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第十一話 悪徳! 海の家
悪徳! 海の家 七
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その晩、ぼくらは海岸沿いの崖に集まっていた。
今日は旅行最終日。今回の旅の目的は海水浴ではなく、あくまで”魂狩り”だ。水の多いところは霊魂が集まりやすく、とくに真夜中に活発化する。
海沿いの崖なんかは悪霊が多く、近くを通った人間を呼び寄せて殺してしまうことがある。そういう場所を世間では自殺スポットと呼び、元々自殺したがっているひとや、こころの弱ったひとを取り込んでしまう。
「おお、いるいる」
レオは切り立った崖から海を覗き込み、言った。見ると海面から無数の白い手が伸び、おいでおいでと手招きしていた。中には顔を出してぼくらを見上げている者もいる。
それらが闇の中ではっきりと、しかし半透明に見えた。間違いなく幽霊だ。”かたちのないもの”は光源がなくとも目に映る。
「うわー、落ちたらおしまいですねー」
とアルテルフは苦笑いして言った。レグルスはちらっと見ただけで陸地の街道まで逃げ、
「は、早く終わらせましょう!」
と少し震えていた。元の姿で吠えればこんなのぜんぶ吹き飛ばしてしまえるほど強いのに、彼女はどうも臆病なところがある。
ゾスマはこんな状況でも釣りをしていた。わきには小さな焚き火とフライパンがあり、そこでデネボラが魚をバター炒めにしていた。
「君たちは見ないの?」
「どーーでもいい。それよりたまにしか食べられない新鮮な海魚がおいしいよ」
「わたしもお魚さんの方が好きですぅ」
相変わらずマイペースだなぁ。レオが「きれいだから見た方がいいぞ」って言うからぼくはたのしみなんだけどさ。
「あっしにはなんにも見えないでやんす」
と同行するキャンサーが崖下を覗きながら言った。彼には霊感がない。ただ暗い闇の海が広がっているだけだ。
「そうだろう。そこで、わたしが呪文を書いてやる。そうすれば霊感のないおまえでもあいつらが見えるようになるぞ」
そう言ってレオは崖の中央になにやら文字を書いた。ふるい異国の言葉で、ぐにゃぐにゃの模様にしか見えない。
が、それはすぐに効果を発揮した。
「おっ! 見えるでやんす! ありゃ気持ち悪いでやんすねえー」
「まあ、見ていろ。これからきれいなショウがはじまるぞ」
レオは座り込み、あぐらをかくと、目をつぶってすうっと息を吐いた。
そして、異国の言葉を並べはじめた。
レオが言うには、ここに集まっている霊はほとんどまともな思考ができないという。いくつもの魂が同居しているせいでいろいろと混ざってしまい、もはや自分たちの魂を維持するために魔力を求めるだけの存在になっている。だから、考えずに動く。
そこで、魂に直接語りかける呪術で彼らを呼び寄せる。
そして実際にレオの呪文は彼らを呼んだ。
海面から手が消えた。
ぼくらを見上げていた頭が沈んだ。
その後、水中からほわほわと白い光の球があらわれた。
ひとつふたつではない。無数のおびただしい量の光の球が海水をすり抜け、ゆっくりと浮かび上がっていく。
「わあ……」
ぼくは息をのんだ。
闇同然の海を、光の球が埋め尽くしていく。現実の光ではないから、周りは一切照らさない。まるで夜空の星々が間近に迫ってくるみたいだ。
「すごーい、ホタルみたい」
とアルテルフが言った。ぼくは”ホタル”を知らないけど、とりあえず似てるらしい。
「ねえ、レグルスも見てごらんよ。すごくきれいだよ」
ぼくはレグルスを呼んだ。しかし彼女は、
「はい、しかし……ああ、わたくしもアーサー様とごいっしょに見たいのに……こ、怖い……う、ううっ、でも、うう~」
あちゃ、泣き出しちゃった。どうしよう。手を引いて連れてきてあげようか。
「大丈夫だ、おまえたちももう丘に戻っていいぞ」
とレオが言った。どういうことだろう。
その答えはすぐにわかった。
魂たちはどんどん浮上した。ふわふわ、ゆらゆら、ゆっくりと。
そしてそれらは崖を越え、ぼくらの周りを漂いはじめた。
「わ、きれい!」
「はえー、こりゃ見事でやんす」
「わーい、すごーい!」
「ふふふ、来てよかったろう。わたしもこの光景は久しぶりだ」
ぼくらはその情景にこころを奪われた。こんどは星空の中に入ったみたいだ。数えきれないほどの光の球がレオを中心に広く旋回している。
「あら、まぁ」
デネボラもうっとりと見とれた。見とれつつもフライパンを注意することを忘れなかった。ゾスマだけは本当に釣りと食事だけをたのしんでいた。
ふとレグルスを見ると彼女は泣き止んでいた。あまりの美しさに感動しているらしい。
でもそっちからじゃグルグル回る光が見れなくてもったいないなぁ。よーし!
「レグルス!」
ぼくは彼女の元まで走った。
「は、はい! どうされました?」
「こっちで見た方がきれいだよ。行こう!」
「えっ! で、ですが……」
「大丈夫! ぼくが手を握っててあげるから。さ、ほら」
「あ、アーサー様……」
そうしてぼくらはレオの傍まで歩いた。レグルスは相変わらず恐いのか、ぼくの肩にしがみついてまた涙をこぼした。
「と、とてもきれいです……アーサー様、わたくしはこころから感動しております。こんなにうれしい夜はかつてございません」
わあい、よろこんでくれてよかった!
それから数分、ぼくらはほとんどの人間が決して見ることのできない光景を堪能した。しかしこれはたのしむためにやっているものじゃない。在庫を確保するための仕事だ。
「さて、もうすぐ終わりだ。そろそろ集まって来るぞ」
そのレオの言葉に合わせるように、魂の回転する輪が狭まった。そしてレオが水をすくうように手を伸ばすと、その上へ廻りながら集まっていき、ひとつの大きなかたまりになった。
「思ったよりでかいな。かごに入るか心配だ」
レオは道に繋いでおいた馬車に近寄り、荷台に置かれた銀のかごを開いた。それはふだんのかごよりはるかに大きく、大型犬を入れるケージに似ていた。
「うむ、なんとか入りそうだ」
そう言って魂をかごに入れ、蓋を閉じた。するとひとかたまりになっていた魂たちが中でバラバラに分かれ、かごいっぱいの光になった。
「さて、これで旅は終わりだ。できる限り早く帰らねばならん」
魂は放っておくと空気に溶けて消えてしまう。館の商品倉庫は魔力が充満しているおかげでそうならないが、このかごでは蒸発してしまう。
「一応魔力を注いであるが、不完全な保存だから蒸発は止めきれん。帰るころには半数が消えているだろう。だからすぐに帰るぞ」
レオは釣りをしている二匹を呼び、ぼくらは馬車へ集まった。今回の旅行はこの目的を果たした時点が帰宅開始なのだった。
使い魔たちが馬車に乗り込み、ぼくとレオはキャンサーと別れの挨拶をした。
「いやあ、いいものを見せてもらいやした。それにレオさんのおかげでまた金持ちになれそうでやすし、本当にありがとうございやす」
「なに、また館へ来てたのしい話を聞かせてくれ。もちろん酒と食い物も持ってくるんだぞ」
「へえ、もちろんでやんす」
とキャンサーは安請け合いしたが、きっとすぐそうなるだろう。なにせすごかったもの。
はずれくじがお金として使えるから、ふつうの食事客もくじという名のギャンブルに手を出したし、キノコ入り食品もかなりのひとが口にした。ガラポンは五台用意してあったけど、どれもノンストップで動いていた。
大半の客はおまけ程度にしか思っていなかったが、中には異常にハマる人間がいて、そのひとたちはとめどなくお金を捨てた。
途中で青球商品がなくなって、そのうち緑球商品もなくなって、それでやむなく今日は中止、ふつうの買い物しかできませんってなったけど、そうなるまで半日とかからなかった。
店だってそれでほとんど営業終了だった。なにせバカみたいにものが売れるんだもの。はずれをお金として使えると言っても、離れたらわからなくなっちゃうからってその場で買い物しなくちゃいけなくて、それで別段買いたくもないグッズや食べ物を買っていた。おかげで売り物がみんなはけてしまい、まともな商売ができなかった。
しかしそれはつまり完売したということで、しかも商品の値段を下げてるわけじゃないから利益率は変わらない。まれに赤球大当たりが出て、それが赤字になるくらいだが、それ以上に莫大な利益が出ている。もし船舶の大当たりが出ていたらどうかわからないけど、それはない話だった。
なにせレオとキャンサーが言っていた。
「大丈夫だ。金は出ない」
「特別なときしか出さないでやんす」
ぼくはどうしてそうなっているのか訊いた。が、答えは単純、
「箱の内側にちょいとした仕掛けがあるでやんす。あっしがその仕掛けを解かないと、いくら箱を回しても金の球がひっかかって混ざらないようになってるでやんす」
とのことだった。なんだ、やっぱり悪業じゃないか。
「人聞きの悪いこと言わないでほしいでやんす。あっしは夢を売ってるんでやんすよ」
「そうだアーサー。世間はそんなものだ」
なんだか聞いてて呆れちゃった。やっぱりこのひとたち、ろくでもないよ。
ともあれぼくらは帰ることにした。
「こんな遅い時間に誘って悪かったな」
「いやいや、おもしろかったでやんすよ」
「しかしおまえは忙しいだろう?」
「へえ、たしかにこれから数週間は寝る暇もないかもしれやせんね」
え、そんなに大変なの?
「へえ。まず食事もグッズももっと大量に仕入れないといけやせんし、刺繍や絵描きのアルバイトも探さなきゃいけやせん。それにいまは男女三人ずつしかキャラクターがいやせんが、今後はもっと増やしていくつもりでやすし、グッズの種類も増やすでやんす。あと祭りやイベントに合わせた期間限定グッズを練ったり、キャラクターの商標権利を確保したり、やることが目白押しでやんすよ」
うわぁ、なんだか本当に大変そうだなぁ。体がいくつあっても足りなそうだ。体壊したりしないかな?
「大丈夫でやんす。ひとは気力があれば病気なんてしないでやんす。それに、生きてるって感じでやんす」
生きてるって感じ?
「そうでやんす。目標に向かって困難を突き進むのは、男としてバリバリ燃えるでやんすよ。眠いの疲れるのなんてむしろかかってこいでやんす」
……男として、バリバリ燃える……か。
「すごいね、キャンサーは」
「いやあ、金持ちになりたいだけでやんす。欲望はひとを燃やすでやんすよ」
……うらやましいな。
「さ、そろそろ行くぞ。お互い暇じゃないからな」
そうレオが言い、ぼくらは別れた。
レグルスが御者を務め、ぼくとレオは荷台に乗り込んだ。
中には横になれるようシーツが敷いてあり、デネボラはすでに眠っていた。アルテルフは鷹の姿でかごに乗り、首をすぼめて静まっていた。ゾスマは蜘蛛の姿で天井に張りついていた。
やがて、がたごとと馬車が走り出した。
「さ、我々も寝よう。順番に御者をやるんだ。休憩時には体を動かさんといかんし、休めるときに休んでおけ」
「うん……」
ぼくらはごろんと仰向けに寝転んだ。だけどぼくは寝つけなかった。キャンサーのまっすぐな笑顔から放たれた言葉が頭にこびりついて離れなかった。
男として……
生きてるって感じ……
目標に向かって……
——ぼくはなにをしてるんだろう。
毎日レオに甘えて、遊びたいときに遊んで、眠くなったら寝て、お金なんて一切稼がないで……
こんなの生きてるって言うのかな。
こんなの男って言うのかな。
本当は、ぼくもなにかやらなきゃいけないんじゃないのかな?
「どうした、アーサー」
「……」
「なにを悩んでいる」
レオが寝返りを打ち、ぼくの横顔に言った。
「顔を見ればわかる。どうした、言ってみろ」
「うん……」
ぼくは仰向けのまま、ため息を吐くように言った。
「キャンサーはすごいなあ——って」
「なに? あんなクズが?」
「だって、なにかを成そうとしてる」
「なにかって、金持ちになろうとしてることか? あんなの欲望に駆られてるだけだ。ほめられたもんじゃない」
「でも立派だよ。だって、がんばってるんだもの。それに比べて、ぼくは男なのになにもしないで毎日ダラダラしてる……目標に向かって努力もしないし、働きもしない」
「別にいいだろう。わたしが稼いで食わせてるんだから。おまえはなにもしなくていい」
「そんなのおかしいよ。男のぼくが働きもせず甘えっぱなしなんて。それに男子として生まれたからには、ただ生きるなんてできない。ひとかどの男を目指さなきゃならない。それなのにぼくはこんな……」
「しょうがないだろう。うちの仕事でおまえにできることはほとんどないんだ。それにおまえは十分すごいぞ。なにせひと晩で何発も出せる。濃いのを出しても秒で復活する。こんな立派な男そうそういない」
「そういうんじゃないよ……ぼくは男として立派に……」
「アーサー」
レオがもぞりと身を寄せ、言った。
「おまえ、偉人にでもなるつもりか?」
「別にそういうわけじゃ……」
「おまえ、かつて名を馳せた偉人たちがいまどうしてるか知ってるか?」
「そりゃあ……死んでるに決まってるじゃないか」
「そうだ。みんな死んでいる。すべからくあの世だ」
「なにが言いたいんだよ」
「そいつらはいま、自身の名声を聞くことはない」
「……」
「どれだけすばらしいことを成そうが、どんな立派な人物だろうが、死ねば終わりだ。死後それを味わうことはない。もっと言おう。偉人だろうが凡人だろうが、善人だろうが悪党だろうが、死ねばみなおなじだ。なにかを成したところでなんの意味もない」
「そんなことないよ」
ぼくはくるりと寝返りを打ち、レオと向かい合って、
「ただ生きるなんて女子供の考えだ。男子として生まれたからには——」
「いいや、なにを成そうが無意味だ。しょせん生きているうちの自己満足に過ぎん」
レオははっきりと強い声で言い切った。ぼくの言葉をさえぎった彼女の目は強くまっすぐだった。
ぼくは反論できなかった。
納得できない。だけど言い返せない。レオの言うことは正しい気がするけどこころが納得しない。
すぅー、すぅー、とデネボラの寝息が聞こえた。
アルテルフの首がわずかに動き、チラリと目を開いてまた閉じた。
馬車は、ときおり揺れる。
「いいんだ、ただ生きれば」
レオは寝る子を起こさないような、しかしかすれない小さな声で言った。
「なにかを成せば満足するだろう。だが、そんなことする必要はない。ただ生きることよりしあわせなことはないんだ。意味もなくふつうに働き、ふつうにメシを食い、ふつうに愛し合って、ふつうの家庭を育む。こんな贅沢ほかにないぞ。まあ、うちは子供はいないがな」
「……」
「ましてやわたしの稼ぎは多い。いつでも旅行に出かけられるし、好きなものが好きなだけ手に入る。どこにも不満などないだろう」
「そうだけどさ……」
ぼくは、さもすれば泣いているような声を出した。
「それはやっぱり女の考えだよ。ぼくは近衛兵長になりたかったんだ。父さんみたいな立派な騎士になりたかったんだ。そのために毎日努力していたんだ。それなのにこんなダラダラ過ごして、みっともないよ……」
「……」
「せめて……騎士になんてならなくていいから、父さんと母さんの仇を討ちたい」
「アーサー……」
レオの眉が曇った。眉間にしわが寄り、悲しむような、睨むような目をした。
「たとえいのちを失おうと、このままじゃぼく、生きている意味が、男としての誇りが……」
「アーサー!」
レオはぼくの頭を抱き寄せ、胸に包み込んだ。
そして、妙に響く声でやさしく言った。
「ああ、アーサー。ずいぶん夜更かししてしまったな。とっくに眠る時間だ。おまえも眠たい。早く眠ってしまいたい。そうだろう?」
「なにを突然………………あれ?」
う……ね、眠い。急にまぶたが重くなって……
「さあ、寝よう。カンテラも消すぞ。ほら、真っ暗だ。おやすみの時間だ」
「れ、レオ……まだ話の途中……」
「ああ、そうだな。だが安心しろ。おまえはバカだから明日になればもう忘れてる。なんの心配もせず眠りに着け」
「で、でも……う、う……」
「いいか、アーサー。おまえはなにもしなくていい。なにごとも成さなくていい。ただわたしの傍にいろ。わたしから離れるな。どこにも行くな。わたしが死ぬまで健康に生きてくれればそれでいい。わかったな」
「……う、うん」
「よし、いい子だ。それじゃあもう寝ような。愛してるぞ、おやすみ」
「うん……ぼくも…………おや……す……」
今日は旅行最終日。今回の旅の目的は海水浴ではなく、あくまで”魂狩り”だ。水の多いところは霊魂が集まりやすく、とくに真夜中に活発化する。
海沿いの崖なんかは悪霊が多く、近くを通った人間を呼び寄せて殺してしまうことがある。そういう場所を世間では自殺スポットと呼び、元々自殺したがっているひとや、こころの弱ったひとを取り込んでしまう。
「おお、いるいる」
レオは切り立った崖から海を覗き込み、言った。見ると海面から無数の白い手が伸び、おいでおいでと手招きしていた。中には顔を出してぼくらを見上げている者もいる。
それらが闇の中ではっきりと、しかし半透明に見えた。間違いなく幽霊だ。”かたちのないもの”は光源がなくとも目に映る。
「うわー、落ちたらおしまいですねー」
とアルテルフは苦笑いして言った。レグルスはちらっと見ただけで陸地の街道まで逃げ、
「は、早く終わらせましょう!」
と少し震えていた。元の姿で吠えればこんなのぜんぶ吹き飛ばしてしまえるほど強いのに、彼女はどうも臆病なところがある。
ゾスマはこんな状況でも釣りをしていた。わきには小さな焚き火とフライパンがあり、そこでデネボラが魚をバター炒めにしていた。
「君たちは見ないの?」
「どーーでもいい。それよりたまにしか食べられない新鮮な海魚がおいしいよ」
「わたしもお魚さんの方が好きですぅ」
相変わらずマイペースだなぁ。レオが「きれいだから見た方がいいぞ」って言うからぼくはたのしみなんだけどさ。
「あっしにはなんにも見えないでやんす」
と同行するキャンサーが崖下を覗きながら言った。彼には霊感がない。ただ暗い闇の海が広がっているだけだ。
「そうだろう。そこで、わたしが呪文を書いてやる。そうすれば霊感のないおまえでもあいつらが見えるようになるぞ」
そう言ってレオは崖の中央になにやら文字を書いた。ふるい異国の言葉で、ぐにゃぐにゃの模様にしか見えない。
が、それはすぐに効果を発揮した。
「おっ! 見えるでやんす! ありゃ気持ち悪いでやんすねえー」
「まあ、見ていろ。これからきれいなショウがはじまるぞ」
レオは座り込み、あぐらをかくと、目をつぶってすうっと息を吐いた。
そして、異国の言葉を並べはじめた。
レオが言うには、ここに集まっている霊はほとんどまともな思考ができないという。いくつもの魂が同居しているせいでいろいろと混ざってしまい、もはや自分たちの魂を維持するために魔力を求めるだけの存在になっている。だから、考えずに動く。
そこで、魂に直接語りかける呪術で彼らを呼び寄せる。
そして実際にレオの呪文は彼らを呼んだ。
海面から手が消えた。
ぼくらを見上げていた頭が沈んだ。
その後、水中からほわほわと白い光の球があらわれた。
ひとつふたつではない。無数のおびただしい量の光の球が海水をすり抜け、ゆっくりと浮かび上がっていく。
「わあ……」
ぼくは息をのんだ。
闇同然の海を、光の球が埋め尽くしていく。現実の光ではないから、周りは一切照らさない。まるで夜空の星々が間近に迫ってくるみたいだ。
「すごーい、ホタルみたい」
とアルテルフが言った。ぼくは”ホタル”を知らないけど、とりあえず似てるらしい。
「ねえ、レグルスも見てごらんよ。すごくきれいだよ」
ぼくはレグルスを呼んだ。しかし彼女は、
「はい、しかし……ああ、わたくしもアーサー様とごいっしょに見たいのに……こ、怖い……う、ううっ、でも、うう~」
あちゃ、泣き出しちゃった。どうしよう。手を引いて連れてきてあげようか。
「大丈夫だ、おまえたちももう丘に戻っていいぞ」
とレオが言った。どういうことだろう。
その答えはすぐにわかった。
魂たちはどんどん浮上した。ふわふわ、ゆらゆら、ゆっくりと。
そしてそれらは崖を越え、ぼくらの周りを漂いはじめた。
「わ、きれい!」
「はえー、こりゃ見事でやんす」
「わーい、すごーい!」
「ふふふ、来てよかったろう。わたしもこの光景は久しぶりだ」
ぼくらはその情景にこころを奪われた。こんどは星空の中に入ったみたいだ。数えきれないほどの光の球がレオを中心に広く旋回している。
「あら、まぁ」
デネボラもうっとりと見とれた。見とれつつもフライパンを注意することを忘れなかった。ゾスマだけは本当に釣りと食事だけをたのしんでいた。
ふとレグルスを見ると彼女は泣き止んでいた。あまりの美しさに感動しているらしい。
でもそっちからじゃグルグル回る光が見れなくてもったいないなぁ。よーし!
「レグルス!」
ぼくは彼女の元まで走った。
「は、はい! どうされました?」
「こっちで見た方がきれいだよ。行こう!」
「えっ! で、ですが……」
「大丈夫! ぼくが手を握っててあげるから。さ、ほら」
「あ、アーサー様……」
そうしてぼくらはレオの傍まで歩いた。レグルスは相変わらず恐いのか、ぼくの肩にしがみついてまた涙をこぼした。
「と、とてもきれいです……アーサー様、わたくしはこころから感動しております。こんなにうれしい夜はかつてございません」
わあい、よろこんでくれてよかった!
それから数分、ぼくらはほとんどの人間が決して見ることのできない光景を堪能した。しかしこれはたのしむためにやっているものじゃない。在庫を確保するための仕事だ。
「さて、もうすぐ終わりだ。そろそろ集まって来るぞ」
そのレオの言葉に合わせるように、魂の回転する輪が狭まった。そしてレオが水をすくうように手を伸ばすと、その上へ廻りながら集まっていき、ひとつの大きなかたまりになった。
「思ったよりでかいな。かごに入るか心配だ」
レオは道に繋いでおいた馬車に近寄り、荷台に置かれた銀のかごを開いた。それはふだんのかごよりはるかに大きく、大型犬を入れるケージに似ていた。
「うむ、なんとか入りそうだ」
そう言って魂をかごに入れ、蓋を閉じた。するとひとかたまりになっていた魂たちが中でバラバラに分かれ、かごいっぱいの光になった。
「さて、これで旅は終わりだ。できる限り早く帰らねばならん」
魂は放っておくと空気に溶けて消えてしまう。館の商品倉庫は魔力が充満しているおかげでそうならないが、このかごでは蒸発してしまう。
「一応魔力を注いであるが、不完全な保存だから蒸発は止めきれん。帰るころには半数が消えているだろう。だからすぐに帰るぞ」
レオは釣りをしている二匹を呼び、ぼくらは馬車へ集まった。今回の旅行はこの目的を果たした時点が帰宅開始なのだった。
使い魔たちが馬車に乗り込み、ぼくとレオはキャンサーと別れの挨拶をした。
「いやあ、いいものを見せてもらいやした。それにレオさんのおかげでまた金持ちになれそうでやすし、本当にありがとうございやす」
「なに、また館へ来てたのしい話を聞かせてくれ。もちろん酒と食い物も持ってくるんだぞ」
「へえ、もちろんでやんす」
とキャンサーは安請け合いしたが、きっとすぐそうなるだろう。なにせすごかったもの。
はずれくじがお金として使えるから、ふつうの食事客もくじという名のギャンブルに手を出したし、キノコ入り食品もかなりのひとが口にした。ガラポンは五台用意してあったけど、どれもノンストップで動いていた。
大半の客はおまけ程度にしか思っていなかったが、中には異常にハマる人間がいて、そのひとたちはとめどなくお金を捨てた。
途中で青球商品がなくなって、そのうち緑球商品もなくなって、それでやむなく今日は中止、ふつうの買い物しかできませんってなったけど、そうなるまで半日とかからなかった。
店だってそれでほとんど営業終了だった。なにせバカみたいにものが売れるんだもの。はずれをお金として使えると言っても、離れたらわからなくなっちゃうからってその場で買い物しなくちゃいけなくて、それで別段買いたくもないグッズや食べ物を買っていた。おかげで売り物がみんなはけてしまい、まともな商売ができなかった。
しかしそれはつまり完売したということで、しかも商品の値段を下げてるわけじゃないから利益率は変わらない。まれに赤球大当たりが出て、それが赤字になるくらいだが、それ以上に莫大な利益が出ている。もし船舶の大当たりが出ていたらどうかわからないけど、それはない話だった。
なにせレオとキャンサーが言っていた。
「大丈夫だ。金は出ない」
「特別なときしか出さないでやんす」
ぼくはどうしてそうなっているのか訊いた。が、答えは単純、
「箱の内側にちょいとした仕掛けがあるでやんす。あっしがその仕掛けを解かないと、いくら箱を回しても金の球がひっかかって混ざらないようになってるでやんす」
とのことだった。なんだ、やっぱり悪業じゃないか。
「人聞きの悪いこと言わないでほしいでやんす。あっしは夢を売ってるんでやんすよ」
「そうだアーサー。世間はそんなものだ」
なんだか聞いてて呆れちゃった。やっぱりこのひとたち、ろくでもないよ。
ともあれぼくらは帰ることにした。
「こんな遅い時間に誘って悪かったな」
「いやいや、おもしろかったでやんすよ」
「しかしおまえは忙しいだろう?」
「へえ、たしかにこれから数週間は寝る暇もないかもしれやせんね」
え、そんなに大変なの?
「へえ。まず食事もグッズももっと大量に仕入れないといけやせんし、刺繍や絵描きのアルバイトも探さなきゃいけやせん。それにいまは男女三人ずつしかキャラクターがいやせんが、今後はもっと増やしていくつもりでやすし、グッズの種類も増やすでやんす。あと祭りやイベントに合わせた期間限定グッズを練ったり、キャラクターの商標権利を確保したり、やることが目白押しでやんすよ」
うわぁ、なんだか本当に大変そうだなぁ。体がいくつあっても足りなそうだ。体壊したりしないかな?
「大丈夫でやんす。ひとは気力があれば病気なんてしないでやんす。それに、生きてるって感じでやんす」
生きてるって感じ?
「そうでやんす。目標に向かって困難を突き進むのは、男としてバリバリ燃えるでやんすよ。眠いの疲れるのなんてむしろかかってこいでやんす」
……男として、バリバリ燃える……か。
「すごいね、キャンサーは」
「いやあ、金持ちになりたいだけでやんす。欲望はひとを燃やすでやんすよ」
……うらやましいな。
「さ、そろそろ行くぞ。お互い暇じゃないからな」
そうレオが言い、ぼくらは別れた。
レグルスが御者を務め、ぼくとレオは荷台に乗り込んだ。
中には横になれるようシーツが敷いてあり、デネボラはすでに眠っていた。アルテルフは鷹の姿でかごに乗り、首をすぼめて静まっていた。ゾスマは蜘蛛の姿で天井に張りついていた。
やがて、がたごとと馬車が走り出した。
「さ、我々も寝よう。順番に御者をやるんだ。休憩時には体を動かさんといかんし、休めるときに休んでおけ」
「うん……」
ぼくらはごろんと仰向けに寝転んだ。だけどぼくは寝つけなかった。キャンサーのまっすぐな笑顔から放たれた言葉が頭にこびりついて離れなかった。
男として……
生きてるって感じ……
目標に向かって……
——ぼくはなにをしてるんだろう。
毎日レオに甘えて、遊びたいときに遊んで、眠くなったら寝て、お金なんて一切稼がないで……
こんなの生きてるって言うのかな。
こんなの男って言うのかな。
本当は、ぼくもなにかやらなきゃいけないんじゃないのかな?
「どうした、アーサー」
「……」
「なにを悩んでいる」
レオが寝返りを打ち、ぼくの横顔に言った。
「顔を見ればわかる。どうした、言ってみろ」
「うん……」
ぼくは仰向けのまま、ため息を吐くように言った。
「キャンサーはすごいなあ——って」
「なに? あんなクズが?」
「だって、なにかを成そうとしてる」
「なにかって、金持ちになろうとしてることか? あんなの欲望に駆られてるだけだ。ほめられたもんじゃない」
「でも立派だよ。だって、がんばってるんだもの。それに比べて、ぼくは男なのになにもしないで毎日ダラダラしてる……目標に向かって努力もしないし、働きもしない」
「別にいいだろう。わたしが稼いで食わせてるんだから。おまえはなにもしなくていい」
「そんなのおかしいよ。男のぼくが働きもせず甘えっぱなしなんて。それに男子として生まれたからには、ただ生きるなんてできない。ひとかどの男を目指さなきゃならない。それなのにぼくはこんな……」
「しょうがないだろう。うちの仕事でおまえにできることはほとんどないんだ。それにおまえは十分すごいぞ。なにせひと晩で何発も出せる。濃いのを出しても秒で復活する。こんな立派な男そうそういない」
「そういうんじゃないよ……ぼくは男として立派に……」
「アーサー」
レオがもぞりと身を寄せ、言った。
「おまえ、偉人にでもなるつもりか?」
「別にそういうわけじゃ……」
「おまえ、かつて名を馳せた偉人たちがいまどうしてるか知ってるか?」
「そりゃあ……死んでるに決まってるじゃないか」
「そうだ。みんな死んでいる。すべからくあの世だ」
「なにが言いたいんだよ」
「そいつらはいま、自身の名声を聞くことはない」
「……」
「どれだけすばらしいことを成そうが、どんな立派な人物だろうが、死ねば終わりだ。死後それを味わうことはない。もっと言おう。偉人だろうが凡人だろうが、善人だろうが悪党だろうが、死ねばみなおなじだ。なにかを成したところでなんの意味もない」
「そんなことないよ」
ぼくはくるりと寝返りを打ち、レオと向かい合って、
「ただ生きるなんて女子供の考えだ。男子として生まれたからには——」
「いいや、なにを成そうが無意味だ。しょせん生きているうちの自己満足に過ぎん」
レオははっきりと強い声で言い切った。ぼくの言葉をさえぎった彼女の目は強くまっすぐだった。
ぼくは反論できなかった。
納得できない。だけど言い返せない。レオの言うことは正しい気がするけどこころが納得しない。
すぅー、すぅー、とデネボラの寝息が聞こえた。
アルテルフの首がわずかに動き、チラリと目を開いてまた閉じた。
馬車は、ときおり揺れる。
「いいんだ、ただ生きれば」
レオは寝る子を起こさないような、しかしかすれない小さな声で言った。
「なにかを成せば満足するだろう。だが、そんなことする必要はない。ただ生きることよりしあわせなことはないんだ。意味もなくふつうに働き、ふつうにメシを食い、ふつうに愛し合って、ふつうの家庭を育む。こんな贅沢ほかにないぞ。まあ、うちは子供はいないがな」
「……」
「ましてやわたしの稼ぎは多い。いつでも旅行に出かけられるし、好きなものが好きなだけ手に入る。どこにも不満などないだろう」
「そうだけどさ……」
ぼくは、さもすれば泣いているような声を出した。
「それはやっぱり女の考えだよ。ぼくは近衛兵長になりたかったんだ。父さんみたいな立派な騎士になりたかったんだ。そのために毎日努力していたんだ。それなのにこんなダラダラ過ごして、みっともないよ……」
「……」
「せめて……騎士になんてならなくていいから、父さんと母さんの仇を討ちたい」
「アーサー……」
レオの眉が曇った。眉間にしわが寄り、悲しむような、睨むような目をした。
「たとえいのちを失おうと、このままじゃぼく、生きている意味が、男としての誇りが……」
「アーサー!」
レオはぼくの頭を抱き寄せ、胸に包み込んだ。
そして、妙に響く声でやさしく言った。
「ああ、アーサー。ずいぶん夜更かししてしまったな。とっくに眠る時間だ。おまえも眠たい。早く眠ってしまいたい。そうだろう?」
「なにを突然………………あれ?」
う……ね、眠い。急にまぶたが重くなって……
「さあ、寝よう。カンテラも消すぞ。ほら、真っ暗だ。おやすみの時間だ」
「れ、レオ……まだ話の途中……」
「ああ、そうだな。だが安心しろ。おまえはバカだから明日になればもう忘れてる。なんの心配もせず眠りに着け」
「で、でも……う、う……」
「いいか、アーサー。おまえはなにもしなくていい。なにごとも成さなくていい。ただわたしの傍にいろ。わたしから離れるな。どこにも行くな。わたしが死ぬまで健康に生きてくれればそれでいい。わかったな」
「……う、うん」
「よし、いい子だ。それじゃあもう寝ような。愛してるぞ、おやすみ」
「うん……ぼくも…………おや……す……」
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