神様の許嫁

衣更月

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まれびとの社(二部)

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 驚くべきことに、私たちは神様耐性がそこそこあるらしいことを、日向さんの卒倒で知った。
 日向さんは続き間の座敷で横になってもらい、仕切り直しとなったけど、どうしても3柱の視線が大神さんに集中する。
 大神さんはよほど父親似らしい。
 そして、須久奈様は大神さんの父親を殺したいくらい嫌っている。
 殺さずにいるということは、やっぱり神様なのだろう。
 鬼頭さんと会った時を凌駕する嫌悪感を抱いているのだから、いつ有言実行に移すかは時間の問題な気がするけど…。
 何しろ、今まで口癖のように誰彼が嫌いだとか、殺すとか言いつつ、ここまで拒絶はしていなかった。
 神直日神然り、鬼頭さん然り…だ。
「それじゃあ、まずはなぜ川守村を調査しているのか教えてくれるかな?」
 気遣いの神様が、場の空気を取り成すように口を開いた。
「さきほども申し上げた通り、我々は忌み物、憑き物の回収を生業としています。回収する9割が憑き物で、依頼は人間側からのものが殆どです。残りの1割が忌み物となります。そして、人間以外から依頼が来ることも少なくありません」
「ん?人間以外?その言い方だと、君の父親以外からもと捉えてしまうよ?」
「ええ。父も依頼…というか、回収して来いという命令ですね。そのような連絡を寄越すこともありますが、人間社会に溶け込んだ妖怪からも依頼が舞い込むことがあります」
「え!?」
 驚きに声をあげてしまった。
 全員の視線が突き刺さる中、慌てて両手で口を覆う。
「ごめんなさい…。その…妖怪が人に紛れて生活してるって言うから驚いて…」
「たぶん、こんなのだろ?」と、神直日神が鬼頭さんを指さす。
 大神さんが頷いた。
「新のように、が人間社会で生活しているのは極めて稀…。いえ、恐らく唯一でしょう。ですが、それ以外は人間に化けて生活する者もいるのです。私の知り合いには古寺の住職をしている天狗がいます」
「天狗…」
 赤ら顔に長い鼻。一本下駄の山伏が頭に浮かぶ。
「天狗は神格化するから驚きはないね」と年神様。
「鬼は神格化しないんですか?」
「幅広い意味では、天狗は鬼の一種なんだよ。でも、元は人間」
「人間が妖怪になって、神様になるんですか!?」
 驚いて声を張り上げれば、年神様は穏やかな笑みで頷く。
「修行僧が人間を捨てて堕ちたのが天狗なんだよ。だから、神格化しやすい。とは言っても、所詮は元人間。私たちと同列に語れるものではないけどね」
「と、取るに足らない…有象無象だ…」
 須久奈様がお酒をひと口飲み、ちらりと私を見て頬を緩めた。
「一花ちゃんのイメージする鬼を限定して言えば、少し複雑なんだよ。神というのは別名があったり、人間が勝手に想像力を広げたりするから厄介だと話しただろう?」
「田の神様やえびす様の話ですよね?あと、須久奈様もクスノカミと呼ばれると聞きました」
「そう」と年神様が頷く。
「例えば、小鬼の一種とされる天邪鬼。これは天探女あめのさぐめ天若日子あめのわかひこから派生しているんだ。つまり、神を基にして、人間が新たな鬼を創作したということだね。一方、鬼子母神は鬼から神格化したパターンだよ」
「だが…基本、鬼は殺すから…め、滅多にいない」
 須久奈様は言って、手酌でお酒を注ぎ足す。
「と、色々説明はしたけど、鬼は早々出会うことがないよ。特に現代ではね」
「そうなんですね」
「お…鬼のような妖怪は闇や穢れを好むからな…。今は何処も彼処も光りで溢れてるだろ…?」
 思わず鬼頭さんを見れば、神直日神が「こいつは変異種だろ」と肩を竦める。
「す…すみません」
 なぜか鬼頭さんが肩を窄めて謝った。
「で、今回の依頼人は?」
 須久奈様が眼光鋭く訊けば、大神さんは「父です」と頭を下げる。
「てか、なんであいつが回収を指示するんだ?あいつは回収された物を管理する側だろ?」
 神直日神が口角を捻じ曲げ、年神様も無精髭を撫でながら考え込む。
「大神さんのお父さんって、神様なんですよね?どんな神様なんですか?忌み物に関する神様?」
大国主神おおくにぬしのかみ。大国主命と言えば分かるかな?」
 年神様が教えてくれる。
 須久奈様は「その名を出すな!不愉快だ!」と怒鳴り、神直日神も「あいつはな~」とうんざり顔で頭を掻く。
「大国主命は私でも知ってます。出雲大社の…ですよね?よく分かんないけど、すごい神様」
「よく分かんねぇのに知ってるってなんだよ」
「い…い、一花。あれは、すごいクズだ。クズ神と覚えておくといい…。あ…!お、覚えなくていい。近いうちに殺すから…」
 めちゃくちゃ嫌ってる。
「彼は国造り…一花ちゃんが分かりやすいように噛み砕けば、国の経営を任されたんだよ。国を隅々まで歩いて回り、人間に知恵を授け、という具合にね。その補佐を任されたのが須久奈だったんだけど、とにかく2柱とも真逆の性格でね。彼は自由奔放」
「性に奔放。独身、人妻お構いなし。来る者拒まずの種馬。あいつを人間の病院に連れて行けば、病名がつくだろ。セックス依存症てな」
 年神様のオブラートな表現を、神直日神が一刀両断だ。
 それくらいで赤面するような初心さはないけど、心地の悪さは余りある。
「伊邪那岐もびっくりの子供の数だ」
 けたけたと笑う神直日神に、大神さんは「恥ずかしい限りです」と口角を歪めた。
「まぁ…そんな彼と須久奈の馬が合うはずがない。国造りの最中、須久奈の堪忍袋の緒が切れたんだ。それから失踪してね」
「須久奈様、その時は和解したんですか?」
「…あ、ああれから…会ってない」
「年神が言ったろ~失踪してって。今もだよ。現在進行形~」
 何千年も前の恨みつらみを今も抱えている執念深さに驚く。
 びっくりして須久奈様を見れば、なぜか気恥ずかしそうに頬を赤らめた。それからニヤァと笑い、もじもじと腰を揺らしながら寄り添って来る。
 近い…。
 そして、緊張に心臓がきゅうっとする…。
「ちなみに、父は須久奈様と親友だと言って憚らない」
「マジか!須久奈の親友は俺だって言っとけ!マジ、俺が殺すぞ!」
 それも違うと思うけど、神直日神は真面目に憤慨している。
 もしかすると、大国主神は神直日神と同類なのかも。須久奈様大好きな、一歩間違うとストーカー気質的な…。
「それで、彼はなぜ忌み物を?こちら側に流れた忌み物を管理している立場ではあるけど、それは偶然の発見に際して回収するだけだろう?依頼を出してまで回収させるほど、彼が仕事熱心とは思えない」
「コレクターと聞いています。穢れていれば穢れているほど善いのだと言っていました」
「やっぱあいつは頭がイカレてんな」
 神直日神が、ちょんと頭を指さす。
「でも、彼は呪術を使うからね。須久奈を捜す手段を講じているのかもしれないよ?」
 年神様が深刻な表情で須久奈様を見る。
 須久奈様は苦々しい顔つきだ。
「あいつの話はうんざりだ…。さっさと…本題に入れ…」
 須久奈様に言われれば誰も無駄口は叩けない。
「新。そっちの調査はどうだった?」
「あ…うん」
 鬼頭さんがそわそわと居住まいを正す。
 下がった眉尻に、腰が引けたような猫背。神様たちの顔色を窺う様が、なんだか弱い者いじめの構図に見えて胸が痛む。
「え…っと。まず…神籟町は信仰心篤い町と聞いたので、私は町に入ることを断念して、惟親くんと別行動にしていました」
 そう切り出した鬼頭さんは、3柱の視線に居心地悪そうに身動いだ。
「惟親くんを駅前で下ろした後、東衛寺、真照寺、駕予稲荷神社の順に巡りました」
「なるほど。神籟町の外側から巡った訳だね」
 年神様が頷く。
「私たちは川守村の詳細な位置を知らされていないので、手当たり次第になっています」
「今日で1週間目になります」と、大神さんがお酒を味わいながら嘆息する。
「それは凄く遠回りでしたね。神籟町に開館する資料館に日向さんのお兄さんが来ているんですけど、そこで少しだけ川守村に触れているんですよ」
 私が言えば、2人揃って面白いように呆けた。
 まさに”ぽかん”という擬音が似合う。
「でも、川守村の所在地までは分かりません。恐らく、ここの上流域の辺りにあっただろう…というくらいです。昭和20年に廃村になってるんです」
「廃村…」
 大神さんが歯軋りする。
「川守村の位置なら、年神が知ってるんじゃねぇの?立ち寄ったんだろ?」
「川加見村だよ。守るじゃなくて、加えて見るで加見。漢字が違うし、通ったのは江戸の頃だからね。自信はない」
 年神様が頭を掻いて苦笑する。
「結果はどうだったんだい?」
「時期が時期なので…調べる時間がないと。ただ、東衛寺は対応に出てくれた奥さんが、川守村に聞き覚えがあるらしく、調べてくれると約束してくれました。とは言っても、お盆が終わるまでは無理だというので、待ちの状態です。神社の方で、久瀬さんと会ったので…その…私たちよりは詳細な情報を聞き出せているのでは…思います」
 ちらちらと須久奈様を見ながら、鬼頭さんの声は尻すぼみに消える。
「宮司の槙村さんは、あまり良い顔はしてなかったですよ?槙村さんはお父さんから、川守村には気を付けろって言われてたらしくて」
「槙村…て、あのじいさんか」
 町に瘴気が溢れた際を思い出したのか、神直日神は頷く。
 あの時は、槙村さんが町のあちこちで祝詞を上げ、穢れを祓っていたのだ。神楽奉納の際にも頑張ってくれていたのを、神直日神はちゃんと見ていてくれたらしい。
 槙村さんが知ったら喜びそうだ。
「槙村さんのお父さんは妖怪を見る人だったらしくて、川守村にも行ったことがあるみたい。で、あの村は気味が悪い。お祓いの仕事が来たら注意しろって、廃村になっても言われてたそうです」
「気味が悪いね~」
 神直日神が渋面でお酒を煽る。
「ところで疑問なんだけどね。鬼頭くん」
 年神様に名前を呼ばれて、鬼頭さんの肩が跳ねあがった。
「は…はい…」
「君は鬼で、私たちに恐怖を抱くよね?」
「は、い…」
「私たちが鬼を殺すのは、一種の本能だ。穢れを嫌うからね。鬼が…妖怪全般だけど、私たちを畏れ逃げるのも本能だ。そんな君が今回の件に首を突っ込んでいるのが謎でね。君たちは彼に何と言われて依頼を押し付けられたんだい?」
 年神様の質問に鬼頭さんは眉宇を顰めて考え込み、大神さんは年神様の意図を察したのか「あんの糞親父」と怒り心頭の様相だ。
 大神さんはぎりぎりと歯軋りした後、苛立った呼吸を整えながら口にを開く。
「私たちは”少し穢れの強そうな憑き物・・・が出たらしいから回収して来い”と言われただけです」
「憑き物と?」
「はい。持ち主不明の憑き物が出たとしか聞いていません」
「あの…」
 度々話の腰を折って申し訳なく思いつつ手を上げる。
「ツキ物ってなんですか?」
「要は人間が生み出した曰く付きのことだね。呪いの人形や呪われた宝石。持っているだけで持ち主に不運を招くようなものを憑き物と言うんだよ」
「神社仏閣でお焚き上げするような物ってことですか?」
「そう」と、年神様が笑顔で頷いてくれる。
「忌み物と憑き物じゃあレベルが違うんだよ」
 神直日神が吐き捨て、炙りベーコンを噛み千切りながらお酒を煽る。
「今回は憑き物ではなく忌み物。忌み物は常世からの物です。多くが妖怪が生み出した代物ですが、神が手を加えた物も少なからずあるんです。昨年、私たちは金屋子神かなやごかみの力の欠片を宿した忌み物を回収しているので、決してゼロではありません」
 大神さんが私を見ながら説明し、3柱は揃って呻くように「金屋子」と呟いた。
「怖い神様なんですか?」
「か…金屋子は金山媛かなやまひめと言う。蹈鞴製鐵たたらせいてつの神だ。醜女で…非常に嫉妬深く…村下むらげ…つ、つまり、鍛冶職人だが…村下に女を寄せ付けることを非とした…。従順な村下には愛情深く…か、加護を与えたが…同時に、苛烈な性分も持ち合わせている…」
「ぶっちゃけ、あいつは穢れが好きなんだよ。死を好む。なにしろ軻遇突智かぐつちの副産物だ。だから死体愛好家ネクロフィリアなんだろ」
 カグツチは聞いたことがある。
 火の神様だ。カグツチを産んだことで、イザナミが死んだはずだ。
「今回は」
 と、須久奈様は深々と息を吐いた。
「金山媛の断片的な穢れとは違う…。もし…俺たちが思っているものなら、比較にならない穢れだ…」
 大神さんが息を呑み、鬼頭さんが首を窄めた。
「まだ推測段階でしかないけどね。川守村はクワアウ流しという神事をしていたらしくてね。話を聞くに、地蔵信仰と田の神信仰の2つが出て来ている。でも、久瀬酒造のかしら曰く、木片を抱えたゑびすを祀っていたと言うんだよ」
 年神様の言葉に、2人の顔色が変わった。
「一番の注目は、私は一花ちゃんだと思ってるよ」
「え?私ですか?」
「葦舟…」
 須久奈様が言えば、年神様は深く頷く。
「一花ちゃんは葦舟を見てるからね」
「直日…。何か分ったのか?」
「あ~…全く!だが、かさねっていう神がいたんで訊いてみたら、葦舟は見てないが、一花が見た時刻頃に嫌な気配を感じたそうだ」
「カサネ?という神様ですか?」
「八百万だからな。お前の知らねぇ神だろ。俺も初めて会ったくらいだからな」
 ヤサカ様と似たような神様なのだろう。
「あの…久瀬さんは、葦舟を見たの?」と、鬼頭さん。
「はい。うちは代々、女子限定で神様を見る目を持って生まれるんです。私も神様を見ちゃうんですけど、区別がつかなくて…」
「区別?」
「他の人にも見えているのかどうか。葦舟も指摘されるまで、怪しいなんて思わなかったんです」
「つまり、久瀬さんは現世うつしよ幽世かくりよの判別が出来ていないの?」
「はい」と頷けば、なぜか鬼頭さんは驚いている。
 大神さんも目を細め、しげしげと私を見るから居心地が悪い。
「その葦舟。近くで見たの?」
「あ…いえ。結構な距離がありました。ほんの数秒目を逸らしている間に消えちゃったんですけど」
「それじゃあ、葦舟にナニカが乗っているのは見ていない?」
 鬼頭さんの怪談じみた口調に、私は小さく頷き、神直日神へ視線を馳せる。
 あの時、傍にいたのは父と神直日神だ。
「ちょうど俺が通りかかって、葦舟を見失ったんだとよ。だが、俺も葦舟はヒントだと思ってる」
「それで…あの…皆様は、忌み物の正体はなんだと思っているのでしょうか?」
 鬼頭さんは強張った顔で、3柱を順繰りに見る。
「蛭子命でなければ良いね、と思っているところだよ」
 にこりと微笑んだ年神様に、堪らず鬼頭さんが悲鳴を上げた。大きな図体を縮めて大神さんに抱きつき、奥歯をがたがた言わせている。
 鬼頭さんの悲鳴に目が覚めたのか、日向さんが「なに!?」と飛び起きた。
 ぱたぱたと駆けて来たのは百花だ。「何かありましたか!?」と滑り込むように廊下で膝をつき、不安げに私を見ている。
「百花ちゃん。大丈夫。ヒルコノミコト様の話で、鬼頭さんがびっくりしちゃっただけだから」
「…ああ」と、百花の顔色が悪くなる。
「とりあえず、鬼頭さん。お風呂に入りません?すごい汗だし」
 このままでは座布団も畳もびしょ濡れだ。
 百花も鬼頭さんの常軌を逸した汗の量に気付き、「すぐに用意するわね」と頷いた。
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