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王族ですよ?
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活火山であるヴァルヴァーサ山の恩恵を授かるヘルズワース王国は、小国ながらに観光立国として名を馳せている。
ヘルズワース王国は外貨獲得に観光業を推奨しており、その為には貴族平民一丸となって"おもてなし"を学ばなきゃならない。てことで、他国では珍しい平民の学校が数多くあることでも有名だ。
商学、語学を学ぶ学院の他、接客や調理、リラクゼーションなどの専門性の高い授業を受けられる学校もある。
観光地にあるホテルを運用するのは王侯貴族だ。
故に、ホテルに勤めることが平民のステータスになっている。
とはいえ、ヘルズワース王国とヴァルヴァーサ山は表裏一体。噴火の脅威は忘れちゃいけない。
標高3500メートル。
周囲の山が3分の1ほどの標高しかないので、楕円形のヴァルヴァーサ山はひと際目立つ。もくもくと白煙を噴く様は神聖視されていて、麓には立派なカスロ大神殿もある。
祭神はヴァルヴァーサ神。
ヴァルヴァーサ神はヴァルヴァーサ山の化身だ。五穀豊穣、安寧の女神である一方、好戦的な男神ともされる。
カスロ大神殿の役割は、信仰とは別にヴァルヴァーサ山の監視がある。
ヴァルヴァーサ山は多くの恩恵を与えてくれるが、国とは一蓮托生の縁でもある。噴火でもされた日には、王国民が路頭に迷う。死者も数多出るだろう。
火山灰が農作物をダメにし、有毒なガスが民を殺す。
ヘムズワース王国はヴァルヴァーサ山と共にあるのだ。
それは聖職者だけでなく、王侯貴族から平民まで。隅々と周知されている。
だからだろうか。
この国の貴族は平民を虐げることはない。むしろ、国全体が一致団結しているのだから誇るべき美点だ。
王国民を一丸とさせたヴァルヴァーサ山の直近噴火記録は556年前。
甚大な被害が出たと記録されている。
記録したのはサム・ストラーザン神官長だ。
その際、神託が下されたことも記されていた。
曰く、ヴァルヴァーサ神はヘムズワース王国を気に入っている。
曰く、噴火による被害を見てヴァルヴァーサ神は心を痛めている。
曰く、これより山を健やかにするため信仰心を絶やしてはならない。
曰く、安寧の代価として人柱を選別する。
そうして選別された人柱が王族だった…。
神様って無償で助けてくれないんだ…、というのが王族の総意である。
理のバランスを保つ等価交換として、以降、王族はヘムズワース王国安寧の人柱となった。
あ、別に噴火口に投げ入れるとか、祭壇に心臓を捧げるとかではない。
人柱に選ばれるのが国王陛下の最初の子なのだ。故に、第一子が男児だった場合、玉座に座る未来はないが、臣籍降下することもない。王族籍のまま、人柱としての生を全うする。
王族にとって、何よりの損失であり最大の代価ではあるものの、神にとっては”ちょっと代金足りないね”なのだ。
そのちょっとを補うのが、人柱を襲う地味な不運である。
現在の人柱の名前はクレイグ・リロイ・ヘムズワース第一王子。
セカンドネームを与えられるのは第一子だけで、ファーストネームの真名を災いから隠す役割があるとされる。それがどれほどの効果かは知らないが、第一王子のファーストネームを知る者は多くはない。
んで、第一王子は今日も安定の鳥の糞という爆撃を受けている。
その王子が俺である…。
「リロイ殿下!今すぐにあの鳥を打ち落とします!」
そう言って、どこから取り出したのか弓を構えるのは、護衛兼侍従。忠義のジョゼフ・スコットだ。
「いや…構うな。いちいち射っていては、国から鳥がいなくなるぞ…」
ため息ひとつ。
すっと頭を傾げれば、もう1人の護衛兼侍従。不敬のマット・シュリークがハンカチで糞を取り除く。
俺につけられた侍従も護衛も、この2人しかいない。
忠義と不敬って組み合わせ何なの?と思うけど、2人しかいないのだ。
王族とは思えない手薄感だが、俺の不運の流れ弾に当たる者が後を絶たなかったのだ。身の回りの世話が出来、腕も立ち、さらにはハプニングに動じず、頭の切り替えの早い者が、ジョゼフとマットの2人だったのである。
俺の伯父上も侍従と護衛には頭を悩ませたらしい。
伯父上の前の人柱は大伯父。その前は女性で、曾祖伯母だ。彼女はなかなかの癇癪もちの反面、突拍子もないアイディアを捻りだすことに長けた才女でもあった。
彼女のアイディアで生まれたのが傘である。
フリルがふんだんに使われているのは、女性が作ったからだろう。
男が使うには恥ずかしいが、誰も男用を作ってくれない。恥ずかしくて使い辛いフリフリの傘を、マットは躊躇なく差した。
「やはり傘は必須です。殿下、恥ずかしがっていては、頭から木が生えてしまいますよ?」
「木が!?」
どういうこと!?
「鳥は木の実を啄みます。種は消化されず、離れた森で芽吹くのです」
「俺が頭を洗わず芽吹きを待つと思うのか…?」
じっとりとマットを見据えれば、マットは緩くかぶりを振る。
「しかしながら、神がかった不幸はリロイ殿下の十八番です。油断はできません」
「十八番じゃねぇよ!」
おっと…。
王族にあるまじき口調で叱責してしまった。それでも2人は苦言を呈さない。むしろマットに至ってはニヤついている。
「一昨日は馬車の車軸が故障。気づくのが遅ければ大事故です。下車なさった瞬間、どぶ板が外れて殿下のおみ足が犠牲になりましたよね?」
ああ…分かってるよ…。
一部始終を目撃していた住民が湯を貸してくれようとしたのだが、一帯の民家で火がつかえないという謎現象。
平民である彼らはひたすら謝ってくれたが、感謝こそすれ謝られる理由はない。用意してくれた井戸水は氷水かと思うほど冷たかったが、ドブの汚れも悪臭も取れた。
しばらくは右足は生乾きで気持ち悪かったけど…。
そうこうしているうちに鳥の糞だ。今のじゃない。その前にも鳥の糞が落ちてきているのだ。
あ、人柱に鳥の糞はデフォルトなんだよ。
王宮で大人しくしていれば被害は最小限なんだろうけど、人柱は年に4回、大神殿にて禊を行わなきゃいけない。
大神殿は王都より馬車で5日!
だというのに、3日目で馬車が故障。観光地に近かったことから宿が満員御礼!野宿決定!
寝袋を持っててよかった。
て、俺は王族なのよ?
誰の目からも王子様然りとした恰好で、犇めく乗合馬車に乗り、ばあさんにミカンを貰った。
美味かった。
4日目も野宿だった。
荷物になるからと着替えを置き去りにしたので、王子様然りとした服も良い具合に草臥れてきた。王族っぽいぞ!と分かるのは、無駄にぎらついた装身具だろう。正直、野宿連泊者としては邪魔でしかない。
伯父上もそうだったのだろう。移動を忌避した伯父上は、大神殿へ日帰りできる場所に離宮を建てた。
羨ましい!
で、5日目だ。
さっきの鳥の糞も、心穏やかにスルーでき………ない!
やっぱりムカつく!
ていうか、馬車はなぜ来ない!
普通、もう追いついても良い頃だろ?
どうせ不運の連鎖でなかなか立て直しができないんだろうけどさ!
フリフリの傘を差して、とぼとぼ歩いて、住民たちが「ありがたや~」と手を合わせてくるのも辛い。
まぁ、あれだ。
人柱がいるからヴァルヴァーサ山が平穏なのだと、信心深い国民が感謝しているのだ。
弟たちを見てるとさ、これぞ王族!って歓声を浴びてるわけだ。んで俺が顔を出すと、ぴたりと歓声が止んでみんな手を合わせる。
泣いちゃうよ?
「リロイ殿下。大神殿が見えてきましたよ」
マットが遠くに見えてきた石造りの荘厳な大神殿を指さす。
カスロ大神殿だ。
歴史ある建造物って感じの、風雨プラス火山灰で良い具合に薄暗い装いをしている。
大神殿の後ろには、雄々しくヴァルヴァーサ山が聳える。遠くからは楕円形に見えるヴァルヴァーサ山も、近くで見ると綺麗な楕円形でないことが分かる。なだらかながらに歪な凸凹とした岩肌が目立つ。山頂付近は木が一本も生えておらず、奥にある噴火口から白い煙が青い空に立ち昇っている。
微かな硫黄臭は不快ではあるが、天然温泉の証でもある。
町の名前はノルーク。
王国内最古の温泉街なんだって。
カジノを主軸としたエヴァンズ領のド派手なホテル街と違い、シンプル イズ ベストの旅館が点在している。癒しと巡礼者をターゲットにしているので、比較的年齢層が高めの観光客が多い。
「あ~俺も温泉入りたい」
「昨日、入ったじゃないですか」
「大衆浴場な…」
王族なのにな!
「もういい加減に慣れましょうよ。この工程」
マットが肩を竦める。
「リロイ殿下はお生まれになった頃から、この道のりを歩いておられたと思うと…」
ほろり、とジョゼフが目元を拭う。
さすがに生まれた頃からは無理だろ?むしろ、四つん這いの赤子が王都から大神殿を目指していたら、それは幼児虐待を通り越してホラーすぎる。なんでもかんでも「神様の御業!」とありがたがる国民もドン引きだ。
「12までは伯父上が同行してくれてたんだよ。13からは普通に護衛や侍従が列をなして大神殿に同行してくれた」
大神殿に着くまでには、3分の2もの者たちがリタイアしていたが…。
15の頃には、ジョゼフとマットの2人になった。
「伯父上も離宮に引っ越したし、まさかの結婚だったからな。迷惑はかけられない」
俺は結婚できるのだろうか…。
奥さんほしい…というか、童貞のまま死にたくはない。
実際、童貞未婚で生涯を閉じた先人は多い。5代前の人柱なんか、最期の言葉が「女の子とちゅーがしたかった」だぞ?それが伝聞として残っているとか、悲しくて涙が止まらんだろ!
幾ら王族の言葉でも、残しちゃダメな言葉ってあるからな!
伯父上にアドバイスを貰いたいけど、あの人めちゃくちゃだからなぁ。嫌だなぁ。
うんうん、うんうん、唸っていたのだろうか。マットが「ウンコですか?」とデリカシーゼロなことを訊いてくる。こいつはいつか不敬罪で一晩牢屋で過ごさせる刑を与えても罰は当たらないはずだ。
「ジョゼフ、俺のカウントを覚えとけ。マットは不敬1ね。これ10貯まると罰ゲームだから」
「げっ!俺、不敬なこと言ってませんよ?」
「いやいや。お前の口からは不敬しか出てないから。とりあえず、ウンコは不敬1ね」
「ウンコは自然現象じゃないですかぁ」
マットの悲愴な叫びに呼応するように、ぽちゃ、と傘に鳥の糞が落ちた。
「マット、不敬2ね」
「俺のウンコじゃないですよ!?」
「お前のウンコだったら即強制労働行きにしてるわ!お前がウンコウンコ言うからウンコを召喚したんだろうが!」
「リロイ殿下。下品です。王族の品位に関わりますので、声量を抑えていただけますと幸いです」
こほん、とジョゼフの咳払いに、俺ははっと口を噤んだ。
そわそわと周囲を見れば、何事かと白い眼を向ける住民&観光客たち。そして、誰かの「リロイ第一王子様だわ」の声に、手を合わせての祈りがさざ波のように通り沿いに広がっていく。
いや、ウンコ連呼してた奴を祈らないで!
俺は居たたまれなくなって、遠くに見える大神殿に向けてダッシュした。
ヘルズワース王国は外貨獲得に観光業を推奨しており、その為には貴族平民一丸となって"おもてなし"を学ばなきゃならない。てことで、他国では珍しい平民の学校が数多くあることでも有名だ。
商学、語学を学ぶ学院の他、接客や調理、リラクゼーションなどの専門性の高い授業を受けられる学校もある。
観光地にあるホテルを運用するのは王侯貴族だ。
故に、ホテルに勤めることが平民のステータスになっている。
とはいえ、ヘルズワース王国とヴァルヴァーサ山は表裏一体。噴火の脅威は忘れちゃいけない。
標高3500メートル。
周囲の山が3分の1ほどの標高しかないので、楕円形のヴァルヴァーサ山はひと際目立つ。もくもくと白煙を噴く様は神聖視されていて、麓には立派なカスロ大神殿もある。
祭神はヴァルヴァーサ神。
ヴァルヴァーサ神はヴァルヴァーサ山の化身だ。五穀豊穣、安寧の女神である一方、好戦的な男神ともされる。
カスロ大神殿の役割は、信仰とは別にヴァルヴァーサ山の監視がある。
ヴァルヴァーサ山は多くの恩恵を与えてくれるが、国とは一蓮托生の縁でもある。噴火でもされた日には、王国民が路頭に迷う。死者も数多出るだろう。
火山灰が農作物をダメにし、有毒なガスが民を殺す。
ヘムズワース王国はヴァルヴァーサ山と共にあるのだ。
それは聖職者だけでなく、王侯貴族から平民まで。隅々と周知されている。
だからだろうか。
この国の貴族は平民を虐げることはない。むしろ、国全体が一致団結しているのだから誇るべき美点だ。
王国民を一丸とさせたヴァルヴァーサ山の直近噴火記録は556年前。
甚大な被害が出たと記録されている。
記録したのはサム・ストラーザン神官長だ。
その際、神託が下されたことも記されていた。
曰く、ヴァルヴァーサ神はヘムズワース王国を気に入っている。
曰く、噴火による被害を見てヴァルヴァーサ神は心を痛めている。
曰く、これより山を健やかにするため信仰心を絶やしてはならない。
曰く、安寧の代価として人柱を選別する。
そうして選別された人柱が王族だった…。
神様って無償で助けてくれないんだ…、というのが王族の総意である。
理のバランスを保つ等価交換として、以降、王族はヘムズワース王国安寧の人柱となった。
あ、別に噴火口に投げ入れるとか、祭壇に心臓を捧げるとかではない。
人柱に選ばれるのが国王陛下の最初の子なのだ。故に、第一子が男児だった場合、玉座に座る未来はないが、臣籍降下することもない。王族籍のまま、人柱としての生を全うする。
王族にとって、何よりの損失であり最大の代価ではあるものの、神にとっては”ちょっと代金足りないね”なのだ。
そのちょっとを補うのが、人柱を襲う地味な不運である。
現在の人柱の名前はクレイグ・リロイ・ヘムズワース第一王子。
セカンドネームを与えられるのは第一子だけで、ファーストネームの真名を災いから隠す役割があるとされる。それがどれほどの効果かは知らないが、第一王子のファーストネームを知る者は多くはない。
んで、第一王子は今日も安定の鳥の糞という爆撃を受けている。
その王子が俺である…。
「リロイ殿下!今すぐにあの鳥を打ち落とします!」
そう言って、どこから取り出したのか弓を構えるのは、護衛兼侍従。忠義のジョゼフ・スコットだ。
「いや…構うな。いちいち射っていては、国から鳥がいなくなるぞ…」
ため息ひとつ。
すっと頭を傾げれば、もう1人の護衛兼侍従。不敬のマット・シュリークがハンカチで糞を取り除く。
俺につけられた侍従も護衛も、この2人しかいない。
忠義と不敬って組み合わせ何なの?と思うけど、2人しかいないのだ。
王族とは思えない手薄感だが、俺の不運の流れ弾に当たる者が後を絶たなかったのだ。身の回りの世話が出来、腕も立ち、さらにはハプニングに動じず、頭の切り替えの早い者が、ジョゼフとマットの2人だったのである。
俺の伯父上も侍従と護衛には頭を悩ませたらしい。
伯父上の前の人柱は大伯父。その前は女性で、曾祖伯母だ。彼女はなかなかの癇癪もちの反面、突拍子もないアイディアを捻りだすことに長けた才女でもあった。
彼女のアイディアで生まれたのが傘である。
フリルがふんだんに使われているのは、女性が作ったからだろう。
男が使うには恥ずかしいが、誰も男用を作ってくれない。恥ずかしくて使い辛いフリフリの傘を、マットは躊躇なく差した。
「やはり傘は必須です。殿下、恥ずかしがっていては、頭から木が生えてしまいますよ?」
「木が!?」
どういうこと!?
「鳥は木の実を啄みます。種は消化されず、離れた森で芽吹くのです」
「俺が頭を洗わず芽吹きを待つと思うのか…?」
じっとりとマットを見据えれば、マットは緩くかぶりを振る。
「しかしながら、神がかった不幸はリロイ殿下の十八番です。油断はできません」
「十八番じゃねぇよ!」
おっと…。
王族にあるまじき口調で叱責してしまった。それでも2人は苦言を呈さない。むしろマットに至ってはニヤついている。
「一昨日は馬車の車軸が故障。気づくのが遅ければ大事故です。下車なさった瞬間、どぶ板が外れて殿下のおみ足が犠牲になりましたよね?」
ああ…分かってるよ…。
一部始終を目撃していた住民が湯を貸してくれようとしたのだが、一帯の民家で火がつかえないという謎現象。
平民である彼らはひたすら謝ってくれたが、感謝こそすれ謝られる理由はない。用意してくれた井戸水は氷水かと思うほど冷たかったが、ドブの汚れも悪臭も取れた。
しばらくは右足は生乾きで気持ち悪かったけど…。
そうこうしているうちに鳥の糞だ。今のじゃない。その前にも鳥の糞が落ちてきているのだ。
あ、人柱に鳥の糞はデフォルトなんだよ。
王宮で大人しくしていれば被害は最小限なんだろうけど、人柱は年に4回、大神殿にて禊を行わなきゃいけない。
大神殿は王都より馬車で5日!
だというのに、3日目で馬車が故障。観光地に近かったことから宿が満員御礼!野宿決定!
寝袋を持っててよかった。
て、俺は王族なのよ?
誰の目からも王子様然りとした恰好で、犇めく乗合馬車に乗り、ばあさんにミカンを貰った。
美味かった。
4日目も野宿だった。
荷物になるからと着替えを置き去りにしたので、王子様然りとした服も良い具合に草臥れてきた。王族っぽいぞ!と分かるのは、無駄にぎらついた装身具だろう。正直、野宿連泊者としては邪魔でしかない。
伯父上もそうだったのだろう。移動を忌避した伯父上は、大神殿へ日帰りできる場所に離宮を建てた。
羨ましい!
で、5日目だ。
さっきの鳥の糞も、心穏やかにスルーでき………ない!
やっぱりムカつく!
ていうか、馬車はなぜ来ない!
普通、もう追いついても良い頃だろ?
どうせ不運の連鎖でなかなか立て直しができないんだろうけどさ!
フリフリの傘を差して、とぼとぼ歩いて、住民たちが「ありがたや~」と手を合わせてくるのも辛い。
まぁ、あれだ。
人柱がいるからヴァルヴァーサ山が平穏なのだと、信心深い国民が感謝しているのだ。
弟たちを見てるとさ、これぞ王族!って歓声を浴びてるわけだ。んで俺が顔を出すと、ぴたりと歓声が止んでみんな手を合わせる。
泣いちゃうよ?
「リロイ殿下。大神殿が見えてきましたよ」
マットが遠くに見えてきた石造りの荘厳な大神殿を指さす。
カスロ大神殿だ。
歴史ある建造物って感じの、風雨プラス火山灰で良い具合に薄暗い装いをしている。
大神殿の後ろには、雄々しくヴァルヴァーサ山が聳える。遠くからは楕円形に見えるヴァルヴァーサ山も、近くで見ると綺麗な楕円形でないことが分かる。なだらかながらに歪な凸凹とした岩肌が目立つ。山頂付近は木が一本も生えておらず、奥にある噴火口から白い煙が青い空に立ち昇っている。
微かな硫黄臭は不快ではあるが、天然温泉の証でもある。
町の名前はノルーク。
王国内最古の温泉街なんだって。
カジノを主軸としたエヴァンズ領のド派手なホテル街と違い、シンプル イズ ベストの旅館が点在している。癒しと巡礼者をターゲットにしているので、比較的年齢層が高めの観光客が多い。
「あ~俺も温泉入りたい」
「昨日、入ったじゃないですか」
「大衆浴場な…」
王族なのにな!
「もういい加減に慣れましょうよ。この工程」
マットが肩を竦める。
「リロイ殿下はお生まれになった頃から、この道のりを歩いておられたと思うと…」
ほろり、とジョゼフが目元を拭う。
さすがに生まれた頃からは無理だろ?むしろ、四つん這いの赤子が王都から大神殿を目指していたら、それは幼児虐待を通り越してホラーすぎる。なんでもかんでも「神様の御業!」とありがたがる国民もドン引きだ。
「12までは伯父上が同行してくれてたんだよ。13からは普通に護衛や侍従が列をなして大神殿に同行してくれた」
大神殿に着くまでには、3分の2もの者たちがリタイアしていたが…。
15の頃には、ジョゼフとマットの2人になった。
「伯父上も離宮に引っ越したし、まさかの結婚だったからな。迷惑はかけられない」
俺は結婚できるのだろうか…。
奥さんほしい…というか、童貞のまま死にたくはない。
実際、童貞未婚で生涯を閉じた先人は多い。5代前の人柱なんか、最期の言葉が「女の子とちゅーがしたかった」だぞ?それが伝聞として残っているとか、悲しくて涙が止まらんだろ!
幾ら王族の言葉でも、残しちゃダメな言葉ってあるからな!
伯父上にアドバイスを貰いたいけど、あの人めちゃくちゃだからなぁ。嫌だなぁ。
うんうん、うんうん、唸っていたのだろうか。マットが「ウンコですか?」とデリカシーゼロなことを訊いてくる。こいつはいつか不敬罪で一晩牢屋で過ごさせる刑を与えても罰は当たらないはずだ。
「ジョゼフ、俺のカウントを覚えとけ。マットは不敬1ね。これ10貯まると罰ゲームだから」
「げっ!俺、不敬なこと言ってませんよ?」
「いやいや。お前の口からは不敬しか出てないから。とりあえず、ウンコは不敬1ね」
「ウンコは自然現象じゃないですかぁ」
マットの悲愴な叫びに呼応するように、ぽちゃ、と傘に鳥の糞が落ちた。
「マット、不敬2ね」
「俺のウンコじゃないですよ!?」
「お前のウンコだったら即強制労働行きにしてるわ!お前がウンコウンコ言うからウンコを召喚したんだろうが!」
「リロイ殿下。下品です。王族の品位に関わりますので、声量を抑えていただけますと幸いです」
こほん、とジョゼフの咳払いに、俺ははっと口を噤んだ。
そわそわと周囲を見れば、何事かと白い眼を向ける住民&観光客たち。そして、誰かの「リロイ第一王子様だわ」の声に、手を合わせての祈りがさざ波のように通り沿いに広がっていく。
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そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます
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