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ジョーが来た
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王族が口にした言葉は取り消せない。
それほど王族の言葉には重みがある。
なので、相手が誰であれ、後日礼をすると言ったのだから礼をしなければならない。
でも…ちょっと待って。
深呼吸させて!
馬車まで用意して、登城させたのはジョナサン・シルヴァー伯爵子息だったよね!?
書状には正式な、王家の紋章である双頭の鷲の透かしが入った用紙を使ったよ。封もしっかり王家の紋章の封蝋を使用した。これはジョゼフも確認してるから間違いなし!
じゃあさ、目の前のピンクのふりふりドレスは幻か!?
幻だと言ってくれーーー!!
ジョナサン!!
そうだよ。俺はシルヴァー伯爵家の子息を招待したんだよ!王城にドレスで来るんじゃねぇ!かわいい顔して、おんなじものがぶら下がってるって想像しただけで眩暈がするんだよ!
気が狂いそうだよ!
「殿下。笑顔が消えていますよ?」
マットがつんつんと肩を突いてくる。
はい、不敬。
それでも声を荒立てない俺って優しい~。
「すまない。少し考え事をしていてね」
顎に手を添え、目を眇めて正面のピンクを見据える。
こいつ、マジか…。
王城に堂々とドレスで来るとか、普通に考えてありえねぇ~。だって、普通は男装…いやいや違う。こいつは男なの!だから、普通に男の恰好で来るだろ?それがドレス…。
そもそもさ、血統が大事な貴族に生まれて、それは禁じ手よ?
少なくとも、理解ある奥さんと子供作ってさ、後継ぎ確保してからデビューじゃない?
おたく、シルヴァー伯爵家の長子でしょ?
調べたからね!
4代前までは子爵家で、当時、隣国との諍いで功績をあげて陞爵。ただ、領地があっても貧乏子爵家だ。伯爵位を得たからと言って順風満帆に行くはずがない。陞爵の時に得た報奨金で、綱渡りのように領地を守ってたんだよね?
今も綱渡りでしょ?
貧乏の理由は、代々のシルヴァー伯爵は人が良すぎるから。
それって詐欺に遭ってるってことだろ?
善人が損をする世の中って、聞いてるだけで悲しくなっちゃうんだけどさ、こいつを前にすると同情心が爆ぜるんだよ。
お前が伯爵を支えて貧乏脱却を目指しなさいよ…。
こいつさ、妹が2人いるみたいだけどさ、よほどのことがない限り貴族は男系継承よ?
分かってる?
縁戚から養子をとるって手もあるけどさ、嫡男いて養子が継ぐって…ねぇ?
「やだぁ。王子様の目がセクハラ~」
うるせぇよ!!
きゃぴきゃぴと、グーに握った手を口元に当ててブリブリしやがって。俺のテンション爆上げ青春の1ページ返せよ!黒歴史すぎるんだよ!
「ジョー。あまり殿下をイラつかせるなよ?お前は殿下の初恋の相手なんだから」
「違うわ!!」
おもくそツッコんでしまった。
お茶を運んできた侍女が、じろじろと俺を見ている。
はいはい。王子様らしからぬ品位に欠けた口調でしたね。すみませんね。イラっとしちゃって。
ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。
王子様の極意は微笑にありってね。
とりあえず微笑んどけ。顔が良ければそれだけで何か上手くいくから、と教育係に言われたんだよ。
マジだぜ?
あの教育係、前日に彼女から「やっぱ顔が好みとちょっと違うのよね~」と言ってフラれてたらしい。
残酷!
だからって王子に八つ当たり、投げやり指導するなよな~。
ま、実際、にっこり王子様スマイルで大抵のことは乗り切れるのは事実だ。俺は父上と母上の良いとこどりしてる顔だから、容姿に関しては自信しかないのよ。
スマイルはサービスなので堪能してね。
ジョナサンは頬を赤らめ、「ほわわわ~」と変な声を零している。
瞬きせずにこっちをガン見すんの止めて。怖いから…。
「ちなみに殿下。ジョーの好みの顔は殿下です」
「そうか…」
嬉しくないな。
「でもぉ、体はスコットさんですぅ」
ばちこん!とジョナサンのウィンクがジョゼフに飛んだ。
ジョゼフが悪質な風邪に侵されたような身震いを見せている…。
「王子様の細マッチョより、もうちょっとマッチョが好きなんですぅ。スコットさんって着やせするタイプですよね?一見細マッチョだけど、首が太いしぃ、服を脱いだら想像以上にマッチョだと思うんですぅ。雄っぱいルーレットできるような逞しい感じの」
今、知識を総動員しても理解不可能な単語が出た気がするよ。
おい、侍女。
真顔で頷いてんじゃねぇぞ?見えてるからな!
ジョゼフを見てみろ。顔面蒼白でガタガタ震えてるんだぞ!
舌打ちしたい気分を抑え込み、侍女の退室を待って咳払いをする。
「シルヴァー伯爵子息」
「やだぁ!堅苦しい。子息っていうのも、あっているような…なんか違うような…。違和感があるので、ジョーと呼んで下さいませ」
いや、お前は生物学的にも、貴族名鑑的にも子息だろ?
「それではジョー。改めて私の命を救ってくれたことに感謝する。褒賞を考えているのだが、何か希望はあるか?」
「ドレス着て、お城に来れただけで満足してますけど、もし叶うならぁ………金一封!!」
ストレートだな!
てか、金一封の時の声が男に戻ってるぞ!
地声が低くてびっくりだわ!
「ジョー。遂に切るのか…」
マットは言って、右手をチョキにして何かを切る仕草をしている。
何かって……ナニか!?
ぎょっとジョナサンを見れば、ジョナサンは「もお!」と頬を膨らませている。
「相変わらずマットはデリカシーがないんだからぁ!両親に頂いた体に傷をつけるわけないでしょ!」
変なところで常識人!!
「それに、切っちゃったら子供作れないじゃない。田舎貴族舐めないでよねぇ!」
「あ~…え~…非常にデリケートかつプライベートなことなんだが、相手は…その…男性になるのかな?子供は作れないけど」
「やだぁ、リロイ殿下。こんな格好してますけど、ちゃんと生物学的には男の子ですよ?」
ん?
やばい、頭が混乱してきたぞ?
「あたしは可愛いし、ドレスが似合うので男の娘なんですぅ。脱いだら男の子ですよ?」
「殿下。要は女装趣味です」
「…………そうか」
「でも、バイなのでどっちもイケます。ちなみに、タチです」
きゃ!と両手で顔を隠してもじもじしている野郎に吐き気がするな!
「バイとか…タチとかはなんだ?」
恐る恐るにマットを見れば、マットは窓の外に視線を飛ばした。
ジョゼフは未だにガタガタ震えている。
「あたしが説明しますね。バイは男の子とも、女の子ともエッチできちゃうってことでぇす。男の子同士の時はタチとかネコとか言ってぇ、あたしはタチ。つまり、がんがん攻めちゃう、突っ込み役ですぅ」
うふ、とぶりっこしてるジョーを前に、俺まで震えが止まらんくなっただろ!
てか、お前の性癖興味ねぇよ!
どこでカミングアウトしてんだよ!
俺、王族よ?
ここ、王城よ?
サイコホラーが過ぎるんだよ!
「まぁ、オナベさんと結婚出来れば後継ぎ問題も楽勝クリアだと思われますよ」
お鍋?
「オナベとはジョーの反対バージョンの女性と思っていただければ分かりやすいかと」
ああ…俺はなんてちっぽけな世界で生きていたんだ。
世の中には未知なる世界が五万とあるじゃないか。
………知りたくなかったけどね!!
「…プライベートなことを聞いて悪かったね」
「いえ!リロイ殿下の見識を広められるお役に立てたのなら本望です」
ふんす、と鼻息をついて胸を張ってるけど、そんな見識糞くらえだよ。
しかし、よくよく見れば胸元がスカスカだな。フリルで誤魔化しているのだと、今更気づいても遅い。
せめて川に流されてる時にさ、冷静に見極められていたら、無駄な胸キュンせずに済んだんだよ…。
あの健脚、令嬢じゃないよな~。
物干し竿をパクった素早さもさ、令嬢じゃなかったよ。
極めつけは、俺を引っ張り上げた膂力。普通の令嬢なら、一緒にドボンだよね。
よく見れば喉仏あるし、地声は普通に男だったよ…。下手すると、父上より男声だよ。
うん、俺がバカでした。
「んじゃあ、ジョーはなんで金一封?豪華なドレスとかじゃなくて?」
「マットは分かってないわね」
ぷぅ、と頬を膨らませながら、まるでお姉ちゃんポジションでマット見ている。
マットの顔が無だ。
こんな無のマットは見たことがない。
「豪華なドレスだと、いずれ流行遅れになっちゃうでしょ?だから、お店を開く資金にしたいの。ほら、うちの領地は温泉が湧き出るわけでも、カジノがあるわけでもないでしょ?観光業はからっきしだけど、木綿の産地なのよねぇ。数年前からは蚕の生産に力を入れてるのよ。せっかく良質の綿と絹が手に入るんだから、デザインから仕立てまでを一大産業として発展させるのもありかなってぇ。要はシルヴァー家のオリジナルブランド。それを作り上げるもの面白いじゃない」
やだ…意外としっかりしてる!
「うちの両親、そういうのは疎いから。経営下手なのよね。すぐに騙されちゃうし~」
ジョナサンは頬に手を添え、深々としたため息をついた。
「もう何度詐欺師を追い払ったことかぁ…」
「詐欺師が来るのか?見分けられるのか?」
俺が訊けば、ジョナサンは「うふふ」と笑う。
「がめつい顔してるから一目瞭然なんですぅ。でも、たまにイケメン詐欺師が来るから、ちょ~~~っと摘まんじゃう。そしたら、来なくなっちゃった」
ぷぅ、と頬を膨らませるジョナサンが怖い…。
摘まんじゃうって何?
恐々とマットに視線を巡らせれば、なぜか、半歩だけ後退してた…。ジョゼフに至っては、両手でお尻をガードして壁に張り付いている。
俺も自然と、ソファの背凭れに限界まで背中を引っ付けた。
「これでも、あたしは両親に期待されてるんですぅ。詐欺師を追い払えるし、お金のニオイっていうんですかぁ?それにも敏感なんでぇ」
胸焼けするほど甘ったるい声で、ジョナサンが「うふふ」と笑う。
「このドレスも、両親からの投資なんですぅ。王都のお洒落な女性を観察しまくって、貴族と平民の傾向を調べるの。男の子の恰好は可愛くないし、女の子をじろじろ見てたら衛兵に連れて行かれそうでしょう?だから、男の娘は理にかなった格好なんですよぉ?」
なにこの子?
めちゃくちゃ怖いけど…考えなしのようで考えてる!
「では褒賞金に色を付けて考えておこう。だが、資金の出処についての公言は差し控えてほしい。私が経営に一枚かんでいると噂でも立てば色々と面倒だからね」
「かしこまりました。リロイ殿下のお優しい心遣いに感謝を申し上げます」
ジョナサンは立ち上がって、膝折礼をとった。
それほど王族の言葉には重みがある。
なので、相手が誰であれ、後日礼をすると言ったのだから礼をしなければならない。
でも…ちょっと待って。
深呼吸させて!
馬車まで用意して、登城させたのはジョナサン・シルヴァー伯爵子息だったよね!?
書状には正式な、王家の紋章である双頭の鷲の透かしが入った用紙を使ったよ。封もしっかり王家の紋章の封蝋を使用した。これはジョゼフも確認してるから間違いなし!
じゃあさ、目の前のピンクのふりふりドレスは幻か!?
幻だと言ってくれーーー!!
ジョナサン!!
そうだよ。俺はシルヴァー伯爵家の子息を招待したんだよ!王城にドレスで来るんじゃねぇ!かわいい顔して、おんなじものがぶら下がってるって想像しただけで眩暈がするんだよ!
気が狂いそうだよ!
「殿下。笑顔が消えていますよ?」
マットがつんつんと肩を突いてくる。
はい、不敬。
それでも声を荒立てない俺って優しい~。
「すまない。少し考え事をしていてね」
顎に手を添え、目を眇めて正面のピンクを見据える。
こいつ、マジか…。
王城に堂々とドレスで来るとか、普通に考えてありえねぇ~。だって、普通は男装…いやいや違う。こいつは男なの!だから、普通に男の恰好で来るだろ?それがドレス…。
そもそもさ、血統が大事な貴族に生まれて、それは禁じ手よ?
少なくとも、理解ある奥さんと子供作ってさ、後継ぎ確保してからデビューじゃない?
おたく、シルヴァー伯爵家の長子でしょ?
調べたからね!
4代前までは子爵家で、当時、隣国との諍いで功績をあげて陞爵。ただ、領地があっても貧乏子爵家だ。伯爵位を得たからと言って順風満帆に行くはずがない。陞爵の時に得た報奨金で、綱渡りのように領地を守ってたんだよね?
今も綱渡りでしょ?
貧乏の理由は、代々のシルヴァー伯爵は人が良すぎるから。
それって詐欺に遭ってるってことだろ?
善人が損をする世の中って、聞いてるだけで悲しくなっちゃうんだけどさ、こいつを前にすると同情心が爆ぜるんだよ。
お前が伯爵を支えて貧乏脱却を目指しなさいよ…。
こいつさ、妹が2人いるみたいだけどさ、よほどのことがない限り貴族は男系継承よ?
分かってる?
縁戚から養子をとるって手もあるけどさ、嫡男いて養子が継ぐって…ねぇ?
「やだぁ。王子様の目がセクハラ~」
うるせぇよ!!
きゃぴきゃぴと、グーに握った手を口元に当ててブリブリしやがって。俺のテンション爆上げ青春の1ページ返せよ!黒歴史すぎるんだよ!
「ジョー。あまり殿下をイラつかせるなよ?お前は殿下の初恋の相手なんだから」
「違うわ!!」
おもくそツッコんでしまった。
お茶を運んできた侍女が、じろじろと俺を見ている。
はいはい。王子様らしからぬ品位に欠けた口調でしたね。すみませんね。イラっとしちゃって。
ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。
王子様の極意は微笑にありってね。
とりあえず微笑んどけ。顔が良ければそれだけで何か上手くいくから、と教育係に言われたんだよ。
マジだぜ?
あの教育係、前日に彼女から「やっぱ顔が好みとちょっと違うのよね~」と言ってフラれてたらしい。
残酷!
だからって王子に八つ当たり、投げやり指導するなよな~。
ま、実際、にっこり王子様スマイルで大抵のことは乗り切れるのは事実だ。俺は父上と母上の良いとこどりしてる顔だから、容姿に関しては自信しかないのよ。
スマイルはサービスなので堪能してね。
ジョナサンは頬を赤らめ、「ほわわわ~」と変な声を零している。
瞬きせずにこっちをガン見すんの止めて。怖いから…。
「ちなみに殿下。ジョーの好みの顔は殿下です」
「そうか…」
嬉しくないな。
「でもぉ、体はスコットさんですぅ」
ばちこん!とジョナサンのウィンクがジョゼフに飛んだ。
ジョゼフが悪質な風邪に侵されたような身震いを見せている…。
「王子様の細マッチョより、もうちょっとマッチョが好きなんですぅ。スコットさんって着やせするタイプですよね?一見細マッチョだけど、首が太いしぃ、服を脱いだら想像以上にマッチョだと思うんですぅ。雄っぱいルーレットできるような逞しい感じの」
今、知識を総動員しても理解不可能な単語が出た気がするよ。
おい、侍女。
真顔で頷いてんじゃねぇぞ?見えてるからな!
ジョゼフを見てみろ。顔面蒼白でガタガタ震えてるんだぞ!
舌打ちしたい気分を抑え込み、侍女の退室を待って咳払いをする。
「シルヴァー伯爵子息」
「やだぁ!堅苦しい。子息っていうのも、あっているような…なんか違うような…。違和感があるので、ジョーと呼んで下さいませ」
いや、お前は生物学的にも、貴族名鑑的にも子息だろ?
「それではジョー。改めて私の命を救ってくれたことに感謝する。褒賞を考えているのだが、何か希望はあるか?」
「ドレス着て、お城に来れただけで満足してますけど、もし叶うならぁ………金一封!!」
ストレートだな!
てか、金一封の時の声が男に戻ってるぞ!
地声が低くてびっくりだわ!
「ジョー。遂に切るのか…」
マットは言って、右手をチョキにして何かを切る仕草をしている。
何かって……ナニか!?
ぎょっとジョナサンを見れば、ジョナサンは「もお!」と頬を膨らませている。
「相変わらずマットはデリカシーがないんだからぁ!両親に頂いた体に傷をつけるわけないでしょ!」
変なところで常識人!!
「それに、切っちゃったら子供作れないじゃない。田舎貴族舐めないでよねぇ!」
「あ~…え~…非常にデリケートかつプライベートなことなんだが、相手は…その…男性になるのかな?子供は作れないけど」
「やだぁ、リロイ殿下。こんな格好してますけど、ちゃんと生物学的には男の子ですよ?」
ん?
やばい、頭が混乱してきたぞ?
「あたしは可愛いし、ドレスが似合うので男の娘なんですぅ。脱いだら男の子ですよ?」
「殿下。要は女装趣味です」
「…………そうか」
「でも、バイなのでどっちもイケます。ちなみに、タチです」
きゃ!と両手で顔を隠してもじもじしている野郎に吐き気がするな!
「バイとか…タチとかはなんだ?」
恐る恐るにマットを見れば、マットは窓の外に視線を飛ばした。
ジョゼフは未だにガタガタ震えている。
「あたしが説明しますね。バイは男の子とも、女の子ともエッチできちゃうってことでぇす。男の子同士の時はタチとかネコとか言ってぇ、あたしはタチ。つまり、がんがん攻めちゃう、突っ込み役ですぅ」
うふ、とぶりっこしてるジョーを前に、俺まで震えが止まらんくなっただろ!
てか、お前の性癖興味ねぇよ!
どこでカミングアウトしてんだよ!
俺、王族よ?
ここ、王城よ?
サイコホラーが過ぎるんだよ!
「まぁ、オナベさんと結婚出来れば後継ぎ問題も楽勝クリアだと思われますよ」
お鍋?
「オナベとはジョーの反対バージョンの女性と思っていただければ分かりやすいかと」
ああ…俺はなんてちっぽけな世界で生きていたんだ。
世の中には未知なる世界が五万とあるじゃないか。
………知りたくなかったけどね!!
「…プライベートなことを聞いて悪かったね」
「いえ!リロイ殿下の見識を広められるお役に立てたのなら本望です」
ふんす、と鼻息をついて胸を張ってるけど、そんな見識糞くらえだよ。
しかし、よくよく見れば胸元がスカスカだな。フリルで誤魔化しているのだと、今更気づいても遅い。
せめて川に流されてる時にさ、冷静に見極められていたら、無駄な胸キュンせずに済んだんだよ…。
あの健脚、令嬢じゃないよな~。
物干し竿をパクった素早さもさ、令嬢じゃなかったよ。
極めつけは、俺を引っ張り上げた膂力。普通の令嬢なら、一緒にドボンだよね。
よく見れば喉仏あるし、地声は普通に男だったよ…。下手すると、父上より男声だよ。
うん、俺がバカでした。
「んじゃあ、ジョーはなんで金一封?豪華なドレスとかじゃなくて?」
「マットは分かってないわね」
ぷぅ、と頬を膨らませながら、まるでお姉ちゃんポジションでマット見ている。
マットの顔が無だ。
こんな無のマットは見たことがない。
「豪華なドレスだと、いずれ流行遅れになっちゃうでしょ?だから、お店を開く資金にしたいの。ほら、うちの領地は温泉が湧き出るわけでも、カジノがあるわけでもないでしょ?観光業はからっきしだけど、木綿の産地なのよねぇ。数年前からは蚕の生産に力を入れてるのよ。せっかく良質の綿と絹が手に入るんだから、デザインから仕立てまでを一大産業として発展させるのもありかなってぇ。要はシルヴァー家のオリジナルブランド。それを作り上げるもの面白いじゃない」
やだ…意外としっかりしてる!
「うちの両親、そういうのは疎いから。経営下手なのよね。すぐに騙されちゃうし~」
ジョナサンは頬に手を添え、深々としたため息をついた。
「もう何度詐欺師を追い払ったことかぁ…」
「詐欺師が来るのか?見分けられるのか?」
俺が訊けば、ジョナサンは「うふふ」と笑う。
「がめつい顔してるから一目瞭然なんですぅ。でも、たまにイケメン詐欺師が来るから、ちょ~~~っと摘まんじゃう。そしたら、来なくなっちゃった」
ぷぅ、と頬を膨らませるジョナサンが怖い…。
摘まんじゃうって何?
恐々とマットに視線を巡らせれば、なぜか、半歩だけ後退してた…。ジョゼフに至っては、両手でお尻をガードして壁に張り付いている。
俺も自然と、ソファの背凭れに限界まで背中を引っ付けた。
「これでも、あたしは両親に期待されてるんですぅ。詐欺師を追い払えるし、お金のニオイっていうんですかぁ?それにも敏感なんでぇ」
胸焼けするほど甘ったるい声で、ジョナサンが「うふふ」と笑う。
「このドレスも、両親からの投資なんですぅ。王都のお洒落な女性を観察しまくって、貴族と平民の傾向を調べるの。男の子の恰好は可愛くないし、女の子をじろじろ見てたら衛兵に連れて行かれそうでしょう?だから、男の娘は理にかなった格好なんですよぉ?」
なにこの子?
めちゃくちゃ怖いけど…考えなしのようで考えてる!
「では褒賞金に色を付けて考えておこう。だが、資金の出処についての公言は差し控えてほしい。私が経営に一枚かんでいると噂でも立てば色々と面倒だからね」
「かしこまりました。リロイ殿下のお優しい心遣いに感謝を申し上げます」
ジョナサンは立ち上がって、膝折礼をとった。
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