魂売りのレオ

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第十八話 からくり少女の大きなお遊び

からくり少女の大きなお遊び 二

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「入るぞ」
 と言いながらレオが応接間に顔を出し、続いてぼくも中に入った。
 応接間は冬場や天候の悪い日に客を案内する部屋だ。シックで落ち着いた装飾で、あまり広くない。真ん中にテーブルがあり、その前後にソファが置かれている。
 その入り口側のソファに座っている客が、ペコリと頭を下げた。
「どうも、お邪魔してます」
「あ、どうも」
 ぼくは慇懃いんぎんな礼を受け、反射的にお辞儀を返した。
 客は女性だった。歳は四十より前だろうか。若くはないが、かといって老けた感じもない、素朴できれいなひとだ。目のわきのほくろがちょっと色っぽい。
 美しく歳を重ねるとは、こういうことなのだろう。落ち着いた雰囲気の中にれた魅力がある。しかしどこか二十歳にも満たない生娘きむすめのような若々しさも感じる。思わずドキッとせずにいられない。
 そんな彼女を尻目にレオはズカズカ歩き、壁際に佇むアルテルフを通り過ぎて、ソファにどっかり座った。両足を組み、テーブルの上に投げ出して、さも偉そうに言った。
「わたしが魂売りのレオだ」
 女は言った。
「はじめまして。ノーマと申します」
「それで、なんの用だ」
「はい、魂を売っていただきたいのですが」
「ほう、買い物か」
 レオの目が明るく開いた。よろこびと同時に、めずらしさに驚いている。
 というのも、実は魂だけを買いに来る客は少ない。たいがいの客が「これこれこんな問題があるから解決してくれ」と来訪し、そのたびにレオは頭を使い、ときには何日もかけて仕事を行う。
 もちろんその分のお金は上乗せしているらしいが、魂の価格はすべて言い値だ。ただポンと魂を渡そうが、大仕事をしようが、どちらもいくらでもぼったくれる。ぼくはレオの表情が一瞬いやらしくゆがんだのを見逃さなかった。
「で、どんな魂がほしいんだ?」
 レオはあくまで威圧的——彼女にとって平常——な態度で言った。するとノーマさんは穏やかな顔で、
「質のよい、色の明るいものを二十ほどお願いします」
「ほう!」
 途端、レオは腰を浮かせてよろこんだ。アルテルフも口を開け、声を漏らす寸前だった。
 魂を二十!
 ふたりが笑顔になるのも当然だ。魂は高い。ひとつあたり、およそ庶民が数ヶ月かけて稼ぐ金額が相場だ。それを二十個も買うとなればどれだけの大金になるか、ぼくには想像もつかない。
 ……しかし二十個か。素人のぼくはただただ驚くばかりだ。
 だって二十個だよ。こんな大量に買い付けるひと見たことない。秘薬の原料に使うアクアリウスでもいちどに買うのは多くてせいぜい三つだし、ぼくが見た最大の使用数は、去年、西国さいごくの軍師に剣術を身につけさせるときに使った四つだ。
 いったいそんな量なにに使うんだろう。ぼくがそんなことを思っていると、
「まず、金を見せてもらおう」
 とレオが言った。なるほど、そりゃそうだ。あとで払うなんて言われて、万が一はぐらかされでもしたら大変だ。金額的にも先に聞いておくべきだろう。
「はい、少々お待ちを」
 そう言ってノーマさんは上着の内側に手を入れ、重たそうに“ダイヤモンド金貨”を取り出した。
 ダイヤモンド金貨——大きめの金貨の中央にダイヤモンドが埋め込まれた特殊貨幣で、一般貨幣の中で最も高額な金貨のおよそ百倍の価値を持つ。土地や巨大船舶の取引などに使うことがあり、これを得るにはバンクに厳重な本人確認をしなければならない。
 それがひとつテーブルに置かれた途端、レオののどがごくりと鳴った。
 そこに、またひとつ出てきた。レオの口の端からよだれの筋が光った。
 さらに一枚置かれた。とうとうアルテルフが「わあ」と息を吐いた。
「どうでしょう。これで足りるでしょうか」
「いいだろう!」
 レオは慌てて口元を拭い、
「おい、アルテルフ! 客の紅茶が減っているぞ! それに茶菓子がない! こんな失礼があるか!」
「あいあいさー!」
 アルテルフは飛び跳ね、ドアを突きやぶるいきおいで駆け出した。レオも興奮のあまり目の色を変え、大金を前にそわそわしている。ホント……このふたりは金の亡者だよ。
 しかし、こんな大金よく持ち出せたなぁ。取り出すときも取り乱した様子はないし、おしとやかを通り越してすごい豪胆ごうたんだ。……というか、このひと何者だ?
「さて……」
 レオはテーブルに乗せていた脚を床に降ろし、ぴしっと姿勢正しく構えた。そして両手を握り、ひじをついて前のめりになり、
「少し、質問をさせてもらってもいいか?」
 と、レオとは思えない丁寧な態度で言った。
「はい、なんなりと」
 ノーマさんはあくまで平静に応えた。というか質問されるとわかってたんだろう。だって、いくらなんでも大金だし、魂を二十個も買うなんてふつうじゃない。
 レオは心なし低いトーンで話を続けた。
「まず、あなたは何者だ」
「発明家です」
「ほう?」
「わが家はふるくから物作りの家計で、女の身ではありますが、父の真似事をして育ち、日々、国の援助を受けて機械の発明をしております」
 聞けば、なんと彼女は隣国のお抱え発明技師だった。国から依頼を受け、要求通りかそれ以上の機械を考案し、製作する。あるいは役に立ちそうなものを発案し、許可と援助金をもらって研究する。それが主な仕事で、だからこそ金はいくらでも手に入る。
 なるほど、それなら大金を扱えるのも納得がいく。だけど魂をなにに使うんだ?
「サンプルをお見せします」
 そう言ってノーマさんはふところから棒状のものを取り出した。金属製で、厚みのある定規のような感じだ。女が握っても手の中にすっぽり収まるくらいの長さで、先端に円形の出っ張りがついている。
 それを彼女は、
「旦那様、お試しください」
 と、ぼくに差し出した。
「うん……」
 ぼくはわけもわからず受け取った。だけどこれ、なに?
「これは火付け道具で、ライターというものです。片面の上部に丸いしるしがあるでしょう。そこに指の腹を当ててみてください」
 丸いしるし? あ、あった。これかな。
 ぼくは言われた通り、人差し指の腹を当てた。すると、
 ——ぽっ
 と先端から小さな火が出た。よく見ると円に穴が空いている。
「わっ! すごい、火が着いた!」
 ぼくは驚いた。同時にレオも食い入るように覗き込み、言った。
「この感じ……魔力か?」
「はい、その通りです」
 えっ、魔力!? 魔力だって!?
 そんなバカな! だってぼくは魔法が使えない! レオにさんざん教えてもらって、魔法を使うどころか、ちょっとの魔力も放出できなかったんだぞ!
「これはわたしの発明した“魔道具”です」
「魔道具?」
「はい。旦那様は魔法を使えないようですが、この魔道具を使えばだれでも魔法が使えます」
「どういうことだ?」
 レオはさっきまでの笑顔も忘れ、半ば睨むような目つきで言った。めずらしく本気でものごとに関心を持っている。
 ノーマさんは続けた。
「人間は、だれでも魔力を持っています。しかし全員がコントロールできるわけではありません。魔力を目いっぱい出せるひともいれば、少しくらい出せるひともいるし、まったく出せないひともいます。ですがわたしの発明した魔道具は、指の腹を当てれば特定の量を自動的に吸い上げ、内部で魔法に変えてくれるのです」
「ふぅむ、そんなものが……」
 レオは脚を組み、ひざにひじをついて、あごをつまんだ。上客に向ける態度を忘れ、素を出している。
「しかし、なぜそれで魂が必要になる」
 レオは言った。
「この道具は魔力で動くのだろう? なら魂は不要ではないか」
 すると、ノーマさんはゆったりと答えた。
「魂は魔力のみなもとです。つまり、魔力そのものです。それに、多少は持ち運びが効くでしょう?」
 それを訊くとレオはハッとし、
「そうか! 供給源か!」
 と声を大きくした。
 どういうこと? 魂だとなんで都合がいいの?
「なんだおまえ、わからんのか」
 わかんないよ。なにが違うのさ。
「魔力は保存できん。放ったらすぐに蒸発してしまう。だが魂は銀に封じ込めれば持ち運びが効く」
 それで?
「保存できるということは、そのまま置いておけるということだ」
 だから?
「ああもう、おまえは本当に頭が悪いな。たとえばそのライターも、魔力の吸い込み口に魂を置いておけば、触れずとも機能し続けるだろう。つまり魂を魔力の保存タンクとして使うんだ」
 なるほど……って、いまぼくのことバカにした!? あんまりひと様の前でそういうこと言わないでよ! まるでぼくがバカみたいじゃないか!
「わかった、わかった、悪かった。それより話を戻そう。つまりあなたは、機械から離れても動くよう、魂を魔力源として活用したい——そういうことだな?」
「おっしゃる通りです」
 とノーマさんはクスクス笑いながら答えた。あー恥ずかしい。きっとぼくをバカだと思って笑ってるんだ。騎士たる者がなんて恥晒しだ。あれくらいぼくにもすぐわかるってのに。
「なるほど、理解した」
 レオは背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。疑問も解けたことだし、内容も問題ない。すぐにでも金をもらって、商品の吟味ぎんみにかかるだろう。
 ——が、動かない。じっとノーマさんの笑顔を見つめ、口を閉じている。
 どうして?
「お売りいただけますか?」
 ノーマさんは相変わらずにこやかに言った。まるで近所に大根でも買いにきたかのような、ごく自然な声色だ。
 だけどぼくにはそれが妙に感じた。内容と気配が噛み合わない。莫大な金で、国家の発明に必要な資材を買い求めるにしては、落ち着きが過ぎる。
 途端、部屋の空気がよどんでいることに気づいた。煙もなければ、においもない。だけど目に見えない泥のような濁りが漂うのを感じる。
 どういうことだろう。
 正直なところ、ぼくにはなにが問題かわからない。レオがなにを持って“売る”と言わないのか想像もつかない。
 だけど彼女はなにかを見ている。この沈黙の中でも崩れることのないノーマさんの笑顔の先に、躊躇ちゅうちょすべきなにかを感じ取っている。
 いったいなにを?
 そこに、
「お待たせしましたー!」
 アルテルフが戻り、チョコやクッキーが乗った菓子皿をテーブルに置いた。そしてルンルン鼻歌混じりにあたたかい紅茶をれ直し、再び壁際に佇んだところで、
「およ?」
 異様な気配に気づいた。
「レオ様、問題ですか?」
「いや……」
「しかし問題なのでしょう?」
「……かもな」
 アルテルフは、ふぅ、とため息を漏らし、恨めしげにテーブル上の金を睨んだ。
 するとレオが、
「なあ、おまえはどう思う?」
 と、これまでの内容をざっくり話した。
 レオが仕事内容を相談するなんてめずらしい。というかはじめてだ。彼女はいつだって、依頼を聞いたら自分で考え、決断する。それが、今回はただ魂を売るだけでこれほど悩んでいる。
「……なるほど、そんなことですか」
 アルテルフは気の抜けるような目を天井に向け、言った。
「レオ様ともあろう方が、無駄な心配をするんですね」
「そうかな」
「ここでレオ様が手を貸さなくても、いずれどこかでだれかが成せることでしょう?」
「……そうだな」
「いいじゃないですか、歴史の転機に立ち会れると思えば」
「フッ……言うじゃないか」
 レオは氷が溶けるように笑みをこぼした。それに合わせてノーマさんも小さく微笑んだ。
 いったいなんの話をしてるんだろう。ぜーんぜんわかんないや。チョコ食べよう。
「よし、いいだろう」
 レオはふとももをピシリと叩き、
「契約成立だ。金額も申し分ない。魂を売ってやる」
「ありがとうございます」
 ノーマさんが深く頭を下げた。ゆっくりと、重みを感じる動きだった。
「ただ、ひとつ頼みがある」
 レオが言った。
「なんでしょう」
「あなたの発明品はこんなものではないだろう。もっとおもしろいものが山ほどあるはずだ。よかったら見せてもらいたい」
「ああ、そういうことですか」
 ノーマさんは腕を組み、目をつぶった。ここにきてはじめて慇懃でない動きをした。首がかたむき、眉間にしわが寄っている。
 数秒ののち、顔を上げ、言った。
「いいでしょう。ただし、見たものはお口にチャックでお願いしますね」
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