騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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ドメニク孤児院②

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 想像以上に獣人の薬草に関する知識が酷い。
 タレハグサというのは表は黄緑色、裏は白っぽい葉をした薬草で、道端にも生える多年草だ。
 薬草というより、扱いは雑草に近い。それくらい身近で、あちこちに生えている。
 どこにでも生えているから薬草としては無用の長物かと思えば、実はお手軽万能薬として庶民に重宝されていたりする。
 使い方は様々。
 特に冒険者に周知されているのは、摘んだタレハグサを手で千切り、両手で揉むようにすり潰す方法だ。傷口に乗せれば、応急処置として止血や消毒となる。さらに虫刺されに塗り込むことで、痒みの軽減に。焚火にタレハグサを放って燃やせば虫除けにもなる。
 虫除けに関しては、森の奥に棲むような厄介や虫には効かないけど、街道沿いで野営する分には十分な働きをするはずだ。
 さらに煎じ薬にすれば、腹痛や食あたり、腹部の冷え。果ては安胎薬になるとして平民に親しまれている。
 祖母曰く、料理に使えばお腹の調子が整って、女性には嬉しいことばかりなのだと言っていた。
 まさに万能薬だけど、タレハグサをそのまま傷口に貼っても効果はないと思う。
 そのことを2人に伝えれば、アーロンは額に手を当てて沈黙し、シスター・ナンシーは気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「タレハグサ茶は体が温まるので、冬に向けて用意をしていても損はないですよ。味は少し癖があるんですけど、強い苦みや酸味がしたりはないので、子供でも飲みやすいと思います。飲みにくければ、甜菜糖やはちみつを入れると美味しいですよ。あと、春先から今頃のタレハグサが癖も少ないです」
「タレハグサなら、どこにでも生えているから子供たちに摘ませられますね」
 シスター・ナンシーは頷いて、急いでメモ用紙を取りに行くと、タレハグサの洗い方や乾燥の仕方、使用方法までを丁寧に書き記した。
「薬効に関しては、あくまでも応急処置。民間療法なので、大きな怪我をした場合は診療所で適切な処置をして下さいね。それから、乾燥させたタレハグサの保管も気を付けて下さい。適切な方法なら1年はもつと思います」
 くれぐれも湿気に注意するように言えば、シスター・ナンシーは「任せて下さい!」と豊満な胸を張る。
 さて、ここからが本題。
「公爵家から話がいってるように、冬に備えて薬を常備してもらおうと思ってます。ただ、私は正式な薬師ではないので、作れる量が決まってるんです。大量に作れませんが、解熱剤と咳止めは用意します。それ以外に何か欲しい薬はありますか?」
「子供たちはお腹を下すこともあります。あと鼻水ですね」
「分かりました」
 肩に提げたバッグからメモを取り出し、必要なものを書き留める。
「風邪予防ならば、タレハグサ茶でそれなりの効果はあると思います。体を温めるので」
 お茶は毎日飲むものなので、無理なく続けられる。
 自分たちで採取して作れば、費用はかからない。
「あ!」
 ふっと頭を過った記憶に、思わず飛び跳ねてしまった。
 シスター・ナンシーはびくりと体を震わせたけど、アーロンは落ち着き払って「どうした?」と訊いてくる。
「うぅ…忘れてました。タレハグサで思い出したんですけど、トウモロコシのひげもお茶になります。体を温める他に、利尿作用があります。備蓄される食材は、どうしても塩分が多いので、塩分を輩出する働きがあるんです。祖母が冬になると、トウモロコシのひげ茶を用意してました。忘れてた…」
「半分ほど刈り取られているが、お茶にする分には十分な量だろう。帰り次第、手配を頼もう」
「それにしても、トウモロコシのひげにも効能があるのですね。家畜の餌かと思っていました」
「意外と捨てがちなものに薬効があったりするんですよ。玉ねぎの皮も栄養価が高くて、癖が気にならなければ皮を煮出してお茶として飲用できます。生姜も皮は薬効が高いですし、春先の咲くタンポポや果実の葉に薬効があったりします。私の故郷では、家ごとに独自のレシピのお茶があるんですよ」
「はぁ~すごいですね」
 シスター・ナンシーはぱちくりと瞬いて、興味深げに笑みを深めた。
「シスター。薪の在庫を確認したい」
「はい。こちらになります」
 シスター・ナンシーの案内で再び外に出る。
 賑やかな声に原っぱの方へ目を向ければ、ジョアンがあたふたとしながら子供たちに追いかけられている。その隅っこで、トムとスティーブが拾った木の枝を手に、「えい!」「やぁ!」と素振りの練習だ。
 なんとも心温まる長閑さだ。
「子供相手は訓練とは違う疲労があると思うが、ジョアンなら大丈夫だろう」
 たぶん、というアーロンの呟きは聞こえなかったフリをして、シスター・ナンシーの後ろに続いて孤児院の裏手へと回る。
 大量の洗濯物に、小ぢんまりとした菜園。
 釣瓶つるべの置かれた井戸。
 薪割り台の丸太と斧もある。その傍らには、割られたばかりの薪が山となっている。
 その山を築いたのが、肩にかけたタオルで汗を拭う色黒の男性だ。
 髪は見事な白髪はくはつで、年を経た白髪しらがと違って生まれつきなのが毛量と艶から分かる。年は初老に差し掛かっているように見えるけど、冒険者みたいな体格をしているので思っているよりは若いかもしれない。
「彼は週2日、通いで来てもらってるロナルドです。どうしても男手が必要ですから。力仕事は、専ら彼が担ってくれています」
 ロナルドと目が合って、ぺこり、と頭を下げれば、ロナルドが人好きのする笑みで手を振ってくれた。
「ここが貯蔵庫と倉庫になります」
 言葉は悪いけど、最低限の雨風は凌げる程度の掘っ立て小屋だ。
 1つの小屋にドアが2つ付いていて、中で区切られているそうだ。3分の1が貯蔵庫で、残りが薪などを置く倉庫らしい。
 アーロンが倉庫のドアを開く。
 手前に菜園で使う鍬や鋤、鎌、収穫籠が収納されている。奥には薪が積み上げられ、備蓄は十分に見える。
 ただ、それは通常の冬の場合だ。
 今冬に備えるには足りない。
 大雪の年は、凍死を防ぐために1日中暖炉の炎を絶やしてはならないのだ。
「厨房に魔道具は?」
「ありません。竈なので薪を使います。夜も作業を行う院長などは、灯りの魔道具を持っていますが、魔石の費用を考えて殆ど使用していないそうです」
 トードブルーの落札額によっては、領内全戸に魔道具が配布されるようだけど、孤児院のように人数が多いと魔道具が1つ2つ配られたところで足りないだろう。
 なので、どうしても薪は必要になる。
 暖炉用の薪、調理用の薪、湯あみ用の薪。
 薪はあればあるほど心強い。置き場所があれば…だけど。
「まずは孤児院の補強の手配が必要だな。屋根と窓枠の建付けも問題だ。煙突の煤払いもしなければ、火事になりかねないな」
 アーロンは独り言を呟いて、あれやこれやと指折り数えている。
「シスター。今冬は公爵家が家屋を補修できない領民に対して援助を行うとしている。同時に、薪の手配も行っている」
「え!」
 シスター・ナンシーの頬が喜びに染まった。
 両手を胸の前に組み、「ああ…神よ」と感激している。
「見て回った個所以外にも隙間風がある箇所は、シスターたちが確認しておいほしい。今、手隙の大工はいないので時間はかかるが、必ず補修に来る。その際、補修箇所を大工に伝えてくれれば良い」
 御用聞きをしててもアーロンは騎士だしね。
 アーロンがジャレッド団長に報告して、それが公爵家に伝わる。早ければ今日中に、遅くても明日の昼までには公爵代理のハワード団長の耳に届くと思う。
 ただ、建物の修繕や補強が必要な家屋は多いので、明日明後日に孤児院に大工が派遣…とはならない。晩秋までには大工が来てくれるのを祈るばかりだ。
「なんと感謝を申し上げれば良いか…。あなた方にグラトゥルヴィア神のご加護がありますように」
 シスター・ナンシーの言葉に、アーロンは「それは公爵閣下に」と苦笑する。
「最後に、忙しいとは思うが院長に挨拶をしておきたいのだが」
「事前にご訪問の報せを受けておりましたが、院長はシスター2人を伴って蚤の市に行っています。ご無礼お許しください」
「蚤の市に?」
「はい」と、シスター・ナンシーは眉尻を下げて苦笑する。
「蚤の市は掘り出し物を見つけたり、屋台で美味しいものを食べたりと言った賑やかなイメージがあるかもしれませんが、古着や端切れを安く多く買える場でもあるのです。今冬を見据え、少しでも子供たちに暖かな服をと、院長は布や綿を探しに行かれてます。値切り交渉は、院長が一番上手ですから」
「それじゃあ、蚤の市は人が多そうですね」
 そう口を挟めば、シスター・ナンシーは頷く。
「ええ。困窮している家は、こぞって蚤の市に足を向けますからね。特に古着は人気です。いくら白魔茸で大雪予想が立つようになったとは言え、大雪の年は死者が多く出るのです。その恐ろしさを知っているからこそ、暖を取れるものを安く、大量に買い込みます。備蓄食を作るに必要な塩やスパイスもですね。なので、これからは市が立つ度に人がごった返すと思いますよ」
 ああ、忘れてた。
 私も古着に頼る1人だ。
 そして、冬用の服を用意していない。
 在庫切れになる前に買わなければいけないので、優先度は本よりも上になる。
 シスター・ナンシーの話にうっかりため息を吐けば、アーロンが肩を竦めて苦笑していた。
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