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第15話 決意のとき

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無敵泣き虫ビクトリー・クライだあ?」

 空気に逆らうような反対意見を受け、場が再び静かになった。
 そんな静寂と注目を浴びながら、オーティは言った。

「おれはこのクソ漏らしを三年間見てきたが、そんなスキルいちども見たことがねえ」

 そりゃそうだ。だってこの力は昨日女神に引き出してもらったんだぜ。
 まあ、本当は泣き虫じゃなくてうんこ漏らしだけどよ。

 オーティの意見に対し、オンジーとカレーノは事実ドラゴンを倒したと反論した。
 しかし、

「信用できねえなあ!」

 オーティはかたくなに信じなかった。

「第一トリガー・スキルってのは反骨の精神が生むもんだろ。てめえ、そんなに泣くのを見せるのがいやなのか? クソ漏らすと無敵になるってんならまだわかるけどよ」

 ギクーッ!
 ち、違うよ~。泣き虫なんだよ~。

「それが昨日ちょうど女神から引き出してもらいましただァ? 嘘くせえったらありゃしねえ。本当だってんなら見せてみろよ」

 ううっ! そ、それは勘弁!

「おい、どうしたクソ漏らし。泣いてみせろよ。無敵になるんだろ。ほら泣けクソ漏らし! うんこやろう!」

 こ、このやろう言いたい放題しやがって! ホントなんだぞ!
 でも泣いたって発動しねえし、こんなところでクソ漏らすわけにいかねえしなあ……

「おい、みんなもののしってやれ! 泣いて証明してもらわにゃよ!」

 オーティがそう言うと、

「泣けー! クソ漏らしー!」

「おらおら、きったねえぞうんこー!」

「うんこマーン! ブリブリー!」

 ほかのヤツらもそうだと言わんばかりにおれをバカにしはじめた。
 ちっくしょ~、殴りてえ~!

「本当よ! わたしはその力に助けられたのよ!」

 オンジーとカレーノは相変わらず真実だと叫んでいた。
 だが罵声は止まらねえ。それどころかどんどん大きくなりやがる。

「わははは! どうしたクソ泣き虫! クソが目に詰まって涙が出ねえのか!」

 ブチン! このやろおー!

「てめえぶっ殺してやる!」

 おれはカウンターを飛び越えてオーティに突っ込んで行った。
 しかしその背後から、

「やめて!」

 カレーノが飛び込んで抱きつき、おれを押さえ込んだ。
 およよ、やわらかい……

「こんなときに仲間同士で殴り合いなんてダメ! お願いだから落ち着いて!」

 おれが暴れないようぎゅっと押さえ込んできやがる。
 おお、もがけばもがくほど密着するぞ。うほほ。

「おい、こいつニヤけてるぞ?」

 オーティが呆れ顔で言った。
 するとカレーノは、

「へ?」

 と、うわずった声を出し、

「きゃあ!」

 パッと腕を離した。どうやら胸がぐいぐい当たっていたことに気づいたらしい。
 あーあ、終わっちまった……すばらしかったなあ。

 カレーノはそんなおれの肩をぐいっと引き、

「サイテー!」

「あでっ!」

 ピシャリとビンタをくれやがった!
 ひでえ! なにが仲間同士で殴り合うなだ!
 手ェ出してんのはおめーじゃねえか!

 勇者どもはドッと笑った。よほどおかしいらしい。
 おれはおかしくなんかねえけどよ。おー、痛え。

「あ、あははは……ごめんなさい。つい……」

 なーにがごめんだ。おめえ、女とはいえ槍を使えるんだぞ。
 いいスナップだったぜ、ちくしょう。

「ゴホン!」

 カウンターの向こうからオンジーの咳払いがした。
 すると多少は静かになり、オンジーは苦笑いを固く真顔に変えて、言った。

「と、とにかく……ベンデルのスキルは本当だ。でなければあの巨大なドラゴンを追い返せたりしない。なに、泣けないのは当然だ。コンプレックスだからこそトリガーになるわけだからな。こんな大勢の前で無駄に見せるわけないだろう」

 そうだそうだ! ひと前でクソなんか漏らせるか!

「おれだって音痴な歌を聞かせれば衝撃波を出せるが、不必要にやりたくない。カレーノだって辛いものを食べれば火を吹けるが、やりたくないだろう?」

「もちろんよ。死ぬほどいや」

「そういうことだ。わかったら、話を戻そう」

 オンジーは右手をスッと上げ、言った。

「いっしょに戦ってくれるヤツは手を上げてくれ」

 やたら重たい声だった。
 オンジーの目はぎゅっと強く空気を睨んでいた。
 たぶんこれが本決めなんだろう。
 この荒くれ集団にうだうだやってもしょうがねえから、一気にまとめたい。そんな意志を感じる。

 場がじわりと固まった。
 言葉が消え、だれもが身じろぎだけになった。
 なにせいのちを賭ける選択だ。手を上げるっつーことはあのドラゴンも含めた大量の魔物の中に突っ込んでいくことになる。

「おれは行かねえぜ」

 ねばっこい空気の中、オーティが言った。

「だれがむざむざ死にに行くかよ」

 それに続き、オーティ勇者団のメンバーたちも続けざまに言った。

「おいどんは負けいくさはしないでごわす」とキンギー・ヨノフン。

「あたし、タマタマないから」とミギニオ・ナージ。

「こんな人数じゃ話にならないでやんす」とタイ・コモチ。

 なるほど、たしかにこの人数じゃ話にならねえやな。おめえらの言う通りだ。
 けどよ、黙って待ってたところでどうなるってんだ? いまやワーシュレイトが侵略され、敵さんは目の前なんだぜ?
 次にやられるのはここだ。たとえ南に逃げたって、死期がちこっと遠のくだけだ。
 このままじゃ全員お陀仏なんだぜ!?

 いやな空気が蔓延した。
 こいつらの発言以降だれもなにも言わず、ため息がのどに詰まったような息遣いだけが響いた。

 そんな中、

「……行くわ」

 カレーノが手を上げた。
 ズバッとした動きじゃねえ。ゆっくりとツバを飲み込むような動きだ。

「カレーノ……君は来てくれるか」

 オンジーが静かな笑みで言った。
 カウンターでいっしょにいたから、てっきり話が通ってると思ったが、違うらしい。

「そりゃいくわよ……もちろん行くに決まってるじゃない……」

 そう応えるカレーノの声にはためらいがあった。
 体もやや震えている。

 こいつ……怖えんだ。怖えけど覚悟決めて手ェ上げたんだ……

 その強い意志に導かれるように、ひとり、またひとりと手を上げた。
 どいつも黙って、強い目をしていた。
 そこにはうっすらの笑みもねえ。死を覚悟する無言の決意がこめられていた。

 ここで手を上げなきゃ男じゃねえ!

「おれも行くぜ!」

 おれはズバッと笑顔で手を上げた。辛気しんき臭えツラしてたら弱気になっちまう。なら余裕でやってやるぜって気持ちでドーンといった方がいい。みんな景気よくいこうぜ!

 なーんて思ったんだが、オンジーのヤツ、

「いや、君は最初から決まってるから」

「ええっ!? そうだったのか!?」

「君なしで行くと思うか? そういう話だろう」

 そ、そりゃねーぜー! だっておれ、今日はじめて聞いたものー!

「食事のとき魔王をぶっ飛ばすって言ってたじゃないか。てっきりそういう意志かと……」

 ……そんなこと言ったっけ? うーん、言ったような、言わなかったような……

 まあいいか! どっちにしたって手ェ上げたんだ!
 オッケー、行く行くー! レッツゴーってんだ!
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