王族ですが何か?

衣更月

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国王も敵でした

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 控えめなノックの後、こそこそと俺の部屋に忍んで来たのは父上だ。
 父上は俺の部屋に入ると、毎回、お目々をキラキラさせて部屋を見渡す。
 そして、こう言うのだ。「清々しいほど何もないね!」と。
 放っておいてくれ!
 俺の部屋には、高価な美術品は一切ない。まさにシンプルイズベストな私室は、とても王族の部屋じゃない。見たことはないけど、貴族の部屋とも、平民の部屋とも違うんだろうね。
 じゃあどんな部屋かって言えば、引っ越し前日の部屋。
 ソファとテーブルしかないんだよ。
 父上の目にはそれが新鮮に映るらしいけど、人柱の部屋なんてこんなものだ。
「父上。私の部屋を見学に来たのですか?」
「あ!違う違う!」
 父上は慌てて俺に向き直ると、へにゃり、と国王とは思えない笑みを浮かべた。
「リロイ。昨日は悪かったね。ローズに勘違いさせてしまって」
「母上が父上至上主義なのは周知の事実ですよ。気にしていません」
「決してローズがお前たちを蔑ろにしているわけではないよ?ただ、僕が好きすぎるだけなんだ。僕もローズが好きだけど」
 によによと、口元がだらしないですよ!
 ノロケるなら出てって!
「ローズもやり過ぎたと反省しているから、リロイも怒らないであげてほしい。ローズはああ見えて繊細なんだ」
 ああ見えて…。
 父上、表現がアウトです。
「大丈夫です。怒っていません」
 慣れていますから、という言葉は呑み込む。
「父上、おかけ下さい」
 小声で「マット」と呼べば、マットも心得たものだ。
 舞台俳優のようなお辞儀をした後、お茶の用意に取り掛かる。
 普通は侍女が用意するんだけどね。俺には侍女がついていない。呼べば来るけど、私室での茶汲みを含む雑用は全てマットが一手に担っている。
 なぜマットなのかと言えば、マットの淹れる紅茶って美味しいのよ。
 父上にソファを勧めてしばらくして、マットが黄金色の煌びやかなワゴンを押して来た。ワゴンの上には、花柄のティーコージーを被せたティーポットとティーカップ、ガラス瓶に入った角砂糖、陶器に入ったハチミツ、茶請けにいろんな種類のマドレーヌが用意されている。
 父上は見た目通りの甘党だ。
 にこにこ顔でマットの配膳を見守り、マットが一礼して下がると同時にマドレーヌに手を伸ばした。上品に、でもどこか愛嬌のある顔つきでマドレーヌを食べている。
 リスとかハムスターっぽいのかもな。
 これでも、臣下の前では威厳たっぷりに振舞ってるんだよ。甘いの苦手です。紅茶にも砂糖やハチミツは使いませんって顔でさ。声もワントーン落として、大仰に「うむ」とか言っちゃってたりする。
 種を明かせば、プロデュースを担うネルソン宰相が父上に甘味NGを出してるんだけどね。
 父上が糖分を存分に摂取するのはプライベートだけだ。
 あ、トップシークレットね。
 誤解のないように付け足すけど、父上は公務や政務に関しては優秀なのよ。ただ、プロデューサーがいないと威厳がないだけ…。
 家族の前では素の、天然ピュアな父上だ。
 当然、使用人には見聞きしたことを口外しないように誓約書を書いてもらっている。まぁ、うちに口の軽い使用人はいないんだけどね。
 そんな裏方の苦労なんて知らないのか、父上はもぐもぐとチョコレートコーティングのマドレーヌを頬張って、「美味しいね」とキラキラ笑顔だ。
 その顔、お外で見せちゃダメですよ?
「それで、今日はどのようなご用件ですか?まさか母上の件ではないでしょう?」
「あ、うん。これをね」
 父上が目配せすれば、黒髪をオールバックにした執事のパトリック・アングラードが静かに茶封筒を差し出した。
 相変わらずのイケおじだな。
 仕事中は寡黙な執事だけど、愛妻家の子沢山パパなんだよ。双子が2組もいるんだぜ?
 あやかりたいよ。
 心の中で、そっとアングラードを拝みつつ、茶封筒を受け取る。
 なかなかの厚みと重みだ。
 父上、ティータイムにお仕事を持ち込むのはタブーですよ?
 ちらりと父上を見れば、藍色の双眸が夢を抱いた少年並みに煌めいている。
 母上がいたら、悲鳴を上げながら画家を呼びそうな瞳の輝きだ。
 ひしひしと嫌な予感がする。
 このまま茶封筒をアングラードに押し返したいけど、そうすれば父上が泣く。父上が泣くと、なぜか母上が飛んでくる。で、俺がぶっ飛ばされる。
 理不尽!
 開けねばならない…。
 茶封筒を裏返せば、玉紐で封をされている。
 くるくると紐を解いて封を開く。中から取り出した書類は、目がショボショボするほど細かな情報を書き込んだ令嬢たちの素行調査書でした…。
 はい。
 何やってくれてんだ!このクソオヤジ!
 心の中で叫ばせてもらいました。
「父上。これは?」
「スコットとシュリークにお嫁さんを探しているって聞いてから、居ても立っても居られなくて…」
 やっぱりお前らか!
 一番情報をやっちゃダメな人に、何を報告してくれてんだ!
 ジョゼフとマットは往復ビンタの刑だ。
「リロイには断られたけど、やっぱり僕もね、協力したくて。ちょっと調べたんだよ。あ!調べただけで、リロイがお嫁さんを探しているって情報は漏らしてないからね」
 それでもダメだよ~。
 職権乱用なのよ…。
 父上、国王じゃん。
 国王が1人で調べた情報量じゃないでしょ?何人もの手が入ってるでしょ?
 噂って洩れちゃうものなの!
 それに真偽はいらないの!
 国王が動いて令嬢たちを調べてるって噂だけでも、臣下たちがそわそわしちゃうのよ!
 んで、集まってくるのは腹に一物も二物も抱えた貴族ばっかよ?
 最終的に、高笑いの令嬢に「私、リロイ殿下には恋も愛も抱いてはおりませんけど、殿下の背景は気に入ってますの」って言われんだよ。
 やだ…未来が見える!
 止めてよ…。
 傷つくの俺よ?
「リロイが兄上を手本としていると知って嬉しくてね。どうしても父としてひと肌脱ぎたくなった」
 本気にしないで~。
 俺、伯父上をリスペクトしてないから。
 伯父上から学んだのは、田舎貴族を狙うべしってとこだけよ?
 むしろ、結婚への夢が少し萎んだからね。
 田舎令嬢の話が、爛れた貴族社会の教訓に繋がってるって怖くない?
 父上にぶっちゃけても、父上は受け止めてくれないでしょ?
 父上は俺以上に純粋培養っぽいもんな。母上が爛れた話をシャットアウトしてそうだしな。それどころか、破廉恥貴族を父上に近づけそうにない。母上は武闘派のカヴァッリ公爵家出身だ。圧力暴力武力お手の物。
 殆どの貴族が父上より母上を恐れているという噂があるけど、あながち間違いではないと思っている。
 俺も母上怖いもん。
「でねでね」
 止めて~そのきゃぴきゃぴした言い方!
 父親でもキツイのに、王様よ?
 世話係のアングラードに目を向ければ、しれ~っと窓の外を眺めている。
「僕も父親っぽいことしたいなと思って、宰相に相談したんだよ」
 やだ…ネルソン宰相使わないで!
 宰相って、国政補佐よ?
 目の下の隈を見てよ?
 休ませてあげようよ~!
「それでね、宰相が年頃の令嬢をリストアップしてくれたんだよ。スレてない令嬢と言ってたけど、意味わかる?」
 言いながら、父上が首を傾げた。
 ジョゼフとマットがパトリックに倣い、窓の外に視線を飛ばした。
「あ……いえ、私も意味が分かりません。あれじゃないですか?ほら…なんていうか、私たちが教わっていないスラング的な…?」
 ぷ、とマットが小さく噴き出した。
 あいつは後でコロス。
 父上は「スラングって?」と首を傾げた後、「リロイは物知りだね」と純真無垢な目で俺を見てくる。
 止めて!
 そんな目で見ないで!
 あなたの息子は、爛れきった世界を知っちゃったのよ!
 仮面舞踏会なのよ!
「宰相が言うには、自然豊かな領地でのびのび過ごされている令嬢が良いって言うからね。年齢はリロイに釣り合うように、15から20まで。宰相のリストから、私が良さそうな子をピックアップしてみたんだ。さすがに爵位を継ぐ令嬢は候補にはできない。リロイを臣籍降下させることはできないからね」
 ごめんね、と父上が目を潤ませる。
 や、め、て!
 マジで、なんでもないところで涙腺緩めないでくれよ!
「父上のお心遣い、ありがたく頂戴いたします」
 そっと茶封筒に調査書の束を戻し、頭を下げる。
「しかしながら父上。下手な相手は選びませんが、相性もありますので、この中から必ず相手を見つけるというわけにはいきません。お手を煩わせてしまいましたが、ご了承ください」
「そこは大丈夫。これでも経験者だよ?」
 はて?
「父上たちは政略結婚ですよね?」
「婚約は5才の頃だったけど、そこから愛を育んでね。スタートこそ政略だが、恋愛結婚なんだ」
 テレ、と父上が頬を染める。
 ぎゃ~!父上の無自覚ノロケビームが魔法使い予備軍の心を抉る!
 まじ出てってくれ~!
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