俺を悲しそうに俺に言った。
粗末するとか、そう気持ちはなかった。
唯、俺が実験台にされていたから、命なんてたいした価値もないと思っていた。
それだけで、ただそれだけで俺は、空っぽだった。
『聞こえる、命の音? コレが私の命よ』
自分の左胸に、俺の手を触れさせて鼓動を聞かせた。
その鼓動は今でも覚えている。
初めて知った命の音を、忘れはしない。
「……すまない、そう、だったな」
我に返ったフォルトは、悲しそうな顔をするライカに謝罪の言葉を述べた。
「……本当、そういう事言わないで下さい」
泣きそうな声で言うライカを、フォルトは何も言わず抱きしめる。
「え……」
「すまん、俺はこういうのときどうすればいいのか解らないんだ。だが、友人がこうすればいいと教えてくれたからな……」
「……ううん、しばらく、このままでいさせて……」
フォルトの腕に抱かれて、ライカは嗚咽を漏らし、やがて大声で泣き出した。
震えるライカの髪を、フォルトは優しく撫でながら窓の外を見た。
黒い雲が、辺りを覆っていた。
午後、ライカは泣き疲れて眠っていた。
眠るライカをベッドに運んだフォルトは、自分の身体の不調に気付き急いでグリーンプラントの研究所に向かった。
「大丈夫か?」
研究所の検査室のベッドで横たわっているフォルトの顔をレイヤがのぞき込む。
明らかにその顔は笑っていた。
「……そう思うか?」
「全然」
フォルトは溜息をつく、そしてレイヤから視線を逸らして天井を見る。
「ルギオンに会った」
「……そうか、奴はなんと言っていた?」
レイヤの表情は強ばり、目には憎しみを宿していた。
「ソロネが死んだのは俺達の所為だと、言っていた」
「殺したのは奴なのにか!」
「それと気になるのがもう一つ」
「何だ」
フォルトはレイヤを見上げる。
「正体が公になるのを嫌がっていた。何か理由があるとしか思えん」
フォルトがそう言うと、レイヤは頭を抱える。
「そうだな、理由があるはずだ」
「それともう一つ」
「ん?」
「ソロネとライカが似すぎているのは偶然か?」
フォルトが尋ねると、レイヤは口を閉ざした。
フォルトは小さな溜息をついて、レイヤから視線をずらす。
「……親戚か何かか?血縁関係なのは間違いないだろう」
短い沈黙が辺りを包む。
口を開いたのはレイヤだった。
「……ああ、そうだ。調べて驚いた。ソロネはライカの祖母の姉にあたる」
「そうだったか……」
フォルトは大して驚くこともなく、天井に視線を戻した。
「ライカは、どうしている」
「昨夜の事件に酷くショックを受けていた。泣き疲れて寝ているはずだ」
「……そうか」
再び静寂があたりを包む。
その静寂は同じ人物が壊した。
「フォルト」
「何だ」
「ライカと一緒にもうしばらく休め。しばらく『DOLLGAME』には出るな」
「どういう事だ」
「此処でお前に倒れられたらライカが泣く。しばらくリベリオンを調整し直すから待っていろ。協会には私が連絡する」
「すまん、な」
「別に、お前の為ではない。ライカの為、だ」
レイヤはそう言って部屋を後にした。
フォルトはレイヤを見送ってから、目をつぶる。
しばらくすると、部屋は静かな寝息と時計の針の音で支配された。
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