Joker

海子

文字の大きさ
上 下
13 / 83
2.御者リック

しおりを挟む
 「リック、もう少し何とかならなかったのか」
「変に期待させる方が、酷だろ。はっきり言ってやった方が、あいつらのためさ」 
「それは、そうかもしれないが」 
がっかりしているフランクを見て、リックはフランクも病気だな、と思った。 
それは、困ってる者は、誰でも助けてやらなければならない、という病だった。 
そして、力が及ばないと、少なからず自分を責める。 
もう出会ってから十年以上過ぎたが、その性分は変わらなかった。
リックにしてみれば、フランクは笑えるくらい真面目だったが、貧しい者、弱い者のために、自らを犠牲にして尽くそうとする姿には、神聖な気持ちにすらなった。 
フランクは、マクファーレンの御曹司だった。 
家業を手伝って普通に暮らしていれば、何不自由ない生活を送れたはずなのに、わざわざ自分から、重い荷物を背負いに行っていた。 
貧困地区の診療所は、まともに支払いのできない者も多かった。 
それでも、フランクは診てやった。 
祖母のセルマも、少しは援助してやるといいのに、家業を離れた者には、一切の援助をしなかった。 
セルマは、本人の希望が非常に強かったこともあり、フランクが医者になることに、特別反対はしなかったが、家業に就かない者の支援はせず、家には住まわせなかった。 
それで、フランクは、半年前に結婚した妻と、街中の手狭なアパートに、二人で住んでいた。
「もう忘れろよ」 
リックは、フランクの肩をぽんと叩いた。
フランクもようやく気を取り直したのか、 
「きれいな人だったね」 
と、後ろを振り返った。 
さすがに、もういなかった。 
「さっきの女か?まあ確かにな」 
リックも、美人だとは思ったが、違和感は拭えなかった。 
フォルティスの言葉を流暢に話し、召使いとは思えない品のある話し方、歩き方、どれをとっても不自然だった。
「アルカンスィエルの人じゃないらしいけど」 
「何だ、そんなことまで喋ってたのか」 
「話の流れでね。最初、ここへ来た時に、やっぱり、さっきみたいに私を見送りに来てくれたんだよ。その時に聞いたんだ。一年前まで、コルマノンで暮らしてた、田舎者だと言っていたけど、とてもそうは見えないね」 
「コルマノン・・・」
コルマノンは、ユースティティアの田舎町だ。 
コルマノンで、あんな上品な女が出来上がるとは、とても思えなかった。 
違和感は、さらに募ったが、まあ、俺にはどうでもいいことだ、と思い直した。
気の重い仕事を終えて、リックは腹の空いていることに気付いた。 
考えてみれば、昨日の夜から何も食べていなかった。 
早く、バッカスに戻って、アダムの作った揚げたてのフライでビールを飲もうと思った。
アダムは、バッカスの腕のいい料理人だった。 
リックがそんなことを考えていると、建物の陰に立つ、帽子を目深に被った男の姿が、眼に入った。
 目つきが鋭い。
そして、ホワイトローズの二階を見上げている。 
フランクも気付いた。 
「リック、もしかして・・・」 
「黙って、そのまま歩け」
「だけど、知らせてやらないと」 
「いいから、歩けよ」 
戻ろうとするフランクの袖を、リックは、強引に引っ張った。 
俺には、関係ない。 
俺は、今から、バッカスに戻って、ビールとうまいフライを食うんだ。
リックは心の中で、再度呟いた。 
そうだ、俺には関係ない・・・。 
脳裏に、さっきの優しい顔が甦った。
「どうぞ、お気をつけて。ごきげんよう」
ヘーゼルの瞳で、柔らかく微笑んでいた。 
俺に向かって。
「畜生・・・」 
「リック」
「そのまま歩け、フランク。ミルフェアストリートに出たら、急いでバッカスの馬屋へ行って、馬丁によく走る馬を六頭、角の古着屋の前に用意させろ。すぐにだ」 
「私も一緒に行くよ」 
「馬鹿言うな。生まれてくるガキはどうするんだ?父なし子にするのか。俺がケイティに殺される」 
フランクの妻は、二人の初めての子供を妊娠中だった。 
「俺は裏口から、ホワイトローズに戻る。じゃあな」 
リックはそのまま、素早く路地に入ると、ホワイトローズまで走った。 
そして、裏口からホワイトローズに駆け込むと、さきほど降りたばかりの階段を駆け上がり、ノックもせずに、部屋を開けた。 
 中の五人は・・・、アンヌ以外は、突然飛び込んできたリックに、一様に驚いた。 
「刺客がいる。話は後だ。すぐ、裏口から出る。荷物はいらない。金目のものだけ、腹に括りつけろ」 
みな、顔色が変わった。 
「さっさとしろよ。時間はないぜ」 
その言葉で、みな我に返った。 
フォルティスの言葉がわからないピエールには、レティシアが通訳してやっていた。 
「みんな、馬には乗れるのか」 
「私は、士官学校の騎兵科の生徒だ。アンジェラは、あまり得意ではないけれど、私が手ほどきしているので何とか。アンヌと、ピエールも。レティシアは・・・」
「大丈夫です」 
用意をする手を止めずに、レティシアが言った。 
リックは、ベッドの端に腰をかけていたアンジェラの前に立つと、 
「騒ぐなよ」 
と、その身体を担ぎあげた。 
リックは、椅子を持ち上げるよりも軽いように感じた。 
きゃっ、とアンジェラは声を上げて、荷物のようにリックの肩に、担ぎあげられた。 
取るものもとりあえず、皆、階段から降りる。 
裏口から、そっと抜け出すと、ミルフェアストリートの古着屋を目指した。
フィリップを狙っているのだとすれば、刺客が、さっきの男ひとりとは思えなかった。
ちょうど、仲間を呼び寄せていたのだろう、とリックは踏んだ。
六人は黙って、路地を足早に進む。 
誰も何も話さない分、本当に狙われているのだという緊張感が増した。
わめき声が、聞こえた。 
先頭を行くリックが振り返ると、先ほど、ホワイトローズの二階を見上げていた男が、ひとりの若者の襟を掴んで、こちらを指さして、なにやらわめいている。 
フォルティスの言葉ではなかった。
「走れっ!」 
 一行は、全速力で走って、ミルフェアストリートに出た。
ミルフェアストリートを行き交う大勢の人々は、大人が全速力で走っているのを、驚いた様子で振り返った。
角の古着屋を見て、リックはしめた、と思った。
鞍のついた馬が、六頭用意されていた。 
リックは、アンジェラを抱えたまま古着屋まで走ると、まずアンジェラを馬に乗せて、手綱を握らせた。
リックが馬に行けっ、と命じて、背中を軽く叩いただけで、馬は走りだした。
そして、振り返ると、既に馬上にいたフィリップの胸倉を掴んで頭を下げさせ、 
「ノックスのタヴァン、サニーだ。行けっ!」 
と、耳元で呟いた。 
そして、ちょうど馬に上がろうとしていたアンヌを、抱え上げた。 
アンヌは、それが当然のごとく、礼を言うでもなく、フィリップの後を追った。
後は、レティシアと、ピエールだった。
振り返ると、レティシアは、転んだピエールの傍らで、その腕を取って、立ちあがらせようとしていた。
後には、先ほどの男と襟首を掴まれた若者と、さらには、もうひとり男がいて、大声を上げながら、こちらに銃を向けて来る。 
リックは、レティシアの腕を掴むと、 
「いいから、お前は先に行け」 
と、アンヌの後を追わせた。
ピエールも、ようやく立ちあがって走り出したが、どこかを痛めたのか、片足を引きずっていた。 
銃声が響く。
混雑するミルフェアストリートに、悲鳴が上がる。
撃ってきやがった、こんなところで! 
リックがそう思ったその時、ピエールが、その場に崩れ落ちた。
「おいっ!」 
胸を撃ち抜かれていた。 
ピエールの身体が、地面へと崩れ落ちる。 
「しっかりしろ!」 
けれども、ピエールは、もう立ちあがることが出来なかった。 
何か、言おうとしているのか、唇が震えている。 
じっと、懇願するような眼で、リックを見つめて、頼み込むように腕を掴んだ。 
ユースティティアの言葉はわからなかったが、ピエールがフィリップ、と言ったのだけは分かった。 
けれども、そのあとは続かなかった。
ピエールの身体から、力が抜けた。
「おいっ!」 
ピエールの身体をゆするリックに、再び、銃弾が飛んでくる。
銃弾は、頭をかすめた。 
何て腕のいい奴らだ。 
グラディウスの王の執念が、リックにも分かった。 
リックは、諦めて、古着屋の前へ走った。 
後方からの怒鳴り声が、大きくなる。 
止まれ、とでも、撃つぞ、とでも言っているのか。
それには、振り返らずに、一気に馬に上がる。
男がひとり、追いついて来て、馬にしがみついた。
驚いた馬が、いななきを上げる。 
リックは振り向きざま、その男の肩を蹴り下ろした。 
男は、肩を押さえて、地面に尻もちをついた。
一瞬、そのキツネ目の男と眼があった。 
強い、憤りの籠もった眼をしていた。 
リックは、振り返らずに、一目散に駆けた。
夕暮れ近づくブリストンは、街が茜色に染まろうとしていた。 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...