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第二十三話 旅ゆかば、酔狂
旅ゆかば、酔狂 四
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「あははははは! それは大変だったな!」
ぼくの話を聞いたレオは、そりゃあもう大笑いだった。
「笑いごとじゃないよ。もうちょっとで危なかったんだから」
「だがその気になっていたんだろう?」
「冗談じゃないよ。ぼくが好きなのは女だし、レオを愛してるんだ。いくら女みたいなヤツだからって……そんな……」
言いながらぼくは、手のひらに包んだ熱い感触を思い出し、温泉のパジャマ“ユカタ”を直す振りして股間を隠した。いけない、忘れなきゃ。ぼくはホモじゃない。
「せっかくならここに連れてくりゃよかったのさ。したらあたしがたっぷりいじめてやったのにさぁ」
「なに言ってるんだよライブラ。今夜はゆっくり休むんでしょ?」
「でもあんた、おっ立っちまってるじゃないかい。熱くて硬い感触を思い出してうずいちまってるんだろ?」
うっ! 鋭い!
「ち、違うよ! 君たちがユカタを着崩してるから興奮してるだけだ!」
「へぇ~? ま、そういうことにしてやろうかねぇ」
そう言ってライブラは扇子をあおいだ。彼女たちはユカタをゆるく着ているせいで湯上がりの肌がだいぶ露出し、ライブラなんておっさんみたいな座り方してるから下着なしの下半身が簡単に覗き込めた。
ふだんなら恥ずかしいから隠せと文句を言うところだけど、今回ばかりはごまかしの種になって助かったよ。まあ……目のやり場に困ることには変わりないけど。
「おい、そろそろメシだぞ。少しは恥ずかしくないようにしておけ」
とレオが言ってすぐに、部屋を仕切る引き戸“フスマ”の向こうから、入り口の扉をノックする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します」
ガチャリと音がし、次いでスーッとフスマが開いた。
「お食事をお持ちしました」
見事にキモノを着こなしたスタッフがふたり、ピシッと美しく食事を運び込んだ。テーブルの中央に平たい鍋が置かれ、次々と料理が並べられていく。部屋の空いたスペースには氷とビンビールを敷き詰めた箱が置かれ、
「スキヤキをお作りさせていただきます」
と言って、中央の鍋を調理した。火をつけて牛脂を溶かし、野菜を入れ、濃い色のツユでひたし、薄切りの牛肉を敷いていく。じゅうじゅうと甘いにおいが立ち昇り、さっきまでの欲情が一瞬で消えるほどの食欲がのどを鳴らした。
「こちらのたまごをお好みで溶いてお召し上がりください」
「牛肉ですので生でも大丈夫ですが、色が変わるくらいが目安です」
「追加、足りないものなどございましたら、そちらの伝声管にてお気軽にお申し付けください」
それではごゆっくり。そう言ってスタッフは帰り、ぼくらは目の前のごちそうにヨダレを垂らした。
「うわあ、おいしそう!」
ぼくは先日やっと使えるようになった箸を構え、早速肉をいただこうとした。すると、
「おいおい、まずは乾杯だろう」
とレオに制された。あちゃ、そうだったね。
「キンキンに冷えてやがるねえ!」
ライブラがシュポッとビールの栓を抜き、みんなのグラスにそそいだ。そして、
「かんぱーい!」
ごきゅっ、ごきゅっ、と揃って一気に飲み干した。
「っはあ! うまい!」
「かあーッ! やっぱ湯上がりにはこれだねぇ!」
「たまんないや!」
お風呂であったまった体に、冷たいビールは最高だった。お酒にはいろいろ味わい方があるけど、これはつまりのど越しを味わうというヤツだろう。舌の快感よりも、のどと胃袋がよろこんでいる。
「さて、じゃあまずはたまごを溶きな」
ライブラは手元にあった鍋用の取り皿にたまごを割り、箸でちゃっちゃかかき混ぜた。
「お……これが例の温泉たまごか」
レオは怪訝そうにたまごを見つめた。それは通常のたまごと違い、カラが妙に黒ずんでいた。
「ゆるめに茹でたヤツさね。本来なら生たまごを溶くんだけど、産みたて以外は信用できないからね。それでも十分うまいよ」
ぼくらはライブラをまねてたまごを溶いた。白身は火が通ってだいぶ白いが、とはいえ液状に近く、黄身とぐちゃぐちゃに混ざっていく。
「こいつに肉をつけて……」
ライブラは箸でスキヤキ肉をつまんだ。そして軽~くたまごに泳がせ、ねっとり絡んだところで、
「あむっ……んん~! うまいねぇ~!」
ご、ゴクリ!
「そんでこの冷えたのが……っかあ~~!」
ゴクリ!!!
「あ、アーサー! 我々も!」
「う、うん!」
「おおっ! これはうまい! 甘めの濃いタレとたまごが牛肉と絡んで……ううむ!」
「こ、こんなのはじめて!」
ぼくらは一発でスキヤキが好きになった。さもすればくどいくらいの濃い味だが、濃厚なたまごとの緩和で絶妙なハーモニーが生まれ、しかもビールで流し込むと実に爽快だった。いっしょに入っている野菜もおいしく、ネギの甘み、春菊のほどよい苦さ、白菜のさわやかさ、どれをとっても最高だった。
もちろん料理はそれだけじゃない。肉をメインとしたいくつもの皿が並び、また山菜のみずみずしい味わいも揃っている。そして半熟の温泉たまごは、しょうゆダレを垂らしてちゅるっと飲むと、これまた単体のうまさがどろりと感じられた。
こんなの飲まずにいられない。ふだんは下戸でセーブしているぼくも、今日はみんなとどっぷりだった。
夕食は大いに盛り上がり、やがて終わりが近づいた。スキヤキは二度おかわりをし、ビールの空きビンがいくつも転がっている。ぼくらはとっくに満腹だけど、名残惜しさがあとを引き、ダラダラと杯を重ねていた。
「いいなぁ、ライブラはこんなおいしいもの食べられて」
ぼくは体をふらふらさせながらぽわぽわ言った。
「ぼくらも旅してたら、こんなのが毎日食べられるのかなぁ」
「おいおい、いつもじゃないよ。こんな贅沢はたまのことさね」
「でもいろんなものは食べられるんでしょ?」
「そりゃまあ、そうだけどねぇ……」
「いいなあ、うらやましいなあ」
ぼくがそう言うと、
「あんたの方がよっぽどうらやましいよ」
ライブラはメンドクサそうに目を背け、クッとグラスを干した。ぼくの方がうらやましい? どうして?
「旅なんてメンドウばかりだよ。どこに行くにも大変で、休まるときなんかそうそうありゃしない。たまに家に帰っても、待ってるのは蜘蛛の巣だけ。こうしてうまいもん食っても、共有する相手なんかいないんだ」
え、それはさびしいなぁ。
「それに比べてあんたはどうだい。毎日家族とテーブル囲んで、おいしいねって言ったら、そうだねって返ってくるんだろ。たのしくていいじゃないかい」
うーん……言われてみればたしかに。ぼくってしあわせなんだなぁ。
「ほう……意外だな」
レオが眠たげな笑みで言った。
「まさかおまえが家庭に憧れているとはな」
「バカ、違うよ。あくまで旅より家庭の方が楽ってだけの話さ。あたしゃひとりが好きだからね。べたべたしたのはきらいなんだ」
ライブラはそう言って笑い捨てた。笑顔の中で、二本の眉が拒絶するように尖っている。
しかし、目の色がもの悲しい。
前から思ってたけど、ライブラって本当は……
「グラスが空だぞ」
「ああ、すまないね」
レオがトクトクとビールをそそいだ。このビンは開けてから時間が経ち、ぬるくなっていた。
そんな気の抜けたビールを、ふたりは同時に静かに飲んだ。
「ふぅ……」
コトン、とグラスを置き、ライブラは新しいビンを開けた。箱の氷は溶けて水になっていたが、常温よりはまだ冷たい。それを手酌でつぎ、泡があふれそうになり、
「おっとっと! いけないねえ! もったいない」
慌ててすすった。彼女にしてはコミカルな動きで、顔は屈託のない笑み、声もずいぶんとひょうきんだった。
その姿を、レオはじっと見ていた。ひとり芝居をするような、やけに小さく感じるライブラを、なにを言うでもなく黙って凝視していた。
そして、グラスに口をつけたライブラに、
「おまえ、うちに住まないか?」
ブーッ! とライブラがビールを吹いた。ぼくも大口を開けて驚いた。ら、ライブラがいっしょに住む!?
「な、なに言ってんだい! あたしゃ呪術師だよ! 定住なんかできるわけないだろ!」
「だがヤサはあるんだろう? ならうちを倉庫がわりにでもすればいい。部屋ならいくらでも空いている」
「バカ言うんじゃないよ! あんた呪術師がどういうもんかわかってないね!」
「ほう?」
「あたしら呪術師は、こころを完全にコントロールできなきゃいけないのさ。うれしい、悲しい、怖い、憤り——どの感情も一瞬で殺して、スーッと無にできないとダメなのさ。それが、安息なんか覚えちまったらどうなるんだい。いざってときに腕が鈍っちまうよ」
「やめてしまえばいい」
「はあ!?」
「わたしの稼ぎは悪くない。それにおまえがいればかなりの助けになる。呪術師なんぞやめて、うちの家族になってしまえ」
その言葉に、ライブラがビクリと止まった。うっ、と声を漏らし、瞳が揺れた。
だが、
「……そういうわけにはいかないのさ」
気落ちするように視線を逸らした。なにか、わけがあるらしい。
「なぜだ」
「……わたくし事さ。ひとに聞かせる話じゃないさね」
「そうか……なら仕方ないな」
レオは詮索しなかった。彼女は呪術師の秘密主義をよく知っている。質問を繰り返したところで時間の無駄だ。
「まあ、飲もう」
レオがビールビンをつかみ、ライブラに差し向けた。先ほど吹き出してしまったせいで彼女のグラスは空になっていた。
「悪いね」
とライブラがグラスを持った。レオはビールをつぎながら、
「なに、酒の相手をしてほしいだけだ」
「そっちのことじゃないよ」
フフッとライブラが薄く笑った。するとレオもクスリと笑った。よくわかんないけど、やっぱふたりは仲がいいなぁ。
……それにしても、ライブラは結局同居しないのか。正直助かったよ。だってもしライブラがいたら、毎晩どんな“おあそび”をされるかわかんないもの。
そうなったらきっと体が持たない。精神もめちゃくちゃにされてしまうかもしれない。ああゆうのは、たまにあるからいいんだ。
まあ……別にいっしょに暮らしたくないわけじゃないけどね。怖いひとだけど、本当はやさしい気がするんだよなぁ。
ぼくの話を聞いたレオは、そりゃあもう大笑いだった。
「笑いごとじゃないよ。もうちょっとで危なかったんだから」
「だがその気になっていたんだろう?」
「冗談じゃないよ。ぼくが好きなのは女だし、レオを愛してるんだ。いくら女みたいなヤツだからって……そんな……」
言いながらぼくは、手のひらに包んだ熱い感触を思い出し、温泉のパジャマ“ユカタ”を直す振りして股間を隠した。いけない、忘れなきゃ。ぼくはホモじゃない。
「せっかくならここに連れてくりゃよかったのさ。したらあたしがたっぷりいじめてやったのにさぁ」
「なに言ってるんだよライブラ。今夜はゆっくり休むんでしょ?」
「でもあんた、おっ立っちまってるじゃないかい。熱くて硬い感触を思い出してうずいちまってるんだろ?」
うっ! 鋭い!
「ち、違うよ! 君たちがユカタを着崩してるから興奮してるだけだ!」
「へぇ~? ま、そういうことにしてやろうかねぇ」
そう言ってライブラは扇子をあおいだ。彼女たちはユカタをゆるく着ているせいで湯上がりの肌がだいぶ露出し、ライブラなんておっさんみたいな座り方してるから下着なしの下半身が簡単に覗き込めた。
ふだんなら恥ずかしいから隠せと文句を言うところだけど、今回ばかりはごまかしの種になって助かったよ。まあ……目のやり場に困ることには変わりないけど。
「おい、そろそろメシだぞ。少しは恥ずかしくないようにしておけ」
とレオが言ってすぐに、部屋を仕切る引き戸“フスマ”の向こうから、入り口の扉をノックする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します」
ガチャリと音がし、次いでスーッとフスマが開いた。
「お食事をお持ちしました」
見事にキモノを着こなしたスタッフがふたり、ピシッと美しく食事を運び込んだ。テーブルの中央に平たい鍋が置かれ、次々と料理が並べられていく。部屋の空いたスペースには氷とビンビールを敷き詰めた箱が置かれ、
「スキヤキをお作りさせていただきます」
と言って、中央の鍋を調理した。火をつけて牛脂を溶かし、野菜を入れ、濃い色のツユでひたし、薄切りの牛肉を敷いていく。じゅうじゅうと甘いにおいが立ち昇り、さっきまでの欲情が一瞬で消えるほどの食欲がのどを鳴らした。
「こちらのたまごをお好みで溶いてお召し上がりください」
「牛肉ですので生でも大丈夫ですが、色が変わるくらいが目安です」
「追加、足りないものなどございましたら、そちらの伝声管にてお気軽にお申し付けください」
それではごゆっくり。そう言ってスタッフは帰り、ぼくらは目の前のごちそうにヨダレを垂らした。
「うわあ、おいしそう!」
ぼくは先日やっと使えるようになった箸を構え、早速肉をいただこうとした。すると、
「おいおい、まずは乾杯だろう」
とレオに制された。あちゃ、そうだったね。
「キンキンに冷えてやがるねえ!」
ライブラがシュポッとビールの栓を抜き、みんなのグラスにそそいだ。そして、
「かんぱーい!」
ごきゅっ、ごきゅっ、と揃って一気に飲み干した。
「っはあ! うまい!」
「かあーッ! やっぱ湯上がりにはこれだねぇ!」
「たまんないや!」
お風呂であったまった体に、冷たいビールは最高だった。お酒にはいろいろ味わい方があるけど、これはつまりのど越しを味わうというヤツだろう。舌の快感よりも、のどと胃袋がよろこんでいる。
「さて、じゃあまずはたまごを溶きな」
ライブラは手元にあった鍋用の取り皿にたまごを割り、箸でちゃっちゃかかき混ぜた。
「お……これが例の温泉たまごか」
レオは怪訝そうにたまごを見つめた。それは通常のたまごと違い、カラが妙に黒ずんでいた。
「ゆるめに茹でたヤツさね。本来なら生たまごを溶くんだけど、産みたて以外は信用できないからね。それでも十分うまいよ」
ぼくらはライブラをまねてたまごを溶いた。白身は火が通ってだいぶ白いが、とはいえ液状に近く、黄身とぐちゃぐちゃに混ざっていく。
「こいつに肉をつけて……」
ライブラは箸でスキヤキ肉をつまんだ。そして軽~くたまごに泳がせ、ねっとり絡んだところで、
「あむっ……んん~! うまいねぇ~!」
ご、ゴクリ!
「そんでこの冷えたのが……っかあ~~!」
ゴクリ!!!
「あ、アーサー! 我々も!」
「う、うん!」
「おおっ! これはうまい! 甘めの濃いタレとたまごが牛肉と絡んで……ううむ!」
「こ、こんなのはじめて!」
ぼくらは一発でスキヤキが好きになった。さもすればくどいくらいの濃い味だが、濃厚なたまごとの緩和で絶妙なハーモニーが生まれ、しかもビールで流し込むと実に爽快だった。いっしょに入っている野菜もおいしく、ネギの甘み、春菊のほどよい苦さ、白菜のさわやかさ、どれをとっても最高だった。
もちろん料理はそれだけじゃない。肉をメインとしたいくつもの皿が並び、また山菜のみずみずしい味わいも揃っている。そして半熟の温泉たまごは、しょうゆダレを垂らしてちゅるっと飲むと、これまた単体のうまさがどろりと感じられた。
こんなの飲まずにいられない。ふだんは下戸でセーブしているぼくも、今日はみんなとどっぷりだった。
夕食は大いに盛り上がり、やがて終わりが近づいた。スキヤキは二度おかわりをし、ビールの空きビンがいくつも転がっている。ぼくらはとっくに満腹だけど、名残惜しさがあとを引き、ダラダラと杯を重ねていた。
「いいなぁ、ライブラはこんなおいしいもの食べられて」
ぼくは体をふらふらさせながらぽわぽわ言った。
「ぼくらも旅してたら、こんなのが毎日食べられるのかなぁ」
「おいおい、いつもじゃないよ。こんな贅沢はたまのことさね」
「でもいろんなものは食べられるんでしょ?」
「そりゃまあ、そうだけどねぇ……」
「いいなあ、うらやましいなあ」
ぼくがそう言うと、
「あんたの方がよっぽどうらやましいよ」
ライブラはメンドクサそうに目を背け、クッとグラスを干した。ぼくの方がうらやましい? どうして?
「旅なんてメンドウばかりだよ。どこに行くにも大変で、休まるときなんかそうそうありゃしない。たまに家に帰っても、待ってるのは蜘蛛の巣だけ。こうしてうまいもん食っても、共有する相手なんかいないんだ」
え、それはさびしいなぁ。
「それに比べてあんたはどうだい。毎日家族とテーブル囲んで、おいしいねって言ったら、そうだねって返ってくるんだろ。たのしくていいじゃないかい」
うーん……言われてみればたしかに。ぼくってしあわせなんだなぁ。
「ほう……意外だな」
レオが眠たげな笑みで言った。
「まさかおまえが家庭に憧れているとはな」
「バカ、違うよ。あくまで旅より家庭の方が楽ってだけの話さ。あたしゃひとりが好きだからね。べたべたしたのはきらいなんだ」
ライブラはそう言って笑い捨てた。笑顔の中で、二本の眉が拒絶するように尖っている。
しかし、目の色がもの悲しい。
前から思ってたけど、ライブラって本当は……
「グラスが空だぞ」
「ああ、すまないね」
レオがトクトクとビールをそそいだ。このビンは開けてから時間が経ち、ぬるくなっていた。
そんな気の抜けたビールを、ふたりは同時に静かに飲んだ。
「ふぅ……」
コトン、とグラスを置き、ライブラは新しいビンを開けた。箱の氷は溶けて水になっていたが、常温よりはまだ冷たい。それを手酌でつぎ、泡があふれそうになり、
「おっとっと! いけないねえ! もったいない」
慌ててすすった。彼女にしてはコミカルな動きで、顔は屈託のない笑み、声もずいぶんとひょうきんだった。
その姿を、レオはじっと見ていた。ひとり芝居をするような、やけに小さく感じるライブラを、なにを言うでもなく黙って凝視していた。
そして、グラスに口をつけたライブラに、
「おまえ、うちに住まないか?」
ブーッ! とライブラがビールを吹いた。ぼくも大口を開けて驚いた。ら、ライブラがいっしょに住む!?
「な、なに言ってんだい! あたしゃ呪術師だよ! 定住なんかできるわけないだろ!」
「だがヤサはあるんだろう? ならうちを倉庫がわりにでもすればいい。部屋ならいくらでも空いている」
「バカ言うんじゃないよ! あんた呪術師がどういうもんかわかってないね!」
「ほう?」
「あたしら呪術師は、こころを完全にコントロールできなきゃいけないのさ。うれしい、悲しい、怖い、憤り——どの感情も一瞬で殺して、スーッと無にできないとダメなのさ。それが、安息なんか覚えちまったらどうなるんだい。いざってときに腕が鈍っちまうよ」
「やめてしまえばいい」
「はあ!?」
「わたしの稼ぎは悪くない。それにおまえがいればかなりの助けになる。呪術師なんぞやめて、うちの家族になってしまえ」
その言葉に、ライブラがビクリと止まった。うっ、と声を漏らし、瞳が揺れた。
だが、
「……そういうわけにはいかないのさ」
気落ちするように視線を逸らした。なにか、わけがあるらしい。
「なぜだ」
「……わたくし事さ。ひとに聞かせる話じゃないさね」
「そうか……なら仕方ないな」
レオは詮索しなかった。彼女は呪術師の秘密主義をよく知っている。質問を繰り返したところで時間の無駄だ。
「まあ、飲もう」
レオがビールビンをつかみ、ライブラに差し向けた。先ほど吹き出してしまったせいで彼女のグラスは空になっていた。
「悪いね」
とライブラがグラスを持った。レオはビールをつぎながら、
「なに、酒の相手をしてほしいだけだ」
「そっちのことじゃないよ」
フフッとライブラが薄く笑った。するとレオもクスリと笑った。よくわかんないけど、やっぱふたりは仲がいいなぁ。
……それにしても、ライブラは結局同居しないのか。正直助かったよ。だってもしライブラがいたら、毎晩どんな“おあそび”をされるかわかんないもの。
そうなったらきっと体が持たない。精神もめちゃくちゃにされてしまうかもしれない。ああゆうのは、たまにあるからいいんだ。
まあ……別にいっしょに暮らしたくないわけじゃないけどね。怖いひとだけど、本当はやさしい気がするんだよなぁ。
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