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些細な違和感
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騎士団の朝は早い。
夜明け前には起きて、各々の仕事に向かう。
団長と副団長はミーティング、団員たちは鍛錬と馬房の清掃。料理人はパンを焼き、使用人は洗濯物を回収して回る。
で、私は今日から少しだけルーティンが変わる。
一昨日までは薬草採取に行き、朝食後に薬草の洗浄と乾燥、調薬。午後に再び薬草採取、もしくはジャレッド団長のお供の巡回をしていた。
それが一昨日、ハワード団長よりトーマス・ルタが派遣されたことで、調薬に時間を割けるようになった。
とても有難いのだけど、ひとつだけ心配事がある。
それはルタの護衛。
私の場合は、必ず誰かしら護衛がつく。
一人で”魔女の森”に行くことは許可が下りない。なんなら駐屯地の敷地外に出ることも許可されない。例の件で、なお厳しくなった。
でも、ルタは単独で”魔女の森”に入る。
この魔物多発時期に…。
そう不安を口にすれば、ルタは苦笑した。
「まぁ、私は慣れてますから」
と、剣帯を撫でる。
ルタの剣は騎士のような重量のある長剣ではない。短剣だ。刃渡りは40cmに届かないくらい。長剣に比べて幅も厚みも小さく、片手で難なく振り回せるような重さになっている。
扱いやすいが耐久性が弱く、中型の魔物で辛うじて、大型の魔物には歯が立たない。剣は折れてしまうだろう。
「この近くは大型は出ないので、私としては危険はないのです。あとは獣人の特性ですね。私はウサギ獣人なので、危機察知能力に優れています。逃げ足も速いですよ?」
「さすが獣人。人族の庭師に戦える人はいませんよ」
「向こうの国は、町や村を頑丈な石壁で囲っていそうですね」
ルタはからからと笑いながら、第2騎士団駐屯地を囲う塀に視線を巡らせる。
第1騎士団も第3騎士団も機動力重視で仰々しい塀はない。第3騎士団に至っては、どこからでも飛び出れるように塀が低い。
一方、第2騎士団は”魔女の森”の一部を拓いて造られているので、常に魔物が出てくる。領内一の危険地帯だ。
それ故に塀の高さは2メートルある。
ただし、石や土で造られた壁ではなく、格子状に打ち付けた板塀だ。
それも大雑把な格子状。
小型の獣や魔物くらいならすり抜ける。中型は抜けられないが、突進されれば容易に壊れるだろう。”ここから先は人の領域だ”という抑止力と、”魔女の森”へ入る冒険者たちに境界線を周知させるための塀だ。
そもそもジャレッド団長の背丈よりも低い塀なので、魔物侵入阻止の真剣味がない。
もし魔物の侵入を完全に阻止するのであれば、要塞化させるしかないと思う。
そうなれば、出入口も限られるし、”魔女の森”の異変を察するのも遅れる。初動対応が遅れるのは、騎士団としてあってはならないことなので、第2騎士団を囲う塀はすけすけなのだ。
森の様子はよく見えるし、森からも駐屯地がよく見える。
圧迫感なし。
薬草採取に行った時、この見通しの良さに安心感を覚える。逆に石壁だったら、いざという時にパニックになって戸口を見失いそうだ。
まぁ、”魔女の森”にあって雑な板塀で済ませるなんて、獣人騎士団でなければ無理な気がする。
「私は小さい頃は王都にいたんですけど、王都はぐるぅっと立派な市壁に囲われていました。王族の住む場所は、また違う城壁で囲まれていて、王都の子供たち皆が”王様のいる場所”と認識しているんですよ。でも、私が育ったハノンには壁はないです。”魔女の森”…向こうでは”帰らずの森”という呼称ですが、森に横にある小さな村なんですけど、こっちと同じで無防備です」
「人族の村ですよね?それとも、全員が凄い魔導士とかなんですか?」
「まさか。魔物除けの香です。それで魔物は逃げて行くんですけど、家畜にも効くので、牧場には頑丈な柵があるんです」
「魔物除けの香ですか。とても興味深いですが、嗅覚の鋭い獣人はダメでしょうね」
ルタは背負籠を揺らすように笑う。
ちなみに背負籠は公爵家から借りたものらしく、膝を抱えて座れば私が収まりそうなほど大きい。
「ジャレッド団長はダメでした。こっちに持ってこなくて良かったです」
めいっぱいに顔を顰めたジャレッド団長を思い出して、笑みが零れる。
その時一緒にいたイアンも辛そうだったけど、アーロンは混血で人族の血が濃いからか、割と平然としていた気がする。
そんな他愛ないことを話しながら歩いていると、「ウォオオオ!」と野太い雄叫びが聞こえてきた。
見れば、薄手の訓練着を着た団員たちが走り込みをしている。
今日の早朝訓練は持久走のようで、みんな修練場の端から端までを全速力で駆け抜け、息つく暇もなく駆け戻っている。何往復しているのか、全員が汗だく。中には「腹…減った」と大の字で倒れこんでいる団員も目に付く。
鍛錬は始まったばかりだというのに過酷だ。
その奥、大厩舎場では今週の厩番の団員たちが手押し車を押して行き来している。
耳を澄ませば、馬の嘶きに混じり、カツカツカツ!と蹄を鳴らして飼料を催促している音も聞こえる。
賑やかながらに、「止めろ~!」や「待ってくれ~!」という悲鳴も聞こえるから怖い。
「そういえば、ゴゼット様は森へ入らないのですよね?」
「はい。見送りです。一昨日、碌な挨拶もできなかったですし、昨日も戻ってきてからはバタバタして顔を合わせる暇もなかったから心苦しくって」
昨日、公爵家から戻ってくれば、大量の薬草が干されていて驚いたのだ。
聞けば、ルタが採取したのだという。早朝に採取し、午前中いっぱい洗浄して干す。午後に再び”魔女の森”に入るという働きっぷりを聞いて、感動すると同時に居た堪れなくなった。
「任せっぱなしですみません…」
「いえ。これが私の仕事なので、気にしないで下さい。なにより、楽しんでますから」
からりと笑うルタに、ほっと安堵の息が漏れる。
「ルタさん、1号棟に部屋を用意してもらったんですよね?」
「ええ。通えない距離ではないのですが、やはりこちらで住み込んだ方が合理的だろうと、ハワード様の薦めで部屋を用意してもらいました。少しでも多くの薬草を摘むことが私の仕事です。領内でも薬草が不足しておりますので、ゴゼット様の手に余る薬草は、ハベリット商会へ卸すようにとも下命を拝しております」
「もっと私の要領が良ければ、ルタさんの手を煩わせずに済んだんですけど…」
「いえ。私は森には慣れてますし、小さい魔物であれば対処も出来るので大丈夫ですよ。それよりもローリック村の件もありますし、来春まではゴゼット様は森へ入るのを見送る方が良いかと思います」
ルタは言って、戸口の前で止まった。
ここは薬草採取で使う戸口になる。
手前に修練場が広がり、その奥に大厩舎だ。
森に異変があれば、馬が騒ぐ。しかも、訓練された馬たちは、厩舎の中に閉じ込められているわけでも繋がれているわけでもないので、魔物が侵入すれば闘争心漲らせ立ち向かって行く。
番犬ならぬ番馬と化した馬たちは、魔物を容赦なく蹴り殺す。
率先して魔物を屠っていくのは、ジャレッド団長の愛馬であるヴェンティだ。ヴェンティは魔馬の血を色濃く引いているので、凶暴さに定評があるらしい。
利口なことに、馬たちは仕事がなければ割り振られた馬房の中で大人しくしている。今みたいにごはんの時間以外は…。
これが農家の馬だったら、ごはんの時間に関係なく自由気ままに逃げている。
何もかもが規格外の騎士団だ。
「あのルタさん。もし見かけたらでいいので、リリーの球根の採取をお願いできますか?」
「種類の指定はないのですか?」
「はい。リリーの球根は、どれも薬材として使用できるんです。多少の違いはありますが、解熱や鎮静作用があります。観賞用でなければ」
「そうでしたか。分かりました。小さいですが、スコップもあるので問題ありません」
と、背負籠を揺らす。
「では行ってきます」
戸口を開けて、”魔女の森”に一歩を踏み込んで、「おや?」とルタは首を傾げながら止まった。
周囲を見渡し、左手を耳に添えて音を集めている。
「ルタさん?」
「なんだか…今日は森の様子が妙ですね」
ルタが神妙な面持ちで眉根を寄せている。
右手は木戸に添えたまま、警戒心を漲らせた表情で森の様子を窺っている。
私の目には、木漏れ日の降り注ぐ森にしか見えない。”魔女の森”とはいえ、浅い場所は他所の森と変わらないくらい穏やかな様相だ。
「何が妙なんですか?」
「ん~~…森の気配?表現が難しいですね。感覚なんですよ。魔物や獣もいないでしょう?」
「言われてみれば」
増えているはずの小型の獣や魔物がいない。
とはいえ、普段は私が気が付く前に護衛についてくれる騎士が追っ払ってくれるので、私が目にすることは滅多にないのだけど…。
それでも、リスくらいは視界の端にちょろちょろとしていた。
今日はリスもいない。気のせいか、小鳥の囀りも少ない。「こんなものだ」と言われれば「そうか」となる程度の違和感だけど、”魔女の森”と共存するには重要な感覚だ。
大きな魔物が潜んでいたら怖い。
じっと森の奥を窺うルタの様子に緊張感を抱いてしまう。
そわそわと、後方で走り込みをする団員たちに目を向ける。みんなふらふらの中、シャツの裾で汗を拭っていたアーロンと目が合った。
すかさず手を振れば、アーロンが不思議そうな顔をしながらも駆けつけてくれる。
「どうした?」
「それが、森が変っぽいんです」
「変っぽい?」
意味が分からないとばかりにアーロンが眉根を寄せる。
「何が変なんだ?」
「気配らしいです」
「気配」
アーロンは口角を歪め、森に一歩踏み出したままのルタを見る。
「確か、イヴの補佐を任されたトーマス・ルタだったか」
「はい。初めまして。1号棟の部屋をお借りしています。晩秋までゴゼット様の手伝いを担いますトーマス・ルタと申します」
「アーロン・サンド、魔導師だ。アーロンと呼んでくれ。それで分かると思うが、純血の獣人に比べて能力が劣る。ルタは何の獣人だ?」
「私はウサギです」
「そうか。私ではルタの言う気配が読み切れない。ちょっと待ててくれ」
アーロンは言って、走り込みを続ける団員たちに振り返る。
「ヨアキム!ヨアキム・クリザン!」
アーロンが呼ぶのは、同じ2号棟の団員だ。
短く刈った麦わら色の髪をした青年で、商家出身ということもあって誰よりも町に詳しい。私も何度かお勧めの本屋を紹介してもらったけど、残念ながら1度も行けていない。
理由は言わずもがな。
「アーロンさん、なんですか?」
汗を拭いながら、とぼとぼとヨアキムが歩いてくる。
とぼとぼというか、ふらふらだ。
「ああ、ちょっと森の様子がおかしいらしい。私はそういうのに疎いから、見てほしい。キツネ獣人は聴力が良かっただろう?」
「まぁ、聴力には自信がありますよ」
ヨアキムはこくこくと頷いて、ルタの横から外に出た。
「あ~確かに。言われてみると、いつもと比べて今日の森は静かかも。これくらい些細な変化は、意識して探らないと分からないんですよ。特に訓練中だと、こういう微妙なのには気づきづらいんですよねぇ。あ、訓練中は気を抜いてるとかじゃないですよ?」
「分かってる。で、大型種が潜んでいる様子はあるか?」
「さすがにここからじゃ分かりませんよ」
ヨアキムは苦笑して、ルタを見た。
「でも、感覚としては、もっと奥の方の異変がこっちまで伝わってきてる感じですかね。てことで、今朝の薬草採取は取り止めた方がいいです。”魔女の森”は、些細な違和感でも命取りになりかねないので」
「ええ、そうします」
ルタも頷く。
「ジャレッド団長に報告して調査班を組んでもらうか」
「それが良いです。この辺は大型種は確認されたことはないそうですが、今はちょっと分からないですからね」
ヨアキムは顔を顰め、がしがしを頭を掻く。
「クロムウェル領の接する森の深度が比較的浅いとしても、隣領が深いですからね。今期は、そこから厄介なのが迷い出ても不思議じゃないです。ローリック村の件もあるので用心するに越したことはないと思います。俺がジャレッド団長たちに報告に行ってきます」
言うが早いか、ヨアキムはへろへろの体に鞭打って、猛然と走って行く。
ルタも塀の中に入り、戸を閉めた。
夜明け前には起きて、各々の仕事に向かう。
団長と副団長はミーティング、団員たちは鍛錬と馬房の清掃。料理人はパンを焼き、使用人は洗濯物を回収して回る。
で、私は今日から少しだけルーティンが変わる。
一昨日までは薬草採取に行き、朝食後に薬草の洗浄と乾燥、調薬。午後に再び薬草採取、もしくはジャレッド団長のお供の巡回をしていた。
それが一昨日、ハワード団長よりトーマス・ルタが派遣されたことで、調薬に時間を割けるようになった。
とても有難いのだけど、ひとつだけ心配事がある。
それはルタの護衛。
私の場合は、必ず誰かしら護衛がつく。
一人で”魔女の森”に行くことは許可が下りない。なんなら駐屯地の敷地外に出ることも許可されない。例の件で、なお厳しくなった。
でも、ルタは単独で”魔女の森”に入る。
この魔物多発時期に…。
そう不安を口にすれば、ルタは苦笑した。
「まぁ、私は慣れてますから」
と、剣帯を撫でる。
ルタの剣は騎士のような重量のある長剣ではない。短剣だ。刃渡りは40cmに届かないくらい。長剣に比べて幅も厚みも小さく、片手で難なく振り回せるような重さになっている。
扱いやすいが耐久性が弱く、中型の魔物で辛うじて、大型の魔物には歯が立たない。剣は折れてしまうだろう。
「この近くは大型は出ないので、私としては危険はないのです。あとは獣人の特性ですね。私はウサギ獣人なので、危機察知能力に優れています。逃げ足も速いですよ?」
「さすが獣人。人族の庭師に戦える人はいませんよ」
「向こうの国は、町や村を頑丈な石壁で囲っていそうですね」
ルタはからからと笑いながら、第2騎士団駐屯地を囲う塀に視線を巡らせる。
第1騎士団も第3騎士団も機動力重視で仰々しい塀はない。第3騎士団に至っては、どこからでも飛び出れるように塀が低い。
一方、第2騎士団は”魔女の森”の一部を拓いて造られているので、常に魔物が出てくる。領内一の危険地帯だ。
それ故に塀の高さは2メートルある。
ただし、石や土で造られた壁ではなく、格子状に打ち付けた板塀だ。
それも大雑把な格子状。
小型の獣や魔物くらいならすり抜ける。中型は抜けられないが、突進されれば容易に壊れるだろう。”ここから先は人の領域だ”という抑止力と、”魔女の森”へ入る冒険者たちに境界線を周知させるための塀だ。
そもそもジャレッド団長の背丈よりも低い塀なので、魔物侵入阻止の真剣味がない。
もし魔物の侵入を完全に阻止するのであれば、要塞化させるしかないと思う。
そうなれば、出入口も限られるし、”魔女の森”の異変を察するのも遅れる。初動対応が遅れるのは、騎士団としてあってはならないことなので、第2騎士団を囲う塀はすけすけなのだ。
森の様子はよく見えるし、森からも駐屯地がよく見える。
圧迫感なし。
薬草採取に行った時、この見通しの良さに安心感を覚える。逆に石壁だったら、いざという時にパニックになって戸口を見失いそうだ。
まぁ、”魔女の森”にあって雑な板塀で済ませるなんて、獣人騎士団でなければ無理な気がする。
「私は小さい頃は王都にいたんですけど、王都はぐるぅっと立派な市壁に囲われていました。王族の住む場所は、また違う城壁で囲まれていて、王都の子供たち皆が”王様のいる場所”と認識しているんですよ。でも、私が育ったハノンには壁はないです。”魔女の森”…向こうでは”帰らずの森”という呼称ですが、森に横にある小さな村なんですけど、こっちと同じで無防備です」
「人族の村ですよね?それとも、全員が凄い魔導士とかなんですか?」
「まさか。魔物除けの香です。それで魔物は逃げて行くんですけど、家畜にも効くので、牧場には頑丈な柵があるんです」
「魔物除けの香ですか。とても興味深いですが、嗅覚の鋭い獣人はダメでしょうね」
ルタは背負籠を揺らすように笑う。
ちなみに背負籠は公爵家から借りたものらしく、膝を抱えて座れば私が収まりそうなほど大きい。
「ジャレッド団長はダメでした。こっちに持ってこなくて良かったです」
めいっぱいに顔を顰めたジャレッド団長を思い出して、笑みが零れる。
その時一緒にいたイアンも辛そうだったけど、アーロンは混血で人族の血が濃いからか、割と平然としていた気がする。
そんな他愛ないことを話しながら歩いていると、「ウォオオオ!」と野太い雄叫びが聞こえてきた。
見れば、薄手の訓練着を着た団員たちが走り込みをしている。
今日の早朝訓練は持久走のようで、みんな修練場の端から端までを全速力で駆け抜け、息つく暇もなく駆け戻っている。何往復しているのか、全員が汗だく。中には「腹…減った」と大の字で倒れこんでいる団員も目に付く。
鍛錬は始まったばかりだというのに過酷だ。
その奥、大厩舎場では今週の厩番の団員たちが手押し車を押して行き来している。
耳を澄ませば、馬の嘶きに混じり、カツカツカツ!と蹄を鳴らして飼料を催促している音も聞こえる。
賑やかながらに、「止めろ~!」や「待ってくれ~!」という悲鳴も聞こえるから怖い。
「そういえば、ゴゼット様は森へ入らないのですよね?」
「はい。見送りです。一昨日、碌な挨拶もできなかったですし、昨日も戻ってきてからはバタバタして顔を合わせる暇もなかったから心苦しくって」
昨日、公爵家から戻ってくれば、大量の薬草が干されていて驚いたのだ。
聞けば、ルタが採取したのだという。早朝に採取し、午前中いっぱい洗浄して干す。午後に再び”魔女の森”に入るという働きっぷりを聞いて、感動すると同時に居た堪れなくなった。
「任せっぱなしですみません…」
「いえ。これが私の仕事なので、気にしないで下さい。なにより、楽しんでますから」
からりと笑うルタに、ほっと安堵の息が漏れる。
「ルタさん、1号棟に部屋を用意してもらったんですよね?」
「ええ。通えない距離ではないのですが、やはりこちらで住み込んだ方が合理的だろうと、ハワード様の薦めで部屋を用意してもらいました。少しでも多くの薬草を摘むことが私の仕事です。領内でも薬草が不足しておりますので、ゴゼット様の手に余る薬草は、ハベリット商会へ卸すようにとも下命を拝しております」
「もっと私の要領が良ければ、ルタさんの手を煩わせずに済んだんですけど…」
「いえ。私は森には慣れてますし、小さい魔物であれば対処も出来るので大丈夫ですよ。それよりもローリック村の件もありますし、来春まではゴゼット様は森へ入るのを見送る方が良いかと思います」
ルタは言って、戸口の前で止まった。
ここは薬草採取で使う戸口になる。
手前に修練場が広がり、その奥に大厩舎だ。
森に異変があれば、馬が騒ぐ。しかも、訓練された馬たちは、厩舎の中に閉じ込められているわけでも繋がれているわけでもないので、魔物が侵入すれば闘争心漲らせ立ち向かって行く。
番犬ならぬ番馬と化した馬たちは、魔物を容赦なく蹴り殺す。
率先して魔物を屠っていくのは、ジャレッド団長の愛馬であるヴェンティだ。ヴェンティは魔馬の血を色濃く引いているので、凶暴さに定評があるらしい。
利口なことに、馬たちは仕事がなければ割り振られた馬房の中で大人しくしている。今みたいにごはんの時間以外は…。
これが農家の馬だったら、ごはんの時間に関係なく自由気ままに逃げている。
何もかもが規格外の騎士団だ。
「あのルタさん。もし見かけたらでいいので、リリーの球根の採取をお願いできますか?」
「種類の指定はないのですか?」
「はい。リリーの球根は、どれも薬材として使用できるんです。多少の違いはありますが、解熱や鎮静作用があります。観賞用でなければ」
「そうでしたか。分かりました。小さいですが、スコップもあるので問題ありません」
と、背負籠を揺らす。
「では行ってきます」
戸口を開けて、”魔女の森”に一歩を踏み込んで、「おや?」とルタは首を傾げながら止まった。
周囲を見渡し、左手を耳に添えて音を集めている。
「ルタさん?」
「なんだか…今日は森の様子が妙ですね」
ルタが神妙な面持ちで眉根を寄せている。
右手は木戸に添えたまま、警戒心を漲らせた表情で森の様子を窺っている。
私の目には、木漏れ日の降り注ぐ森にしか見えない。”魔女の森”とはいえ、浅い場所は他所の森と変わらないくらい穏やかな様相だ。
「何が妙なんですか?」
「ん~~…森の気配?表現が難しいですね。感覚なんですよ。魔物や獣もいないでしょう?」
「言われてみれば」
増えているはずの小型の獣や魔物がいない。
とはいえ、普段は私が気が付く前に護衛についてくれる騎士が追っ払ってくれるので、私が目にすることは滅多にないのだけど…。
それでも、リスくらいは視界の端にちょろちょろとしていた。
今日はリスもいない。気のせいか、小鳥の囀りも少ない。「こんなものだ」と言われれば「そうか」となる程度の違和感だけど、”魔女の森”と共存するには重要な感覚だ。
大きな魔物が潜んでいたら怖い。
じっと森の奥を窺うルタの様子に緊張感を抱いてしまう。
そわそわと、後方で走り込みをする団員たちに目を向ける。みんなふらふらの中、シャツの裾で汗を拭っていたアーロンと目が合った。
すかさず手を振れば、アーロンが不思議そうな顔をしながらも駆けつけてくれる。
「どうした?」
「それが、森が変っぽいんです」
「変っぽい?」
意味が分からないとばかりにアーロンが眉根を寄せる。
「何が変なんだ?」
「気配らしいです」
「気配」
アーロンは口角を歪め、森に一歩踏み出したままのルタを見る。
「確か、イヴの補佐を任されたトーマス・ルタだったか」
「はい。初めまして。1号棟の部屋をお借りしています。晩秋までゴゼット様の手伝いを担いますトーマス・ルタと申します」
「アーロン・サンド、魔導師だ。アーロンと呼んでくれ。それで分かると思うが、純血の獣人に比べて能力が劣る。ルタは何の獣人だ?」
「私はウサギです」
「そうか。私ではルタの言う気配が読み切れない。ちょっと待ててくれ」
アーロンは言って、走り込みを続ける団員たちに振り返る。
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短く刈った麦わら色の髪をした青年で、商家出身ということもあって誰よりも町に詳しい。私も何度かお勧めの本屋を紹介してもらったけど、残念ながら1度も行けていない。
理由は言わずもがな。
「アーロンさん、なんですか?」
汗を拭いながら、とぼとぼとヨアキムが歩いてくる。
とぼとぼというか、ふらふらだ。
「ああ、ちょっと森の様子がおかしいらしい。私はそういうのに疎いから、見てほしい。キツネ獣人は聴力が良かっただろう?」
「まぁ、聴力には自信がありますよ」
ヨアキムはこくこくと頷いて、ルタの横から外に出た。
「あ~確かに。言われてみると、いつもと比べて今日の森は静かかも。これくらい些細な変化は、意識して探らないと分からないんですよ。特に訓練中だと、こういう微妙なのには気づきづらいんですよねぇ。あ、訓練中は気を抜いてるとかじゃないですよ?」
「分かってる。で、大型種が潜んでいる様子はあるか?」
「さすがにここからじゃ分かりませんよ」
ヨアキムは苦笑して、ルタを見た。
「でも、感覚としては、もっと奥の方の異変がこっちまで伝わってきてる感じですかね。てことで、今朝の薬草採取は取り止めた方がいいです。”魔女の森”は、些細な違和感でも命取りになりかねないので」
「ええ、そうします」
ルタも頷く。
「ジャレッド団長に報告して調査班を組んでもらうか」
「それが良いです。この辺は大型種は確認されたことはないそうですが、今はちょっと分からないですからね」
ヨアキムは顔を顰め、がしがしを頭を掻く。
「クロムウェル領の接する森の深度が比較的浅いとしても、隣領が深いですからね。今期は、そこから厄介なのが迷い出ても不思議じゃないです。ローリック村の件もあるので用心するに越したことはないと思います。俺がジャレッド団長たちに報告に行ってきます」
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