ハイスペックでヤバい同期

衣更月

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藤堂貴裕

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 この春、真田典弥みちや会長の直々の命で、真田商事の末端も末端。マルイチ商会へと出向を命じられたのは、29歳独身彼女なしの藤堂貴裕たかひろだ。
 つまり俺だ。
 言っておくが、これは断じて左遷ではない!
 なんでも、7年ぶりに帰国した孫が、何をとち狂ったのかマルイチ商会に入社したというのだ。
 その世話を頼まれたのが、たまたま会長と目が合ってしまった俺というわけだ…。
 孫の名は真田大樹。
 俺の遠縁――再従兄弟はとこにあたる。
 ただ、面と向かって挨拶したことはない。
 藤堂家は真田一族が一堂に会する祝賀会にギリ招待される微妙なラインにあるが、祝賀会で俺は壁際から離れたことがないから再従兄弟とは未遭遇だ。祝賀会には政治家や芸能人もいるんだぜ?世界が違いすぎて笑えるだろ? 
 新年の挨拶で真田家に赴くのは、会長の妹である祖母の役目なので、両親ともども真田家の敷居を跨いだことはない。
 祖母が健在だからこそ、真田家とギリ繋がっている。
 それは祖母も理解していて、会長に俺を売り込んでくれたのも祖母だ。
 大学を出て、すぐに秘書課の下っ端に捻じ込まれて頑張ったというのに…。
 マルイチ商会!
 落胆したね。
 心の中で坊ちゃんの首を絞めたね!
 心境としてはドナドナだ。”かわいい子牛、売られて行くよ~”の心境だ。
 で、坊ちゃんがとち狂った理由を聞いて驚いた。
 遅きに失した初恋を拗らせ、ストーカー化しているなんて面白すぎだろ。
 話で聞いていた坊ちゃんは四角四面で、真田家跡取りのレールを唯々諾々と歩くような優等生だ。遠目で見かけた時も、胡散臭いくらいの絵に描いた御曹司だったと記憶する。
 見目麗しい容姿のせいで、有象無象の女性が纏わりつくのが悩みとか…。
 嫌味か!
 ハニートラップに引っ掛からないように、夜のレッスンは仕込まれていたというが、残念なことにワンナイトの相手は恋愛のイロハまで教えてくれなかったらしい。
 天才とバカは紙一重とは良く言ったものだ。
 突き抜け方がエグい。
 そして、相手が可哀想だ。
 これが普通の平々凡々な男から向けられた愛情なら、弁護士に相談するなり、警察に駆け込むなりして対処すればいい。
 だが、金も権力も得た男に狙われたら、世界中のどこにも逃げ場がない。
 案の定、坊ちゃんの行動力は凄かった。
 桐島くるみという名前どころか、家族構成、父親の勤務先、母親のパート先、妹の通う学校名、親類縁者と調べ尽くした。
 桐島が勤めていたブラック会社は、あっという間に潰れた。幹部連中も社会的に抹殺された。
 それだけではない。
 彼女が残業もなく、スムーズに退社できるのは、偏に課長の首に死神ならぬ坊ちゃんの鎌が向けられているからだ。彼女の退社を邪魔するな、と。
 だから、誰も彼女の退社前にヘルプを出さない。というか、15時を回れば桐島に追加の仕事は振られない。
 割を食っているのは、彼女と同期の桜井だ。
 桜井は営業だが、まだ新人ということもあり、簡単な雑用を引き受けていることもある。そのせいで、月の半分が残業なのだから、桜井もとばっちりだ。桐島も真実を知ればショックで倒れるかもしれない。
 とはいえ、1時間ほどの残業なので、桜井も苦には思っていないのだろう。桐島に嫌味を言うことなく、むしろフレンドリーに接しているのは、残業代がつくことを幸運に思っているからだ。
 彼はオタクであり、美少女フィギュアにつぎ込める残業代はウェルカムなのだ。
 もちろん、それも計算の内である。
 二次元に恋する男と報告が上がっているが故に、桐島にフレンドリーでも見逃されているとは本人も知るまい。
 そもそも、坊ちゃんは普通にしていれば桐島をオトせるのだ。
 なぜ普通にしない!
 キモい方、キモい方に駆け抜けている。
 キモい男がキモい性格なら、「見たまんま」で終わる。だが、イケメンがキモい性格なら、「キモ!」なのだ。キモい感情が爆発して、女子特有の生理的無理バリアが発動するのだ。
 キモくても、イケメンでお金持ちなら我慢する…という女子は、坊ちゃんがノーサンキューとなる。
 実に面倒臭い。
 恐らく桐島は、坊ちゃんのことを警戒している。
 ストーカーがバレている節はないが、張り付けた愛想笑いの奥底に毛を逆立てた子猫のような警戒心が漲っている。
 あれは本能だ。
 本能で坊ちゃんを要注意人物としてマークしている。

 そして、今日も俺は緊張感に痛くなる心臓を押さえ、坊ちゃんを影ながらサポートする。
 会長から言いつけられたのは、秘書兼ボディーガード兼運転手だ。ボディーガードは、主に下心有りのがめつい女どもから跡継ぎを守ることにある。
 さりげなく、坊ちゃんに色目を使い、ハニートラップを仕掛ける女どもを牽制。桐島を見守る坊ちゃんを見守って来たが、問題が発生した。
 坊ちゃんのストーカー化が加速しているのだ。
 ぶっちゃけ、見てる分には面白い。
 だが、このままでは俺が本社に戻れなくなってしまう。最悪、泥舟ぼっちゃんと沈む可能性がある。
 一大事だ!
 頼むから俺の為にスマートな御曹司に戻ってくれ!
 祈る気持ちで気配を消し、壁にはりつき、そっと廊下の奥を覗き込む。
 資料室の前に、目が泳ぎまくっている桐島と、ニチャと粘っこい笑みを浮かべる坊ちゃんがいた。
 笑顔が下手糞すぎでしょ!
 いつものイケメンスマイルはどこにいった!?
「あの…真田さん、なにか資料を探しに?」
「あ…いえ。これから外回りです。その前に、桐島さんに用があって追って来ました」
 ああ…なんてことだ。
 桐島の愛想笑いが、スンと真顔に変化した。
 気付いて~!
「えっと…何か用ですか?」
「はい。ちょっと気になることがありまして」
 坊ちゃんの頬が微かに赤らんだ。
 よく見なければ分からない変化に、桐島が気付くはずもない。要注意人物の顔色を注視できるくらいなら、さっさと真田家の椅子に座っている。
 で、何を恥じらっているのか、坊ちゃんはそわそわとビジネスバッグに手を突っ込んだ。
 ごそごそと何かを探し、「ありました」とはにかむ。
「伝線してますよ」と取り出したのは、パンティストッキング!!
 アウトーーー!!
 なんてものをカバンに忍ばせてるんだ!
 面白いけど!!
 桐島の顔を見てくれ!ありえないほど歪んでいる!全身から滲み出るのは、恐怖と拒絶のオーラ!
 なのに、坊ちゃんは「どうぞ」と微笑んでいる。
 逆に怖い!
 さすがに桐島に救いの手を出さなければ、上司に相談されてしまう。まかり間違って辞表なんて提出されたら寝覚めが悪い。
「ぼっ!…大樹様!ここにいたのですか!」
 ぜぇぜぇ、と息を上げた演技も板についた俺。
「捜しましたよ!」
 腕時計を見つつ、「打ち合わせに遅れてしまいます」と焦燥を乗せて急かせる。
 坊ちゃんが少しだけ苛立った。
 その苛立ち、倍にしてお返ししたい。
「さぁ、行きますよ!」
 あえてパンストには気づかないフリをして、坊ちゃんの腕を掴む。
 俺に引き摺られながら、「あ」とか「おい」とか「桐島さん…」と切なげに名前を呼んでるけど、彼女はドン引きだ。それどころか、汚物をみるような目を向けている。
 どうやら、変態と認知して頂いたようだ。
 坊ちゃん、おめでとうございます。
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