皇弟殿下お断り!

衣更月

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初デート

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 育ちが育ちだから、煌びやかなドレスや宝石に興味はない。
 そんなものを贈られるなら馬や剣を贈ってもらった方が嬉しいし、観劇や歌劇に誘ってくれるなら遠乗りに誘われた方が良い。
 曲がりなりにも辺境伯家の令嬢だと思うと、母の嘆きも理解できる。私自身、貴族令嬢と言うのに後ろめたさがある。
 でも、兄たちと剣を振るって育ったのだから趣味嗜好が令嬢して致命的なのは仕方ないと思う。
 今回、皇弟という災厄のせいで、”1年間は淑やかな令嬢となること!”という試練を与えられたけど、完遂できる自信はない。
 だって、1年間よ!
 長い!息が詰まる!
 おのれ皇弟!許さないんだから!
 そんな不満を心で叫びながら、隣を歩くクラレンス様に淑やかに微笑む。
 流石、侯爵令息。息をするような自然なエスコートは、たぶん、恐らく、イザベラ様からの指示だ。大股でがつがつ歩く私を諫めるように、クラレンス様は小さな歩幅を保ち続けている。
 淑女は大股では歩かないし、スカートを手繰って駆けだしたりはしないのだ。
 なんというもどかしい一歩だろう。
 さらに、日に焼けないようにレースふりふりの日傘は必需品。
 あと、物珍しい物を発見してもガン見しない。ため息も吐かないし、眉間に皺を寄せたり、舌打ちもしてはならない。口元は常に嫋やかな微笑をキープ。笑う時は扇子で口元を隠して、「うふふ」「おほほ」とささやかな声で笑わなければならない。まかり間違っても、白い歯を見せ、喉の奥が覗けそうなほどの大口で笑ってはいけない。
 大事な注意事項として、ロージーから「屋台で物を食べてはなりません」ときつく言われている。
 串に刺した肉なんて食べようものなら、あっという間にボロが出るからだ。
「シルヴィア、もう少し肩の力を抜いて」
「クラレンス様…さん。何度も言いますが、私の家は少々特殊なので、残念ながら淑女としての教育がイマイチなのです。緊張するなという方が無理です」
「今日はテストではなくデートだよ」
 クラレンス様が朗らかに笑う。
 (仮)婚約者として、イザベラ様たちと作り上げた設定は”名前の呼び捨て”と”フランクな口調”が必須とあった。
 私は名前呼びだけで四苦八苦しているのに、1つ下のクラレンス様はまるで年上のようなスマートさがある。
 ここは頼るべきか、不甲斐なさに恥じ入るべきか、デート相手として誇るべきか…。
 とにかく、仲睦まじい様を間諜に見せつけるのが、本日の任務になる。
「何か欲しいものはない?婚約記念に」
「いえ。女の子らしい趣味もなく…」
 普通の令嬢なら、街を歩けば真新しい物ばかりではしゃぐのだろうけど、生憎と私は国中を駆け回っている身なので何一つ目を惹くものはない。
 大道芸人がいたら危なかったわ。
 間違いなく駆け付け、子供に交じって歓声をあげていた。
 今回はいないので、なんとか淑女っぽく装えている。
 そんな中でデートの立ち寄り先を探して、「あ」と一点を指さした。
「雑貨屋に行きたいです」
「雑貨…かい?」
「ええ。レターセットがほしいのです」
 クラレンス様の腕を軽く突いて、「お耳を」と言えば、クラレンス様は体を傾げてくれた。
 内緒話だ。
「クラレンス様のラブレターを下さい。内容は恋人宛てに。私が転送して差し上げますよ」
 これにクラレンス様は目を丸め、優しげに口元を緩めた。
 私のタイプではないけど、なかなかのイケメンなのよね。
 しかも家柄良し、性格も良し。
 優良物件をゲットしたモリカ嬢は幸せものね。
「ではレターセットを買いに行こうか」 
 クラレンス様は背筋を伸ばし、私が指さした雑貨屋へとエスコートしてくれた。
 向かった雑貨屋は少しばかり富裕層向けだ。
 貴族にしてはお手頃価格。平民には少しの贅沢価格というので、富裕層向けとなる。
 これが完全に貴族向けの店なら、下品なくらいに金銀宝石を使った品が幾つも飾られているからだ。しかもデザインは華美で万人受けはしない。貴族というのは、唯一無二の品を求める傾向にあるので、誰かと被るのはご法度なのである。
 故に品のない成金趣味全開になりやすい。
 でもこの店は、控えめながらに洗練された商品が多い。
 日常使いに優れたシンプルデザインも多く、なかなか趣味が良いオーナーが経営しているとみた。
 中には宝石を散りばめた手帳やペンもあるし、何に使うか分からないキンキラキンの品もあるけど、これらはクズ石と呼ばれる宝飾品から脱落した宝石ばかりだ。
 私の目には綺麗に見えるけど、目利きの人には傷があったり、濁りがあったりするらしい。
 貴族が見向きもしないクズ石も、平民なら頑張った自分のご褒美として手が届く価格帯で人気がありそうだ。
「シルヴィア。このレターセットなんてどうかな?」
 すっと差し出されたのは、薄い桃色のレターセットだ。四隅に白い小鳥が描かれていて、とても可愛らしい。
 モニカ嬢の髪色か瞳の色かしら?
 そういえば、クリーピィで助けた男性も桃色の髪だったわ。このレターセットの色より濃い、熟れた桃色だった。
「素敵ね。良いと思うわ」
 頷いて、私は白地に小さな男の子が琥珀色のペロペロキャンディを持っているレターセットを手にする。
「私はこれにするわ。クラレンスさんの目の色と一緒でしょ?キャンディの色が」
「ふっ、そうだね」
 クラレンス様が笑みを堪え、「では、私はこの便箋でシルヴィアに手紙を出すことにしよう」と桃色のレターセットを抱える。
 私のレターセットも一緒に買ってくれるらしい。クラレンス様が私の手のレターセットも抜き取った。
「他に欲しいものはない?」
「いえ。レターセットで十分です。あとはのんびり散策したいですわ」
 うふふ、おほほ、と微笑む。
 淑女は気が抜けない。
 会計を済ませ、再びクラレンス様の腕にちょこんと手を乗せて歩く。
 私たちから少し離れて、護衛のアーサーとカークもついて来る。
 2人の任務は私の護衛と、間諜っぽい人がいないか探ること。
 ということで、今日もアーサーとカークは聖騎士の制服とは異なる町人風の出で立ちだ。
 のんびりとした散策で思ったのは、街中には意外と聖女がいるってこと。白い制服を着た聖女が、診療所を出入りしていたり、護衛を連れてスラムに向かう姿がある。
 この国では聖女が無料奉仕はしないと周知されているので、子供が転んでも、お年寄りが膝を痛めて蹲っても、聖女を呼び止めて金銭交渉してから治癒をお願いする。そんな姿を他国の人が見れば、なんとさもしい聖女か!と厳しい視線を飛ばすのだけど、実際は小銅貨1、2枚ほどしか受け取らない。
 がっつり規定料金を貰うのは裕福な人たちからだけだ。
 貴族でもカツカツ生活の人がいるから、そういう人たちからは矜持が傷つかない程度の割引価格で料金を頂いている。
 まぁ、道すがらに助ける場合の値段交渉は、治癒する聖女の裁量に任せられている。
 治癒する内容によっても価格は変動するしね。
 それにしても感心だわ。
 みんな笑顔で、真面目に聖女してる。
 と、「ふっ」と笑みが落ちてきた。
 見上げればクラレンス様が笑っている。
「シルヴィアはやっぱり聖女だね。普通、女の子は街を歩けば高級ブティックやカフェばかりに目を向けるよ。でも、シルヴィアの目が追うのは聖女たちの働く姿だ」
「この国を担うことになる聖女ですもの。気になりますわ」
 なんて大層なことを言ってみたけど、本当は単なる見学。
 私は”痛いの痛いの飛んでいけ~”で100%、”キュア”で50~80%とムラのある治癒しかできない。以前、クリーピィで受けた傷を癒した男性は、とても恥ずかしそうにしていた。
 ”痛いの痛いの飛んでいけ~”は大人向けではない。
 どうにかして”キュア”で100%を引き出せないか、色んな治癒の聖女を見て勉強しているのだ。
 1等級聖女としては情けなくて泣けてくるわね。
「公園が見えてきたよ」
 クラレンス様の言葉通り、お洒落なカフェやレストランの向かいに広々とした公園が見えてきた。
 青い芝生と赤煉瓦の小路。花壇には季節の花々が植えられ、大きな木の下にはベンチが設置されている。円く作られた人工池には貸し切りの小舟が浮かび、恋人たちがのんびりと涼んでいる。
 青空に映えるシイノキやカツラの林は自然のものではないけど、気分転換の散策にはちょうど良さそうだ。
 魔物や危険な獣が出ないのが高ポイントね。
 あと、お洒落な屋台が出ているのも良い。
「これぞ私のイメージしていたデートですわ」
「喜んでもらえて光栄だよ」
 2人で「ふふ」と笑いながら、のんびりと公園デートを満喫した。
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