皇弟殿下お断り!

衣更月

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作戦変更のアピールポイント

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 トドメを刺しておやりなさい。
 イザベラ様の幻聴が聞こえた気がするわ。
 アナスタシア様にも視線を馳せれば、アナスタシア様も小さく、何度も頷かれている。
 私は胸を撫でながら、改めて背筋を伸ばし、未だ呆然としているブラウニンガー公爵と向き直った。
「私が嫁ぐ場合、一番重要視しているのは爵位です。私自身は辺境伯家長女という立場にありますが、我が家は代々国士防衛を担ってきた歴史から武の血統となります。かくいう私も例外ではありません。幼き頃より兄たちと共に訓練に明け暮れました。気づけば淑女教育が疎かになっており、恥ずかしながら、貴族女性が戦場と例える社交の場には一度として足を踏み入れたことがないのです。デビュタントすら欠席したほどです。なので、私が重要と考える爵位とは下位貴族。騎士であれば、平民でも構わないと思っています」
「平民騎士…」と、従者が口を噤んだ。
 ブラウニンガー公爵は額に手を当て、行儀も悪くソファの肘掛けに倒れた。
「それから”浮気しない一途タイプ”と言いましたが、それは普通です。男が浮気するなら、女の浮気も認めるべきなのに、世の中は違いますよね?男の浮気は甲斐性で、女の浮気は不貞だなんだと責めるのは筋違い。浮気をしないことはアピールポイントではないのです。普通のことなんですから。アピールするなら、主人は浮気しますが貴女も浮気しても良いですよ、というものです。非常識ですが、アピールにはなります」
 イザベラ様が扇子で顔を隠し、「ふふ」と肩を揺らして笑っている。
 アナスタシア様も顔を背け、肩を揺らす。
 後ろに控えるロージーだけが、何やら険しい雰囲気を醸しているけど、私はトドメを刺すと決めたので止めるつもりはない。
「また皇弟という血筋もアピールポイントにしていましたが、先にも言いましたが、私は下位貴族や平民騎士を好ましく思っているのでアピールにはなりません。万一にも公爵家に嫁ぐことになれば、淑女教育を施されていない私は使用人たちに見下され、家庭教師に罵倒されることになるでしょう。初めて連れ出される社交界で私は生贄の気分を味わい、貴族にありがちの腹の探り合いや微笑の仮面を被れない私はあっという間に弾き出されるでしょう。まさに針の筵。精神を摩耗させて、何が幸せですか?質実剛健なランビエール家で育ち、宝石もドレスも興味のない女である私が、地位と名誉を欲しがるように見えますか?」
 あ~スッキリした。
 従者は唖然茫然で硬直しているけど、これで煩わしい婚約攻めから解放されると思うと爽やかさしかない。
 不敬だ!と怒鳴ってこないから、向こうも予め無礼講を覚悟していたのかな。
 それでも、ここまで開けっ広げに拒否られるとは思っていなかったのだろう。ブラウニンガー公爵は顔色悪く体を起こした。
「ならば…爵位返上の後、騎士としてリスタートしよう。兄上とも縁を切る」
 仄暗い笑みで怖いこと言いだしたわ!
 目がイってる。
 イザベラ様もアナスタシア様も小さく肩を跳ね上げ慄いている。
 想像以上に松脂だわ!
 全然落ちない!
 従者はどうかと視線を向ければ、額に手を当て、ゆるく頭を振るだけだ。主人が平民になると宣っているのに、慌てる素振りは微塵もない。
「ああ。ランビエール様。通常のご令嬢なら魅かれるあるじの魅力が通じないのであれば、不肖アクセル・ランデム、あるじの残念ポイントで好ポイントを稼がせて頂きます!」
 何言ってんだコイツ。
 それが全員の顔にありありと浮かんでいる。ブラウニンガー公爵も例外ではないらしい。眉宇を顰め、「は?」と輩みたいな顔つきで従者を見上げている。
 というか、従者の名前はアクセル・ランデムというらしい。
「えっと…ブラウニンガー公爵のマイナスを暴露してどうするのですか?」
「ランビエール様は普通と異なる様子ですので、何がランビエール様の心にヒットするか分かりません。ならば、下手な射手も数撃てば当たるのです」
 仮にも主人のアピールポイントを”下手な射手”とこき下ろしたわ!
あるじは、ストーカー気質です」
 とても魅力的だわ…なんて言う女性がいたら連れてきなさいよ!!
 イザベラ様とアナスタシア様も淑女らしからぬぽかん顔だ。ブラウニンガー公爵は顔面蒼白で、ぷるぷると震えながら従者を見上げている。
 その従者の口が止まらない。
「こう見えて甘党で、お子ちゃま舌なんですよ。苦い野菜が苦手なんです。機嫌が良い時は鼻歌が漏れたりするのですが、音程が外れる音痴です。誰も注意やアドバイスできずに歯痒く思っているところです。あと、頭が良い癖にデスクワークよりもフィールドワークが好きで、よく脱走されます。ああ、ランビエール様に救われたのでしたね。あれも公式ではなく、非公式という脱走による魔物討伐に赴かれた自業自得の事故でした。ランビエール様が見つけてくれなければ、最悪の事態となることだったでしょう。あと…」
「もう良い!お前は黙ってろ!」
 羞恥か憤怒か。
 真っ赤になった顔で怒声を張り上げても、何一つ怖くない。それは従者も同様らしく、「はぁい」と反省ゼロで肩を竦めた。
 もしかすると、主人に振り回され続けた従者の報復だったのではないかと思うくらい、彼からは発言に対する後悔はない。
 ごほん。
 まるで今までの醜態がなかったかのように、キリリとしたブラウニンガー公爵が咳払いした。
「せめて熟考してくれないだろうか?」
 仕切り直ししようとしているわ。
「ブラウニンガー領には”災厄プレイグの森”と呼ばれる魔素溜まりが生じやすい森がある。それでも、ブラウニンガー領の土地は肥沃で広大だ。ランビエール辺境伯領のような軍馬の産地にすることは無理だが、馬を育てる牧場を作るにも適しているだろう。あなたは聖女だから社交には出なくて良い。皇帝陛下からの呼び出しも受け付けない。公爵夫人としての義務を全て……あ、いや…世継ぎ以外だ。それ以外は放棄してくれて構わない。それでも公爵夫人が重荷だと感じるのならば、私は平民に落ちて騎士になるのも吝かではない。この思いは本物だ。どうか素気無く断らず、考えてくれないか」
 眉尻を下げた弱々しい顔つきに、イザベラ様とアナスタシア様がびくりと肩を震わせる。
 イケメン好きの2人からすれば、ブラウニンガー公爵の顔貌は好みのど真ん中。舞台俳優エルリック似となれば尚更、こんな顔つきを拝んできゅんきゅんしているのだろう。
 でも私は絆されない。
「それは命の恩人だからですよ。本で読みました。えっと…綱渡り?…なんとか効果」
「吊り橋効果ですわね。恐怖や不安が恋愛へと挿げ替わってしまう心理現象のことですわよ」
「違う!私は、シルヴィー…ア嬢の愛らしさに一目惚れしたのだ!」
 ざわ…、と応接室にいる人たちが身動ぎした。
 今、私の名前が変だったわよ?
 でも、それ以上にイザベラ様とアナスタシア様が、コソコソと「少女趣味ロリコンでなくて?」「少々危険な気がしますわ」と耳打ちしているのが気になる。
 2人とも、全聞こえですよ。
「ストーカーで少女趣味ロリコンとは流石の私もフォローは無理です。閣下」
「ち、ち、ちがぁぁぁぁああああう!!!馬鹿たれが!!!」
 ブラウニンガー公爵の怒号は、誰の心にも響いてなかった。
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