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日没より2時間も早く、参道沿いの灯籠に明かりが灯された。
臨時駐車場では発電機が稼働したのだろう。低く、鈍いエンジン音が聞こえて来る。昔に比べれば静かになったというけど、それでも閑静とした神社には似つかわしくない騒音が耳につく。
発電機の稼働音がして間もなく、延長コードで繋がれた投光器が神楽殿を照らした。
消防団の人たちが、消火剤の場所を再点検しながら、篝火に火を焼て行く。
日照時間が長くなったとはいえ梅雨シーズンだ。
天気予報の通り、午後3時を過ぎた頃には風が強まり、墨色の雲が流れて来た。神事を前に、雲は厚みを増し、陽射しは完全に遮られた。加えて森の中だ。どの木よりも空高く聳える大杉が境内に暗い影を落とす。萎れた葉を茂らせる桜の木々は、不穏な雰囲気に震えるように枝葉を揺らしている。
緊張感の高まりが、ここにいる全員に伝播している。
だから、明かりが灯るとみんなが恐怖心を緩めて安堵し、明かりの届かない場所を敬遠するように、コンパクトに固まって打ち合わせを始めた。
私は頭の中でシミュレーションを巡らせ、最終チェックの意味を込めて周囲に視線を馳せる。
子供の姿を確認したら、後ろの茂みに逃げ込む。暗がりで足を取られないように、ルート上の小石は出来る限り払い除けた。パニックで見当違いの方に駆けないように、下草も踏み固めて道を作った。
何か見落としがないだろうかと思案している間に、神主たちが到着し、30分遅れで神事が始まっていた。
みんなに紙人形が配られる。紙人形に名前を書き、身代わりとすべく息を吹きかける。形代となった紙人形は、神事の終わりに、お焚き上げすることになっている。
形代を回収するのは、母と百花の仕事だ。
2人とも白衣に緋袴といった巫女装束だ。母は首の後ろで髪を檀紙で纏め、水引で留めている。片や百花は、髪を結いあげ、花簪をつけている。神楽の際には千早を纏うが、今は見慣れた巫女姿だ。
最後に父から形代を受け取った母が、憂慮を浮かべた顔をこちらに向けた。
「俺たちもアレをやれってことかな?」
「そうかもね」
それでも私は、ゆるく頭を振って神事の参加を断る。
私たちは黒衣だ。
神事には参加しない。
荒魂の行動パターンが分からないから、リスクは避けなきゃいけない。例えば、私の血縁関係を知られるようなことだ。
母と百花には、常に伏し目がちに、子供がいたとしても見えないフリを貫き通してほしいと伝えてある。見ることも、異音が聞こえることも悟られてはいけない。
そうしなければ、私が囮になった意味がない。
この目は、私だけの特別なものだと思わせることが重要なのだと、神直日神が言っていた。
母はきつく唇を結ぶと、静かに私に背中を向け、神事の進行へと戻った。
「思ったんだけどさ」と、緊張感を欠いた声で誓志が周囲に視線を巡らせる。
「本当にここに来ると思う?始まりの場所だけどさ…神社だろ?宇迦之御魂神がいるかもだろ?」
「いないわよ」
「ふらっと来るかも。神楽を見学に…」
それは誓志の願望なのだろう。
「絶対に来ない」と、私は力強く頭を振る。
「神直日神様が手を回してるのよ。ちなみに、御守りも貰ってない。今回は祓いが目的だからって」
誓志が息を呑んだ。
「そういえば、母さんとかモモ姉とかにはあげてたけど、俺は貰ってなかった…」
どこか暢気に見えたのは、須久奈様の御守りありきで考えていたからなのだろう。
誓志は小刻みに震える手を握りしめ、亀みたいに首を窄める。
だらだらと汗を掻き、今さらながらに自分の無防備さに恐怖を感じているようだ。
「一応、見守ってくれてはいるらしいけど、ギリギリまで動かないと思う。だから、私たちは全力で逃げなきゃいけない」
「イチ姉は怖くないのかよ?」
「めちゃくちゃ怖い」
答えて、袖を捲り上げ、鳥肌の治まらない二の腕を見せる。
「頑張って平静を装ってるだけ。震えてるだけだと逃げられないでしょ?あんたはさ、須久奈様にイジメられて泣くけど、あれは愛情ありきだと思う。本当に神様から敵意とか殺意を向けられたら、絶望しかない。足が竦んで動けなくなる。だから、動けるうちは全力で逃げるって決めてるの」
その絶望を与えたのはチャラ男だというのは黙っておく。
案の定、誓志は荒魂の話だと思ったようだ。
太ももを叩きだしたかと思えば、入念なストレッチを始めた。
「絶対に捕まらない。ちゃんとイチ姉を学校まで連れてくよ」
心強い言葉だ。
「サッカーで鍛えてる健脚に期待してる」
「おう!」と、誓志が拳を握った。
あとは運だ。
爆走する自転車が事故らず、赤信号に捕まらず、警察にも呼び止められず、スムーズに学校へ着けますように。祈るように、胸の前で手を組む。
ともすれば震えそうになる呼吸を整え、神事を執り行う神主へと目を向ける。
烏帽子に白い浄衣を纏う神主は、御神木の前にいる。その後ろに母と百花がつき、さらに後ろに父を含めた町内会の人たちが並ぶ。
大祓詞が奏上されている。
祝詞の奏上がおよそ15分。
神楽の稽古を堪能した人たちは、肌に赤みが差している。咳も緩和され、粛然と祝詞に耳を傾けている。一方、神主に同行し、久久能智神の榊の御加護に預かれなかった人たちは様子が異なる。
父には須久奈様の御加護があるので、比較的マシな顔つきだけど、父の隣に立つ兼継さんは違う。真っ青な顔で、咳を堪えるように体を揺らしている。兼継さんと同じくらい顔色が悪い人たちは、単に神楽の稽古に立ち会えなかったのが原因じゃない。恐らく、真っ二つに割れた塞の神様を間近で見てしまったのだと思う。
奏上が終わると、神主は祝詞の書かれた奉書紙を畳む。
神主が一礼して踵を返すのに合わせ、父たちが道を空ける。百花が奉書紙を預かり、母が神主に榊の枝に麻をつけた大麻を手渡した。
誰も無駄口を挟まない。
神主の一挙手一投足を見逃すまいと全員が固唾を呑み、ざわり、と風に揺れた大杉の影に緊迫感を高める。
神主は稲荷の狐像の間に立ち、拝殿に頭を下げ、8の字を描くように歩きだした。
途中で立ち止まってはいけない。
躊躇っても、誤った場所に足をつけても、場の雰囲気に呑まれ怯んでもいけない。
神主は姿勢を崩すことなく、地面に靴底を擦るように歩いている。残念ながら、私には意味が分からないけど、淀みない神拝詞が聞こえる。
辛うじて、「ソミンショウライ」という言葉だけは聞き取れた。
「そういえば…いきなり背後に現れることはない?」
誓志がおどおどと背後の茂みを気に掛けた。
「たぶん、大丈夫だと思う。神直日神様の指示で、向こうに影を作って貰ってるから、現れるならあそこら辺じゃない?」
須久奈様と別れた茂みを指さす。
あそこは拝殿からも神楽殿からも距離があり、手前にはテントを張っている。宴会の荷物置きとなっているので、篝火からも神楽殿の投光器の明かりからも遠く、闇は深い。テントの骨に懐中電灯がぶら下がってはいるけど、明かりは点いていない。
一方、私たちが待機する桜の木の下は、篝火が近い。さらには、参道を挟んだ向かいには神楽殿があり、投光器のオレンジ色の明かりが射している。視線を少し横に流せば、拝殿を抜けた幣殿までが見通せる。
「逃げきれそうな気がして来た」
「距離があっても油断できないのよね。アレは普通じゃないから。歩くとか、走るとかじゃないのよ。いきなり現れるの。瞬間移動みたいな感じで」
「そ、そんなの卑怯じゃんか。すぐ捕まるよっ」
「そう思うんだけど、そうしないから……何か理由があるのかも」
瞬間移動する距離が決まっているのか、より恐怖を引き出そうと態と泳がせているのか。
よくよく考えれば、岩木先輩を介してしか触れられていない。
私を捕らえるには、誰かの体を介さないとダメということだろうか?
須久奈様と寝食を共にしている効果で、私は常に清められている状態だという。多少の穢れは跳ね返す。だから子供は直に触れて来れないとすれば、一応、理に適う気もする。
ただ、相手は神様の類だから、私が思うのとは違う理屈かもしれない。
「ねぇ、誓志。荒魂はどうして私を捕まえないんだと思う?チャンスは幾らでもあったのに、実際に触れられたのは岩木先輩を介した1回。あとは恐怖を煽るように追いかけて来るだけ」
「ああ~」と、誓志は気難しげな表情で腕を組んだ。
「須久奈様効果があるとか?上下関係だったら、圧倒的に須久奈様が上だろ?そんな神様の加護を無視できるほどは強くないんじゃない?だから、先輩を使ったんだと思うけど……ほら、例えるなら汚物を拾う時の手袋とか火バサミみたいな感じ」
へらり、と笑った誓志の頭を軽く叩く。
誰が汚物だ。
「例えるならだよ…」と、誓志が頭に手を当てた。
「あと…加護とかお清めとかの効果がよく分かんないよな」
意味が分からずに首を傾げると、誓志は器用に片方の眉を跳ね上げて私を見る。
「ゲームとかだとさ、バリアとかで敵からの攻撃とかを跳ね返したりできる訳だけど、そんな無敵状態は終始展開されているわけじゃないだろ?アイテムだったり、呪文だったり、そういうのを経て、一定時間だけ展開される。攻撃を受け続ければ、その状態も無効になる。それを考えるとさ、イチ姉の加護はどうなのかなって思うんだよ。ゲームと現実は違うっていうのは分かってるし、こっちは本物の神様の加護だっていうのも理解してる。けど、それは穢れを受け続けても全然OKなチート技なの?」
考えたこともなかった。
愕然と目を丸める私に、誓志は眉宇を顰める。
「もし恐怖心っていうのも加護を弱める手だったら、じわじわ追い詰めるのもありなのかなって思った」
うすら寒さに身震いすると、ぞろぞろと移動する靴音が聞こえて来た。
視線を向ければ、みんなが拝殿前へと移動を開始している。その中に、今にも泣きそうな顔でこちらを見る父の姿もあった。下唇を噛み、気合いを入れるように頬を叩き、涙を拭っている。
誓志の涙腺の弱さは父譲りだ。
もっとデ~ンと構えてほしいのに、今生の別れみたいな顔だ。余計なネガティブを送らないでほしいのに、父のネガティブオーラは留まる所を知らない。
母と百花は神主の後ろに続いている。
参道の真ん中を避け、拝殿へと歩き、一礼する。
これから幣殿での神事だ。
拝殿の入り口までは篝火や投光器の明かりが辛うじて届いているけど、それもすぐに弱々しく消える。代わりに明かりとなるのは、等間隔に置かれたオイルランタンだ。
拝殿、幣殿、本殿にトータル8個のランタンを配しているからだろうか、燃料となる灯油と煤の臭いが微かに漂う。
強烈な臭いではない。生温い風に乗っているので、余計に気になるのだ。
神主を先頭に、母と百花が拝殿に上がってしばらくすると、心なしか空気がピリッとした。肌が引き攣るような、不快感を伴う感覚だ。
怖い、と思う。
風に揺れる木々の陰影にすら圧迫感がある。
アレが近くにいるのかもしれない。
「イチ姉」
誓志が囁き、手を握ってくれる。
「大丈夫?震えてる」
言われて初めて、自分の体が小刻みに震えているのに気が付いた。
ひとつ異常に気付いてしまえば、次々に体中から悲鳴が上がる。肌が粟立ち、悪寒が走り、冷や汗が額に浮かび、胃がヒクつき、胸が悪くなる。気を抜けばパニックに襲われそうだ。
深く、細く息を吐く。
子供は何処だろうかと、注意深く周囲を探る。
拝殿前で首を垂れる人たちを隅々まで見、神楽殿を見、其処彼処に蟠る闇へと視線を巡らせる。
そして、篝火も投光器の明かりも届かない荷物置きのテントの影に、濃い闇の塊を見つけた。
神直日神の言った通りだ。
目を凝らせば、平安膳や酒を積み上げた暗がりに、子供がいるのが分かった。
丈足らずの着物に、絡まった黒髪。薄い唇は厭わしげに歪み、ぎょろりとした目玉は神楽殿を睨んでいる。
久久能智神の榊を振るった余韻が分かるのか、見る間に子供の顔が憤怒に染まる。
社殿からは神主の祝詞が聞こえ始めたというのに、それは意に介さない。ぎょろぎょろと目玉を回し、社殿を見据えると、キヒヒ…、と痙攣を起こしたような嘲りの声を立てた。
子供に意識を集中させたまま、百花に視線を送る。
百花は神主の後ろに、母と並んで座している。2人とも背筋を伸ばし、僅かに首を垂れ、目を伏せている。笑い声に気付いていない訳じゃない。恐怖を押し殺すように、膝に置いた手は拳を握り、何も聞こえないフリを努めている。
滔々と紡がれる祝詞に背中を押されながら、2人から子供へと視線を戻す。
須久奈様には怒られそうだけど、目は伏せない。百花たちに意識を向けさせないためにも、真っすぐに子供を見据える。
恐怖に誓志の手をきつく握れば、誓志が異変に気付いた。
「イチ姉?もしかして、いるの?」
不安げな誓志の問いに、軽く頷く。
瞬きをひとつした間に、子供はテントの手前に佇んでいた。
子供は口角を吊り上げた邪悪な笑みで、大きく口を開いた。その黒々とした空洞から、ぽたり、ぽたり、と闇黒が零れ落ちる。まるでコールタールのようにドロリとして、地面に落ちると、禍々しい瘴気が立ち昇る。
せっかく百花が稽古で榊を振るい、僅かでも澱を祓ったというのに、このままでは状況は悪化の一途を辿る。
一刻も早くここから逃げなくてはいけない。そうすれば、子供は私を追って来る。
理解しているのに、足から根が生えたように動けない。
―――――違う。
子供から目が離せないのだ。
「イチ姉!」
誓志が耳元で叱責を飛ばし、子供に向いていた意識が切れた。
息を呑んで誓志を見た瞬間、篝火の炭が爆ぜ、投光器の明かりが一斉に落ちた。仄暗い境内に火の粉が舞い上がり、静寂を切り裂くようにざわめきが起きる。パニックが連鎖する中、父だけが強張った顔でこちらを向き、祈るように胸の前で手を握った。
幣殿を視線を馳せれば、百花が一瞬、こちらに視線を向けようとして、母の手がそれを制止していた。
祝詞を紡ぐ神主は、声量を高めて祈りを強めている。
恐怖がじわじわと境内を侵蝕し始め、誓志が手を引いた。
「行こ」
後退るように、桜の木の奥へと退場する。
誰も見咎めることはない。
そんな余裕をもった人は誰もいない。境内は集団パニックに陥った人と、それを制そうと立ち回る人とで二分している。
私たちは踵を返し、茂みの中に作った道を我武者羅に突き進んだ。恐怖を寄せ付けないために後ろは振り向かない。何度か木の根や枝に足を掬われそうになったけど、誓志がすかさずフォローしてくれた。じぐざぐに走り、縦列駐車に進路を阻まれながら道路に飛び出てからは、全力で鳥居に向かって走る。
鳥居の側に待機させているのは、酒販店の自転車だ。私たちの自転車と違って、重くて頑丈な作りの自転車だけど、荷台が付いているのはこれしかない。
誓志が自転車に跨り、「乗って!」と私を急かす。
荷台に跨り、誓志にしがみつく。後ろを見れば、子供が真後ろに立っていた。
今までになく近い。浅黒い肌に広がる痘痕に、カサついた唇。皸の小さな手が、ゆっくりと伸びて来る。
指先が背中に触れた瞬間、青白い光が子供の手を弾き返した。
誓志が驚いて振り返った。
何が起こったのか訊きたそうな目をしているけど、私だって分からない。子供に捕まると心臓が凍えたと同時に、背中で静電気が爆ぜたのだ。痛みはなかったけど、今もぴりぴりとした感覚が背筋を撫でている。
「か、加護かも…」と、曖昧に答えることしかできない。
子供を見れば、5メートルほど後方で弾かれた手を掴んでいる。
よく見れば、手首から先が欠損している。滴るのは血ではなく、黒々としたコールタールだ。コールタールがぼこぼこと噴き出して、手を再生している。
子供は再生した手を撫でると、悍ましい笑みを浮かべた。
たぶん、誓志が危惧した通り、加護の効力には回数制限があるんだと思う。推測だけど、加護は穢されることで消え去るんじゃないだろうか。しかも、御守りほどの威力はない。
子供の笑みが答えだ。
子供の足元に落ちたコールタールが蠢き、蛇のようにうねりながら飛んで来た。1撃、2撃、と襲って来るコールタールの蛇が、青白い光に跳ね返される。
その執着にゾッとする。
「この光が…加護?は…はは……無敵じゃん」と、誓志が引き攣った笑い声を零す。
「ち…誓志、無敵じゃないみたい…」
青白い光が、攻撃を受ける度に薄まっている。
「早く!」
「掴まって!」
誓志の背中に思いっきり抱きついたのに合わせ、ガコンとスタンドが上がった。誓志は力任せにペダルを漕ぎ、「ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!」を連呼する。
「なんだアレ!さっきよりヤバイ感じがデカくなってるぞ!」
加護の効果で私は助かったけど、人間に返り討ちに遭った側としてはプライドが傷つけられたのだろう。
そして、私を守る加護は穢れが広がり、風前の灯火。
それを察しているのか、背後の狂気は王手とばかりに膨れ上がっていく。
悍ましい姿は見えなくても、誓志にも禍々しさは伝わっている。半泣きの声を上げ、一心不乱に坂を下る。
自転車のライトが煩いくらい唸り、心許ない明かりで前方を照らす。少しでもスピードを上げたければライトは消すべきなんだろうけど、転倒しては意味がない。
慣れ親しんだ道というのが救いだけど、曲がりくねった夜の林道は恐ろしい。
「誓志!転んじゃダメだからね!」
「分かってる!」
引き攣った叫び声が、転ぶものかと前傾姿勢になる。
下り坂が終点に近づくと、自転車が減速する。2人乗りでは減速しなければ曲がれない。
誓志の呼吸に合わせながら体を傾げ、左折に成功すると2人して安堵の息が出た。
それから誓志は、重いペダルを全力で漕ぐ。
酒販店の自転車は古い型なので、ライトを点灯させるとペダルが鉛のように重くなる。いくらサッカーで走り回っているとはいえ、誓志の太ももはかなりの負荷がかかっているはずだ。
「大丈夫?」
「なんとか!」
息を上げながら誓志はペダルを漕ぐ。
子供はいない。
いきなり瞬間移動をするから油断ならないけど、基本、ひとつひとつの動作が鈍いように思う。警戒すべきは、瞬間移動とコールタールだ。
次は何処に現れるのかと周囲に視線を走らせ、誓志の体越しに前を覗いてゾッした。
「誓志!前にいる!」
誓志が悲鳴を上げ、急ブレーキを掛けることなく車道を横切った。
車が通ってなかったとは言え、冷や汗が止まらない。
子供はゆっくりと私たちを見送っている。
「ちょっと迂回する!」
手前の信号は赤なので渡れない。多くはないけど、車も通っている。さっきの幸運が、次も起こるわけじゃない。
誓志は次の信号に賭けたらしい。息を上げながらも、タイミングを合わせて点滅する青信号を渡り切った。そのまま住宅街に突入する。
住人は神事の成功を祈って家に籠っているのか、道行く人影はない。
こちらとしては有難い反面、非日常の異様さを覚える。
奥歯を噛みしめて周囲を警戒していると、ぽたり、と額に雨粒が当たった。
見上げれば、垂れ込めた暗雲から雫が落ちて来ている。ぽたぽたと降って来た雨粒が、いつ土砂降りに変わるかも分からない。
「誓志、頑張って」
後ろを確認する。
子供が街灯の下に佇み、こちらを見ている。かと思えば、次の瞬間、すぐ側に現れて度肝を抜かれた。
私の腕を掴もうと伸びて来た手に、「ひっ」と悲鳴が上がる。それに素早く反応したのは誓志だ。猛然とペダルを漕ぎ、スピードアップした自転車は子供の手を寸前で振り切った。
「きっつ!」と、誓志が叫ぶ。
根性はあっても、それに比例するスタミナをもっている訳じゃない。喘ぐように息を上げ、上半身を左右に揺らして勢いをつけている。
私たちが逃げ惑っている中、塀越しに零れて来る家々の明かりに、羨ましさと恨めしさが募る。
なぜ自分たちが、と思わずにいられない。
下唇を噛み、ふと視線を上げれば城跡に造られた緑地公園の影が見えた。
学校は近い。
誓志も息を上げながらも、ラストスパートとばかりに速度を上げる。
と、不意に明かりが消えた。
自転車のライトだけじゃない。一斉に、町の明かりが消えたのだ。恨めしいと思った家々の明かりも、街灯も、全ての明かりが潰えた。闇に呑まれたと錯覚してしまうほど、数瞬、視界が奪われた。
誓志が悲鳴を上げ、全力で回転させていた足を怯ませた。
自転車が減速する。
「誓志!真っ暗闇じゃないわ!ちゃんと前を見て!」
誓志を掴む手に力を込める。
「わ、分かってるよ!目を閉じてたって迷うかってぇの!」
雨が降っていると言っても、厚い雲には僅かな赤みが射している。恐らく、西の空には雲の切れ間があるのだろう。そこから射す西日が、弱々しくも頭上の雲を赤らめているのだ。
これが真夜中だったなら、真の暗闇だったに違いない。
子供の姿を捜そうと後ろに振り返り、後悔した。
濃密な闇が、道路を呑み込んでいた。
コールタールだ。
禍々しい瘴気を噴き上げ、津波のように迫って来ている。
あれに呑まれた先に、何が待ち受けているのかは分からないけど、楽しいことではないのは確実だ。その波の上に、子供は佇み、私たちが呑まれのを今か今かと待っている。
「誓志!後ろからヤバイの来てる!後輪まで来てる!」
何が、とは訊かない。
勘が鋭い誓志には、どれほどヤバイのが来てるのかは理解できているはずだ。
誓志は腰を浮かせると、「うわあああああ!」と絶叫した。全力の立ち漕ぎで、ライトがヒステリックな唸りを上げる。発電しようとモーターが唸っても、ライトは点灯しない。
ただ、自転車が重いだけだ。
伸びて来た触手のようなコールタールを振り切り、自転車は空を飛んだ。
そんなのは錯覚だ。
正確には、加速した自転車が道路からの飛んだのだ。いや、より正確な表現は転落かもしれない。その先に待ち受けるのは、2メートル下の地面だ。
スローモーションで景色が流れる。
ぽたぽたと、まんじゅう形の雨粒が鼻先を掠めた。目前に広がるのはグラウンドで、その奥に黒々とした校舎が建っている。
暗がりに視界は遮られてても、自分が通う学校くらいは分かる。
ゴールだ。
束の間の浮遊感が、重力に捕まった。
自分の体に、あとどれくらいの加護が残っているかは分からない。残滓でもいい。
誓志の体をきつく抱きしめ、祈る気持ちで落下に備えた。
「ひゅ」と、誓志が息を呑む音を立てた次の瞬間、全身に衝撃を受けた。自転車の前輪がひしゃげ、誓志ともども体が前方へ放り出される。
一回転する視界がスローモーションで巡り、痛みと共に通常再生に戻った。
2人して地面を転がり、息が詰まるような痛みに呻いた。
先に立ち上がったのは誓志だ。「イチ姉」と私の腕を取り、引っ張り上げてくれる。
「怪我は?」
「骨は折れてない…」
お尻に手を当て、鈍痛に顔を顰める。
2メートルものジャンプを打ち身だけで済ませられたのは、やっぱり須久奈様の御加護なのだろう。無残に拉げた自転車を見て、病院送りにならずに済んでいる奇跡に感動してしまう。
自分たちが落ちた道路を見上げれば、コールタールがグラウンドに流れ込んで来ていた。
「来た…」
膝が震える。
「イチ姉、こっち!」
誓志に手を引かれるがままに歩く。
気持ちは走りたいのに、2人とも満身創痍だ。大きな怪我はなくても、ちりちりと擦り剥いた手足が痛み、お尻には鈍痛が広がる。誓志に至っては、怪我とは別に、疲労が膝に来ているのが分かる。
視界を遮る雨を拭い、「雨って…大っ嫌い…」と悪態が口を衝く。
ゴールのはずなのに、肝心の2柱はいない。きっと、子供がグラウンドに入って初めて、ゴールとなるのだろう。
恐怖と痛みで泣きたくなる。
後ろに振り返る。
グラウンドに流れ込んだコールタールは二股に分かれ、私たちを取り囲もうとしている。蛇みたいに切り離されたコールタールは素早かったけど、質量の違いか、あれはそれほど素早くはない。じわじわとした侵蝕は精神的に恐怖を煽るけど、冷静に対処すれば逃げ切れるはずだ。
問題は子供が何処に現れるのか…だ。
「待って!」
誓志の手を引いて立ち止まる。
「なに?」
「前にいる…」
ニタリ、と邪悪な笑いを浮かべた子供が、5、6メートル前方に佇んでいる。
後ろにはコールタール。
左手に逃げれば野球のネットが逃走ルートの邪魔になる。
「右に…」
逃げよう、と言いかけて言葉が切れた。
ぞくっ、と悪寒が全身を走ったのだ。誓志も体を震わせ、恐々を周囲を見渡し、行く手を邪魔するように佇む子供の姿に息を呑んだ。
「イチ姉…あれが…荒魂…?」
あんなのに追われ、更にはコールタールに周囲を囲われていたのかと、誓志が泣きそうな顔をする。
私も周囲に視線を巡らせ、泣きたくなった。
誓志のような絶望の意味じゃない。
助かったのだと、安堵の涙が込み上げる。
その答え合わせをするように、子供の後方に人影が現れた。
「いや~。正直、これほど穢れが酷いとは驚いた。ウケる」
軽薄な口調が、子供の退路を断つ。
「しかも、荒魂にいろいろプラスされてるな~。恨みつらみが酷い。人間の魂を取り込んだのか?」
「昔、神籬に憑いていたんだ。さらに神籬を呪詛で穢した虚け者がいた。その結果がソレだ」
ざっ、ざっ、と音がして振り向けば、須久奈様がコールタールの中を歩いている。
顔は恐ろしく不機嫌。
ねっとりとした憤怒のオーラが、周囲の気温を1度も2度も下げている。
山を駆けて汚れた着物の相乗効果もあり、まるでコールタールから生まれた魔王のようだ。
須久奈様が一歩、一歩と歩を進める度、コールタールが畏怖するように漣を立て、道を開けている。いや、道を作っているのではなく、蒸発するように消えているのかもしれない。
誓志が私に抱きつき、「ひっ」と短い悲鳴をあげた。
もはや何が恐ろしいのかが分からなくなる。
子供は黒々とした口を開き、須久奈様と神直日神を交互に見た。低く嗄れた怨嗟の唸りが、コールタールに共振を起こす。
飛び跳ねるコールタールは細かな粒子となり、空中を漂い、大量の魚が死んだような腐敗臭を放つ。
鼻がもげる悪臭は、胸を悪くする。
私も誓志も両手で口元を覆い、歯を食いしばった。咳き込んだのは、臭いのせいか、障りのせいかは分からない。
「それはダメだな~」
神直日神が気怠げに頭を振る。
アロハシャツにハーフパンツ、クロックス。威厳の欠片もないのに、軽く手を振り上げただけで、一面に広がる瘴気が淡い光に包まれて消えた。
臭いが掻き消え、胸の悪さが一気に解消される。
ふざけた格好なのに、初めて私がイメージする神様の威光を見た気がする。
神直日神が一歩踏み込めば、子供の姿が怯んだように薄れた。そのまま消えて逃げるのだと思った瞬間、子供の姿が明瞭になる。それに子供は驚いたのか、ゆるりと周囲を見渡した。
「いやいや。逃げられないから」
神直日神がへらへらと笑う。
口元はへらへらしているのに、目が笑っていない。冷徹な双眸が、具に子供の動きを観察している。
固唾を呑んで神直日神を見つめていると、傍らで「一花…」と名前を呼ばれた。
呼ばれるままに目を向ければ、須久奈様がゆっくりと私の前へと歩んで来た。誓志が怖々と、須久奈様に場所を譲るように後退する。
それほどまでに、須久奈様が畏ろしい。
無表情で、怒気を孕んだオーラが噴出しているのだ。萎縮するなという方が難しい。それが露骨に顔に出てしまったのかもしれない。
須久奈様はしょんぼりと眉尻を下げた。
「こ…怖い…?」
「…オーラが…空気が少し…怖いです」
少しどころじゃない、と誓志の反論が聞こえてきそうだ。
須久奈様はひとつ息を吐き、「ご、ごめん」と項垂れた。
「…頑張って…冷静になろうって思ってはいる…」
そう言って、ゆっくりと私の前で腰を下ろした。
転倒で破れたパンツの膝を撫で、擦り剥いてヒリつく腕に指を滑らせる。暗くて分からないけど、血が滲んでいるのは分かる。須久奈様の指が傷口に触れ、ぬめりを感じた。
ああ、顔が…怖い。
神様というより魔王寄りの表情に、傍らで誓志の引き攣った悲鳴が聞こえた。
須久奈様が静かに腰を上げ、子供を一瞥する。
「直日」
冷淡な声に、神直日神は肩を竦める。
神直日神は何度も瞬間移動しようと足掻く子供に歩んで行く。
なぜ子供は逃げないのだろうか。歩くということが出来ないのかと注視すれば、子供の膝が必死に上下しているのが見えた。まるで何かから足を外そうと藻掻いているように、足を動かしている。
瞬間移動も、走ることも封じられた子供は、最期の悪足掻きとばかりに怨嗟の声を上げる。怨嗟に応じるように、口から、鼻から、耳から、目から、コールタールが垂れ落ちる。
痘痕の肌が蠢き、皮膚からもどろどろとコールタールが噴き出す様に、吐き気が込み上げる。
外見が子供なだけに、視覚から受ける嫌悪感は尋常ではない。
「ああ、本当に酷い穢れだ」
神直日神は呟き、躊躇いなく、子供の額に指を添えた。
瞬間、神直日神に触れられた部分から淡い光が溢れた。光はコールタールを祓い、コールタールは光を喰おうと暴れる。
「もう抵抗するな。苦しむだけだ」
微かに、神直日神の表情に悲哀の色が滲んだ。
それでも子供に触れた指を離さない。禍を正す神様の職務を全うすべく、清浄な空気が周囲に広がる。子供は抗うように藻掻くのに、コールタールは光の粒子となって天に昇って行く。
私たちを取り囲んでいたコールタールも同様に、雨の波紋を広げながら、淡い光を灯している。
無意識に、手が須久奈様の着物を掴んだ。
「い…一花、大丈夫か?」
「え?あ…はい…」
覚束ない返答で、空に乱舞する光を見渡す。
まるで蛍の乱舞のようで、目を奪われてしまう。
それは誓志も同じらしい。「すげぇ…」と、惚けた声が聞こえた。
「あ…あれは…荒魂に同調した人間の恨みつらみの念だ…。ふ、不完全だった丑の刻参りという呪詛が…あ、荒魂を取り込み、怨毒を蓄積させた…。穢れた魂も…多く取り込まれている。そのうちの一つが…あの姿なんだろう…」
と、須久奈様は子供を指さす。
悍ましいと思う一方で、哀れだとも思ってしまう。
天候が傾くだけで飢饉が起きてしまうような時代だ。生きるために間引きし、恨みつらみを藁人形に込める。今では考えられないことだけど、極限を知らない私たちが安易に悪だと断罪すべきでもない。
私たちは神様とは違う。
だから、些細なことで同情し、同調してしまう。
込み上げた涙を拭うと、須久奈様が困ったように眉尻を下げた。着物を握る私の手を解き、包み込むように手を繋いでくれた。
それだけで、心が落ち着く。
洟を啜り上げ、涙を拭い、深く息を吐いて子供を見つめる。
最期まで見届ける義務がある。
私たちが見守る中、子供の皮膚が剥がれ、それが火の粉のように風に舞う。剥がれた皮膚の下からは光芒が放たれる。
穴という穴から流れていたコールタールが止み、緋色の粒子が一斉に空に舞い上がった。丈足らずの着物は塵となり、小枝のように細い四肢が消えた。
須久奈様が親指を噛み、「莫迦の癖に…」と呟く。素直ではないけど、それが賛辞なのは知っている。
子供が消え、残ったものは光の球。
神直日神の掌の上に浮遊する球は、微々たる禍々しさもない。
「あれが…和魂?」
ぽつりと零れた疑問に、須久奈様が頭を振った。
無言のままに指をさす先で、神直日神が球にふっと息を吹きかけた。
光の球が細かな粒子となって一斉に舞い上がった。天に吸い込まれるように、螺旋を描いて昇っていく。
私も誓志も、茫然と空を見上げる。
最後のひと粒が雨雲の中に消えると、辺りは夜闇に包まれた。神域も消えているらしい。異物としての怖気はなく、雨に打たれる肌寒さだけが残る。
いつの間にか、町の停電も解消されたらしい。街灯の明かりが、グラウンドの水溜まりに反射している。
ザァザァと降り出した雨に、蛙が鳴いている。遠くで車の走る音が聞こえ、遠吠えする犬が住人に叱られている声もした。
現実だ。
「…ヤバイ」
誓志が呟き、その場にへたり込む。
既にずぶ濡れだ。服もボロボロで、今さら泥濘に座り込んだところで怒る気にもならない。
心地よい余韻だ。
あの恐怖が頭の中からすっかり消えてしまっている。
「い…い、一花…か、帰ろう?風邪をひく…」
挙動不審で上目遣い。
いつもの須久奈様に、思わず安堵してしまう。誓志も力が抜けたように目玉を回して空を見上げた。
「帰る前に、一度神社に戻って百花ちゃんの舞を見たいです。お父さんにも無事を知らせたいし」
「あ、俺も行く」
誓志が笑顔で立ち上がる。
「い、一花…風邪をひくから…」
「お願いします」と手を合わせて拝む。
須久奈様は憮然とした表情で押し黙った。
何か言われるだろうかと須久奈様を見ていると、須久奈様は足取り軽くやって来た一番の功労者、神直日神の胸を突き飛ばした。
「なんで!?」と叫んだ神直日神に、須久奈様は「ムカついた」と八つ当たりだ。それでも須久奈様にすり寄ろうとする神直日神の鋼のメンタルは尊敬に値する。
誓志には2柱の姿が見えないのだろう。
笑顔で見当違いの方を向き、「須久奈様に神直日神様、ありがとうございました」と頭を下げている。
「んじゃあ、イチ姉。ちゃちゃっと神社行って、モモ姉の様子見てから帰ろうぜ」
「自転車はどうするの?」
「明日回収する。ぶっ壊れたし…怒られるかな?」
「もしかして、お店の自転車借りるって言ってないの?」
「言ってない」
頭を掻いた誓志に、私は苦笑した。
「一緒に謝る。分かってくれるでしょ。あんな顔して見送ってたくらいだもん」
誓志と手を繋ぎ、ゆっくりと歩き出す。
「やべ…足に相当キてる」
ぎこちなく歩く誓志を気遣い、神社へと向かう。
その後ろを、賑やかに喧嘩しながら2柱が付いて来る。
40分かけて神社に戻り、鳥居の前で祈るように待っていた父の姿に気づいた時、私たちは声を上げて泣いた。
2メートルのジャンプを決めて、服を破き、擦り傷だらけになった姿は、父を動揺させるには十分だったようだ。私たちを抱きしめ、号泣し、ひたすら神様に感謝の言葉を捧げていた。
傍に立っていた2柱は渋面を作っていたけど、須久奈様の頬は仄かに赤らんでいたから、父の感謝は伝わっていたのだと思う。
それから遠巻きに見た百花ちゃんは、文句なしに綺麗だった。流麗な動きに合わせ、榊から浄化の風が流れ、神楽の音に乗って神社に満ちていた。
澱が祓われ、みんなの顔に生気が漲るのが分かった。
雨に濡れる木々と、土の匂いが、清澄な空気と共に立ち昇っていた。何処からか聞こえたカエルの鳴き声が、境内の浄化を知らせてくれているようだった。
神楽殿の前に秋一くんの後ろ姿を見つけた時、私は笑い、誓志は苦笑していた。
時間にして10分ほどだ。
須久奈様に急かされるように帰路につき、案の定、私と誓志は熱を出して寝込んだ。
臨時駐車場では発電機が稼働したのだろう。低く、鈍いエンジン音が聞こえて来る。昔に比べれば静かになったというけど、それでも閑静とした神社には似つかわしくない騒音が耳につく。
発電機の稼働音がして間もなく、延長コードで繋がれた投光器が神楽殿を照らした。
消防団の人たちが、消火剤の場所を再点検しながら、篝火に火を焼て行く。
日照時間が長くなったとはいえ梅雨シーズンだ。
天気予報の通り、午後3時を過ぎた頃には風が強まり、墨色の雲が流れて来た。神事を前に、雲は厚みを増し、陽射しは完全に遮られた。加えて森の中だ。どの木よりも空高く聳える大杉が境内に暗い影を落とす。萎れた葉を茂らせる桜の木々は、不穏な雰囲気に震えるように枝葉を揺らしている。
緊張感の高まりが、ここにいる全員に伝播している。
だから、明かりが灯るとみんなが恐怖心を緩めて安堵し、明かりの届かない場所を敬遠するように、コンパクトに固まって打ち合わせを始めた。
私は頭の中でシミュレーションを巡らせ、最終チェックの意味を込めて周囲に視線を馳せる。
子供の姿を確認したら、後ろの茂みに逃げ込む。暗がりで足を取られないように、ルート上の小石は出来る限り払い除けた。パニックで見当違いの方に駆けないように、下草も踏み固めて道を作った。
何か見落としがないだろうかと思案している間に、神主たちが到着し、30分遅れで神事が始まっていた。
みんなに紙人形が配られる。紙人形に名前を書き、身代わりとすべく息を吹きかける。形代となった紙人形は、神事の終わりに、お焚き上げすることになっている。
形代を回収するのは、母と百花の仕事だ。
2人とも白衣に緋袴といった巫女装束だ。母は首の後ろで髪を檀紙で纏め、水引で留めている。片や百花は、髪を結いあげ、花簪をつけている。神楽の際には千早を纏うが、今は見慣れた巫女姿だ。
最後に父から形代を受け取った母が、憂慮を浮かべた顔をこちらに向けた。
「俺たちもアレをやれってことかな?」
「そうかもね」
それでも私は、ゆるく頭を振って神事の参加を断る。
私たちは黒衣だ。
神事には参加しない。
荒魂の行動パターンが分からないから、リスクは避けなきゃいけない。例えば、私の血縁関係を知られるようなことだ。
母と百花には、常に伏し目がちに、子供がいたとしても見えないフリを貫き通してほしいと伝えてある。見ることも、異音が聞こえることも悟られてはいけない。
そうしなければ、私が囮になった意味がない。
この目は、私だけの特別なものだと思わせることが重要なのだと、神直日神が言っていた。
母はきつく唇を結ぶと、静かに私に背中を向け、神事の進行へと戻った。
「思ったんだけどさ」と、緊張感を欠いた声で誓志が周囲に視線を巡らせる。
「本当にここに来ると思う?始まりの場所だけどさ…神社だろ?宇迦之御魂神がいるかもだろ?」
「いないわよ」
「ふらっと来るかも。神楽を見学に…」
それは誓志の願望なのだろう。
「絶対に来ない」と、私は力強く頭を振る。
「神直日神様が手を回してるのよ。ちなみに、御守りも貰ってない。今回は祓いが目的だからって」
誓志が息を呑んだ。
「そういえば、母さんとかモモ姉とかにはあげてたけど、俺は貰ってなかった…」
どこか暢気に見えたのは、須久奈様の御守りありきで考えていたからなのだろう。
誓志は小刻みに震える手を握りしめ、亀みたいに首を窄める。
だらだらと汗を掻き、今さらながらに自分の無防備さに恐怖を感じているようだ。
「一応、見守ってくれてはいるらしいけど、ギリギリまで動かないと思う。だから、私たちは全力で逃げなきゃいけない」
「イチ姉は怖くないのかよ?」
「めちゃくちゃ怖い」
答えて、袖を捲り上げ、鳥肌の治まらない二の腕を見せる。
「頑張って平静を装ってるだけ。震えてるだけだと逃げられないでしょ?あんたはさ、須久奈様にイジメられて泣くけど、あれは愛情ありきだと思う。本当に神様から敵意とか殺意を向けられたら、絶望しかない。足が竦んで動けなくなる。だから、動けるうちは全力で逃げるって決めてるの」
その絶望を与えたのはチャラ男だというのは黙っておく。
案の定、誓志は荒魂の話だと思ったようだ。
太ももを叩きだしたかと思えば、入念なストレッチを始めた。
「絶対に捕まらない。ちゃんとイチ姉を学校まで連れてくよ」
心強い言葉だ。
「サッカーで鍛えてる健脚に期待してる」
「おう!」と、誓志が拳を握った。
あとは運だ。
爆走する自転車が事故らず、赤信号に捕まらず、警察にも呼び止められず、スムーズに学校へ着けますように。祈るように、胸の前で手を組む。
ともすれば震えそうになる呼吸を整え、神事を執り行う神主へと目を向ける。
烏帽子に白い浄衣を纏う神主は、御神木の前にいる。その後ろに母と百花がつき、さらに後ろに父を含めた町内会の人たちが並ぶ。
大祓詞が奏上されている。
祝詞の奏上がおよそ15分。
神楽の稽古を堪能した人たちは、肌に赤みが差している。咳も緩和され、粛然と祝詞に耳を傾けている。一方、神主に同行し、久久能智神の榊の御加護に預かれなかった人たちは様子が異なる。
父には須久奈様の御加護があるので、比較的マシな顔つきだけど、父の隣に立つ兼継さんは違う。真っ青な顔で、咳を堪えるように体を揺らしている。兼継さんと同じくらい顔色が悪い人たちは、単に神楽の稽古に立ち会えなかったのが原因じゃない。恐らく、真っ二つに割れた塞の神様を間近で見てしまったのだと思う。
奏上が終わると、神主は祝詞の書かれた奉書紙を畳む。
神主が一礼して踵を返すのに合わせ、父たちが道を空ける。百花が奉書紙を預かり、母が神主に榊の枝に麻をつけた大麻を手渡した。
誰も無駄口を挟まない。
神主の一挙手一投足を見逃すまいと全員が固唾を呑み、ざわり、と風に揺れた大杉の影に緊迫感を高める。
神主は稲荷の狐像の間に立ち、拝殿に頭を下げ、8の字を描くように歩きだした。
途中で立ち止まってはいけない。
躊躇っても、誤った場所に足をつけても、場の雰囲気に呑まれ怯んでもいけない。
神主は姿勢を崩すことなく、地面に靴底を擦るように歩いている。残念ながら、私には意味が分からないけど、淀みない神拝詞が聞こえる。
辛うじて、「ソミンショウライ」という言葉だけは聞き取れた。
「そういえば…いきなり背後に現れることはない?」
誓志がおどおどと背後の茂みを気に掛けた。
「たぶん、大丈夫だと思う。神直日神様の指示で、向こうに影を作って貰ってるから、現れるならあそこら辺じゃない?」
須久奈様と別れた茂みを指さす。
あそこは拝殿からも神楽殿からも距離があり、手前にはテントを張っている。宴会の荷物置きとなっているので、篝火からも神楽殿の投光器の明かりからも遠く、闇は深い。テントの骨に懐中電灯がぶら下がってはいるけど、明かりは点いていない。
一方、私たちが待機する桜の木の下は、篝火が近い。さらには、参道を挟んだ向かいには神楽殿があり、投光器のオレンジ色の明かりが射している。視線を少し横に流せば、拝殿を抜けた幣殿までが見通せる。
「逃げきれそうな気がして来た」
「距離があっても油断できないのよね。アレは普通じゃないから。歩くとか、走るとかじゃないのよ。いきなり現れるの。瞬間移動みたいな感じで」
「そ、そんなの卑怯じゃんか。すぐ捕まるよっ」
「そう思うんだけど、そうしないから……何か理由があるのかも」
瞬間移動する距離が決まっているのか、より恐怖を引き出そうと態と泳がせているのか。
よくよく考えれば、岩木先輩を介してしか触れられていない。
私を捕らえるには、誰かの体を介さないとダメということだろうか?
須久奈様と寝食を共にしている効果で、私は常に清められている状態だという。多少の穢れは跳ね返す。だから子供は直に触れて来れないとすれば、一応、理に適う気もする。
ただ、相手は神様の類だから、私が思うのとは違う理屈かもしれない。
「ねぇ、誓志。荒魂はどうして私を捕まえないんだと思う?チャンスは幾らでもあったのに、実際に触れられたのは岩木先輩を介した1回。あとは恐怖を煽るように追いかけて来るだけ」
「ああ~」と、誓志は気難しげな表情で腕を組んだ。
「須久奈様効果があるとか?上下関係だったら、圧倒的に須久奈様が上だろ?そんな神様の加護を無視できるほどは強くないんじゃない?だから、先輩を使ったんだと思うけど……ほら、例えるなら汚物を拾う時の手袋とか火バサミみたいな感じ」
へらり、と笑った誓志の頭を軽く叩く。
誰が汚物だ。
「例えるならだよ…」と、誓志が頭に手を当てた。
「あと…加護とかお清めとかの効果がよく分かんないよな」
意味が分からずに首を傾げると、誓志は器用に片方の眉を跳ね上げて私を見る。
「ゲームとかだとさ、バリアとかで敵からの攻撃とかを跳ね返したりできる訳だけど、そんな無敵状態は終始展開されているわけじゃないだろ?アイテムだったり、呪文だったり、そういうのを経て、一定時間だけ展開される。攻撃を受け続ければ、その状態も無効になる。それを考えるとさ、イチ姉の加護はどうなのかなって思うんだよ。ゲームと現実は違うっていうのは分かってるし、こっちは本物の神様の加護だっていうのも理解してる。けど、それは穢れを受け続けても全然OKなチート技なの?」
考えたこともなかった。
愕然と目を丸める私に、誓志は眉宇を顰める。
「もし恐怖心っていうのも加護を弱める手だったら、じわじわ追い詰めるのもありなのかなって思った」
うすら寒さに身震いすると、ぞろぞろと移動する靴音が聞こえて来た。
視線を向ければ、みんなが拝殿前へと移動を開始している。その中に、今にも泣きそうな顔でこちらを見る父の姿もあった。下唇を噛み、気合いを入れるように頬を叩き、涙を拭っている。
誓志の涙腺の弱さは父譲りだ。
もっとデ~ンと構えてほしいのに、今生の別れみたいな顔だ。余計なネガティブを送らないでほしいのに、父のネガティブオーラは留まる所を知らない。
母と百花は神主の後ろに続いている。
参道の真ん中を避け、拝殿へと歩き、一礼する。
これから幣殿での神事だ。
拝殿の入り口までは篝火や投光器の明かりが辛うじて届いているけど、それもすぐに弱々しく消える。代わりに明かりとなるのは、等間隔に置かれたオイルランタンだ。
拝殿、幣殿、本殿にトータル8個のランタンを配しているからだろうか、燃料となる灯油と煤の臭いが微かに漂う。
強烈な臭いではない。生温い風に乗っているので、余計に気になるのだ。
神主を先頭に、母と百花が拝殿に上がってしばらくすると、心なしか空気がピリッとした。肌が引き攣るような、不快感を伴う感覚だ。
怖い、と思う。
風に揺れる木々の陰影にすら圧迫感がある。
アレが近くにいるのかもしれない。
「イチ姉」
誓志が囁き、手を握ってくれる。
「大丈夫?震えてる」
言われて初めて、自分の体が小刻みに震えているのに気が付いた。
ひとつ異常に気付いてしまえば、次々に体中から悲鳴が上がる。肌が粟立ち、悪寒が走り、冷や汗が額に浮かび、胃がヒクつき、胸が悪くなる。気を抜けばパニックに襲われそうだ。
深く、細く息を吐く。
子供は何処だろうかと、注意深く周囲を探る。
拝殿前で首を垂れる人たちを隅々まで見、神楽殿を見、其処彼処に蟠る闇へと視線を巡らせる。
そして、篝火も投光器の明かりも届かない荷物置きのテントの影に、濃い闇の塊を見つけた。
神直日神の言った通りだ。
目を凝らせば、平安膳や酒を積み上げた暗がりに、子供がいるのが分かった。
丈足らずの着物に、絡まった黒髪。薄い唇は厭わしげに歪み、ぎょろりとした目玉は神楽殿を睨んでいる。
久久能智神の榊を振るった余韻が分かるのか、見る間に子供の顔が憤怒に染まる。
社殿からは神主の祝詞が聞こえ始めたというのに、それは意に介さない。ぎょろぎょろと目玉を回し、社殿を見据えると、キヒヒ…、と痙攣を起こしたような嘲りの声を立てた。
子供に意識を集中させたまま、百花に視線を送る。
百花は神主の後ろに、母と並んで座している。2人とも背筋を伸ばし、僅かに首を垂れ、目を伏せている。笑い声に気付いていない訳じゃない。恐怖を押し殺すように、膝に置いた手は拳を握り、何も聞こえないフリを努めている。
滔々と紡がれる祝詞に背中を押されながら、2人から子供へと視線を戻す。
須久奈様には怒られそうだけど、目は伏せない。百花たちに意識を向けさせないためにも、真っすぐに子供を見据える。
恐怖に誓志の手をきつく握れば、誓志が異変に気付いた。
「イチ姉?もしかして、いるの?」
不安げな誓志の問いに、軽く頷く。
瞬きをひとつした間に、子供はテントの手前に佇んでいた。
子供は口角を吊り上げた邪悪な笑みで、大きく口を開いた。その黒々とした空洞から、ぽたり、ぽたり、と闇黒が零れ落ちる。まるでコールタールのようにドロリとして、地面に落ちると、禍々しい瘴気が立ち昇る。
せっかく百花が稽古で榊を振るい、僅かでも澱を祓ったというのに、このままでは状況は悪化の一途を辿る。
一刻も早くここから逃げなくてはいけない。そうすれば、子供は私を追って来る。
理解しているのに、足から根が生えたように動けない。
―――――違う。
子供から目が離せないのだ。
「イチ姉!」
誓志が耳元で叱責を飛ばし、子供に向いていた意識が切れた。
息を呑んで誓志を見た瞬間、篝火の炭が爆ぜ、投光器の明かりが一斉に落ちた。仄暗い境内に火の粉が舞い上がり、静寂を切り裂くようにざわめきが起きる。パニックが連鎖する中、父だけが強張った顔でこちらを向き、祈るように胸の前で手を握った。
幣殿を視線を馳せれば、百花が一瞬、こちらに視線を向けようとして、母の手がそれを制止していた。
祝詞を紡ぐ神主は、声量を高めて祈りを強めている。
恐怖がじわじわと境内を侵蝕し始め、誓志が手を引いた。
「行こ」
後退るように、桜の木の奥へと退場する。
誰も見咎めることはない。
そんな余裕をもった人は誰もいない。境内は集団パニックに陥った人と、それを制そうと立ち回る人とで二分している。
私たちは踵を返し、茂みの中に作った道を我武者羅に突き進んだ。恐怖を寄せ付けないために後ろは振り向かない。何度か木の根や枝に足を掬われそうになったけど、誓志がすかさずフォローしてくれた。じぐざぐに走り、縦列駐車に進路を阻まれながら道路に飛び出てからは、全力で鳥居に向かって走る。
鳥居の側に待機させているのは、酒販店の自転車だ。私たちの自転車と違って、重くて頑丈な作りの自転車だけど、荷台が付いているのはこれしかない。
誓志が自転車に跨り、「乗って!」と私を急かす。
荷台に跨り、誓志にしがみつく。後ろを見れば、子供が真後ろに立っていた。
今までになく近い。浅黒い肌に広がる痘痕に、カサついた唇。皸の小さな手が、ゆっくりと伸びて来る。
指先が背中に触れた瞬間、青白い光が子供の手を弾き返した。
誓志が驚いて振り返った。
何が起こったのか訊きたそうな目をしているけど、私だって分からない。子供に捕まると心臓が凍えたと同時に、背中で静電気が爆ぜたのだ。痛みはなかったけど、今もぴりぴりとした感覚が背筋を撫でている。
「か、加護かも…」と、曖昧に答えることしかできない。
子供を見れば、5メートルほど後方で弾かれた手を掴んでいる。
よく見れば、手首から先が欠損している。滴るのは血ではなく、黒々としたコールタールだ。コールタールがぼこぼこと噴き出して、手を再生している。
子供は再生した手を撫でると、悍ましい笑みを浮かべた。
たぶん、誓志が危惧した通り、加護の効力には回数制限があるんだと思う。推測だけど、加護は穢されることで消え去るんじゃないだろうか。しかも、御守りほどの威力はない。
子供の笑みが答えだ。
子供の足元に落ちたコールタールが蠢き、蛇のようにうねりながら飛んで来た。1撃、2撃、と襲って来るコールタールの蛇が、青白い光に跳ね返される。
その執着にゾッとする。
「この光が…加護?は…はは……無敵じゃん」と、誓志が引き攣った笑い声を零す。
「ち…誓志、無敵じゃないみたい…」
青白い光が、攻撃を受ける度に薄まっている。
「早く!」
「掴まって!」
誓志の背中に思いっきり抱きついたのに合わせ、ガコンとスタンドが上がった。誓志は力任せにペダルを漕ぎ、「ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!」を連呼する。
「なんだアレ!さっきよりヤバイ感じがデカくなってるぞ!」
加護の効果で私は助かったけど、人間に返り討ちに遭った側としてはプライドが傷つけられたのだろう。
そして、私を守る加護は穢れが広がり、風前の灯火。
それを察しているのか、背後の狂気は王手とばかりに膨れ上がっていく。
悍ましい姿は見えなくても、誓志にも禍々しさは伝わっている。半泣きの声を上げ、一心不乱に坂を下る。
自転車のライトが煩いくらい唸り、心許ない明かりで前方を照らす。少しでもスピードを上げたければライトは消すべきなんだろうけど、転倒しては意味がない。
慣れ親しんだ道というのが救いだけど、曲がりくねった夜の林道は恐ろしい。
「誓志!転んじゃダメだからね!」
「分かってる!」
引き攣った叫び声が、転ぶものかと前傾姿勢になる。
下り坂が終点に近づくと、自転車が減速する。2人乗りでは減速しなければ曲がれない。
誓志の呼吸に合わせながら体を傾げ、左折に成功すると2人して安堵の息が出た。
それから誓志は、重いペダルを全力で漕ぐ。
酒販店の自転車は古い型なので、ライトを点灯させるとペダルが鉛のように重くなる。いくらサッカーで走り回っているとはいえ、誓志の太ももはかなりの負荷がかかっているはずだ。
「大丈夫?」
「なんとか!」
息を上げながら誓志はペダルを漕ぐ。
子供はいない。
いきなり瞬間移動をするから油断ならないけど、基本、ひとつひとつの動作が鈍いように思う。警戒すべきは、瞬間移動とコールタールだ。
次は何処に現れるのかと周囲に視線を走らせ、誓志の体越しに前を覗いてゾッした。
「誓志!前にいる!」
誓志が悲鳴を上げ、急ブレーキを掛けることなく車道を横切った。
車が通ってなかったとは言え、冷や汗が止まらない。
子供はゆっくりと私たちを見送っている。
「ちょっと迂回する!」
手前の信号は赤なので渡れない。多くはないけど、車も通っている。さっきの幸運が、次も起こるわけじゃない。
誓志は次の信号に賭けたらしい。息を上げながらも、タイミングを合わせて点滅する青信号を渡り切った。そのまま住宅街に突入する。
住人は神事の成功を祈って家に籠っているのか、道行く人影はない。
こちらとしては有難い反面、非日常の異様さを覚える。
奥歯を噛みしめて周囲を警戒していると、ぽたり、と額に雨粒が当たった。
見上げれば、垂れ込めた暗雲から雫が落ちて来ている。ぽたぽたと降って来た雨粒が、いつ土砂降りに変わるかも分からない。
「誓志、頑張って」
後ろを確認する。
子供が街灯の下に佇み、こちらを見ている。かと思えば、次の瞬間、すぐ側に現れて度肝を抜かれた。
私の腕を掴もうと伸びて来た手に、「ひっ」と悲鳴が上がる。それに素早く反応したのは誓志だ。猛然とペダルを漕ぎ、スピードアップした自転車は子供の手を寸前で振り切った。
「きっつ!」と、誓志が叫ぶ。
根性はあっても、それに比例するスタミナをもっている訳じゃない。喘ぐように息を上げ、上半身を左右に揺らして勢いをつけている。
私たちが逃げ惑っている中、塀越しに零れて来る家々の明かりに、羨ましさと恨めしさが募る。
なぜ自分たちが、と思わずにいられない。
下唇を噛み、ふと視線を上げれば城跡に造られた緑地公園の影が見えた。
学校は近い。
誓志も息を上げながらも、ラストスパートとばかりに速度を上げる。
と、不意に明かりが消えた。
自転車のライトだけじゃない。一斉に、町の明かりが消えたのだ。恨めしいと思った家々の明かりも、街灯も、全ての明かりが潰えた。闇に呑まれたと錯覚してしまうほど、数瞬、視界が奪われた。
誓志が悲鳴を上げ、全力で回転させていた足を怯ませた。
自転車が減速する。
「誓志!真っ暗闇じゃないわ!ちゃんと前を見て!」
誓志を掴む手に力を込める。
「わ、分かってるよ!目を閉じてたって迷うかってぇの!」
雨が降っていると言っても、厚い雲には僅かな赤みが射している。恐らく、西の空には雲の切れ間があるのだろう。そこから射す西日が、弱々しくも頭上の雲を赤らめているのだ。
これが真夜中だったなら、真の暗闇だったに違いない。
子供の姿を捜そうと後ろに振り返り、後悔した。
濃密な闇が、道路を呑み込んでいた。
コールタールだ。
禍々しい瘴気を噴き上げ、津波のように迫って来ている。
あれに呑まれた先に、何が待ち受けているのかは分からないけど、楽しいことではないのは確実だ。その波の上に、子供は佇み、私たちが呑まれのを今か今かと待っている。
「誓志!後ろからヤバイの来てる!後輪まで来てる!」
何が、とは訊かない。
勘が鋭い誓志には、どれほどヤバイのが来てるのかは理解できているはずだ。
誓志は腰を浮かせると、「うわあああああ!」と絶叫した。全力の立ち漕ぎで、ライトがヒステリックな唸りを上げる。発電しようとモーターが唸っても、ライトは点灯しない。
ただ、自転車が重いだけだ。
伸びて来た触手のようなコールタールを振り切り、自転車は空を飛んだ。
そんなのは錯覚だ。
正確には、加速した自転車が道路からの飛んだのだ。いや、より正確な表現は転落かもしれない。その先に待ち受けるのは、2メートル下の地面だ。
スローモーションで景色が流れる。
ぽたぽたと、まんじゅう形の雨粒が鼻先を掠めた。目前に広がるのはグラウンドで、その奥に黒々とした校舎が建っている。
暗がりに視界は遮られてても、自分が通う学校くらいは分かる。
ゴールだ。
束の間の浮遊感が、重力に捕まった。
自分の体に、あとどれくらいの加護が残っているかは分からない。残滓でもいい。
誓志の体をきつく抱きしめ、祈る気持ちで落下に備えた。
「ひゅ」と、誓志が息を呑む音を立てた次の瞬間、全身に衝撃を受けた。自転車の前輪がひしゃげ、誓志ともども体が前方へ放り出される。
一回転する視界がスローモーションで巡り、痛みと共に通常再生に戻った。
2人して地面を転がり、息が詰まるような痛みに呻いた。
先に立ち上がったのは誓志だ。「イチ姉」と私の腕を取り、引っ張り上げてくれる。
「怪我は?」
「骨は折れてない…」
お尻に手を当て、鈍痛に顔を顰める。
2メートルものジャンプを打ち身だけで済ませられたのは、やっぱり須久奈様の御加護なのだろう。無残に拉げた自転車を見て、病院送りにならずに済んでいる奇跡に感動してしまう。
自分たちが落ちた道路を見上げれば、コールタールがグラウンドに流れ込んで来ていた。
「来た…」
膝が震える。
「イチ姉、こっち!」
誓志に手を引かれるがままに歩く。
気持ちは走りたいのに、2人とも満身創痍だ。大きな怪我はなくても、ちりちりと擦り剥いた手足が痛み、お尻には鈍痛が広がる。誓志に至っては、怪我とは別に、疲労が膝に来ているのが分かる。
視界を遮る雨を拭い、「雨って…大っ嫌い…」と悪態が口を衝く。
ゴールのはずなのに、肝心の2柱はいない。きっと、子供がグラウンドに入って初めて、ゴールとなるのだろう。
恐怖と痛みで泣きたくなる。
後ろに振り返る。
グラウンドに流れ込んだコールタールは二股に分かれ、私たちを取り囲もうとしている。蛇みたいに切り離されたコールタールは素早かったけど、質量の違いか、あれはそれほど素早くはない。じわじわとした侵蝕は精神的に恐怖を煽るけど、冷静に対処すれば逃げ切れるはずだ。
問題は子供が何処に現れるのか…だ。
「待って!」
誓志の手を引いて立ち止まる。
「なに?」
「前にいる…」
ニタリ、と邪悪な笑いを浮かべた子供が、5、6メートル前方に佇んでいる。
後ろにはコールタール。
左手に逃げれば野球のネットが逃走ルートの邪魔になる。
「右に…」
逃げよう、と言いかけて言葉が切れた。
ぞくっ、と悪寒が全身を走ったのだ。誓志も体を震わせ、恐々を周囲を見渡し、行く手を邪魔するように佇む子供の姿に息を呑んだ。
「イチ姉…あれが…荒魂…?」
あんなのに追われ、更にはコールタールに周囲を囲われていたのかと、誓志が泣きそうな顔をする。
私も周囲に視線を巡らせ、泣きたくなった。
誓志のような絶望の意味じゃない。
助かったのだと、安堵の涙が込み上げる。
その答え合わせをするように、子供の後方に人影が現れた。
「いや~。正直、これほど穢れが酷いとは驚いた。ウケる」
軽薄な口調が、子供の退路を断つ。
「しかも、荒魂にいろいろプラスされてるな~。恨みつらみが酷い。人間の魂を取り込んだのか?」
「昔、神籬に憑いていたんだ。さらに神籬を呪詛で穢した虚け者がいた。その結果がソレだ」
ざっ、ざっ、と音がして振り向けば、須久奈様がコールタールの中を歩いている。
顔は恐ろしく不機嫌。
ねっとりとした憤怒のオーラが、周囲の気温を1度も2度も下げている。
山を駆けて汚れた着物の相乗効果もあり、まるでコールタールから生まれた魔王のようだ。
須久奈様が一歩、一歩と歩を進める度、コールタールが畏怖するように漣を立て、道を開けている。いや、道を作っているのではなく、蒸発するように消えているのかもしれない。
誓志が私に抱きつき、「ひっ」と短い悲鳴をあげた。
もはや何が恐ろしいのかが分からなくなる。
子供は黒々とした口を開き、須久奈様と神直日神を交互に見た。低く嗄れた怨嗟の唸りが、コールタールに共振を起こす。
飛び跳ねるコールタールは細かな粒子となり、空中を漂い、大量の魚が死んだような腐敗臭を放つ。
鼻がもげる悪臭は、胸を悪くする。
私も誓志も両手で口元を覆い、歯を食いしばった。咳き込んだのは、臭いのせいか、障りのせいかは分からない。
「それはダメだな~」
神直日神が気怠げに頭を振る。
アロハシャツにハーフパンツ、クロックス。威厳の欠片もないのに、軽く手を振り上げただけで、一面に広がる瘴気が淡い光に包まれて消えた。
臭いが掻き消え、胸の悪さが一気に解消される。
ふざけた格好なのに、初めて私がイメージする神様の威光を見た気がする。
神直日神が一歩踏み込めば、子供の姿が怯んだように薄れた。そのまま消えて逃げるのだと思った瞬間、子供の姿が明瞭になる。それに子供は驚いたのか、ゆるりと周囲を見渡した。
「いやいや。逃げられないから」
神直日神がへらへらと笑う。
口元はへらへらしているのに、目が笑っていない。冷徹な双眸が、具に子供の動きを観察している。
固唾を呑んで神直日神を見つめていると、傍らで「一花…」と名前を呼ばれた。
呼ばれるままに目を向ければ、須久奈様がゆっくりと私の前へと歩んで来た。誓志が怖々と、須久奈様に場所を譲るように後退する。
それほどまでに、須久奈様が畏ろしい。
無表情で、怒気を孕んだオーラが噴出しているのだ。萎縮するなという方が難しい。それが露骨に顔に出てしまったのかもしれない。
須久奈様はしょんぼりと眉尻を下げた。
「こ…怖い…?」
「…オーラが…空気が少し…怖いです」
少しどころじゃない、と誓志の反論が聞こえてきそうだ。
須久奈様はひとつ息を吐き、「ご、ごめん」と項垂れた。
「…頑張って…冷静になろうって思ってはいる…」
そう言って、ゆっくりと私の前で腰を下ろした。
転倒で破れたパンツの膝を撫で、擦り剥いてヒリつく腕に指を滑らせる。暗くて分からないけど、血が滲んでいるのは分かる。須久奈様の指が傷口に触れ、ぬめりを感じた。
ああ、顔が…怖い。
神様というより魔王寄りの表情に、傍らで誓志の引き攣った悲鳴が聞こえた。
須久奈様が静かに腰を上げ、子供を一瞥する。
「直日」
冷淡な声に、神直日神は肩を竦める。
神直日神は何度も瞬間移動しようと足掻く子供に歩んで行く。
なぜ子供は逃げないのだろうか。歩くということが出来ないのかと注視すれば、子供の膝が必死に上下しているのが見えた。まるで何かから足を外そうと藻掻いているように、足を動かしている。
瞬間移動も、走ることも封じられた子供は、最期の悪足掻きとばかりに怨嗟の声を上げる。怨嗟に応じるように、口から、鼻から、耳から、目から、コールタールが垂れ落ちる。
痘痕の肌が蠢き、皮膚からもどろどろとコールタールが噴き出す様に、吐き気が込み上げる。
外見が子供なだけに、視覚から受ける嫌悪感は尋常ではない。
「ああ、本当に酷い穢れだ」
神直日神は呟き、躊躇いなく、子供の額に指を添えた。
瞬間、神直日神に触れられた部分から淡い光が溢れた。光はコールタールを祓い、コールタールは光を喰おうと暴れる。
「もう抵抗するな。苦しむだけだ」
微かに、神直日神の表情に悲哀の色が滲んだ。
それでも子供に触れた指を離さない。禍を正す神様の職務を全うすべく、清浄な空気が周囲に広がる。子供は抗うように藻掻くのに、コールタールは光の粒子となって天に昇って行く。
私たちを取り囲んでいたコールタールも同様に、雨の波紋を広げながら、淡い光を灯している。
無意識に、手が須久奈様の着物を掴んだ。
「い…一花、大丈夫か?」
「え?あ…はい…」
覚束ない返答で、空に乱舞する光を見渡す。
まるで蛍の乱舞のようで、目を奪われてしまう。
それは誓志も同じらしい。「すげぇ…」と、惚けた声が聞こえた。
「あ…あれは…荒魂に同調した人間の恨みつらみの念だ…。ふ、不完全だった丑の刻参りという呪詛が…あ、荒魂を取り込み、怨毒を蓄積させた…。穢れた魂も…多く取り込まれている。そのうちの一つが…あの姿なんだろう…」
と、須久奈様は子供を指さす。
悍ましいと思う一方で、哀れだとも思ってしまう。
天候が傾くだけで飢饉が起きてしまうような時代だ。生きるために間引きし、恨みつらみを藁人形に込める。今では考えられないことだけど、極限を知らない私たちが安易に悪だと断罪すべきでもない。
私たちは神様とは違う。
だから、些細なことで同情し、同調してしまう。
込み上げた涙を拭うと、須久奈様が困ったように眉尻を下げた。着物を握る私の手を解き、包み込むように手を繋いでくれた。
それだけで、心が落ち着く。
洟を啜り上げ、涙を拭い、深く息を吐いて子供を見つめる。
最期まで見届ける義務がある。
私たちが見守る中、子供の皮膚が剥がれ、それが火の粉のように風に舞う。剥がれた皮膚の下からは光芒が放たれる。
穴という穴から流れていたコールタールが止み、緋色の粒子が一斉に空に舞い上がった。丈足らずの着物は塵となり、小枝のように細い四肢が消えた。
須久奈様が親指を噛み、「莫迦の癖に…」と呟く。素直ではないけど、それが賛辞なのは知っている。
子供が消え、残ったものは光の球。
神直日神の掌の上に浮遊する球は、微々たる禍々しさもない。
「あれが…和魂?」
ぽつりと零れた疑問に、須久奈様が頭を振った。
無言のままに指をさす先で、神直日神が球にふっと息を吹きかけた。
光の球が細かな粒子となって一斉に舞い上がった。天に吸い込まれるように、螺旋を描いて昇っていく。
私も誓志も、茫然と空を見上げる。
最後のひと粒が雨雲の中に消えると、辺りは夜闇に包まれた。神域も消えているらしい。異物としての怖気はなく、雨に打たれる肌寒さだけが残る。
いつの間にか、町の停電も解消されたらしい。街灯の明かりが、グラウンドの水溜まりに反射している。
ザァザァと降り出した雨に、蛙が鳴いている。遠くで車の走る音が聞こえ、遠吠えする犬が住人に叱られている声もした。
現実だ。
「…ヤバイ」
誓志が呟き、その場にへたり込む。
既にずぶ濡れだ。服もボロボロで、今さら泥濘に座り込んだところで怒る気にもならない。
心地よい余韻だ。
あの恐怖が頭の中からすっかり消えてしまっている。
「い…い、一花…か、帰ろう?風邪をひく…」
挙動不審で上目遣い。
いつもの須久奈様に、思わず安堵してしまう。誓志も力が抜けたように目玉を回して空を見上げた。
「帰る前に、一度神社に戻って百花ちゃんの舞を見たいです。お父さんにも無事を知らせたいし」
「あ、俺も行く」
誓志が笑顔で立ち上がる。
「い、一花…風邪をひくから…」
「お願いします」と手を合わせて拝む。
須久奈様は憮然とした表情で押し黙った。
何か言われるだろうかと須久奈様を見ていると、須久奈様は足取り軽くやって来た一番の功労者、神直日神の胸を突き飛ばした。
「なんで!?」と叫んだ神直日神に、須久奈様は「ムカついた」と八つ当たりだ。それでも須久奈様にすり寄ろうとする神直日神の鋼のメンタルは尊敬に値する。
誓志には2柱の姿が見えないのだろう。
笑顔で見当違いの方を向き、「須久奈様に神直日神様、ありがとうございました」と頭を下げている。
「んじゃあ、イチ姉。ちゃちゃっと神社行って、モモ姉の様子見てから帰ろうぜ」
「自転車はどうするの?」
「明日回収する。ぶっ壊れたし…怒られるかな?」
「もしかして、お店の自転車借りるって言ってないの?」
「言ってない」
頭を掻いた誓志に、私は苦笑した。
「一緒に謝る。分かってくれるでしょ。あんな顔して見送ってたくらいだもん」
誓志と手を繋ぎ、ゆっくりと歩き出す。
「やべ…足に相当キてる」
ぎこちなく歩く誓志を気遣い、神社へと向かう。
その後ろを、賑やかに喧嘩しながら2柱が付いて来る。
40分かけて神社に戻り、鳥居の前で祈るように待っていた父の姿に気づいた時、私たちは声を上げて泣いた。
2メートルのジャンプを決めて、服を破き、擦り傷だらけになった姿は、父を動揺させるには十分だったようだ。私たちを抱きしめ、号泣し、ひたすら神様に感謝の言葉を捧げていた。
傍に立っていた2柱は渋面を作っていたけど、須久奈様の頬は仄かに赤らんでいたから、父の感謝は伝わっていたのだと思う。
それから遠巻きに見た百花ちゃんは、文句なしに綺麗だった。流麗な動きに合わせ、榊から浄化の風が流れ、神楽の音に乗って神社に満ちていた。
澱が祓われ、みんなの顔に生気が漲るのが分かった。
雨に濡れる木々と、土の匂いが、清澄な空気と共に立ち昇っていた。何処からか聞こえたカエルの鳴き声が、境内の浄化を知らせてくれているようだった。
神楽殿の前に秋一くんの後ろ姿を見つけた時、私は笑い、誓志は苦笑していた。
時間にして10分ほどだ。
須久奈様に急かされるように帰路につき、案の定、私と誓志は熱を出して寝込んだ。
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