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23.凪
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「それにしても、何故、今頃になって修道院長は、あんたに連絡を寄越してきた?これまでに何度も、ここの修道院長にレティシアのことを尋ねても、しらを切り続けていたんだろう?」
「実はね、レティシアは、今月、終身誓願をたてることになった」
「終身誓願?つまり・・・」
「修道女になるっていうこと」
「レティシアが、修道女に・・・」
修道院長としても、アンヌからレティシアを託されたものの、その処遇に困り果てた。
当のレティシアは、何も覚えておらず、アンヌに連絡を取ろうとしても、その行き先はわからず、さりとて、レティシアのことは、誰にも話してはならないと、アンヌから口止めされていた。
修道院長にとっては、突如、降って湧いたような、頭の痛い話だった。
聖ラファエラ女子修道院で目覚めた、記憶のないレティシアは、傷を癒した後、本人の希望もあって、修道院の下女として、働き始めた。
過去を失ったショックからなのか、赤ん坊を失った哀しみからなのかはわからなかったが、レティシアは、めったに笑わない、陰のある娘になっていた。
けれども、修道院長の言いつけを守って、一生懸命働く、素直な働き者の娘だった。
いつしか、修道院長だけでなく、ひと癖もふた癖もある、身分の高い修道女たちからも、可愛がられるようになっていた。
レティシアが、自分も修道女になって、生涯この修道院で神に仕えたい、と言いだすまでに、そう時間はかからなかった。
とはいえ、レティシアが修道女になりたい、と言っても、すぐに受け入れられるものでもなかった。
修道女になるということは、つまり一生涯を、神に捧げて生きると言うことであり、結婚はもちろん、修道院の外へ出ることは、許されなかった。
つまり、レティシアが修道女になるということは、死ぬまで、この女子修道院の中で、祈りを捧げて生きると言うことだった。
修道院長は、その覚悟と信仰を見極める必要があった。
けれども、レティシアの信仰心は篤かった。
修道院の規律を守り、日々、熱心に祈り、神に仕えた。
レティシアの信念が、揺らぐことはなかった。
そうして四年が過ぎ、今月、レティシアは終身誓願をたてて、修道女になることが認められた。
けれども・・・、修道院長の胸には、一抹の不安がよぎった。
レティシアの終身誓願を翌月に控えた先夜、修道院長は書斎の引出しから、あるものを取り出した。
それは、ユースティティアのフィリップ国王からの、書簡だった。
レティシアという娘を、捜している。
そこには、そう記されていた。
幾度か、王室からそのような書簡が届くたび、お尋ねの娘はこちらにはいないと、返事をした。
修道院の修道女たちにも、レティシアのことは、くれぐれも他言無用と、繰り返し申し伝えていた。
修道院長は、迷っていた。
アンヌからは、レティシアのことを絶対誰にも話してはならないと、きつく口止めをされていた。
けれども一方で、フィリップ国王からは、レティシアの消息を尋ねる手紙が、幾度も届いていた。
このまま、レティシアを修道女にさせるべきか、否か・・・。
修道院長は、部屋の灯を見つめて、長い間、迷い、考え続けた。
やがて、修道院長は、紙とペンを取り出して書き始めた。
お捜しの娘を、お預かりしております、と。
リックは、黙って、フィリップの話に耳を傾けていた。
フィリップの話が終わっても、リックは、黙ったままだった。
「それで・・・、どうする、リック?」
そのフィリップの言葉で、リックは、フィリップに視線を向けた。
「レティシアは、この四年間で、もう新たな人生を歩み出している。僕は、このままお互いに、別々の人生を歩んだ方が幸せかもしれない、とも思う」
「あの塀の中に入って、レティシアを連れて行ったら、俺は、縛り首になるのか?」
リックは、フィリップの言葉など、全く耳には入っていない様子だった。
「リック・・・」
「俺には時間が無い。仕事が忙しいんだ。昼前には、レティシアを、あの馬鹿でかい塀の向こうから連れだして、ブリストンに帰る。よろしく頼むぜ、王様」
リックは、フィリップの肩を叩いた。
フィリップは、思わず、笑みを零した。
わかっていたはずじゃないか。
リックをここへ連れてくれば、こうなるって。
リックが、このままレティシアを諦めるなんて、あり得ないって。
それから数時間後、修道院長に背中を押されるようにして、鞄を手にした、粗末な身なりの若い娘がひとり、聖ラファエラ女子修道院の通用門から、出て来た。
娘の顔は、蒼白だった。
唇が、小刻みに震えていた。
どうしても、ここに留まりたいというレティシアの懇願は、聞き入れられなかった。
何の詳しい説明もないままに、修道院を追いだされることになった。
少なくとも、レティシアはそう受け止めた。
これまでのことは、一切何も話さず、ただレティシアを渡してくれればいい。
それは、リックの望みだった。
通用門の外で待つリックとフィリップに、レティシアは託された。
別れの際、修道院長は、立ち去るレティシアの手を握り、何事か言い聞かせたが、その言葉が、レティシアの耳に入っている様子はなかった。
レティシアは、ただ、俯いて、唇を噛みしめていた。
「行くぜ」
と、促すリックに、レティシアは、初めて眼を向けた。
そのヘーゼルの瞳には、敵意と不安と困惑しかなかった。
少し、修道院長に話があるからと、リックとレティシアを先に行かせて、フィリップはあとに残った。
そして、これまでの経緯を詫び、ただ恐縮する修道院長に、丁寧に礼を述べてから、ふたりを追った。
けれども、ふと立ち止まると、ポケットから、例のアンヌからの手紙を取りだした。
フィリップに宛てたアンヌの手紙には、続きがあった。
「実はね、レティシアは、今月、終身誓願をたてることになった」
「終身誓願?つまり・・・」
「修道女になるっていうこと」
「レティシアが、修道女に・・・」
修道院長としても、アンヌからレティシアを託されたものの、その処遇に困り果てた。
当のレティシアは、何も覚えておらず、アンヌに連絡を取ろうとしても、その行き先はわからず、さりとて、レティシアのことは、誰にも話してはならないと、アンヌから口止めされていた。
修道院長にとっては、突如、降って湧いたような、頭の痛い話だった。
聖ラファエラ女子修道院で目覚めた、記憶のないレティシアは、傷を癒した後、本人の希望もあって、修道院の下女として、働き始めた。
過去を失ったショックからなのか、赤ん坊を失った哀しみからなのかはわからなかったが、レティシアは、めったに笑わない、陰のある娘になっていた。
けれども、修道院長の言いつけを守って、一生懸命働く、素直な働き者の娘だった。
いつしか、修道院長だけでなく、ひと癖もふた癖もある、身分の高い修道女たちからも、可愛がられるようになっていた。
レティシアが、自分も修道女になって、生涯この修道院で神に仕えたい、と言いだすまでに、そう時間はかからなかった。
とはいえ、レティシアが修道女になりたい、と言っても、すぐに受け入れられるものでもなかった。
修道女になるということは、つまり一生涯を、神に捧げて生きると言うことであり、結婚はもちろん、修道院の外へ出ることは、許されなかった。
つまり、レティシアが修道女になるということは、死ぬまで、この女子修道院の中で、祈りを捧げて生きると言うことだった。
修道院長は、その覚悟と信仰を見極める必要があった。
けれども、レティシアの信仰心は篤かった。
修道院の規律を守り、日々、熱心に祈り、神に仕えた。
レティシアの信念が、揺らぐことはなかった。
そうして四年が過ぎ、今月、レティシアは終身誓願をたてて、修道女になることが認められた。
けれども・・・、修道院長の胸には、一抹の不安がよぎった。
レティシアの終身誓願を翌月に控えた先夜、修道院長は書斎の引出しから、あるものを取り出した。
それは、ユースティティアのフィリップ国王からの、書簡だった。
レティシアという娘を、捜している。
そこには、そう記されていた。
幾度か、王室からそのような書簡が届くたび、お尋ねの娘はこちらにはいないと、返事をした。
修道院の修道女たちにも、レティシアのことは、くれぐれも他言無用と、繰り返し申し伝えていた。
修道院長は、迷っていた。
アンヌからは、レティシアのことを絶対誰にも話してはならないと、きつく口止めをされていた。
けれども一方で、フィリップ国王からは、レティシアの消息を尋ねる手紙が、幾度も届いていた。
このまま、レティシアを修道女にさせるべきか、否か・・・。
修道院長は、部屋の灯を見つめて、長い間、迷い、考え続けた。
やがて、修道院長は、紙とペンを取り出して書き始めた。
お捜しの娘を、お預かりしております、と。
リックは、黙って、フィリップの話に耳を傾けていた。
フィリップの話が終わっても、リックは、黙ったままだった。
「それで・・・、どうする、リック?」
そのフィリップの言葉で、リックは、フィリップに視線を向けた。
「レティシアは、この四年間で、もう新たな人生を歩み出している。僕は、このままお互いに、別々の人生を歩んだ方が幸せかもしれない、とも思う」
「あの塀の中に入って、レティシアを連れて行ったら、俺は、縛り首になるのか?」
リックは、フィリップの言葉など、全く耳には入っていない様子だった。
「リック・・・」
「俺には時間が無い。仕事が忙しいんだ。昼前には、レティシアを、あの馬鹿でかい塀の向こうから連れだして、ブリストンに帰る。よろしく頼むぜ、王様」
リックは、フィリップの肩を叩いた。
フィリップは、思わず、笑みを零した。
わかっていたはずじゃないか。
リックをここへ連れてくれば、こうなるって。
リックが、このままレティシアを諦めるなんて、あり得ないって。
それから数時間後、修道院長に背中を押されるようにして、鞄を手にした、粗末な身なりの若い娘がひとり、聖ラファエラ女子修道院の通用門から、出て来た。
娘の顔は、蒼白だった。
唇が、小刻みに震えていた。
どうしても、ここに留まりたいというレティシアの懇願は、聞き入れられなかった。
何の詳しい説明もないままに、修道院を追いだされることになった。
少なくとも、レティシアはそう受け止めた。
これまでのことは、一切何も話さず、ただレティシアを渡してくれればいい。
それは、リックの望みだった。
通用門の外で待つリックとフィリップに、レティシアは託された。
別れの際、修道院長は、立ち去るレティシアの手を握り、何事か言い聞かせたが、その言葉が、レティシアの耳に入っている様子はなかった。
レティシアは、ただ、俯いて、唇を噛みしめていた。
「行くぜ」
と、促すリックに、レティシアは、初めて眼を向けた。
そのヘーゼルの瞳には、敵意と不安と困惑しかなかった。
少し、修道院長に話があるからと、リックとレティシアを先に行かせて、フィリップはあとに残った。
そして、これまでの経緯を詫び、ただ恐縮する修道院長に、丁寧に礼を述べてから、ふたりを追った。
けれども、ふと立ち止まると、ポケットから、例のアンヌからの手紙を取りだした。
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