魂売りのレオ

休止中

文字の大きさ
上 下
112 / 178
第十五話 そうだ、温泉に行こう

そうだ、温泉に行こう 九

しおりを挟む
「まったく……してやられたな」
 レオは背もたれの長いチェアに座り、ウィスキーをあおった。あれから数日後の午後、ぼくらは館に戻り、レオとライブラと庭でくつろいでいた。レグルスも傍にいるが、彼女は給仕として従事し、生真面目に突っ立っている。
「いやぁ、あんたらのおかげで仕事が楽に済んだよ」
 ライブラはキシシと笑い、言った。
「なにせ町長の傍にはいつも魔術師がいたからねぇ。殺すにはちょっと骨が折れそうだったのさぁ」
 なんでもライブラの仕事は町長を殺すことだったらしい。依頼主はなんと町民の半数だ。
 新しい町長は地位を盤石にするため、特定の人間に有利になるよう法改正を進めていた。とくに平等という言葉を都合よく使って不満を持つ人間を優遇したり、さらには土地を奪いたい外国人の参入をうながすことで、彼らの支持をより厚いものにした。
 しかしこれで住民が黙っているはずがない。ひとりの人間の欲望のために生活を奪われ、街をめちゃくちゃにされ、さらにはミス・コンなどという嘘の祭りで女の尊厳を破壊されれば、たとえ殺してでもちょうを引きずり下さなければならない。
 だが町長の守りは硬い。魔術師が常に守りを固めているおかげで暗殺はできそうにないし、法で崩すにも”平等法”は大義名分だけは立派で、どうにも隙がない。選挙で蹴落とそうにも票集めは盤石である。
 そこで、呪術師を雇うというイリーガルな方法を選んだ。それも並の術者では感じ取ることのできない、ごく微細な召喚術を使った。(召喚術とは、特定の者だけを呼び寄せる一種の呼び声だ。広い暗闇で明かりを灯し、ここに来てくれと叫ぶ行為に近い)
 ライブラはそれに反応し、依頼者である暗殺首謀者と通信した。どうやったかは教えてくれなかったが、呪術では遠方と言語のやりとりができるらしい。
 そこで彼女の考えた作戦は、レオをぶつけることだった。初回の偽ミス・コンからちょうど一年——第二回が行われるタイミングでレオを連れて行き、町長を殺すよう誘導することだった。
「まさかここまでうまくいくとは思わなかったねぇ」
 もしはじめから温泉に行こうと誘えばレオは怪しむ。だからあえてレグルスだけを望み、レオたちを拒む素振りを見せたという。
「だから宿の予約が七人だったんだね」
 と、ぼくは訊いた。
「そうさね。あんたら全員呼ぶつもりだったのさ。ま、二匹来なかったのは残念だけどねぇ」
 ふーん、すごいなぁ。ぼくだったらとにかく来てって言っちゃいそうだ。他人の性格を予測して嘘をつくなんて、ちょっとやそっとでできることじゃない。
「で、分け前は?」
 とレオが言った。
「わたしを仕事で使ったんだ。その分金を分けるべきだろう」
「はぁ? なに言ってんだいクソブス。あんたはあたしの術にはまったんだよ。分け前がほしければ仕事の前に言うんだね」
「ならわたしもレグルスもタダ働きか。割に合わんな」
 レオは不機嫌にふんぞり返った。言い返さないってことは、理はライブラにあるらしい。
「いいじゃないさね。温泉はよかったろ? それに宿代も食事代もタダさ」
「あれは依頼人持ちだろう? まったく、気に食わん」
 あーあ、レオがふてくされちゃった。最強無敵の知恵者を自負しているから、いくら相手が一流とはいえ、手のひらの上で転がされたのが許せないんだろう。ぼくは「まあまあ」となだめたが、レオは「フン」とそっぽを向いて気が済まなかった。
 そこに、レグルスが言った。
「よろしいじゃありませんか。旅行がたのしめたと思えば」
「だがわたしは猿回しの猿にされたんだぞ。このわたしがだ」
「ご承知のうえでだまされたのでしょう? ライブラ様の仕事を覗き見るために。でなければ賢者たるレオ様がタダ働きなどするはずがございません」
「……」
 レオはふぅむと考え直すような顔をした。そしてむっくり上体を起こして、
「こら、みなまで言うな。わたしがわざとだまされたことがライブラにバレるではないか」
 とニヤニヤしながら言った。あ、嘘だな。レグルスの言うことがそれっぽいから都合よく合わせたんだ。レオはこういうところ、けっこうわかりやすいからなぁ。
「ま、実際たのしかったぞ。温泉はただの風呂より断然よかったし、バカが死ぬところも見れたしな」
 レオは機嫌を直し、言った。
「あの町長、あれでうまくいくと思ったら大間違いだ。平等などと聞こえのいいきれいごとばかり並べたところで、破綻する未来しか見えんというのに」
「そうさねぇ。今回の依頼がなくても、いずれ街が滅んでおしまいだったろうねぇ」
 ライブラもレオの意見に同意した。どういうことだろう。ぼく政治にはちょっとうといんだ。
「いいか、アーサー。そもそもこの世に平等などというものは存在せん」
 へ? そうなの?
「たとえばおまえ、真の姿のレグルスと戦って勝てるか?」
 ううん、絶対無理だね。たとえぼくが千人いても無理だろう。
「そうだろう。いまの例は極端だが、この世にまったくおなじ人間などおらんし、生まれた瞬間からどうやっても差が生じる。それをまったくおなじに扱おうなどと不可能だ。やれることは”優遇”だけだ」
 優遇?
「あの町長がやったのは優遇だ。それも片方を下げて片方を優遇するという、最悪の優遇だ。バカは、不満を持つ人間を優遇することを”平等”と呼ぶ。そして権力者にとってそれは大きな得票の元となるんだ」
 つまり……どういうこと?
「まだわかんないのかい?」
 ライブラが言った。
「あんたぐらいのバカをみんなとおなじに合わせるのは無理だろ? だからバカには特別に金を与えて、まともな人間から金を奪う。たとえるなら、こういうことをあの町長はやったんだよ」
 それはとんでもない話だ。……って、ぼくはバカじゃないよ!
「まあ、優遇も一切なしでは困るんだがな。手足のない者や、一家の稼ぎ頭が倒れてしまったときなど、優遇すべきものはままある。しかしどうあっても平等などというものは存在せんし、平等という言葉を使うヤツはバカか詐欺師のどちらかだ」
 ううん……そんなもんかなぁ。レオの言うことはどうにも冷たい気がする。ぼくはもっと、みんな並んで仲よくおんなじがいいと思うけどなぁ。
「いいのさ、不平等で」
 ライブラは後頭部で手を組み、言った。
「みんなおんなしじゃつまんないだろ? だから自分の長所を伸ばして、自分よりすごいと思うものを目指して、精一杯努力する。だから人間ってのはおもしろいのさぁ」
 ……そっか。よくわかんないけど、つまりそういうことなんだね!
「上を向いて生きることさね。ブスに生まれたからってなにもしなけりゃ、よけいブスになるだけさ。ろくに努力もせず不満ばかり言って、うまくいかないことを生まれや環境のせいにしてると、ああいう町長にだまされて、道具にされちまうんだよ」
 なるほどねぇ。つまりそういうことか~。なーるほどねぇ~。
「ま、こころの隙につけこむのは呪いの基本さね。あんたもせいぜい不満や欲望につけこまれないよう気をつけなよ」
 うん、そうするよ!
「さて、それじゃあたしはそろそろ帰るとするかねぇ。またそのうち買い物に来るよ」
 ライブラはグラスを飲み干し、立ち上がった。そして庭でたむろしていた愛馬のくらに手をかけた。そのとき、
「待て、アホヅラ」
「なんだい、クソブス」
 レオが止め、ライブラが振り返った。
「やはりタダ働きでは割に合わん。報酬をもらおう」
「はぁ~……まさかあんたがそんな聞き分けのないヤツだと思わなかったねぇ」
 ライブラはメンドくさそうに頭を掻いた。
「あのねぇ、呪術師はひとを操るのが仕事だよ。あんたは操られたんだよ。協力したんじゃなくて、あたしの道具になったんさね。それでどうして報酬がもらえるってんだい」
「だがそれではわたしのプライドが許さん」
「なにがプライドだい。敗者に語る言葉はないよ。あんた戦いで殺されたあとでも文句言うつもりかい?」
「金はいい。温泉を教えろ」
「は?」
 ライブラはポカンとした。
「おまえ、週に二、三度温泉に行くと言っていたな。つまりこの近くにいい温泉があるんだろう。連れてけ。紹介しろ」
 レオったらなにを言ってるんだろう。報酬に温泉を教えろなんて、そんなに温泉が気に入ったのかな?
「はっ、はははははは!」
 ライブラは突如ゲラゲラ笑い出した。
「そうかい、あんたそんなに温泉に行きたいのかい!」
「ああ。しかし神の小径こみちは閉じてしまったし、もうあのホテルには行けんだろう」
「そうかいそうかい、しょうがないねぇ!」
 ライブラは満面の笑みで馬を引き、わざわざレオの目の前まで戻って、
「こういっちゃなんだけど、あたしゃ随一の温泉マニアさ。天然、人口、自然の露天と、ここいらの湯はぜんぶ知り尽くしてるさね。そうかい、報酬に湯を教えてほしいかい」
「まあ、おまえの言う通り、わたしは操られていたわけだから、いやだと言われればそれまでだが……」
「いいさね! 連れてってあげるよ!」
 ライブラはバシンとテーブルを叩き、跳ねるような声で言った。
「ただし今日は仕事の準備があるから無理だよ! 週末以降ならいつでも行けるけど、どうだい!?」
「ふむ……けておこう」
「そうかい! したらこんどはデネボラとゾスマも連れてくるんだよ! 温泉のよさを徹底的に教えてあげるんだからね!」
 それじゃ、週末だよ! と言ってライブラは去っていった。すごいテンションだったなあ。いつも気だるげで殺伐としているライブラが、あんなにも大はしゃぎするんだもんなぁ。
「フフフ……案外かわいいヤツめ」
 えっ?
「やられっぱなしでは、わたしの気が済まんからなぁ」
 どういうこと?
「ま、実際温泉はいいものだしな。わたしは体面を保てたし、あいつもよろこんだし、万事うまくいったというところだ」
 うむむ? なにを言ってるのか全然わかんないや。
 まあでも、万事うまくいったって言ってるってことは、万事うまくいったってことだね! よかったよかった。さすがレオだよ。それにしてもまた温泉行けるのたのしみだなぁ。こんどはちゃんと男女で湯が分かれてるといいけど……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...