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ジャレッド団長の自覚
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上等なウイスキーを手に、久方ぶりにキースの部屋を訪ねた。
モリソン家と言えば、海運業で財を成した家系だ。キースの母親は、海を越えた先のサラフィアン王国の伯爵家出身と聞く。その母親の血を濃く継いだキースは魔力が豊富で、この国でも指折りの魔導師と名を馳せている。
それを鼻にかけることもなく、皇帝陛下指揮下の帝国騎士団ではなくクロムウェル公爵家私兵騎士団に入団しているのだから変わっている。
以前、本人に訊いたところ、「こっちの方が面白そうだったから」というものだった。
飄々としたところがあるが、腕前は確かだ。
従順ではないが、裏切る危険もない。
何より、俺にはとんと無縁の色事に長けている。
長けているのだが……長けすぎているせいか、キースから送られるアドバイスは何ひとつ生かせていない。
思わず項垂れた俺に、キースが特大のため息を吐いた。
「言っておきますがね。団長は顔は良いんですよ。なのに、いつも威嚇している」
「威嚇はしていない!」
「いいえ。特にイヴちゃんに対しては威圧しているように見えますよ。扱いも乱暴だというのに、変な所で壊れ物のように扱う。あれではイヴちゃんも反応に困ります」
反論できずに押し黙った俺に、キースは何度目かの嘆息を吐く。
「好きなんですよね?」
「いや……そこまでは言っていない」
「態度が好きだと言ってますよ。そもそも怪我の治療に来た団員全員に威嚇してどうするんですか。俺がイヴちゃんを連れて行った時、どんな顔で睨んでたか自覚してます?殺気全開。イヴちゃん、硬直してましたよ」
「睨んでない!」
思わず声を荒立ててしまう。
キースは「無自覚ですか」と、端麗な顔を歪めた。
「まずは、あなたが自覚することからです」と、ぐいっとウイスキーを飲み干し、空になったグラスに無遠慮にウイスキーを注ぎ足す。
味わって飲めとは言わないが、少々ハイペースだ。
「おさらいしてみましょうか」
キースは言いつつ、チョコレートを口に放り込んだ。
「では、彼女を迎えに行った時の感想を聞かせてもらえますか?」
「ガキ…だな。15にしては小さいと思った」
「こっちでは14が成人ですからね。でも、人族の多くの国では、成人年齢は16から18なんですよ。その差は何かと言えば、成熟度が違うんですよ。人族は成長が緩やかですからね。とは言っても、イヴちゃんの背丈が大幅に変わることはないでしょう。伸びてもあと1、2cmだと思います。言っておきますが、団長が言うほどイヴちゃんは小さくありません。人族女性の平均身長はあります」
前々から思っていたが、人族というのは小さいのが多い。
男でも平均で180cmに届かないと聞く。
獣人の成人男性は平均182cm。範囲を騎士に絞れば190cm前後なので、10cmも違う。皇族や高位貴族だけに関して言えば、200cmはざらだ。俺も201cmだし、父や兄弟も似通った身長だ。
イヴは輪をかけて小さく見えるが、あれで平均というのなら、人族の女性はあまりに小さすぎる。
あれでは子を産むどころか、仕込むことも出来ないだろうに…。
「壊れそうだ…」
「だから、乱暴に扱ってはダメなんですよ。優しくして下さい」
キースが肩を竦めた。
「それでは、治療院へ案内した時はどうです?」
「目をキラキラさせてたな。なんだか小動物みたいだった」
「つまり、庇護欲が湧いたんですね」
「そこまでは言ってない」
むすり、と不機嫌に吐き捨て、ウイスキーを煽る。
「働きを見てどう思いました?」
「頑張っているな…と。朝と夜はハーブティーで団員を癒しているからな。他の団員と打ち解けるのは良いことだが…」
「だが?」と、キースが言葉尻を拾い上げる。
「……距離がな。近すぎる……と思うことがある」
「じわじわと来てますね」
「何がだ?」
面白そうに笑うキースを睨みつける。
睨んだところで、キースには効果がない。大抵の者なら、俺が睨めば怯むというのに、キースは「睨まれたくらいでは死にませんからね」と言って受け流す。
「公爵家に連れて行ったそうですね」
「馬車を借りに行ったんだ。あとイヴの引き抜きの件と、薬師の資格に関しての相談をな」
「可愛い格好で帰って来ましたよね」
使用人の格好をしたイヴを思い出したのか、キースは頬を緩めた。
本人が公言しているが、「イヴちゃんは妹みたいで可愛いんだよね」らしい。
なんだかイライラする。
「あの日は、あちこち連れ回したからな。汗だくだったのを見かね、母上がイヴを着替えさせたんだ。サイズがなかったらしくてな。一番小さいのが使用人の制服だ」
使用人なら成人前の者がいるので、子供サイズの制服がある。
それでもイヴにはサイズオーバー感が否めなかった。理由は分からないが、誰にも見せてはダメだと思った。
逃げるように馬車に乗り、営舎に戻ったものの、イヴを抱きかかえて猛ダッシュしているところをキースに目撃されてしまったのだ。
一生の不覚だ。
「では、イヴちゃんの一時帰宅はどうです?アーロンから聞きましたよ。イヴちゃんが婿を取ってヴァーダト家を継ぐ話をしたら、団長の機嫌が一気に急降下したと」
「当たり前だ!」
どん、とテーブルを叩けば、キースが白々とした視線を向けて来る。
「入り婿の話など!イヴはまだ15だ!」
「こっちでは、15才は成人しています。問題なく婚姻は結べますよ?それに、団長はイヴちゃんの身内ではありませんよね?恋人でも婚約者でもない。口を出す権利がないんですよ?」
「うぐぅ…」
「聞けば、彼女は身内がいないそうじゃないですか。平民が…それも女の子が生き残るのは、努力でどうこう出来はしないんです。身を守るために結婚を視野に入れるのは普通のことです」
それでもイヴには聖属性の強みがあるだろう。
そう反論したいのに、キースの冷ややかな視線が俺の口を封じて来る…。
「団長は平民についても、人族についても分かっていませんね」
「それは…お前もだろ?」
「いえ。知ってますよ。母は人族。父は平民ですしね。平民の友人知人には事欠きません。が、平民にもランクがある。我が家は富裕層なので、イヴちゃんに同じ平民だと言えば反感を買うでしょうね。それでも団長より平民の苦労も、人族の弱さも理解しています」
悔しいが正論だ。
キースの言う通り、俺は平民についても、人族についても知識が足りない。
貴族には貴族の、平民には平民の苦労がある。だが、貴族に生まれれば最低限の生活は保障される。食事に困ることも、寝床で凍えることもない。その分、課せられる学業や訓練は山積みだったが、平民の目から見れば恵まれているはずだ。
学業や訓練で死ぬことはないのだから。
「ならば、俺が後ろ盾になればいいだろう?」
「それは、公爵家に養子に迎えるということですか?それとも、団長の婚約者の座に座らせるという意味ですか?」
「いや…だから、公爵家お抱えの薬師ということだ」
「それに関しては、初日に伝えたと聞きましたよ?なのに、イヴちゃんが入り婿の話をしたということは、団長とイヴちゃんの考えに大きな隔たりがあるということです」
それが何か分からないから苦労しているのだ。
救いを求めてキースを見据えていれば、キースは特大のため息を落とした。
「隣国に限らず、人族の国の女性の多くは、結婚や妊娠を機に仕事を辞めます。元々が”女は家を守るもの”という習わしがあるからです」
「家を守る?」
「子育て、炊事洗濯などの家事。義両親と同居なら、義両親の世話。もし義両親が病を患っていれば、その介護。それらを一任するのが嫁の務めと言われています。こっちでは夫と妻で負担を分け合いますが、向こうは違うんです。なので、イヴちゃんは将来を考えているんだと思います」
それがなぜ入り婿になるというのだ。
別にこっちで暮らしても差し障りがないはずだ。
「言っておきますが、恋人でも婚約者でもない団長は、イヴちゃんの恋愛観や結婚観に口を出す資格はありませんからね」
「…わっ、分かってる!」
「団員の誰かと恋仲になっても、邪魔する権利はないんですよ?」
団員の誰かと…。
「あ、そんな怖い顔しないで下さい」
「してない」
「してます。本当に無自覚ですね」
キースは嘆息して、ウイスキーを煽る。
「そうやって想像の男に嫉妬するくらいに、団長はイヴちゃんが好きってことなんですよ」
「俺が…?」
好きか嫌いかと問われたら嫌いじゃない。
治療院に案内した時の顔は、可愛いと思った。使用人の服装は誰にも見せたくはなかった。入り婿の話は冗談でも聞きたくはなかったし、キースと相乗りする姿は見たくはなかった…。
ただ、本能では……考えないようにしている。
俺のような古代種は、噛みつくことが愛情表現になる。
求愛行動の1つだ。
一度でも本能を自覚すると、際限なく相手を求めてしまうらしい。特にオスは顕著で、母上が辟易するほど性質が悪いのだという。
なので、正式な相手が現れるまで、俺たちは薬で本能を制御する。
行きずり相手に発情してはマズイからだ。
もし……薬を止めたら、俺はイヴを求めるのだろうか?
そこまで考えて、思考を吹き飛ばすように頬を殴る。
「…団長?どうしたんです?」
ぎょっと目を丸めるキースに、「なんでもない」と頭を振ってウイスキーを煽る。
「とにかく、まずは自覚する。次にイヴちゃんに好かれましょう。怖い顔をしない。圧をかけない。睨まない」
「…………………だが、あいつは貴族を嫌ってる」
「嫌ってるんじゃなくて恐れてるんです。平民を虐げる貴族は珍しくはない。特に差別主義者の国は、何かしら見下そうとしてますからね」
「俺は見下したりしない!」
「あ~それが貴族と平民の壁ですよ。選民思想のお膝元では、平民はちょっとした失言が命取りになるから、極力、貴族とはお近づきになりたくないんです。高位貴族なら尚更。ここで図太く近づこうとする平民女性は、一発逆転狙いの肝っ玉が据わってる玉の輿願望の子ですね。滅多にいませんが」
そんな女はこっちから願い下げだ。
「それじゃあ、俺はどうすれば良いんだ?始まる前に終わってる…」
まさか公爵家が足枷になる日が来ようとは…。
「だから、まずはイヴちゃんに好かれましょう。イヴちゃんの気持ちが第一です」
ああ、分かってる。
分かってるが、簡単じゃないんだよ…。
テーブルに突っ伏した俺のグラスに、「じゃんじゃん飲んで気分を上げて行きましょう!」と上等なウイスキーがどばどばと注がれた。
モリソン家と言えば、海運業で財を成した家系だ。キースの母親は、海を越えた先のサラフィアン王国の伯爵家出身と聞く。その母親の血を濃く継いだキースは魔力が豊富で、この国でも指折りの魔導師と名を馳せている。
それを鼻にかけることもなく、皇帝陛下指揮下の帝国騎士団ではなくクロムウェル公爵家私兵騎士団に入団しているのだから変わっている。
以前、本人に訊いたところ、「こっちの方が面白そうだったから」というものだった。
飄々としたところがあるが、腕前は確かだ。
従順ではないが、裏切る危険もない。
何より、俺にはとんと無縁の色事に長けている。
長けているのだが……長けすぎているせいか、キースから送られるアドバイスは何ひとつ生かせていない。
思わず項垂れた俺に、キースが特大のため息を吐いた。
「言っておきますがね。団長は顔は良いんですよ。なのに、いつも威嚇している」
「威嚇はしていない!」
「いいえ。特にイヴちゃんに対しては威圧しているように見えますよ。扱いも乱暴だというのに、変な所で壊れ物のように扱う。あれではイヴちゃんも反応に困ります」
反論できずに押し黙った俺に、キースは何度目かの嘆息を吐く。
「好きなんですよね?」
「いや……そこまでは言っていない」
「態度が好きだと言ってますよ。そもそも怪我の治療に来た団員全員に威嚇してどうするんですか。俺がイヴちゃんを連れて行った時、どんな顔で睨んでたか自覚してます?殺気全開。イヴちゃん、硬直してましたよ」
「睨んでない!」
思わず声を荒立ててしまう。
キースは「無自覚ですか」と、端麗な顔を歪めた。
「まずは、あなたが自覚することからです」と、ぐいっとウイスキーを飲み干し、空になったグラスに無遠慮にウイスキーを注ぎ足す。
味わって飲めとは言わないが、少々ハイペースだ。
「おさらいしてみましょうか」
キースは言いつつ、チョコレートを口に放り込んだ。
「では、彼女を迎えに行った時の感想を聞かせてもらえますか?」
「ガキ…だな。15にしては小さいと思った」
「こっちでは14が成人ですからね。でも、人族の多くの国では、成人年齢は16から18なんですよ。その差は何かと言えば、成熟度が違うんですよ。人族は成長が緩やかですからね。とは言っても、イヴちゃんの背丈が大幅に変わることはないでしょう。伸びてもあと1、2cmだと思います。言っておきますが、団長が言うほどイヴちゃんは小さくありません。人族女性の平均身長はあります」
前々から思っていたが、人族というのは小さいのが多い。
男でも平均で180cmに届かないと聞く。
獣人の成人男性は平均182cm。範囲を騎士に絞れば190cm前後なので、10cmも違う。皇族や高位貴族だけに関して言えば、200cmはざらだ。俺も201cmだし、父や兄弟も似通った身長だ。
イヴは輪をかけて小さく見えるが、あれで平均というのなら、人族の女性はあまりに小さすぎる。
あれでは子を産むどころか、仕込むことも出来ないだろうに…。
「壊れそうだ…」
「だから、乱暴に扱ってはダメなんですよ。優しくして下さい」
キースが肩を竦めた。
「それでは、治療院へ案内した時はどうです?」
「目をキラキラさせてたな。なんだか小動物みたいだった」
「つまり、庇護欲が湧いたんですね」
「そこまでは言ってない」
むすり、と不機嫌に吐き捨て、ウイスキーを煽る。
「働きを見てどう思いました?」
「頑張っているな…と。朝と夜はハーブティーで団員を癒しているからな。他の団員と打ち解けるのは良いことだが…」
「だが?」と、キースが言葉尻を拾い上げる。
「……距離がな。近すぎる……と思うことがある」
「じわじわと来てますね」
「何がだ?」
面白そうに笑うキースを睨みつける。
睨んだところで、キースには効果がない。大抵の者なら、俺が睨めば怯むというのに、キースは「睨まれたくらいでは死にませんからね」と言って受け流す。
「公爵家に連れて行ったそうですね」
「馬車を借りに行ったんだ。あとイヴの引き抜きの件と、薬師の資格に関しての相談をな」
「可愛い格好で帰って来ましたよね」
使用人の格好をしたイヴを思い出したのか、キースは頬を緩めた。
本人が公言しているが、「イヴちゃんは妹みたいで可愛いんだよね」らしい。
なんだかイライラする。
「あの日は、あちこち連れ回したからな。汗だくだったのを見かね、母上がイヴを着替えさせたんだ。サイズがなかったらしくてな。一番小さいのが使用人の制服だ」
使用人なら成人前の者がいるので、子供サイズの制服がある。
それでもイヴにはサイズオーバー感が否めなかった。理由は分からないが、誰にも見せてはダメだと思った。
逃げるように馬車に乗り、営舎に戻ったものの、イヴを抱きかかえて猛ダッシュしているところをキースに目撃されてしまったのだ。
一生の不覚だ。
「では、イヴちゃんの一時帰宅はどうです?アーロンから聞きましたよ。イヴちゃんが婿を取ってヴァーダト家を継ぐ話をしたら、団長の機嫌が一気に急降下したと」
「当たり前だ!」
どん、とテーブルを叩けば、キースが白々とした視線を向けて来る。
「入り婿の話など!イヴはまだ15だ!」
「こっちでは、15才は成人しています。問題なく婚姻は結べますよ?それに、団長はイヴちゃんの身内ではありませんよね?恋人でも婚約者でもない。口を出す権利がないんですよ?」
「うぐぅ…」
「聞けば、彼女は身内がいないそうじゃないですか。平民が…それも女の子が生き残るのは、努力でどうこう出来はしないんです。身を守るために結婚を視野に入れるのは普通のことです」
それでもイヴには聖属性の強みがあるだろう。
そう反論したいのに、キースの冷ややかな視線が俺の口を封じて来る…。
「団長は平民についても、人族についても分かっていませんね」
「それは…お前もだろ?」
「いえ。知ってますよ。母は人族。父は平民ですしね。平民の友人知人には事欠きません。が、平民にもランクがある。我が家は富裕層なので、イヴちゃんに同じ平民だと言えば反感を買うでしょうね。それでも団長より平民の苦労も、人族の弱さも理解しています」
悔しいが正論だ。
キースの言う通り、俺は平民についても、人族についても知識が足りない。
貴族には貴族の、平民には平民の苦労がある。だが、貴族に生まれれば最低限の生活は保障される。食事に困ることも、寝床で凍えることもない。その分、課せられる学業や訓練は山積みだったが、平民の目から見れば恵まれているはずだ。
学業や訓練で死ぬことはないのだから。
「ならば、俺が後ろ盾になればいいだろう?」
「それは、公爵家に養子に迎えるということですか?それとも、団長の婚約者の座に座らせるという意味ですか?」
「いや…だから、公爵家お抱えの薬師ということだ」
「それに関しては、初日に伝えたと聞きましたよ?なのに、イヴちゃんが入り婿の話をしたということは、団長とイヴちゃんの考えに大きな隔たりがあるということです」
それが何か分からないから苦労しているのだ。
救いを求めてキースを見据えていれば、キースは特大のため息を落とした。
「隣国に限らず、人族の国の女性の多くは、結婚や妊娠を機に仕事を辞めます。元々が”女は家を守るもの”という習わしがあるからです」
「家を守る?」
「子育て、炊事洗濯などの家事。義両親と同居なら、義両親の世話。もし義両親が病を患っていれば、その介護。それらを一任するのが嫁の務めと言われています。こっちでは夫と妻で負担を分け合いますが、向こうは違うんです。なので、イヴちゃんは将来を考えているんだと思います」
それがなぜ入り婿になるというのだ。
別にこっちで暮らしても差し障りがないはずだ。
「言っておきますが、恋人でも婚約者でもない団長は、イヴちゃんの恋愛観や結婚観に口を出す資格はありませんからね」
「…わっ、分かってる!」
「団員の誰かと恋仲になっても、邪魔する権利はないんですよ?」
団員の誰かと…。
「あ、そんな怖い顔しないで下さい」
「してない」
「してます。本当に無自覚ですね」
キースは嘆息して、ウイスキーを煽る。
「そうやって想像の男に嫉妬するくらいに、団長はイヴちゃんが好きってことなんですよ」
「俺が…?」
好きか嫌いかと問われたら嫌いじゃない。
治療院に案内した時の顔は、可愛いと思った。使用人の服装は誰にも見せたくはなかった。入り婿の話は冗談でも聞きたくはなかったし、キースと相乗りする姿は見たくはなかった…。
ただ、本能では……考えないようにしている。
俺のような古代種は、噛みつくことが愛情表現になる。
求愛行動の1つだ。
一度でも本能を自覚すると、際限なく相手を求めてしまうらしい。特にオスは顕著で、母上が辟易するほど性質が悪いのだという。
なので、正式な相手が現れるまで、俺たちは薬で本能を制御する。
行きずり相手に発情してはマズイからだ。
もし……薬を止めたら、俺はイヴを求めるのだろうか?
そこまで考えて、思考を吹き飛ばすように頬を殴る。
「…団長?どうしたんです?」
ぎょっと目を丸めるキースに、「なんでもない」と頭を振ってウイスキーを煽る。
「とにかく、まずは自覚する。次にイヴちゃんに好かれましょう。怖い顔をしない。圧をかけない。睨まない」
「…………………だが、あいつは貴族を嫌ってる」
「嫌ってるんじゃなくて恐れてるんです。平民を虐げる貴族は珍しくはない。特に差別主義者の国は、何かしら見下そうとしてますからね」
「俺は見下したりしない!」
「あ~それが貴族と平民の壁ですよ。選民思想のお膝元では、平民はちょっとした失言が命取りになるから、極力、貴族とはお近づきになりたくないんです。高位貴族なら尚更。ここで図太く近づこうとする平民女性は、一発逆転狙いの肝っ玉が据わってる玉の輿願望の子ですね。滅多にいませんが」
そんな女はこっちから願い下げだ。
「それじゃあ、俺はどうすれば良いんだ?始まる前に終わってる…」
まさか公爵家が足枷になる日が来ようとは…。
「だから、まずはイヴちゃんに好かれましょう。イヴちゃんの気持ちが第一です」
ああ、分かってる。
分かってるが、簡単じゃないんだよ…。
テーブルに突っ伏した俺のグラスに、「じゃんじゃん飲んで気分を上げて行きましょう!」と上等なウイスキーがどばどばと注がれた。
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