王族ですが何か?

衣更月

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魔王様降臨

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 大伯父上が引っ越しするまでの10日間は地獄だった。
 朝から晩まで、スコップ片手にハーブの引っ越し作業よ?冗談じゃなくてマジよ?
 遠巻きに、庭師たちが顔面蒼白で右往左往してた。
 当たり前だ。王族がスコップ片手にハーブを掘り起こしてんだから。
 俺もジョゼフもマットも、げっそりしながら土を掘ったね。最初こそ、「ぎゃ!青虫だ!」「ミミズでかっ!!」と叫んでたけど、最後の方は感情が死んでた。青虫やミミズが出ても、無言で摘まんで彼方に投げ捨て、ざく、ざく、とスコップで土を掘ってた。
 めちゃくちゃ鉢への植え替えが上手くなったよ。
 でもさ、それって俺の正規の仕事じゃないのよ。
 ちゃんと公務があるのよ。
 俺が大伯父上にこき使われている間、執務机には手つかずの書類が積みあがるだけ。誰も助けてはくれない。ていうか、俺以外が裁許できないから当たり前だ。
 大伯父上が笑顔で越してから、三日三晩執務室に缶詰めになって気が付いた。
 あれ?これって大伯父上の不運が俺に直撃してない?ってね。
 机上の書類がはけた時、俺はげっそりしてた。 
 中腰でハーブの引っ越し作業と、ノンストップの執務で俺の心身はズタボロ。
 ようやく休日もぎ取っても、噂に聞くようなデートとは無縁。
 エスコートできる婚約者も、観劇を楽しむ恋人もいない。というか、劇場は出禁なんだけどね。
 ちくしょーーーー!!俺も青春したーーーーい!!可愛い女の子とイチャイチャしたーーーーい!!と、塔のてっぺんから叫びたい。
 で、せっかくもぎ取った休日は、代り映えのないジョゼフとマットを連れて庭園の散歩というわけだ。体力が有り余ってたら、出逢いを求めて遠出したんだけどね。
 無理。
 そんな体力は残っていないし、母上から頂いた身上書も見たくない。全身筋肉痛の上、目がシバシバしてるんだよ…。
 てことで庭園を散歩。大なり小なりハプニングは起きても、それも予想の範囲内だから驚きもない。
 まぁ、医務室へ搬送された2人の衛兵には申し訳ないけどさ。
「こっちには初めて来たかも」
 うちの庭ロイヤルガーデンはバラ一色。
 華やかで見応えがあるし、香しさに心が癒される場所となっている。
 一方、こっちの庭園は季節に合わせた色とりどりの花が咲き誇る。池を覗き込めば、水底がぼこぼこと踊り、地下水が湧き出ているのが分かる。泳ぐ魚は観賞用だろう。赤や青の鮮やかなものだ。さらに池にかかる石の橋に沿って、つる性の薄紫色の花が咲く。
 灌木に咲き誇るのはジャスミンだ。
 バラとは違った爽やかな香りが鼻腔を擽る。
 俺としては、こっちの庭園は目新しく、花々も多様性に富んでいるので見飽きることがない。なのに、誰一人として散策を楽しむ人はいない。
 ぽつぽつと置かれているベンチにも、東屋にも人影はなし。
「こっちは人気がないのか?王族専用じゃないよな?」
「開放されてますよ。ただ城からは遠いですからね。気分転換に歩いて来る女性は滅多にいないですよ。何かしらのイベントがあれば別ですけど」
「ここは騎士団が近いので、一般公開の模擬戦の日は多くのご令嬢方が散策されているそうです」
 騎士はモテるらしい。
 そういえば、この2人もモテるらしいこと妹たちが言ってたわ。
 裏切者め!
 てくてくと城壁に近づいたところで、「リロイ殿下」とジョゼフに制止された。
「そこより先は騎士団の区域になりますので、お控え下さい」
「行くんなら先触れ必須ですよ。何しろ殿下が行くんですから。あんな殺傷力ある武器ばっかのところに前触れなく殿下が現れちゃ、もうパニックですよ」
 けたけたと笑うマットにイラッとする!
「リロイ殿下。城壁の上からならハイム湖が一望できますが、行かれますか?」
 場所によるけど城壁の高さは約8メートル。
 面倒くさいな。
「絶景ですよ」とはマット。
「なに?お前、知ってんの?」
「ここの城壁は有名なデートスポットですからね」
 はあ?
 防衛壁ですけど!?
 監視塔には見張り兵もいて、目立たないけど、結構な人数が警戒に当たってる。そんな場所がデートスポット!?
 バリバリ勤務中の兵士が見てる中でイチャイチャすんの?
 それ以前に、王城ですけど?
 心臓に毛でも生えてるの?
「世も末だな」
「僻みですか?」
 ニヤニヤと笑うマットの尻を、渾身の力を込めて蹴り上げた。
「いてっ!!」と飛び跳ねたマットの追い越して、何かがスコーンと飛んで行った。
 その何かは勢いよく灌木を飛び越え、そして、「ぎゃ!!」と野太い悲鳴を轟かせる。
「リロイ殿下。靴が脱げています」
「あ」
 やっべ!
 侯爵以上の貴族家だと面倒しかない。嫌味のオンパレードか、慰謝料の請求か、何かしらの役職の催促ってのもあり得るよね。
 伯爵以下なら食って掛かることはないはず。
 とりあえず、傲慢に見えない程度に胸を張っとく?
 こっちが100%悪いんだけどさ。
 慰謝料に幾らか握らせ、あとは度胸とハッタリで行けるでしょ。
 俺、王族よ?
「ごほん」と咳払いして、「すまない」と手を挙げる。
 動揺を見せたら負けだ。
 ポーカーフェイスは得意中の得意。
「靴が脱げてしまった。怪我はないかな?」
 問いかけるけど、ジャスミンや沈丁花の繁る奥からの返答はない。
 その代わりに、カツーン…カツーン…と聞こえてくる重厚なブーツの靴音が、そこはかとなくホラーだ。
 場所が場所だけに騎士か、衛兵か…。どちらにしろ武官に当たったのは間違いなさそうだ。
 お偉いさんとかじゃなくて良かった。文官系は、無駄にお偉方が多いからな。とりあえず、士官じゃありませんよに。
 無言のままに2人に、大丈夫そうだとジェスチャーすれば、マットがグッジョブと親指を立てた。
 いやいや、俺、お前の主人よ?
 片やジョゼフは、残像が見えそうなほどの勢いで頭を振っている。そして、必死の指差しだ。
 ジョゼフの指が指す方向へ視線を向けて、一瞬。本当に一瞬なんだけど、心臓が止まったね!
「私に靴を投げつけたのはリロイ殿下、貴様の仕業か?」
 地の底から這い上がってきた魔王のようなお姿とお声…。
 一応、”殿下”はつけてくれてるけどさ、圧がエグい。
 灰褐色の頭と濃い紫水晶の双眸。浅黒い肌をした厳めしい顔つきと、カヴァッリ公爵家のみに許された黒い軍服。胸に並ぶ勲章は、多くの功績を残した証だ。それ以前に、筋骨隆々のふっとい腕と足。分厚い胸板の体躯は、冗談でも御年64才には見えない…まさに魔王のごとし…。
 黒い軍服は、返り血を目立たせないためなんだって。でも、その軍服に飛び散っているのは、間違いなく土埃。血は目立たなくても土埃は目立つみたいだ…。
 魔王様の手に握りつぶされている靴も見覚えありすぎ。
 右腕の汚れが酷いのは、咄嗟に頭を庇ったからだろうね。汚れっていうか…靴底がハンコみたいについてる。
 やだ、怖い!!
「なんとか言わんか!!」
 衰え知らずの怒号に、俺は流れるように土下座した。
「も!申し訳ございません!!」
 王族でもさ、逆らっちゃいけない人っていんのよ。
 その筆頭が、ウィルトンおじい様ことウィルトン・カヴァッリ前公爵。母上の父親で、公爵の座を母上の兄、レジナルド伯父上に譲り渡した後、隠居するどころか騎士団に復帰したという傑物バケモノだ。
 カヴァッリ公爵家は武闘派集団。
 言葉で言い聞かせるよりも体に言い聞かせるタイプの、ヤバい人たちの総本山だ。
 子供の頃は、悪戯するたびに「カヴァッリ公爵が来るぞ」と父上に脅されていたくらいだから、父上も恐怖に思っているに違いない。
 てか、俺の身内ってヤバイのばっかだな!
「王族が頭を下げるとは何事かっ!!ジェレマイヤ陛下の教育がいかなものか、是非とも聞いてみたいものだ!」
 デジャヴ!
 しかも父上に飛び火した!
 母上にも怒られる!
 そもそも花と無縁のウィルトンおじい様がなんで庭園なんかにいるんだよ…。
 やだ、泣きたい…。
 むんず、と襟首を掴まれ、ずるずると王子を引きずり歩くウィルトンおじい様を誰が止められようか…。ジョゼフもマットも俺から目を逸らしてる。なんなら城壁の上から兵士たちが涙を堪え、胸に手を当てた敬礼で見送ってくる。
 あれ?
 葬送なのかな?
「常々、思っておったのだ。お前は王族としての武が足りん!」
 武!?
「オルカット殿下を見習わんか!」
 いやいや、俺って伯父上のような脳筋タイプじゃないよ?
 静と動よ?
 伯父上がアグレッシブな動なら、俺は静の方。
 人柱だから仕方なく鍛錬するけど、体を動かすより地道に書類をチェックする方が性に合うタイプよ?
 長々とした説教と、戦々恐々と俺たちを見送る文官たちの視線に晒されること数十分。気づけば王城の執務室に放り投げられてた。
 ごろり、と転がった先には、顔面蒼白で書類を抱えて硬直しているジェフリー・コールがいた。
 赤みがかった黒髪と水色の瞳は、女性からのウケが良いと聞く。父上の1つ上であり、父上の側近であり、独身を謳歌しているモテ男。父上の乳兄弟だ。
 いつもは泰然自若なコールも、さすがに第一王子が引きずり回されて執務室に放り込まれたとなると冷静さを欠くらしい。面白いくらいに丸々と目を見開き、俺を見、それからゆっくりと…スローモーションのようにウィルトンおじい様を見て石化した。
 この執務室は俺のじゃないから、当然、主がいるわけだ。
 その主ことジェレマイヤ国王は、壊れた玩具みたいに「お、おおおおおおおおおおおおおお義父様…!」と震え上がっている。
 そこには宰相が作り上げた賢王の顔はない。家族にだけに見せるポンコツな父上がウィルトンおじい様を凝視し、次いで俺を見て色々悟ったらしい。 
 うん。
 ウィルトンおじい様の汚れた姿を見れば、誰だって察するよね…。
 父上は胸に手を当て、執務机に突っ伏すように倒れてしまった。
 まさかの死んだふり!
「人を化け物みたいに見おってからにっ」
 けしからん!、と国王への挨拶をすっ飛ばして不満をぶちまけている。
「ジェレマイヤ陛下!死んだふりは関心しませんな!」
 びくり、と父上の肩が揺れた。
 けど、起きない。
 死んだふりを強行するらしい…。
 え?
 息子が転がされているのに助けてくれないの?
 いや……俺も死んだふりしてるけどさ。
「よいですか!リロイ殿下は私に靴を投げつけたのですぞ!どういう教育をしているのです!」
 怒号に、父上の肩が跳ねた。
 ゆるゆると上げた顔は、今にも泣きそうだね…。父上、ごめん…。俺も泣いちゃう。
「義父様…。た大変申し訳ない…」
「国王が早々に頭を下げるものでなはい!」
 一喝。
 ちょー怖ぇー!
 父上も涙目だ。ぱくぱくしている口は、「ローズ…」と母上を呼んでるっぽい。
 止めて…。
 これ以上、魔王を召喚しないで!
「リロイ殿下の立場は分かっておりますが、少々教育しつけがなっていないようですな。王族たる者が庭園で靴を投げつけるなどと!」
「か…返す言葉もありません。義父様…。後ほど、リロイには厳しくーーー」
「いや!私がしばしリロイ殿下を預かりましょう」
 父上の話をぶった切り、ウィルトンおじい様が何か言った…。
 何を…?
 何を預かるって?
 すこーん、と頭の中が真っ白になって言葉の意味が分かんなかったよ。外国の言葉かな?うまく変換できなかった。
 うるうるとしちゃう目でコールを見上げれば、コールは静かに、そして憐れみを込めて緩く頭を振った。
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