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21.新国王 フィリップ
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しおりを挟むお腹が満たされたら眠くなってしまったらしいルチアを寝かせる為に、ラーシュも連れて一度離れへと戻ったアリスが戻って来るまでの間、リィナは記憶を掘り起こしていた。
フェリクスが襲われるというのは、過去何度か起こっている。
けれどこの屋敷で何かが起こったという情報を見聞きした記憶は、リィナにはなかった。
と言っても、リィナが本格的にフェリクスの"情報収集"をするようになったのは4年ほど前からなので、その前の事なのだろうとあたりをつける。
「すみません、お待たせいたしました」
戻ってきたアリスはアンネ達も同席するようにと、昼食の片付けをしていた3人も客室に呼び戻した。
「リィナ様が嫁いでこられる際に一緒に来られると聞いたので……皆にも知っておいて貰った方が良いと思いまして」
そう言ってアリスは、ゆっくりと話し始めた。
「リィナ様は、この領地が元々は古くからの伯爵家のものだった事はご存じでしょうか」
「──はい。元の領主は戦争の際に亡くなられた、と」
「ええ。戦争で領主も、跡を継げる者も亡くなったそうで、この領地は一度国預かりになったんです。王都からも近く、農耕地としても恵まれているこの土地をどうにか自分の領地にしたいと思っていた人間は多かったようで、伯爵位を与えられたばかりの、元平民のフェリクスがこの領地を与えられた事が面白くない輩はとても多かったんです。──当時、この屋敷には15名の使用人がいました。戦争で怪我を負って、日常生活は問題ないけれど騎士を続ける事が出来なくなった男が2名。フェリクスを慕って職を辞してきた騎士や兵士が3名。そして、戦争で夫や父親を亡くした女性が10名──彼女達は武器など持った事もない、本当にただの一般人でした」
アリスはそこで一度息をつくと、膝の上で手を組んだ──祈る様に。
「今から6年程前です。その日は、フェリクスとリシャールと、彼らの護衛についた3名が屋敷を空けていたんです。フェリクスの不在を狙ったのか、たまたまだったのかは、犯人を取り逃がして──どこから仕向けられた者だったのか分からずじまいなので今でも分かっていませんが。使用人しかいないこの屋敷に男達が押し入って来て──元騎士の2名が必死に食い止めようとしてくれたおかげで、離れに逃げて来られた3名は、私と離れの使用人達で守れましたが、元騎士の2名と、女性5名が、亡くなりました。残る2名は命は助かったものの、足や腕に深い傷を負ってしまった。亡くなった使用人の中には子供がいた人もいて……だからフェリクスは、今でも自分が女性達を雇い入れてしまった事を、後悔しているんです。自分が使用人として雇わなければ彼女達が亡くなる事はなく、子供達も孤児になる事もなかった、と」
「では、今こちらに住み込みの使用人がいないのは……」
「はい。いつまた襲われるか分からない。だから、戦えない人間は入れない、と。今通いで来ているのも、離れにいるのも、退役した、剣の腕に覚えのある者達だけなんです。それでもフェリクスは、いくら言ってもこちらに住み込みはさせない」
「皆様、戦うことが出来るのに、ですか?」
リィナの問いに、アリスが頷く。
「本人達は戦えます。けれど彼らにも妻子がある。家族で住み込んで、また襲撃されたら家族が危ない。家族を町に住まわせて男達だけが住み込んでも、町で何かあったらどうするんだと。『俺の事なんか適当で良いんだから、自分の一番大事なもんと少しでも安全な場所で暮らせ』と言って聞かないんです。町だって、事故や病気や……そんな事まで含めれば安全と言い切れる場所なんてないと、極論ではありますが、私はそう思うのですが──」
アリスはそこで一度ふぅと息をつくと、困ったように笑みを浮かべる。
「本当はフェリクスは、私達一家が離れにいるのも気に入らないんです。私はともかく、リシャールは剣はさっぱりなので。最近ではフェリクスが襲われる事も減って来ているというのに、いまだに私達を町に追いやろうと、しょっちゅう無駄な圧力をかけてくる」
「ですが……リシャール様は常にフェリクス様と行動を共にしていらっしゃるのでしょう?お屋敷でなくて……外で襲われた事もあったかと……」
「えぇ、何度かありましたね。けれど『自分が一緒にいる限り、リシャールだけは何が何でも守る』のだそうですよ──まぁ実際、フェリクスと居てリシャールが傷を負った事はないのですが」
アリスは苦笑を零して、そして小さく息をついてからリィナを見る。
「そんなヤツなので、実際のところフェリクスが妻を娶ることは一生ないのだろうと、私は思っていました。なのでリィナ様を妻にすると聞かされた時は一体どんな屈強な女性が来たのかと思ったのですが──驚きました。こんなに小さくて可愛らしいご令嬢で」
「小さいは余計です……」
ぷっと頬を膨らませたリィナに、アリスはすみませんと微笑む。
「リィナ様が一体フェリクスにどんな魔法を使ったのか、教えていただきたいくらいです」
「私は何も……ただ、フェリクス様の事が好きだと、訴えただけですわ」
うっすらと頬を染めたリィナに、アリスはフェリクスも年ですかねぇと呟く。
「頑固で人の話なんて微塵も聞かなかったじーさんが孫にデレデレになって周囲が驚愕するようなものでしょうか」
「じーさんは言い過ぎだと思いますけれど……いえ、孫も酷いですわ。私が小さいからって、孫は……」
「すみません、ただの比喩でそこまで深い意味は……フェリクスがそれくらい頑固だ、という事です──まぁそんなわけで、フェリクスは野獣だなんだと言われているくせに、実のところ割とぐずぐずと女々しい野郎なんですが、大丈夫ですか?」
「……大丈夫、とは?」
きょとんと首を傾げたリィナに、アリスが笑う。
「幻滅して逃げるなら今ですよ、という事です」
フェリクスが襲われるというのは、過去何度か起こっている。
けれどこの屋敷で何かが起こったという情報を見聞きした記憶は、リィナにはなかった。
と言っても、リィナが本格的にフェリクスの"情報収集"をするようになったのは4年ほど前からなので、その前の事なのだろうとあたりをつける。
「すみません、お待たせいたしました」
戻ってきたアリスはアンネ達も同席するようにと、昼食の片付けをしていた3人も客室に呼び戻した。
「リィナ様が嫁いでこられる際に一緒に来られると聞いたので……皆にも知っておいて貰った方が良いと思いまして」
そう言ってアリスは、ゆっくりと話し始めた。
「リィナ様は、この領地が元々は古くからの伯爵家のものだった事はご存じでしょうか」
「──はい。元の領主は戦争の際に亡くなられた、と」
「ええ。戦争で領主も、跡を継げる者も亡くなったそうで、この領地は一度国預かりになったんです。王都からも近く、農耕地としても恵まれているこの土地をどうにか自分の領地にしたいと思っていた人間は多かったようで、伯爵位を与えられたばかりの、元平民のフェリクスがこの領地を与えられた事が面白くない輩はとても多かったんです。──当時、この屋敷には15名の使用人がいました。戦争で怪我を負って、日常生活は問題ないけれど騎士を続ける事が出来なくなった男が2名。フェリクスを慕って職を辞してきた騎士や兵士が3名。そして、戦争で夫や父親を亡くした女性が10名──彼女達は武器など持った事もない、本当にただの一般人でした」
アリスはそこで一度息をつくと、膝の上で手を組んだ──祈る様に。
「今から6年程前です。その日は、フェリクスとリシャールと、彼らの護衛についた3名が屋敷を空けていたんです。フェリクスの不在を狙ったのか、たまたまだったのかは、犯人を取り逃がして──どこから仕向けられた者だったのか分からずじまいなので今でも分かっていませんが。使用人しかいないこの屋敷に男達が押し入って来て──元騎士の2名が必死に食い止めようとしてくれたおかげで、離れに逃げて来られた3名は、私と離れの使用人達で守れましたが、元騎士の2名と、女性5名が、亡くなりました。残る2名は命は助かったものの、足や腕に深い傷を負ってしまった。亡くなった使用人の中には子供がいた人もいて……だからフェリクスは、今でも自分が女性達を雇い入れてしまった事を、後悔しているんです。自分が使用人として雇わなければ彼女達が亡くなる事はなく、子供達も孤児になる事もなかった、と」
「では、今こちらに住み込みの使用人がいないのは……」
「はい。いつまた襲われるか分からない。だから、戦えない人間は入れない、と。今通いで来ているのも、離れにいるのも、退役した、剣の腕に覚えのある者達だけなんです。それでもフェリクスは、いくら言ってもこちらに住み込みはさせない」
「皆様、戦うことが出来るのに、ですか?」
リィナの問いに、アリスが頷く。
「本人達は戦えます。けれど彼らにも妻子がある。家族で住み込んで、また襲撃されたら家族が危ない。家族を町に住まわせて男達だけが住み込んでも、町で何かあったらどうするんだと。『俺の事なんか適当で良いんだから、自分の一番大事なもんと少しでも安全な場所で暮らせ』と言って聞かないんです。町だって、事故や病気や……そんな事まで含めれば安全と言い切れる場所なんてないと、極論ではありますが、私はそう思うのですが──」
アリスはそこで一度ふぅと息をつくと、困ったように笑みを浮かべる。
「本当はフェリクスは、私達一家が離れにいるのも気に入らないんです。私はともかく、リシャールは剣はさっぱりなので。最近ではフェリクスが襲われる事も減って来ているというのに、いまだに私達を町に追いやろうと、しょっちゅう無駄な圧力をかけてくる」
「ですが……リシャール様は常にフェリクス様と行動を共にしていらっしゃるのでしょう?お屋敷でなくて……外で襲われた事もあったかと……」
「えぇ、何度かありましたね。けれど『自分が一緒にいる限り、リシャールだけは何が何でも守る』のだそうですよ──まぁ実際、フェリクスと居てリシャールが傷を負った事はないのですが」
アリスは苦笑を零して、そして小さく息をついてからリィナを見る。
「そんなヤツなので、実際のところフェリクスが妻を娶ることは一生ないのだろうと、私は思っていました。なのでリィナ様を妻にすると聞かされた時は一体どんな屈強な女性が来たのかと思ったのですが──驚きました。こんなに小さくて可愛らしいご令嬢で」
「小さいは余計です……」
ぷっと頬を膨らませたリィナに、アリスはすみませんと微笑む。
「リィナ様が一体フェリクスにどんな魔法を使ったのか、教えていただきたいくらいです」
「私は何も……ただ、フェリクス様の事が好きだと、訴えただけですわ」
うっすらと頬を染めたリィナに、アリスはフェリクスも年ですかねぇと呟く。
「頑固で人の話なんて微塵も聞かなかったじーさんが孫にデレデレになって周囲が驚愕するようなものでしょうか」
「じーさんは言い過ぎだと思いますけれど……いえ、孫も酷いですわ。私が小さいからって、孫は……」
「すみません、ただの比喩でそこまで深い意味は……フェリクスがそれくらい頑固だ、という事です──まぁそんなわけで、フェリクスは野獣だなんだと言われているくせに、実のところ割とぐずぐずと女々しい野郎なんですが、大丈夫ですか?」
「……大丈夫、とは?」
きょとんと首を傾げたリィナに、アリスが笑う。
「幻滅して逃げるなら今ですよ、という事です」
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