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冒険者ギルド③
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コトッ、と置かれたカップには、なみなみと注がれた黒い液体。
祖母が淹れていた薬草茶に似ているけど、あれは黒に近い緑色の液体だった。飲むと僅かにとろみがあり、仄かな甘味を打ち消す苦味と渋味が口いっぱいに広がった後、口の奥に少しばかりのえぐみが残るのだ。祖母曰く「健康茶」で、祖父曰く「劇薬」だ。
もちろん、私もスプーン一杯だけ飲んだことがある。
あの薬草茶だけは私にも無理だった。
それを思い出し、きゅっと喉が閉まる。
「これはコーヒーだ」
「コーヒー…ですか?」
「南方で取れる果実の種を炒った飲み物だ。そのまま飲むと、赤ワインに似たフルーティーな酸味と苦味がある。眠気覚ましの効果があるから、夜に飲むのは注意が必要だな」
ジャレッド団長は飲み慣れているのか、躊躇なくカップに口を付ける。
「嬢ちゃん。初めてなら、ミルクをたっぷり入れるといい」
そうアドバイスしてくれたのはボー副ギルド長だ。
一応、ミルクを用意してくれているけど、とりあえずコーヒー本来の味を確かめたい。
そっとカップを手に、匂いを嗅いでみる。
予想に反して香しさがある。良い香りだ。
ひとくち…。
「んっ…!」
フルーティーな風味なのだろうけど、味わったことのない酸味に口の中がぎゅっと震える。
「やっぱ嬢ちゃんには早かったな。ミルク入れろ、ミルク」
「砂糖はないのか?」
「ここは公爵家じゃねぇんだ。飲み物に入れる為だけに、んな高級品は置いてねぇよ」
ジャレッド団長は不満げな顔だけど、砂糖壺を用意できるのは王侯貴族と裕福な商人くらいだと思う。
ミルクを用意してくれているだけでも有難い。
ボー副ギルド長に礼を言って、遠慮なくミルクを入れれば、また違う風味で飲みやすくなった。もう少し甘い方が好みだけど、これはこれで美味しい。
ようやく「ほっ」とひと息吐けた。
私たちが休憩しているのは冒険者ギルド2階の小ぢんまりとした応接室になる。
テーブルと一人がけのソファが4脚置かれただけのシンプルなもので、応接室というには飾り気がない。ただ、壁が分厚く造られていて、内緒話をするにはうってつけの造りになっている。
ここに通されたのは、ギルド長がジャレッド団長に話があると言われたからだ。なのに、本人は不在。訊けば、厄介ごとを早急に片付けている最中なのだとか。
コーヒーと、木の実の入ったクッキーを口にしつつ待つこと5分と少し。
どかどかと大きな靴音が階段を駆け上って来たと思う間もなく、「遅くなりました!」と応接室のドアが開いた。
飛び込んできたのは、ボー副ギルド長より体躯の良い男性だ。
ここのギルド長なのだろう。
白髪交じりのぼさぼさの栗毛に無精髭。服も草臥れているので、ハノンのギルド長を彷彿とさせる山賊感がある。
ただ、こっちのギルド長は、身綺麗にすればイケおじとして女性にモテそうだ。
入室こそ粗暴だったけど、頭を下げ、ソファに座る姿勢には品がある。
そんなイケオジなギルド長は、ボー副ギルド長と違い、明らかにジャレッド団長を気にしている。
「申し訳ございません。トードブルーの出品が公表されて以降、大挙して押し寄せる馬鹿どもの相手に時間を要してしまいました」
そう言って、向かいに座るジャレッド団長にゆるりと頭を下げる。
「馬鹿どもは鉄拳制裁だけどな」と笑うのは、ボー副ギルド長だ。
がはは、とご機嫌な様子で何かを殴る仕草をするのが怖い。
ジャレッド団長は渋面を作っている。いろいろと思うところがあるのだろう。
ギルド長は小さく嘆息して、次いで私に向き直った。
「まずは自己紹介をさせてもらいたい。私はここのギルド長を務めるトレバー・カルスだ。ゴゼット嬢、あなたがイライジャ様に気前よくトードブルーを献上したという話は聞いている」
「イライジャ…様?」
「父のことだ」
ジャレッド団長が肩を竦め、カルスギルド長を指さした。
「カルス家はうちの分家だ。トレバーはカルス子爵家の3男で、父のハトコに当たる」
貴族!
山賊などと不敬なことを思ってしまった。
後ろめたさに緊張しつつ、肩に力を入れて背筋を伸ばす。
「わ…私はイヴ・ゴゼットです。第2騎士団で薬師の勉強をしています」
ぺこり、と頭を下げれば、カルスギルド長は苦笑した。
「話に聞いた通りの貴族嫌いか。まぁ、ゴールドスタイン領にいてはな。あそこの領主は生粋の差別主義者で、特権階級万歳だから仕方ないのだが」
「そんなに酷いのか?」とは、クッキーを頬張るボー副ギルド長だ。
「平民は家畜と同じ。あくせく働いて税を納めろという考え方で、領地を富ませようとは思っていない。領民は飢えず富まずが理想的らしい。実際、豪華なのは領主家だけだ」
「へぇ~。ギルド長は行ったことあるのか」
「一応、ギルド長だからな。向こうのギルドとも連携をとらないと、ヤバいこともあるだろ?何しろ”魔女の森”が相手なんだ。魔物に戦争屋。今は駆逐したとは思うが、50年前は悪魔崇拝者の隠れ家があって多くの死傷者を出したって話も聞いたことがある」
悪魔崇拝者…。
森の名称は地域によって異なり、一部では ”悪魔の棲み処”と呼ばれているけど…。もしかすると、それが由来なのかもしれない。
「とにかく、ヤバい奴らの隠れ家になる森を挟んでるからな。国同士はアレでも、ギルド間の連携は取れている方だ」
カルスギルド長は肩を竦め、「で、直近では4年前に行ったんだよ」と答えた。
「豪華絢爛な伯爵邸を中心に領都が広がってる感じだな。こことは違って質素な町だが、王都を真似た造りをしているのは一目瞭然だった。雰囲気はあまり良くない。小規模ながらスラムもあったし、領民は横暴な衛兵と目を合わせないように暮らしてた」
そうなのか。
殆どハノンから出たことがないので知らなかったけど、あまり近寄りたくない印象だ。
ハノンはゴールドスタイン領でも隅の隅。”帰らずの森”の傍らだったから貴族は近寄って来なかった。
それが逆に良かったのだろう。
魔物や大型の獣は怖いけど、貴族関連の厄介事もなく、ハノンの住民はのびのびしている。
「ゴゼット嬢。私は子爵家出身だが、今は平民だ。そう畏まらないくれ。実家も公爵家のオマケだと思ってくれていい。カルス家はクロムウェル領の幾つかの村の管理を任されていたり、公爵家で働いていたりする。カルス家の末の甥っこも執事代として仕えることになったしな」
「執事…代?ですか?」
「執事を補佐する者のことだ。使用人と一言で言ってもランクがあり、家令をトップに、執事、執事代、侍従と続く。カルス家は代々公爵家に仕え、家令として領地管理を行ったり、執事として従僕の統括を行う上級使用人を輩出する家門の1つになる」
ジャレッド団長の説明に、「へぇ~」と間抜けな声が零れる。
もしかして、高位貴族に仕える使用人は下位貴族なのかもしれない。
貴族を顎で使う貴族という図式が想像できないけど、なんか怖い…。
あと、ギルド長の姓はカルス家のままなので、籍は子爵家に残している。つまり、今も貴族なはずだ。
自称平民の貴族も、まるでトラップみたいで怖い。
「それで、俺に話があるというのは?」
「ああ、そうでした。話というか謝罪になります」
そう言って、カルスギルド長とボー副ギルド長が居住まいを正し、ジャレッド団長に向けて頭を下げた。
「まずはディノルニスの件です。若い奴らが迷惑をかけました。勇敢と無謀を履き違えた馬鹿どもは、私がきっちり教育をし直します。申し訳ありません。そして、さきほど受付の話を聞きました。重ね重ね謝罪します…」
消沈した声に、居たたまれない気持ちになる。
カルスギルド長たちが悪い訳じゃないのに、ジャレッド団長に言わせれば違うらしい。
「あの受付はクビだと聞いたが、それで終いじゃないだろうな?」
「はい」
カルスギルド長は頭を上げ、真っすぐにジャレッド団長を見据える。
「ギルド職員並びにCランク以下の冒険者は徹底して教育のやり直します。特にギルド職員は表に出て貴族ともやり取りをすることもあるので、ギルドの名誉を毀損させないよう努めます」
「クビにした受付は商家の娘で、言葉は悪いが、男漁り目的でギルドにいたらしい。Aランク以上の腕っぷしと稼ぎ頭を狙ってたそうだが、女の嗅覚っていうのか。ジャレッドに鞍替えして、あの騒動だ。あいつはクビ。状況が理解できずに不服だと騒いでいたが、さっさと追い出した。嬢ちゃんが逆恨みされないように、あいつの実家の商家には誰を敵にしてクビになったのか、その旨を詳細にしたためた手紙を送っているから心配はない」
一気に説明したボー副ギルド長は、老け込んだような顔つきで重い息を吐く。
「ジャレッドに婚約者でもいればマシなんだろうけどなぁ」
ボー副ギルド長の言葉に、カルスギルド長は苦笑している。
ジャレッド団長は苦虫を噛み潰した顔つきだ。
「高位貴族は普通、早々に婚約者を設けるイメージなんだが、公爵家は違うんだな。ハワード団長は奥方が侯爵家の姫さんだって話は有名だが、ジャレッドとグレン団長には噂一つない気がする」
「貴族でも色々あるが、だいたいは家を継ぐ嫡男が優先となるんだよ。嫡男は家格や派閥などを考慮して婚約者を設ける。次男は嫡男に何かあった時のための予備だから、同じように婚約者を設けるんだが、公爵家はハワード団長が早々に結婚して跡継ぎを儲けているからな。ジャレッド様に次男としての役はなくなったんだが……分家は今もジャレッド様が婚約者を据えずにいるのに驚いている」
ちらり、とカルスギルド長がジャレッド団長を見てる。
ジャレッド団長は鼻で笑って、「余計なお世話だ」と立ち上がった。
「話が終わったなら行くぞ」
これは私に向けられた言葉だ。
「もう少しゆっくりされても宜しいのでは?」
「いや。今日はこいつの買い物に付き合う約束だからな」
不意に手が伸びてきたかと思えば、がしがしと頭を撫でられる。
髪がぼさぼさになるけど、もう諦めている。
なぜかびっくり顔のカルスギルド長と、生温い視線を向けてくるボー副ギルド長に居心地の悪さを感じつつ、残りのコーヒーを一気に飲み干して本来の目的に戻ることにした。
祖母が淹れていた薬草茶に似ているけど、あれは黒に近い緑色の液体だった。飲むと僅かにとろみがあり、仄かな甘味を打ち消す苦味と渋味が口いっぱいに広がった後、口の奥に少しばかりのえぐみが残るのだ。祖母曰く「健康茶」で、祖父曰く「劇薬」だ。
もちろん、私もスプーン一杯だけ飲んだことがある。
あの薬草茶だけは私にも無理だった。
それを思い出し、きゅっと喉が閉まる。
「これはコーヒーだ」
「コーヒー…ですか?」
「南方で取れる果実の種を炒った飲み物だ。そのまま飲むと、赤ワインに似たフルーティーな酸味と苦味がある。眠気覚ましの効果があるから、夜に飲むのは注意が必要だな」
ジャレッド団長は飲み慣れているのか、躊躇なくカップに口を付ける。
「嬢ちゃん。初めてなら、ミルクをたっぷり入れるといい」
そうアドバイスしてくれたのはボー副ギルド長だ。
一応、ミルクを用意してくれているけど、とりあえずコーヒー本来の味を確かめたい。
そっとカップを手に、匂いを嗅いでみる。
予想に反して香しさがある。良い香りだ。
ひとくち…。
「んっ…!」
フルーティーな風味なのだろうけど、味わったことのない酸味に口の中がぎゅっと震える。
「やっぱ嬢ちゃんには早かったな。ミルク入れろ、ミルク」
「砂糖はないのか?」
「ここは公爵家じゃねぇんだ。飲み物に入れる為だけに、んな高級品は置いてねぇよ」
ジャレッド団長は不満げな顔だけど、砂糖壺を用意できるのは王侯貴族と裕福な商人くらいだと思う。
ミルクを用意してくれているだけでも有難い。
ボー副ギルド長に礼を言って、遠慮なくミルクを入れれば、また違う風味で飲みやすくなった。もう少し甘い方が好みだけど、これはこれで美味しい。
ようやく「ほっ」とひと息吐けた。
私たちが休憩しているのは冒険者ギルド2階の小ぢんまりとした応接室になる。
テーブルと一人がけのソファが4脚置かれただけのシンプルなもので、応接室というには飾り気がない。ただ、壁が分厚く造られていて、内緒話をするにはうってつけの造りになっている。
ここに通されたのは、ギルド長がジャレッド団長に話があると言われたからだ。なのに、本人は不在。訊けば、厄介ごとを早急に片付けている最中なのだとか。
コーヒーと、木の実の入ったクッキーを口にしつつ待つこと5分と少し。
どかどかと大きな靴音が階段を駆け上って来たと思う間もなく、「遅くなりました!」と応接室のドアが開いた。
飛び込んできたのは、ボー副ギルド長より体躯の良い男性だ。
ここのギルド長なのだろう。
白髪交じりのぼさぼさの栗毛に無精髭。服も草臥れているので、ハノンのギルド長を彷彿とさせる山賊感がある。
ただ、こっちのギルド長は、身綺麗にすればイケおじとして女性にモテそうだ。
入室こそ粗暴だったけど、頭を下げ、ソファに座る姿勢には品がある。
そんなイケオジなギルド長は、ボー副ギルド長と違い、明らかにジャレッド団長を気にしている。
「申し訳ございません。トードブルーの出品が公表されて以降、大挙して押し寄せる馬鹿どもの相手に時間を要してしまいました」
そう言って、向かいに座るジャレッド団長にゆるりと頭を下げる。
「馬鹿どもは鉄拳制裁だけどな」と笑うのは、ボー副ギルド長だ。
がはは、とご機嫌な様子で何かを殴る仕草をするのが怖い。
ジャレッド団長は渋面を作っている。いろいろと思うところがあるのだろう。
ギルド長は小さく嘆息して、次いで私に向き直った。
「まずは自己紹介をさせてもらいたい。私はここのギルド長を務めるトレバー・カルスだ。ゴゼット嬢、あなたがイライジャ様に気前よくトードブルーを献上したという話は聞いている」
「イライジャ…様?」
「父のことだ」
ジャレッド団長が肩を竦め、カルスギルド長を指さした。
「カルス家はうちの分家だ。トレバーはカルス子爵家の3男で、父のハトコに当たる」
貴族!
山賊などと不敬なことを思ってしまった。
後ろめたさに緊張しつつ、肩に力を入れて背筋を伸ばす。
「わ…私はイヴ・ゴゼットです。第2騎士団で薬師の勉強をしています」
ぺこり、と頭を下げれば、カルスギルド長は苦笑した。
「話に聞いた通りの貴族嫌いか。まぁ、ゴールドスタイン領にいてはな。あそこの領主は生粋の差別主義者で、特権階級万歳だから仕方ないのだが」
「そんなに酷いのか?」とは、クッキーを頬張るボー副ギルド長だ。
「平民は家畜と同じ。あくせく働いて税を納めろという考え方で、領地を富ませようとは思っていない。領民は飢えず富まずが理想的らしい。実際、豪華なのは領主家だけだ」
「へぇ~。ギルド長は行ったことあるのか」
「一応、ギルド長だからな。向こうのギルドとも連携をとらないと、ヤバいこともあるだろ?何しろ”魔女の森”が相手なんだ。魔物に戦争屋。今は駆逐したとは思うが、50年前は悪魔崇拝者の隠れ家があって多くの死傷者を出したって話も聞いたことがある」
悪魔崇拝者…。
森の名称は地域によって異なり、一部では ”悪魔の棲み処”と呼ばれているけど…。もしかすると、それが由来なのかもしれない。
「とにかく、ヤバい奴らの隠れ家になる森を挟んでるからな。国同士はアレでも、ギルド間の連携は取れている方だ」
カルスギルド長は肩を竦め、「で、直近では4年前に行ったんだよ」と答えた。
「豪華絢爛な伯爵邸を中心に領都が広がってる感じだな。こことは違って質素な町だが、王都を真似た造りをしているのは一目瞭然だった。雰囲気はあまり良くない。小規模ながらスラムもあったし、領民は横暴な衛兵と目を合わせないように暮らしてた」
そうなのか。
殆どハノンから出たことがないので知らなかったけど、あまり近寄りたくない印象だ。
ハノンはゴールドスタイン領でも隅の隅。”帰らずの森”の傍らだったから貴族は近寄って来なかった。
それが逆に良かったのだろう。
魔物や大型の獣は怖いけど、貴族関連の厄介事もなく、ハノンの住民はのびのびしている。
「ゴゼット嬢。私は子爵家出身だが、今は平民だ。そう畏まらないくれ。実家も公爵家のオマケだと思ってくれていい。カルス家はクロムウェル領の幾つかの村の管理を任されていたり、公爵家で働いていたりする。カルス家の末の甥っこも執事代として仕えることになったしな」
「執事…代?ですか?」
「執事を補佐する者のことだ。使用人と一言で言ってもランクがあり、家令をトップに、執事、執事代、侍従と続く。カルス家は代々公爵家に仕え、家令として領地管理を行ったり、執事として従僕の統括を行う上級使用人を輩出する家門の1つになる」
ジャレッド団長の説明に、「へぇ~」と間抜けな声が零れる。
もしかして、高位貴族に仕える使用人は下位貴族なのかもしれない。
貴族を顎で使う貴族という図式が想像できないけど、なんか怖い…。
あと、ギルド長の姓はカルス家のままなので、籍は子爵家に残している。つまり、今も貴族なはずだ。
自称平民の貴族も、まるでトラップみたいで怖い。
「それで、俺に話があるというのは?」
「ああ、そうでした。話というか謝罪になります」
そう言って、カルスギルド長とボー副ギルド長が居住まいを正し、ジャレッド団長に向けて頭を下げた。
「まずはディノルニスの件です。若い奴らが迷惑をかけました。勇敢と無謀を履き違えた馬鹿どもは、私がきっちり教育をし直します。申し訳ありません。そして、さきほど受付の話を聞きました。重ね重ね謝罪します…」
消沈した声に、居たたまれない気持ちになる。
カルスギルド長たちが悪い訳じゃないのに、ジャレッド団長に言わせれば違うらしい。
「あの受付はクビだと聞いたが、それで終いじゃないだろうな?」
「はい」
カルスギルド長は頭を上げ、真っすぐにジャレッド団長を見据える。
「ギルド職員並びにCランク以下の冒険者は徹底して教育のやり直します。特にギルド職員は表に出て貴族ともやり取りをすることもあるので、ギルドの名誉を毀損させないよう努めます」
「クビにした受付は商家の娘で、言葉は悪いが、男漁り目的でギルドにいたらしい。Aランク以上の腕っぷしと稼ぎ頭を狙ってたそうだが、女の嗅覚っていうのか。ジャレッドに鞍替えして、あの騒動だ。あいつはクビ。状況が理解できずに不服だと騒いでいたが、さっさと追い出した。嬢ちゃんが逆恨みされないように、あいつの実家の商家には誰を敵にしてクビになったのか、その旨を詳細にしたためた手紙を送っているから心配はない」
一気に説明したボー副ギルド長は、老け込んだような顔つきで重い息を吐く。
「ジャレッドに婚約者でもいればマシなんだろうけどなぁ」
ボー副ギルド長の言葉に、カルスギルド長は苦笑している。
ジャレッド団長は苦虫を噛み潰した顔つきだ。
「高位貴族は普通、早々に婚約者を設けるイメージなんだが、公爵家は違うんだな。ハワード団長は奥方が侯爵家の姫さんだって話は有名だが、ジャレッドとグレン団長には噂一つない気がする」
「貴族でも色々あるが、だいたいは家を継ぐ嫡男が優先となるんだよ。嫡男は家格や派閥などを考慮して婚約者を設ける。次男は嫡男に何かあった時のための予備だから、同じように婚約者を設けるんだが、公爵家はハワード団長が早々に結婚して跡継ぎを儲けているからな。ジャレッド様に次男としての役はなくなったんだが……分家は今もジャレッド様が婚約者を据えずにいるのに驚いている」
ちらり、とカルスギルド長がジャレッド団長を見てる。
ジャレッド団長は鼻で笑って、「余計なお世話だ」と立ち上がった。
「話が終わったなら行くぞ」
これは私に向けられた言葉だ。
「もう少しゆっくりされても宜しいのでは?」
「いや。今日はこいつの買い物に付き合う約束だからな」
不意に手が伸びてきたかと思えば、がしがしと頭を撫でられる。
髪がぼさぼさになるけど、もう諦めている。
なぜかびっくり顔のカルスギルド長と、生温い視線を向けてくるボー副ギルド長に居心地の悪さを感じつつ、残りのコーヒーを一気に飲み干して本来の目的に戻ることにした。
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