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第42話 お茶会をしましょう

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 魔王を倒す。
 それは元々勇者すべての目的であり、願いだった。
 そしておれにとって、絶対に成さなければならない復讐でもある。

 だが、ここにきてそれだけじゃなくなった。

 魔王は動物を魔物化させ、道具のように扱った。
 そして、ひとりの女をてめえの欲望のためにかどわかし、その人生を支配した。

 さらにはてめえの娘までも苦しめ、悩ませ、怒りを抱かせた。

 その娘が、父を殺せと泣き叫んだ。

 許しておけねえ。許しておけるはずがねえ!

「おれがかならず! この手で倒す!」

 そう、誓いの言葉を発したときだった。

「盛り上がっているところ悪いが……」

 女王さんが不満げに言った。

「すまない、続きは明日にしてくれないか?」

「どうしたんだ?」

「どうやら仕事が押しているらしい」

 女王さんがちらりと階段のある方に視線を向けた。
 おれも檻から顔を出して見ると、数人の兵士がバツの悪い顔でチラチラこっちを見ていた。

「ヤツらには大事な話をしに行くと言ってある。それで呼びに来るということは、よほど重要な仕事らしい。一応仕事に区切りはつけてきたんだが……」

 女王さんは、はあ、とため息を吐きながら、小さな声で、

「バカどもめ……わたしがおらんとなにもできんのか」

 と、こぼし、

「ともかく、明日、また時間を作っておく。それまで適当に過ごしておけ」

 そう言ってスタスタ歩き出した。
 そういやこいつ、ひとりでナーガスを切り盛りしてんだったよな。
 大変だねえ。少しは部下を育てた方がいいと思うよ。
 まあ、見たところかなりワンマンなトップだから、なんでも自分でやっちゃうんだろうけど。

「ああ、言い忘れていた」

 女王は足を止め、言った。

「その犬コロの口輪は外していいぞ」

「えっ!?」

 とキレジィが声を上げた。と同時に監視兵が、

「ええっ!?」

 と、よりでけえ声を上げた。

「見たところ、突然襲うようなことはないだろう。それに、前脚にはかせがついている。まず大丈夫だろう」

「は、はあ……」

 監視兵の返事は不安げだった。
 臆病なヤツらだなあ。こんなおとなしい犬が噛みついてくるわけねえだろう。

「それと、おそらくオーンスイのバカどもはまだここにいるんだろう?」

 その問いに、オーンスイのバカどもは、かなりのバカヅラで、

「はーい、いまーす!」

「キレジィちゃんとお話ししたいからー!」

 とピクニックにでも来たようなはしゃぎようを見せた。

「監視兵ども。魔王討伐に重要な話が出たら、すべて記録しておけ。それと……」

 女王は、ギロリ、と重く冷たい流し目をし、

「もしわたしを、あの”ば”からはじまる罵倒語で呼ぶヤツがいたら、顔、名前を記録しろ。拷問具の準備をしておく」

 そう言った途端、オーンスイ勇者の半数がぎょっと身を固くした。
 あ、こいつら女王さんを”ばばあ”って呼んだヤツらだ。
 あらら、けっこう気にしてんのね。
 おれは言わなくてよかったぜ。危ねえ危ねえ。

「頼んだぞ」

 女王さんはフッと笑い、去って行った。
 それと同時にバカどもは肩の力を抜き、

「あー怖かった」

「とんでもねえばば……お美しい美女様だよ」

「あー美女美女」

「クソ美女めー!」

 と口々に言い合った。
 おいおい、おめえらバカにしてんの丸わかりだぜ。記録係の手がすげえ速度でペンを走らせてんぞ。
 あーあ、おれ知ーらねっ。

「それに比べてキレジィちゃんのかわいいこと!」

 バカどもは、クロの口輪を外し、頭を撫でるキレジィに、溶けるような笑顔を向け、

「おーはなーししーましょ!」

 と騒ぎ立てた。

「えっ、あ、はい」

 キレジィは戸惑い、ほほの色を濃くしていた。
 あんまりひとに慣れてねえんだろうな。
 ああでも、焦る姿もかわいいなぁ……

 バカどもは相手のことも考えず、わーわー騒いだ。

「キレジィちゃんふだんなにしてるの!?」

「好きな食べ物は!?」

「お友達になってー!」

「趣味は!?」

「恋人募集中!?」

 ふざけたことばっか訊きやがって。そんないっぺんに質問するバカがあるか。
 しかしキレジィも律儀だよ。

「えっと、この子たちのお世話、カニ、もちろん、歌うこと、それと……はい」

「おおおおーー!」

「おれにもワンチャンあんぞー!」

「おれと恋人になってー! ムチュー!」

 うるせえ! 鏡見てから出直してこい! あと下品なんだよ!
 まったく、キレジィも笑ってねえでなんとか言ってやれよ。バカはお断りだって。

「ごめんなさいね、こんな下品なのばっかりで」

 カレーノが苦笑いを浮かべ、謝った。すると、

「いいえ、とてもたのしいです」

「そう? やかましくない?」

「ううん、わたし、ずっとお友達がほしかったんです」

 キレジィは尻尾を振るクロを抱きかかえ、頭を撫でながら言った。

「もちろんこの子たちもかわいくて、寂しくなんかなかったんですけど、その……憧れてたんです」

「憧れ?」

「母からよく聞かされました。人間は、お茶会を開いて、いろんなことをおしゃべりするって。きれいなドレスを着て、お花を飾って、国同士のことを話したり、世間話や、恋の話をして、たのしく笑い合うって」

「そう……」

 カレーノの目が憐れむように微笑んだ。
 話の内容から察するに、元姫である母親の経験談だろう。
 おれたちみてえな下賤げせんのクズどもにゃ縁のねえ話だ。
 どっちかっつーと童話の情景に近い。

 だが、女のカレーノにはよーく染みるんだろう。
 女はそーゆーのに憧れる。
 この、人間と遠く離れた青い肌の魔族が、自分とおなじような憧憬を抱いていることに、ショックを受けたに違いねえ。

 こいつは”魔族”なんてへだてられたもんじゃねえ。自分たちとおなじ、人間なんだ——ってな。

「しましょう、お茶会」

「えっ?」

「わたしも、あなたとドレスを着て、いっしょに恋の話がしたいわ」

「カレーノさん……」

 おお、さすがはカレーノ。女なだけあって、女心がわかるんかねえ。
 いい笑顔、引き出してくれたぜ。
 また瞳が潤んでいるが、こんどの涙は怒りや悲しみじゃねえ。よろこびだ。

「キレジィちゃんおれもー!」

「おれとも茶を飲んでくれーー!」

「うひょー!」

 うるせえなあおい! てめえらはクソ溜めにでも沈んでゴボゴボ言ってろ! 汚ねえ口を開くんじゃねえ!

 と、バカどもが騒いでいるときだった。

 ——じゃらん。

 とギターの音が鳴った。おや、階段の方からだれかが……

「よう、歌が趣味だって?」

 げっ! オンジーのやろう、なんて格好だ!
 肩からギター下げて、つばがビロビロした汚ねえハットを被って、よれよれの白いシャツに小汚ねえズボン履いて、どーゆーつもりだ!

「おれは”流し”のギター弾きさ。歌うのは他人任せだけどな」

 言いながらオンジーはハットのつばをピンッと弾いた。

 こいつ、かっこつけてやがる!
 てめえまさか……相手は若々しい美少女だぞ! いい歳こいて、ひ、ひええ~!

「オンジー、あなた……」

 カレーノもなにか言いたそうだった。顔は明らかに引きつっていた。
 しかし、

「まあ、ギターですか!?」

 あちゃ、キレジィがよろこんじまった。おめでとう、作戦大成功だよ。

「素人芸ではございますが」

 とオンジーは控えめに言いつつ、左右の手をなめらかに滑らせた。
 六本の弦を、複数、単弦、見事にかなで、さらにはギャリッとこする音や、ギターのボディをポンと叩く音を混ぜ合わせ、だれがどう見てもプロ級の腕前を見せつけた。

「わあ、ステキ! わたし、はじめて聴きました! ギターってこんなにかっこいいんですね!」

「いやあ、大したことはありませんよ」

 こ、こいつ……死ね! ニヤニヤして気持ち悪いんだよ!

「さあキレジィさん、曲のリクエストはございますか?」

「いいんですか?」

「ええ。でも、あっしは音痴ですから、歌うのはあなたで」

 ひえ~、こいつ流しになりきってやがる。敬語が気持ち悪りーなー。

「み、みなさんの前で歌うんですか……ちょっと恥ずかしいです」

 キレジィが照れ臭そうにためらった。すると、

「キレジィちゃん歌ってー!」

「キレジィちゃんの歌聴きたいなー!」

 ガヤがわーわー騒ぎ出した。
 おいおい、ひとと話すのも慣れてねえんだぜ。あんまり無茶させんなよ。

 そこに、カレーノが助け舟を出してくれた。

「わたしもいっしょに歌おうかしら」

「カレーノさんも?」

「いいでしょ? お友達といっしょに歌うのは、とってもたのしいことよ」

「お友達……はい!」

 キレジィは満面の笑みを浮かべ、童謡”森のお茶会”をリクエストした。

「あら、かわいい歌が好きなのね」

「はい、わたしこの歌が一番好きなんです」

「ふふ、いいわ。オンジーお願い」

「あい、かしこまりました」

 オンジーはあぐらをかき、ポロポロとアルペジオを鳴らした。

 そして、ふたりはやさしく歌った。


 ♪——今日は森のお茶会。あたたかい紅茶と、甘い甘いケーキを、たくさん用意しました。

 みんな仲よく集まって、たのしくおしゃべりしましょう。

 犬さんも猫さんも、今日はケンカはしません。鳥さんも、蛇さんも、おいしいケーキでにっこり笑顔になります。

 熊さんは大きいから、大きなカップをカチャリ。みんなみんな笑って、こころもぽかぽか。

 とてもとてもステキな、たのしいお茶会。


「ひゅー! キレジィちゃんかーわいいーー!」

「抱きしめてえ~~!」

 一番が終わったところでバカどもがまた騒ぎやがった。
 あーもう、汚ねえ声出すんじゃねえ! せっかくの歌声がにごるだろうが!

 しっかしかわいいなあ。
 カレーノの澄んだ声と違って、どこかたどたどしく、それが実に愛らしい。
 つい守ってやりたくなるようなかわいさだ。
 照れ顔も最高じゃねえか。

 ……そうだ、守ってやらなきゃ。
 魔族という敵の立場でここに来て、牢屋に入れられ、犬を拘束され、女王さんには信用されてるかわかんねえ。
 今後どんな扱いを受けるかわかったもんじゃねえ。

 守ってやろう。おれが守る。
 なにがあろうと、どんなことがあろうと、この子がしあわせになれるように……
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