40 / 83
12.愛しい時間
3
しおりを挟む
フィリップは、ベッドに仰向けになったまま、深い憂いを含んだ青い瞳で、天井を見つめていた。
「アンジェラ」
そう呟いてみた。
お兄様、お兄様・・・。
フィリップを呼ぶ、アンジェラの、澄んだ声。
フィリップを、じっとみつめる灰色の瞳。
陽に当たって光る、柔らかな明るい茶色の巻き毛。
ふわふわとした、心溶かす、甘い砂糖菓子のような、微笑み。
フィリップは、胸を締め付けられるような、深くえぐられるような痛みを覚えて、ぎゅっと、眼を瞑った。
助けてやれなかった。
守ってやれなかった。
フィリップは、自分を責めた。
どうしたところで、忘れられるはずなどなかった。
昼間、気が紛れている間は、どうにか自分を持ちこたえることができた。
けれども、夜になって、部屋で一人になると、どうしようもない寂寥感がこみ上げて来て、心がずたずたに引き裂かれそうだった。
フィリップは、ベッドに起き上がって、手にしていた、金の繊細な細工が施された、円形の淡い緑色のペンダントを眼の前に近づけた。
亡くなったアンジェラの首にかけられていた、遺品だった。
それは、半年ほど前、フィリップが、街で見つけて、アンジェラに贈ったものだった。
「とっても素敵だわ。本当に、ありがとう、お兄様」
そういうアンジェラの表情は、それまでフィリップが眼にしたことのないほど、輝いていた。
アンジェラに、会いたかった。
たまらなく、会いたいと思った。
けれども、それは、どうあっても叶わない望みだった。
フィリップは、枕元に置いてあった新聞が眼に入って、手に取った。
先ほど、タヴァンの一階から、借りて来たものだった。
新聞は、ユースティティアとグラディウスの、一進一退の攻防を伝えていた。
アルカンスィエルが落ちたからと言って、ユースティティアという国が、無くなったわけではない。
ジャン王が無残に殺されたからといって、ユースティティア軍が、戦いを止めたわけではなかった。
それなのに、自分は一体、ここで何をしているんだ?
フィリップは、歯がゆかった。
ユースティティアの危機に、何の力にもなっていない自分が。
軍人の卵である自分が、戦いに背を向けていることが。
ウッドフィールドを目指したのは、アンジェラのためだった。
そもそも、ウッドフィールドにアンジェラを送り届けたなら、フィリップは、ユースティティアに戻るつもりだった。
それは、アンジェラには言えなかったが、リックには伝えてあった。
けれども、アンジェラが亡くなった今、何のためにウッドフィールドへ向かうのか。
フィリップは、目的を見失っていた。
アンヌのため、といえば、それはそうかもしれなかった。
ウッドフィールドにつけば、アンヌはリヴィングストン伯爵に保護されて、自分の屋敷ではない肩身の狭さはあるにせよ、ユースティティアにいた頃と変わらない貴族の生活が、待っているだろう。
ウッドフィールドは、レティシアにとっても、働きやすい環境であるに違いなかった。
アンジェラは、フィリップがウッドフィールで、穏やかに暮らすことを望んでいた。
もしもアンジェラが生きていれば、断ち難いユースティティアに対する思いはあったとしても、アンジェラのために、ウッドフィールド暮らすという選択は、ありえたかもしれない。
けれども、アンジェラが亡くなり、自分は、一体ウッドフィールで何をするのか。
そう考えた時に、いくら考えても、答えが出で来なかった。
けれども、今ここで、自分ひとりだけユースティティアに戻るとは、言い出しにくかった。
言い出したところで、みんなに止められただろう。
フィリップ、ここまで来たんだ、今はともかくウッドフィールドへ向かおうと、言われて。
だから、自分の正直な気持ちを誰にも言わずに、黙っていた。
けれども、ユースティティアから離れれば離れるほど、祖国への思慕は募った。
祖国を忘れて、ウッドフィールドでリヴィングストン伯爵に守られて、ぬくぬく暮らすことなど、到底できるはずがない。
先日、十七歳の誕生日を迎えたフィリップ・・・、デュヴィラール伯爵には、強い意思が芽生え始めていた。
レティシアが、その日の用事を全て片付け終えた時、夜は更けていた。
それでも、タヴァンの階下から、時折賑やかな声が、漏れ聞こえたので、酒場は遅くまでやっているようだった。
レティシアは、リックの部屋の前の薄暗い廊下で、じっとたたずんでいた。
どうしたらいいのかしら。
リックは、後で部屋に来い、と言った。
この扉の向こうで、リックは私を待っているのかしら。
そう思えば、早くノックをした方がいいように思えた。
けれども、それはまるで、レティシアが今夜も、抱かれることを期待しているようで、なんだかとても恥ずかしいことのように思えた。
その一方で、昨夜のように、もう一度リックに狂おしく抱かれたいという欲求を、どうしてもかき消すことが出来なかった。
本当に、どうしてしまったのかしら、私。
レティシアは、やはりぎゅうっと、両手で頬を押さえた。
たった一度、抱かれただけのこと。
たった一晩、委ねただけのこと。
それだけのことで、こうまでレティシアの身体に、リックの痕跡が刻まれて、心奪われてしまったことが、不思議で、信じられなかった。
リックと肌を重ねる前には、もう戻れない。
レティシアは、リックの部屋をノックしようと、手を振り上げた。
でも、結局止めた。
そっと、ため息をついた。
何をやっているのかしら、私。
首を振って、自分の部屋に戻ろうと、振り返った。
そして、驚いた。
階段のところで、リックが、笑いながら立っていた。
「お前が、真面目な女だということがよく分かった」
可笑しそうに笑いながら、レティシアに近づいてくる。
レティシアは、急いで、その傍をすり抜けようとした。
「待てよ」
リックは、軽々レティシアの身体を持ち上げると、自分の部屋に入った。
「ずっと見てらしたのね。嫌な方」
レティシアは、リックを突き放そうと試みたが、無駄だった。
リックは、ますます可笑しそうに笑いだした。
「これでも、褒めてるんだぜ。大方、自分から俺の部屋へ行くのが、照れくさかったんだろう?お前が自分の部屋に帰ってしまう前に、戻って来て良かった」
リックは、ごく当然のようにレティシアを抱いたまま、ベッドに座った。
レティシアは、顔を伏せたままだった。
「こっちを向けよ」
レティシアの顎に手をかけようとしたリックを、レティシアは振り払った。
「レティシア」
けれども、レティシアは、顔を背けた。
「怒ったのか?」
レティシアは、反対を向いて、顔を見せなかった。
なあ、と半ば強引にレティシアの顔を、自分の方へ向けて、リックは戸惑った。
リックを虜にする、その美しいヘーゼルの瞳が、涙を含んでいて、まばたきと共に、頬に伝った。
「俺が、悪かった。笑いすぎた」
リックは、神妙な面持ちになった。
「なあ、どうすれば、機嫌を直す?もう一度、シードケーキを持ってくるか?」
リックは、レティシアの機嫌を伺うように、瞳を覗きこんだ。
レティシアは、答えなかった。
「機嫌を直せよ」
大抵の男がそうであるように、リックも女の涙は、苦手だった。
ましてや、レティシアを泣かせた原因は、自分にあるのだから、少なからず罪悪感があった。
「私の、気持ちなんて・・・」
「何?」
「私の気持ちなんて、あなたにはわかりませんわ」
「何の話だ?」
「今朝から、好きなように振舞って、私がどんなに困っているか、考えてはもらえませんもの」
リックは、何のことかピンとこなかった。
「あんな風にされて、どうしたらいいかなんて、わかりませんもの」
レティシアの瞳から、大粒の涙が伝った。
そう言われて、ようやく、リックは思い当った。
レティシアは、男に慣れてない。
それは、身体だけではないということか。
要するに、心も、慣れてない。
初めての経験に、気持ちが、追いついてないわけだ。
ようやく、リックは気付いた。
繊細な乙女心というものに。
なんてこった。
リックは、ふっと、ため息をついた。
「俺が悪かった」
リックは膝の上の、レティシアの手を取って、雑用で荒れたその指先を、見つめながら言った。
「男は、好きな女が傍にいると、すぐ手を出したくなる。好きな女が魅力的なら、尚更そうだ。ずっと触れていたくなる」
レティシアの頬の涙を、リックは指で拭ってやった。
「だけど、お前が困るなら、これからは、ちゃんとお前に触れていいか、聞いてからにする。お前が嫌なら、触れない。それでいいか?」
返事を促す様に、リックはレティシアの身体を揺すった。
レティシアは、小さくうなずいた。
「早速聞く。今から、お前に触れていいか?昨夜みたいに、お前を抱きたい」
黒い瞳を真っ直ぐに向け、単刀直入に聞かれて、レティシアは、答えに詰まった。
けれども、素直に、リックの胸に頬を寄せて、小さくうなずいた。
今、リックに抱かれたいという想いに、嘘を付く必要はないのだと、思えた。
リックは、すぐに、レティシアの服のボタンをはずしにかかった。
レティシアが裸になり、肌にリックの愛撫を受け始めるまでに、時間はかからなかった。
昨日とは、まるで違う。
乳房に優しく触れるリックの指と、唇に、吐息をもらしながら、レティシアはそう思った。
こうして、肌を重ねることに、戸惑いと羞恥はまだ消えなかったけれど、昨夜のように、怖いとは思わなかった。
乳房に触れながら、喉元に、背中に、腰に這うリックの唇が、レティシアを甘やかに攻め立てる。
レティシア、愛している。
愛している、レティシア・・・。
耳元で、何度も囁かれて、言葉にならない想いが、レティシアの胸に溢れた。
そっと指で秘所をなぞられて、レティシアは声を上げた。
疼きに耐えるように、リックのたくましい身体にすがりついた。
少しずつ、リックが入って来て、レティシアは、まだ少し痛みを覚えた。
けれども、昨日に比べると、随分痛みは和らいでいた。
リックの動きに合わせて、身体に走る疼きが次第に強くなっていき、喘ぎが抑えられなくなる。
レティシアが昇り詰めるのは、昨日よりも早かった。
レティシアが達した後、すぐにリックも低いうめき声を上げて、射った。
余韻の中、リックの抱擁を受けながら、レティシアは、一層、愛が深まっていることに気付いた。
愛しさは、昨日よりも、ずっと募っていた。
レティシアは、眼を閉じて、リックの温もりを忘れないよう、心に刻んでいた。
夜が、明け始めていた。
そろそろ出発の用意を始めなければならなかった。
レティシアよりも先に目覚めたリックは、ズボンを身に着けて、ベッドの端に座った。
レティシアは、まだ眠っていた。
昨夜は、もう一度愛し合った後、ふたりとも、そのまま眠ってしまっていた。
レティシアの穏やかな寝顔を見つめながら、本当なら、このまま寝かしておいてやりたかった。
リックがそう思いながら、髪に触れても、起きる気配はなかった。
ブリストンに連れて帰ったら、好きなだけ愛し合った後、好きなだけ眠らせてやる。
無垢な寝顔を見つめながら、そう思った。
リックの指が、何度かレティシアの頬を撫でて、その瞳が、ゆっくりと開く。
レティシアは、裸のまま、うつ伏せで、毛布が背中から下を隠しているものの、しなやかな肩と腕が、あらわになっていた。
リックは、その肩に口づけずにはいられなかった。
「私、あのまま、眠って・・・」
「疲れていたんだろう」
リックは、レティシアの肩に、唇を当てながら答えた。
そこへ、突如、部屋をノックする音が高く響いた。
「リック、おはよう。ちょっといいかな」
フィリップの声だった。
その時になって、部屋の鍵をかけていなかったことに気付いた二人だったが、もう遅すぎた。
ふたりが、はっと、ドアの方へ眼を遣った瞬間、ドアが開いた。
一瞬、フィリップと、レティシアの眼が合った。
「ごめん!」
フィリップは、蒼くなって、開きかけたドアを、そのままばたんと閉めた。
リックがレティシアを見ると・・・、恥ずかしさで一杯だったのだろう、両手で顔を覆ったまま、動かなかった。
「まあ・・・、フィリップもお前も、免疫がついていいんじゃないか」
リックはそれ以外に、慰めの言葉を知らなかった。
「アンジェラ」
そう呟いてみた。
お兄様、お兄様・・・。
フィリップを呼ぶ、アンジェラの、澄んだ声。
フィリップを、じっとみつめる灰色の瞳。
陽に当たって光る、柔らかな明るい茶色の巻き毛。
ふわふわとした、心溶かす、甘い砂糖菓子のような、微笑み。
フィリップは、胸を締め付けられるような、深くえぐられるような痛みを覚えて、ぎゅっと、眼を瞑った。
助けてやれなかった。
守ってやれなかった。
フィリップは、自分を責めた。
どうしたところで、忘れられるはずなどなかった。
昼間、気が紛れている間は、どうにか自分を持ちこたえることができた。
けれども、夜になって、部屋で一人になると、どうしようもない寂寥感がこみ上げて来て、心がずたずたに引き裂かれそうだった。
フィリップは、ベッドに起き上がって、手にしていた、金の繊細な細工が施された、円形の淡い緑色のペンダントを眼の前に近づけた。
亡くなったアンジェラの首にかけられていた、遺品だった。
それは、半年ほど前、フィリップが、街で見つけて、アンジェラに贈ったものだった。
「とっても素敵だわ。本当に、ありがとう、お兄様」
そういうアンジェラの表情は、それまでフィリップが眼にしたことのないほど、輝いていた。
アンジェラに、会いたかった。
たまらなく、会いたいと思った。
けれども、それは、どうあっても叶わない望みだった。
フィリップは、枕元に置いてあった新聞が眼に入って、手に取った。
先ほど、タヴァンの一階から、借りて来たものだった。
新聞は、ユースティティアとグラディウスの、一進一退の攻防を伝えていた。
アルカンスィエルが落ちたからと言って、ユースティティアという国が、無くなったわけではない。
ジャン王が無残に殺されたからといって、ユースティティア軍が、戦いを止めたわけではなかった。
それなのに、自分は一体、ここで何をしているんだ?
フィリップは、歯がゆかった。
ユースティティアの危機に、何の力にもなっていない自分が。
軍人の卵である自分が、戦いに背を向けていることが。
ウッドフィールドを目指したのは、アンジェラのためだった。
そもそも、ウッドフィールドにアンジェラを送り届けたなら、フィリップは、ユースティティアに戻るつもりだった。
それは、アンジェラには言えなかったが、リックには伝えてあった。
けれども、アンジェラが亡くなった今、何のためにウッドフィールドへ向かうのか。
フィリップは、目的を見失っていた。
アンヌのため、といえば、それはそうかもしれなかった。
ウッドフィールドにつけば、アンヌはリヴィングストン伯爵に保護されて、自分の屋敷ではない肩身の狭さはあるにせよ、ユースティティアにいた頃と変わらない貴族の生活が、待っているだろう。
ウッドフィールドは、レティシアにとっても、働きやすい環境であるに違いなかった。
アンジェラは、フィリップがウッドフィールで、穏やかに暮らすことを望んでいた。
もしもアンジェラが生きていれば、断ち難いユースティティアに対する思いはあったとしても、アンジェラのために、ウッドフィールド暮らすという選択は、ありえたかもしれない。
けれども、アンジェラが亡くなり、自分は、一体ウッドフィールで何をするのか。
そう考えた時に、いくら考えても、答えが出で来なかった。
けれども、今ここで、自分ひとりだけユースティティアに戻るとは、言い出しにくかった。
言い出したところで、みんなに止められただろう。
フィリップ、ここまで来たんだ、今はともかくウッドフィールドへ向かおうと、言われて。
だから、自分の正直な気持ちを誰にも言わずに、黙っていた。
けれども、ユースティティアから離れれば離れるほど、祖国への思慕は募った。
祖国を忘れて、ウッドフィールドでリヴィングストン伯爵に守られて、ぬくぬく暮らすことなど、到底できるはずがない。
先日、十七歳の誕生日を迎えたフィリップ・・・、デュヴィラール伯爵には、強い意思が芽生え始めていた。
レティシアが、その日の用事を全て片付け終えた時、夜は更けていた。
それでも、タヴァンの階下から、時折賑やかな声が、漏れ聞こえたので、酒場は遅くまでやっているようだった。
レティシアは、リックの部屋の前の薄暗い廊下で、じっとたたずんでいた。
どうしたらいいのかしら。
リックは、後で部屋に来い、と言った。
この扉の向こうで、リックは私を待っているのかしら。
そう思えば、早くノックをした方がいいように思えた。
けれども、それはまるで、レティシアが今夜も、抱かれることを期待しているようで、なんだかとても恥ずかしいことのように思えた。
その一方で、昨夜のように、もう一度リックに狂おしく抱かれたいという欲求を、どうしてもかき消すことが出来なかった。
本当に、どうしてしまったのかしら、私。
レティシアは、やはりぎゅうっと、両手で頬を押さえた。
たった一度、抱かれただけのこと。
たった一晩、委ねただけのこと。
それだけのことで、こうまでレティシアの身体に、リックの痕跡が刻まれて、心奪われてしまったことが、不思議で、信じられなかった。
リックと肌を重ねる前には、もう戻れない。
レティシアは、リックの部屋をノックしようと、手を振り上げた。
でも、結局止めた。
そっと、ため息をついた。
何をやっているのかしら、私。
首を振って、自分の部屋に戻ろうと、振り返った。
そして、驚いた。
階段のところで、リックが、笑いながら立っていた。
「お前が、真面目な女だということがよく分かった」
可笑しそうに笑いながら、レティシアに近づいてくる。
レティシアは、急いで、その傍をすり抜けようとした。
「待てよ」
リックは、軽々レティシアの身体を持ち上げると、自分の部屋に入った。
「ずっと見てらしたのね。嫌な方」
レティシアは、リックを突き放そうと試みたが、無駄だった。
リックは、ますます可笑しそうに笑いだした。
「これでも、褒めてるんだぜ。大方、自分から俺の部屋へ行くのが、照れくさかったんだろう?お前が自分の部屋に帰ってしまう前に、戻って来て良かった」
リックは、ごく当然のようにレティシアを抱いたまま、ベッドに座った。
レティシアは、顔を伏せたままだった。
「こっちを向けよ」
レティシアの顎に手をかけようとしたリックを、レティシアは振り払った。
「レティシア」
けれども、レティシアは、顔を背けた。
「怒ったのか?」
レティシアは、反対を向いて、顔を見せなかった。
なあ、と半ば強引にレティシアの顔を、自分の方へ向けて、リックは戸惑った。
リックを虜にする、その美しいヘーゼルの瞳が、涙を含んでいて、まばたきと共に、頬に伝った。
「俺が、悪かった。笑いすぎた」
リックは、神妙な面持ちになった。
「なあ、どうすれば、機嫌を直す?もう一度、シードケーキを持ってくるか?」
リックは、レティシアの機嫌を伺うように、瞳を覗きこんだ。
レティシアは、答えなかった。
「機嫌を直せよ」
大抵の男がそうであるように、リックも女の涙は、苦手だった。
ましてや、レティシアを泣かせた原因は、自分にあるのだから、少なからず罪悪感があった。
「私の、気持ちなんて・・・」
「何?」
「私の気持ちなんて、あなたにはわかりませんわ」
「何の話だ?」
「今朝から、好きなように振舞って、私がどんなに困っているか、考えてはもらえませんもの」
リックは、何のことかピンとこなかった。
「あんな風にされて、どうしたらいいかなんて、わかりませんもの」
レティシアの瞳から、大粒の涙が伝った。
そう言われて、ようやく、リックは思い当った。
レティシアは、男に慣れてない。
それは、身体だけではないということか。
要するに、心も、慣れてない。
初めての経験に、気持ちが、追いついてないわけだ。
ようやく、リックは気付いた。
繊細な乙女心というものに。
なんてこった。
リックは、ふっと、ため息をついた。
「俺が悪かった」
リックは膝の上の、レティシアの手を取って、雑用で荒れたその指先を、見つめながら言った。
「男は、好きな女が傍にいると、すぐ手を出したくなる。好きな女が魅力的なら、尚更そうだ。ずっと触れていたくなる」
レティシアの頬の涙を、リックは指で拭ってやった。
「だけど、お前が困るなら、これからは、ちゃんとお前に触れていいか、聞いてからにする。お前が嫌なら、触れない。それでいいか?」
返事を促す様に、リックはレティシアの身体を揺すった。
レティシアは、小さくうなずいた。
「早速聞く。今から、お前に触れていいか?昨夜みたいに、お前を抱きたい」
黒い瞳を真っ直ぐに向け、単刀直入に聞かれて、レティシアは、答えに詰まった。
けれども、素直に、リックの胸に頬を寄せて、小さくうなずいた。
今、リックに抱かれたいという想いに、嘘を付く必要はないのだと、思えた。
リックは、すぐに、レティシアの服のボタンをはずしにかかった。
レティシアが裸になり、肌にリックの愛撫を受け始めるまでに、時間はかからなかった。
昨日とは、まるで違う。
乳房に優しく触れるリックの指と、唇に、吐息をもらしながら、レティシアはそう思った。
こうして、肌を重ねることに、戸惑いと羞恥はまだ消えなかったけれど、昨夜のように、怖いとは思わなかった。
乳房に触れながら、喉元に、背中に、腰に這うリックの唇が、レティシアを甘やかに攻め立てる。
レティシア、愛している。
愛している、レティシア・・・。
耳元で、何度も囁かれて、言葉にならない想いが、レティシアの胸に溢れた。
そっと指で秘所をなぞられて、レティシアは声を上げた。
疼きに耐えるように、リックのたくましい身体にすがりついた。
少しずつ、リックが入って来て、レティシアは、まだ少し痛みを覚えた。
けれども、昨日に比べると、随分痛みは和らいでいた。
リックの動きに合わせて、身体に走る疼きが次第に強くなっていき、喘ぎが抑えられなくなる。
レティシアが昇り詰めるのは、昨日よりも早かった。
レティシアが達した後、すぐにリックも低いうめき声を上げて、射った。
余韻の中、リックの抱擁を受けながら、レティシアは、一層、愛が深まっていることに気付いた。
愛しさは、昨日よりも、ずっと募っていた。
レティシアは、眼を閉じて、リックの温もりを忘れないよう、心に刻んでいた。
夜が、明け始めていた。
そろそろ出発の用意を始めなければならなかった。
レティシアよりも先に目覚めたリックは、ズボンを身に着けて、ベッドの端に座った。
レティシアは、まだ眠っていた。
昨夜は、もう一度愛し合った後、ふたりとも、そのまま眠ってしまっていた。
レティシアの穏やかな寝顔を見つめながら、本当なら、このまま寝かしておいてやりたかった。
リックがそう思いながら、髪に触れても、起きる気配はなかった。
ブリストンに連れて帰ったら、好きなだけ愛し合った後、好きなだけ眠らせてやる。
無垢な寝顔を見つめながら、そう思った。
リックの指が、何度かレティシアの頬を撫でて、その瞳が、ゆっくりと開く。
レティシアは、裸のまま、うつ伏せで、毛布が背中から下を隠しているものの、しなやかな肩と腕が、あらわになっていた。
リックは、その肩に口づけずにはいられなかった。
「私、あのまま、眠って・・・」
「疲れていたんだろう」
リックは、レティシアの肩に、唇を当てながら答えた。
そこへ、突如、部屋をノックする音が高く響いた。
「リック、おはよう。ちょっといいかな」
フィリップの声だった。
その時になって、部屋の鍵をかけていなかったことに気付いた二人だったが、もう遅すぎた。
ふたりが、はっと、ドアの方へ眼を遣った瞬間、ドアが開いた。
一瞬、フィリップと、レティシアの眼が合った。
「ごめん!」
フィリップは、蒼くなって、開きかけたドアを、そのままばたんと閉めた。
リックがレティシアを見ると・・・、恥ずかしさで一杯だったのだろう、両手で顔を覆ったまま、動かなかった。
「まあ・・・、フィリップもお前も、免疫がついていいんじゃないか」
リックはそれ以外に、慰めの言葉を知らなかった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる