魂売りのレオ

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第二十二話 妖鳥は夜にまたたく

妖鳥は夜にまたたく 七

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 こつこつと音が鳴る。
 透けるような夜の闇に、木をけずる音が小さく響く。
 ノクチュアの背中が暗い。
 あぐらをかき、正面にカンテラを置いて、ノミとつちを操るうしろ姿は、どこか近寄りがたい気迫を感じる。
 こつこつ、こつこつ、音が鳴る。
 こつこつ、こつこつ、リズムを刻む。
 辺りから鳥の鳴き声が聞こえる。
 ホウホウ、キイキイ、野鳥の声がノミのと混ざる。
 するとまるで焚き火を前にしたような静けさを感じる。
 空はほとんど見えない。樹葉じゅようの隙間からわずかの星空が覗き、遠く空を感じる。
「真剣だね」
 ぼくはふと口にした。ぼくらは太い樹を背に座っていた。
 あれからノクチュアはひとことも発さず没頭していた。腰から下が微動だにしない。呼吸を忘れるような眼差しで、こつこつとノミを打つ。
「夜鳥様もおもしろそうですね」
 レグルスが言った。夜鳥様は位置を変え、ノクチュアの斜め前から作業を覗き込んでいた。
 彼女の手を見ている。ノミの動きを、彫られていく木像を、右へ左へ体をそらし、興味深く目で追っている。
「純真なんだ」
 レオがフフと笑い、言った。
「妖精というのは無邪気なものでな。世に悪があるなど知らんのかと思うほど無垢むくで、ある意味おめでたいヤツばかりだ。とくにあの守り神は相当だな。宝物を盗んだ相手を恨むでもなく、怒るでもなく、こうして遊んでいる」
 なるほど、無邪気だ。そしておめでたいヤツと言いたい気持ちもちょっとわかる。もしぼくだったら絶対に怒ってると思うのに、夜鳥様は見るからにたのしそうで、気づけばノクチュアの周りは覗き込む妖精でいっぱいだ。
「しかし運がよかったな」
 レオが言った。
「もし魔物ならタダでは済まん。それに妖精にも力のある者はごまんといる。ヘタをすると魔物より恐ろしい」
 へえ、妖精って怖いんだ。
「敵対するとな。だからこの山には魔物が少ないんだろう。これだけの眼力がんりきなら力があると思われて当然だからな。まあ、こいつに見る以外の力はないようだが」
 そうだね、こんな目力めぢからに見られたらびっくりしちゃうものね。でも妖精は平気なのかな? 小さいのがいっぱいいるけど。
「言ったろう。言葉を知らん者の方が“なんとなく”がわかると。ヤツらの直感力はレベルが違う」
 ふーん、よくわかんないけどすごいんだね。
 そんなことを話していると、
「できました」
 ノクチュアが道具を置き、顔を上げた。ぼくらは立ち上がり、どれ、と覗き込んだ。
 それは小さなフクロウだった。
 手のひらに乗る大きさで、夜鳥様より少し現実のフクロウに近い。翼の造形が深く、折りたたんでいるそれをいまにも広げて飛び立ちそうな出来栄できばえだ。
「やるじゃないか」
 レオが言った。続いてレグルスも、
「見事ですね。まるで本物——いや、それ以上に生きているみたいです」
 ぼくもふたりに賛同した。弱い明かりの前で見ると、本当にそこにフクロウが乗っているように見えた。
「言われた通り、フクロウを彫りました。しかし……」
 疲れた声でノクチュアが言った。これはレオの指示だった。
「本当にこれで許してもらえるでしょうか……」
 たしかに出来はいい。ニスを塗ってツヤを出せば、そこそこの値で売れるだろう。とはいえ、光り物には遠く及ばない。
「安心しろ。きっとうまくいく」
 そう言われ、ノクチュアは苦しげにそれを見つめた。なにかを切望するような、さもすれば泣き出しそうな目で、じっと……
 そして夜鳥様に顔を向け、ほんのり震える声で、
「夜鳥様……申し訳ありません。わたしがあなたの宝を盗みました……わたしのせいでもう宝玉は返ってきません……せめて……こんなものですみませんが……せめてどうかこれを受け取ってください……精一杯の気持ちです。精一杯のお詫びです。どうか……」
 夜鳥様は大きな目をぱちくりさせ、くりっと首をかしげた。わかっているのか、いないのか、言葉なしでは判断が難しい。
「失礼します……」
 ノクチュアは祠の扉を開け、木像を中に置いた。大きな夜鳥様の像の隣に、ちょこんと小さな贈り物が並んだ。
 すると、
「おい、見ろ」
 レオが夜鳥様のてっぺんを指差した。
 それを見てノクチュアが「あっ……」と声を漏らした。
 夜鳥様の頭に、たったいま置いた贈り物とおなじ姿の妖精が現れた。
「ほらな、伝わったろう」
「……はい」
 レオの言葉に、ノクチュアがうっと涙を流した。どうやら許してもらえたらしい。でもなんでわかるの?
「守り神の体が供物で変化するのは受け入れた証拠だ。つまりこいつは贈り物をよろこび、罪を許したんだ」
 なるほど、言われてみればすごくうれしそうにしてる気がする。
 それにしても夜鳥様は寛大かんだいだなぁ。だって盗まれたのは宝玉だよ。いくら木彫りの出来がよくったって、あっちはものすごく高価なお宝だよ。よく許せるなぁ。
「アーサー、おまえはなにもわかってないな」
 え?
「おまえは宝玉を高価なものだと思っているようだが、あんなものはなんでもない」
 ええっ? そんなわけないじゃない。だってあんなにでっかい宝石だよ。台座は金飾りだよ。すっごく高価に決まってるじゃないか。
「人間にとってはな」
 人間にとっては?
「いいか、そもそも宝石と木像の価値に差はない。どちらも同様に無価値だ」
 はあ?
「もっと言うと、すべては無価値だ。宝石も、かねも、わたしも、この世も、すべては総じて価値がない」
 はあ???
「だが実際には価値がある。その価値は見る者によって違う。たとえば猫は金貨をありがたがるか? 豚に宝石を与えてよろこぶか? 馬にを聞かせて感動するか?」
 う~ん……
「人間なら金貨も宝石もよろこぶ。詩も理解できる。だが動物にとってはキラキラしている硬いもの、音の連続でしかない。むしろマイナスの価値さえある」
 ふむ……
「逆もしかりだ。我々にとってなんの意味もない木の枝が、鳥にとっては巣作りに有効な価値ある品だったりする。おなじ人間でも、汚らしいクソを農家が望んで集めたりもするし、子供がただの小石を大事にすることもある」
 うーむ……
「レグルス、おまえは木の枝が大事だったんだってな」
「あ、あれは虎のころの話で……」
「だが猿に壊されて殺してやろうと思うほど気に入っていたんだろう?」
「まあ、野生でしたし……」
「そんなものだ。ものの価値というのは見る者によって変わる。価値がないからこそ無限の価値を持っている。おまえにとってすごい宝玉も、妖精にとってはキラキラした石でしかない。それよりおなじ姿の木像の方がうれしいと思わんか?」
 ふーむ……
「たしかに寛容ではある。宝を盗まれて許すなど、そうできることではない。だが、しょせんはキラキラした石だ。それより目の前で作った手作りの贈り物の方が魅力的だろう」
 ……なんかそんな気がしてきた。
「そういうことだ。まあ、最終的には誠意がものを言ったんだがな」
 なるほどね……よくわかんないけど、つまり無事解決したってことだね。あーよかったよかった。
「あとは村民に言い訳をするだけだ。そこをしっかりせんと役人に追われるはめになるからな。さて、どんな嘘をつけば一番しっくりくるか」
 と、レオが話していると、
「レオ様~~!」
 村の方から少女の声がした。あれ、この声は……
「アルテルフ!」
 ぼくは驚いて声を出した。こんな夜中にアルテルフとゾスマが歩いて来る。
 しかも宝玉を持っている!
「おお、あったか!」
 レオが言うと、
「ありましたよー! あー疲れたー!」
 アルテルフはことのあらましを話した。彼女はレオの指令を受け、蜘蛛のゾスマを乗せて街までひとっ飛びした。そして閉店後の宝石商に着き、小さなゾスマが窓の隙間から入り込んで鍵を開け、宝玉を探した。
「そしたらあったんですよー! いやー、売れてなくてよかったですねー!」
 本当によかった。これで本当に無事解決だ。
「ありがとうございます! ああ、よかった!」
 ノクチュアは涙ながらに宝玉を受け取り、元の通りに金網を直した。彼女は多少の工具を携帯しており、作業は慣れたものだった。
 これですべて元通りだ。いや、前よりちょっとだけステキな贈り物が増えたかな。
「わたし、本当にバカでした」
 ノクチュアは指輪をはめた手でネックレスをつまみ、
「こんなものに振り回されて、なんて愚かだったんでしょう。もっと大切なものが、ひとにはあるというのに」
「人間なんてそんなものだ」
 レオは夜風に髪を揺らし、言った。
「人間なんてしょせん、どうでもいいようなものに振り回されてあたふたするんだ。あってもなくても構わないものに苦労し、大金を払い、ときに人生を潰すこともある。だが、それでいいんじゃないか? 遊びのない人生などつまらんぞ」
「そうですね……」
 レオがフフと笑った。ノクチュアもクスリと微笑んだ。
 夜鳥様は興味深そうにぴょこぴょこと見ている。妖精たちは周りを飛び交い、祠を覗き、たまに肩や頭に乗ったりする。
 いい夜だ。みんなが笑顔で、みんながよろこんでいる。それに今夜はレオがだれもおとしいれていない。だれの不幸も見ていない。最高の仕事だ。
「さて、宝石よりもすばらしいものを手に入れたところで、そろそろ帰るとするか」
 そう言ってレオが帰路きろに向かおうとした。そこに、
「もうダメ、重い」
 ポツリとゾスマが言い、ズボンの左右のポケットに手を突っ込んだ。そして、
「ごめんレグルス。少し持って」
 なんと大量のアクセサリーを取り出した。指輪、ネックレス、イヤリング、ブローチ——当然きらびやかな宝石が付いている。
 こ、これはいったい!?
「おい、おまえそれどうした!」
 レオが前のめりになって訊くと、
「盗んできたよ」
「盗んできた!?」
「そーでーす! できるだけ高そうなの選んできましたー!」
 アルテルフがぴょこんと跳ね、ニッコリとピースマークを見せた。さすがのこれにはレオも驚き、
「ど、どういうことだ!?」
「だってー、せっかく宝石商に忍び込んだんですよー! もったいないじゃないですかー!」
 な、なんじゃそりゃ! 店主が困ると思わないのか!?
「どーせ宝玉盗んだ時点で泥棒なんですよー。だったらひとつ盗もうが十個盗もうがおんなしじゃないですかー」
 そ、それはそうだけど…………ていうかそうだよ! 宝玉だって盗まれたら金貨二十枚の損だってのに! こんなのひどいや!
「よくやったアルテルフ!」
 はあ!?
「さすがはわたしの第一の使い魔! わたしはすぐれたしもべに恵まれてしあわせ者だ!」
 な、なにを言ってるんだ! こんなことしていいと思ってるのか!
「レオ様! こんなこと許されません! いますぐ返すべきです!」
 そうだよレグルス! 君の言う通りだ!
「黙れ! こいつはもうわたしのものだ!」
「盗まれた店主はどうなるのですか! きっと破産しますよ!」
「知らん! わたしは客のことならすべてケアするが、赤の他人がどれだけ苦しもうと知ったことではない!」
 な、なんてひとだ! 愛する妻ながら最悪だ! ああ、ノクチュアが呆然としてる……そんなにヨダレを垂らして、目をいやらしく歪ませて、恥ずかしくないのか!?
「くふふ……売ればかなりの額になるぞ。気に入ったものは使うとして、それでも大金だ。ああ、そうか。わたしの日ごろの行いがいいからだな。天は見ているというが本当だ。宝石商もどうせ盗品だとわかって宝玉を買ったんだろうからな。これはまさに天罰といえよう。しかし、キラキラしてきれいだなぁ。まるでこのわたしのようだ。ぐふふふ……ぐふふふふふふふーーーー!」
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