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休息
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木製パーラーを使い、大きな石窯から次々と焼き上がったブリスケットが取り出されていく。
食欲のそそる香りを立てるブリスケットは、丸々とした肉塊だ。
塩とビングリー家秘伝のスパイスを揉みこみ、低温でじっくり焼き上げた逸品は、皿を揺らすとふるふると震えるほど柔らかい。さらにナイフを差し込むと、ほろほろと身がほどけ、肉汁が染み出してくるジューシーさもある。
それだけでも美味しそうなのに、このブリスケットをパイに包むのだ。
円いパイ皿にパイ生地を敷き、適当に切り分けたブリスケットを乗せ、蓋をするようにパイ生地を被せる。このパイ生地にはたっぷりのバターを使っているらしく、濃厚なバターの風味が大伯母さんのこだわりだという。
「毎日作ってるからね。慣れればどうってことない家庭料理だよ」と大伯母さんは笑うけど、肩にかけたタオルで汗を拭い、灰かき棒で石窯の火力を調整しながらパイを焼き上げていく様は見事な腕前だ。
「このミートパイはグレービーソースは使わないからね。いちいち肉だねを休ませる必要がなくて楽なんだよ」
「普通は肉だねを休ませるんですか?」
「そうしなきゃ、せっかくのパイ生地に汁がしみ込んでダレちまうんだよ。パイはさくさくしてなきゃ嫌だろ?」
ああ、そうか。
なるほど、と頷く。
「イヴの家ではミートパイは焼かなかったのかい?」
「ゴールドスタイン領の名物料理はパイ生地を使わないシェパーズパイです。ミートパイは作るものではなくて買うものなんです。ハノンにもミートパイを売ってる屋台があって、形は長方形。サイズも食べ歩き出来るように手のひらくらいの大きさです。ミートバッグと呼ばれてます」
「ああ、そういうミートパイもあるよ。町に行けば、屋台にエールと一緒に売っているね。おやつというより、つまみだね」
私はお酒を飲まないから分からないけど、言われてみればエールと一緒に食べている冒険者は多かった気がする。
「あ、ハノンのミートパイの基本はひき肉を使ったトマトソースベースなんですよ。お祭りの日はチーズが入っていたり、新年には赤ワインで煮込んでいたりして、特別な日だけ味が変わるんです」
私はチーズ入りミートパイが好きだった。
「こっちはブリスケットを使った、煮込まないミートパイが主流なんですか?」
「帝国はね、ミートパイが国を代表する国民食なんだよ。でも小国家群が成り立ちだから、味は地域によって大きく異なるんだ。基本は牛のひき肉とグレービーソースを使ったミートパイが主流さね。うちのミートパイは南部の味付けを取り入れてるんだよ。南部は海に接しているからか、海獣の肉を使うんだ。あれは臭みがあるらしくてね。臭い消しに香辛料をふんだんに使うそうだよ。だから、南部はスパイシーなミートパイが主流でね。私の義母…ラドゥの母親が南部出身なんだ。香辛料たっぷりのミートパイに最初は驚いたけど、夏になると食べたくなってね。夏だけはスパイシーに仕上げてる。冬ならグレービーソースで煮込むんだけどね。ブリスケットを使うのは公爵流だよ。2つの良いとこどりしたのが私流さね」
大伯母さんは言って、焼きあがったミートパイにナイフを入れる。
さく、さく、と小気味良い音を立ててミートパイが切られていく。円いミートパイが6等分に切られると、パイサーバーを手にしたラドゥさんが皿に取り分け始めた。
皿の上に乗ったミートパイは厚みがあり、今にも柔らかそうな肉が零れ落ちそうだ。それに添えられるのは、ミートパイと一緒に焼いていたハッセルバックポテトだ。
ハッセルバックポテトは細かく切れ込みを入れたじゃがいもに、オリーブオイル、チーズと岩塩、ローズマリーをかけて焼いたものになる。
匂いだけで美味しい。
同意とばかりに、お腹がぐぅ~と鳴く。
その音が聞こえたのか、あまり表情が変わらないラドゥさんが口元を緩めた。
うぅ…恥ずかしい。
「さぁ、ラドゥ。外にいる騎士たちに運んどくれ」
ラドゥさんはこくりと頷き、トレイに料理を載せて外へと出て行く。
私も手伝おうとしたところで、「あんたは座りな」と大伯母さんの命令だ。
「騎士や冒険者もだけどね、イヴも功労者なんだよ。あんたのお陰で、どれだけの命が助かったことか知れないよ」
そう言われると恥ずかしい。
聞きなれない感謝の言葉はやっぱり慣れなくて頬が熱くなる。
「さぁ、自慢のミートパイだ。食べとくれ」
にこにことした大伯母さんがミートパイとハッセルバックポテト、果実水を注いだカップを置いた。
このカップ。
八重咲の金色のバラが咲き誇る白い陶器製なのだけど、なんとラドゥさんの作品だ。
ラドゥさんが陶芸家だと聞いた時は驚いた。無骨な指から繊細な茶器が作り出されるなんて、魔法より凄い。
八重咲のバラをモチーフとした茶器は、大伯母さんの瞳の色である金色か、大伯母さんが好きだという淡いピンク色をしているそうだ。
中でも”ポリーナ”の名を冠する茶器シリーズは、王侯貴族にコレクターが多いのだとか…。
そんな愛情いっぱいに作られたカップに注がれているのは、ライムとコケモモの果実水だ。それに少量のはちみつが溶けているので、爽やかで香り高く仄かに甘い風味がする。
果実水で口を潤して、早速フォークとナイフを手にする。
感動するほどパイ生地はさくさくで、お肉はほろほろと繊維がほどけていく。
零れ落ちないように切り分けたミートパイをフォークに乗せて、大口を開けてぱくりと頬張る。
さく、とした歯触りのパイ生地からバターの風味が広がり、口の中で崩れていくお肉から肉汁が溢れる。鼻に抜ける香辛料もしつこくない。ピリリと刺激があるのに、肉汁の甘さが辛みを抑え、絶妙な調和を生み出している。
「美味しい…!」
これは大人のミートパイだ。
口に合わないというわけではなく、エールに合いそうな味という意味だ。
エールは飲んだとこないけど…。
あと、夏に食べたくなるというのも分かる。このピリッとした辛さが食欲を煽っている気がする。
私がはぐはぐと食べている傍で、ラドゥさんが慌ただしく行ったり来たりしている。トレイに載ったミートパイは、おかわり用なのだろう。大皿に大量のミートパイとパイサーバーが載せられている。
そんなラドゥさんと入れ替わるように、ジャレッド団長が入って来た。
胸当てを外し、血を洗い流すために湯あみをしたのか、さっぱりとしている。ズボンは隊服だけど、上は平民が着るような丸襟のシャツだ。ラドゥさんから借りたのだろう。
「大伯母様。疲れているところを済みません」
「何言ってんだい。一番疲れてるのはあんたたちだろ?騎士を労って何が悪いっていうんだい。私たちは後でゆっくり休むから良いんだよ。ほら、ジャレッドも座りな。まだ食べてないんだろ?」
「はい。イヴが起きていると聞いたので、こっちに来ました。遠慮なくご馳走になります」
ジャレッド団長は言って、私の向かいの席に座った。
途端、蕩けるような柔らかな笑みを向けるので視線が泳いでしまう。
気のせいか顔が熱い…。
「イヴ。少しは眠れたか?」
「はい…。熟睡しました」
移動に治癒、徹夜。
疲労困憊だった体は、グレートウルフ討伐完了とともに緊張の糸が切れてしまった。ふらふらと、大伯母さんの手を借りて湯あみして、野菜たっぷりの炊き出しスープを貰い、ベッドに倒れこんですぐに意識を失った。
昼過ぎには、再び馬上の人だ。それまでには体力を回復させないと、とプレッシャーがあったけど、ふたを開ければ5時間近くも眠っていたらしい。
寝足りなさはあるけど、気怠さはない。
「ジャレッド団長たちは少しは休めましたか?」
「ああ。1時間ほど仮眠をとった」
1時間!
この後、食事をして、すぐに出立となる。休憩を挟みながら、夕暮れ時には到着予定だ。
あまりの眠気に落馬するとは思えないけど、疲労はとれたのかと心配になる。
それが顔に出ていたのか、「ははっ」と大伯母さんが笑う。
「イヴ。騎士の体力を侮っちゃあいけないよ?任務によっちゃあ3徹なんてあるんだ。たった1日で根を上げる軟弱者がいたら、それは騎士に憧れてる子供でしかないよ」
なんとも辛辣だ。
ジャレッド団長は頷きながら、「冒険者も徹夜には慣れている」と肯定している。
徹夜に慣れているといっても、集中力が継続するのかといえば難しいらしい。なので、必要とあれば徹夜するけど、休める時間が僅かでもあれば目を閉じて仮眠するという。結果、騎士と冒険者に共通するのは、どこでも寝れるという特技なのだとか。
私も冒険者だけど、どこででも寝れない…。
「イヴ。他の冒険者と自分を一緒にするんじゃないよ?どこでも寝れるような冒険者はBランク以上だろうし、あんたは脳筋とは違うからねぇ」
大伯母さんは苦笑して、ジャレッド団長の前に大きなミートパイとハッセルバックポテトの載った大皿を置く。お供は果実水ではなくエールだ。
「エールは1杯だけだよ。この後、戻るんだからね。さぁ、食べな。おかわりもあるからね」
「はい。いただきます」
ジャレッド団長はフォークとナイフを手に、豪快にミートパイを切り分ける。
大口の早食いだというのに粗野に見えない。所作が美しいので上品に見えるから不思議だ。
「イヴ。おかわりはいいのか?」
「はい。もうお腹いっぱいです」
「相変わらず小食だな。いつか栄養失調で倒れやしないかと、見ているこちらが心配になる」
ジャレッド団長は言って、眉を八の字にして私を見る。
朝焼けを背景に帰還した時は魔王然りだったのに、今は不安いっぱいの子犬みたいに見える…。
いや……違った。
子犬の皮をかぶっただけの狼だ。
弱々しく見えたのは一瞬で、すぐにキリっと眉を吊り上げて「これも食え」と自分のミートパイを切り分け、私の皿に置いた。
私は1ピースのミートパイとハッセルバックポテトでお腹いっぱいなのに…。
この後の帰路を考えると、少しだけ胸が…いや、お腹が苦しくなった。
食欲のそそる香りを立てるブリスケットは、丸々とした肉塊だ。
塩とビングリー家秘伝のスパイスを揉みこみ、低温でじっくり焼き上げた逸品は、皿を揺らすとふるふると震えるほど柔らかい。さらにナイフを差し込むと、ほろほろと身がほどけ、肉汁が染み出してくるジューシーさもある。
それだけでも美味しそうなのに、このブリスケットをパイに包むのだ。
円いパイ皿にパイ生地を敷き、適当に切り分けたブリスケットを乗せ、蓋をするようにパイ生地を被せる。このパイ生地にはたっぷりのバターを使っているらしく、濃厚なバターの風味が大伯母さんのこだわりだという。
「毎日作ってるからね。慣れればどうってことない家庭料理だよ」と大伯母さんは笑うけど、肩にかけたタオルで汗を拭い、灰かき棒で石窯の火力を調整しながらパイを焼き上げていく様は見事な腕前だ。
「このミートパイはグレービーソースは使わないからね。いちいち肉だねを休ませる必要がなくて楽なんだよ」
「普通は肉だねを休ませるんですか?」
「そうしなきゃ、せっかくのパイ生地に汁がしみ込んでダレちまうんだよ。パイはさくさくしてなきゃ嫌だろ?」
ああ、そうか。
なるほど、と頷く。
「イヴの家ではミートパイは焼かなかったのかい?」
「ゴールドスタイン領の名物料理はパイ生地を使わないシェパーズパイです。ミートパイは作るものではなくて買うものなんです。ハノンにもミートパイを売ってる屋台があって、形は長方形。サイズも食べ歩き出来るように手のひらくらいの大きさです。ミートバッグと呼ばれてます」
「ああ、そういうミートパイもあるよ。町に行けば、屋台にエールと一緒に売っているね。おやつというより、つまみだね」
私はお酒を飲まないから分からないけど、言われてみればエールと一緒に食べている冒険者は多かった気がする。
「あ、ハノンのミートパイの基本はひき肉を使ったトマトソースベースなんですよ。お祭りの日はチーズが入っていたり、新年には赤ワインで煮込んでいたりして、特別な日だけ味が変わるんです」
私はチーズ入りミートパイが好きだった。
「こっちはブリスケットを使った、煮込まないミートパイが主流なんですか?」
「帝国はね、ミートパイが国を代表する国民食なんだよ。でも小国家群が成り立ちだから、味は地域によって大きく異なるんだ。基本は牛のひき肉とグレービーソースを使ったミートパイが主流さね。うちのミートパイは南部の味付けを取り入れてるんだよ。南部は海に接しているからか、海獣の肉を使うんだ。あれは臭みがあるらしくてね。臭い消しに香辛料をふんだんに使うそうだよ。だから、南部はスパイシーなミートパイが主流でね。私の義母…ラドゥの母親が南部出身なんだ。香辛料たっぷりのミートパイに最初は驚いたけど、夏になると食べたくなってね。夏だけはスパイシーに仕上げてる。冬ならグレービーソースで煮込むんだけどね。ブリスケットを使うのは公爵流だよ。2つの良いとこどりしたのが私流さね」
大伯母さんは言って、焼きあがったミートパイにナイフを入れる。
さく、さく、と小気味良い音を立ててミートパイが切られていく。円いミートパイが6等分に切られると、パイサーバーを手にしたラドゥさんが皿に取り分け始めた。
皿の上に乗ったミートパイは厚みがあり、今にも柔らかそうな肉が零れ落ちそうだ。それに添えられるのは、ミートパイと一緒に焼いていたハッセルバックポテトだ。
ハッセルバックポテトは細かく切れ込みを入れたじゃがいもに、オリーブオイル、チーズと岩塩、ローズマリーをかけて焼いたものになる。
匂いだけで美味しい。
同意とばかりに、お腹がぐぅ~と鳴く。
その音が聞こえたのか、あまり表情が変わらないラドゥさんが口元を緩めた。
うぅ…恥ずかしい。
「さぁ、ラドゥ。外にいる騎士たちに運んどくれ」
ラドゥさんはこくりと頷き、トレイに料理を載せて外へと出て行く。
私も手伝おうとしたところで、「あんたは座りな」と大伯母さんの命令だ。
「騎士や冒険者もだけどね、イヴも功労者なんだよ。あんたのお陰で、どれだけの命が助かったことか知れないよ」
そう言われると恥ずかしい。
聞きなれない感謝の言葉はやっぱり慣れなくて頬が熱くなる。
「さぁ、自慢のミートパイだ。食べとくれ」
にこにことした大伯母さんがミートパイとハッセルバックポテト、果実水を注いだカップを置いた。
このカップ。
八重咲の金色のバラが咲き誇る白い陶器製なのだけど、なんとラドゥさんの作品だ。
ラドゥさんが陶芸家だと聞いた時は驚いた。無骨な指から繊細な茶器が作り出されるなんて、魔法より凄い。
八重咲のバラをモチーフとした茶器は、大伯母さんの瞳の色である金色か、大伯母さんが好きだという淡いピンク色をしているそうだ。
中でも”ポリーナ”の名を冠する茶器シリーズは、王侯貴族にコレクターが多いのだとか…。
そんな愛情いっぱいに作られたカップに注がれているのは、ライムとコケモモの果実水だ。それに少量のはちみつが溶けているので、爽やかで香り高く仄かに甘い風味がする。
果実水で口を潤して、早速フォークとナイフを手にする。
感動するほどパイ生地はさくさくで、お肉はほろほろと繊維がほどけていく。
零れ落ちないように切り分けたミートパイをフォークに乗せて、大口を開けてぱくりと頬張る。
さく、とした歯触りのパイ生地からバターの風味が広がり、口の中で崩れていくお肉から肉汁が溢れる。鼻に抜ける香辛料もしつこくない。ピリリと刺激があるのに、肉汁の甘さが辛みを抑え、絶妙な調和を生み出している。
「美味しい…!」
これは大人のミートパイだ。
口に合わないというわけではなく、エールに合いそうな味という意味だ。
エールは飲んだとこないけど…。
あと、夏に食べたくなるというのも分かる。このピリッとした辛さが食欲を煽っている気がする。
私がはぐはぐと食べている傍で、ラドゥさんが慌ただしく行ったり来たりしている。トレイに載ったミートパイは、おかわり用なのだろう。大皿に大量のミートパイとパイサーバーが載せられている。
そんなラドゥさんと入れ替わるように、ジャレッド団長が入って来た。
胸当てを外し、血を洗い流すために湯あみをしたのか、さっぱりとしている。ズボンは隊服だけど、上は平民が着るような丸襟のシャツだ。ラドゥさんから借りたのだろう。
「大伯母様。疲れているところを済みません」
「何言ってんだい。一番疲れてるのはあんたたちだろ?騎士を労って何が悪いっていうんだい。私たちは後でゆっくり休むから良いんだよ。ほら、ジャレッドも座りな。まだ食べてないんだろ?」
「はい。イヴが起きていると聞いたので、こっちに来ました。遠慮なくご馳走になります」
ジャレッド団長は言って、私の向かいの席に座った。
途端、蕩けるような柔らかな笑みを向けるので視線が泳いでしまう。
気のせいか顔が熱い…。
「イヴ。少しは眠れたか?」
「はい…。熟睡しました」
移動に治癒、徹夜。
疲労困憊だった体は、グレートウルフ討伐完了とともに緊張の糸が切れてしまった。ふらふらと、大伯母さんの手を借りて湯あみして、野菜たっぷりの炊き出しスープを貰い、ベッドに倒れこんですぐに意識を失った。
昼過ぎには、再び馬上の人だ。それまでには体力を回復させないと、とプレッシャーがあったけど、ふたを開ければ5時間近くも眠っていたらしい。
寝足りなさはあるけど、気怠さはない。
「ジャレッド団長たちは少しは休めましたか?」
「ああ。1時間ほど仮眠をとった」
1時間!
この後、食事をして、すぐに出立となる。休憩を挟みながら、夕暮れ時には到着予定だ。
あまりの眠気に落馬するとは思えないけど、疲労はとれたのかと心配になる。
それが顔に出ていたのか、「ははっ」と大伯母さんが笑う。
「イヴ。騎士の体力を侮っちゃあいけないよ?任務によっちゃあ3徹なんてあるんだ。たった1日で根を上げる軟弱者がいたら、それは騎士に憧れてる子供でしかないよ」
なんとも辛辣だ。
ジャレッド団長は頷きながら、「冒険者も徹夜には慣れている」と肯定している。
徹夜に慣れているといっても、集中力が継続するのかといえば難しいらしい。なので、必要とあれば徹夜するけど、休める時間が僅かでもあれば目を閉じて仮眠するという。結果、騎士と冒険者に共通するのは、どこでも寝れるという特技なのだとか。
私も冒険者だけど、どこででも寝れない…。
「イヴ。他の冒険者と自分を一緒にするんじゃないよ?どこでも寝れるような冒険者はBランク以上だろうし、あんたは脳筋とは違うからねぇ」
大伯母さんは苦笑して、ジャレッド団長の前に大きなミートパイとハッセルバックポテトの載った大皿を置く。お供は果実水ではなくエールだ。
「エールは1杯だけだよ。この後、戻るんだからね。さぁ、食べな。おかわりもあるからね」
「はい。いただきます」
ジャレッド団長はフォークとナイフを手に、豪快にミートパイを切り分ける。
大口の早食いだというのに粗野に見えない。所作が美しいので上品に見えるから不思議だ。
「イヴ。おかわりはいいのか?」
「はい。もうお腹いっぱいです」
「相変わらず小食だな。いつか栄養失調で倒れやしないかと、見ているこちらが心配になる」
ジャレッド団長は言って、眉を八の字にして私を見る。
朝焼けを背景に帰還した時は魔王然りだったのに、今は不安いっぱいの子犬みたいに見える…。
いや……違った。
子犬の皮をかぶっただけの狼だ。
弱々しく見えたのは一瞬で、すぐにキリっと眉を吊り上げて「これも食え」と自分のミートパイを切り分け、私の皿に置いた。
私は1ピースのミートパイとハッセルバックポテトでお腹いっぱいなのに…。
この後の帰路を考えると、少しだけ胸が…いや、お腹が苦しくなった。
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