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12.レティシアの決心
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数日後、仕事を終えたリックは、いつものように夜の九時過ぎに、フランクの家を訪れた。
もちろん、それは、レティシアに会いに行くためだったが、先日、レティシアから、ケイティがリックに話があると、聞かされていたので、それを聞きに行くのも目的だった。
が、ケイティは、改めて日時を指定してきた。
今、ここでは話せないの、と言った。
どうやら、レティシアには、聞かせたくない様子で、当のレティシアは、話のあらましを知っているのか、気づかわしげな眼で、ケイティとリックを、交互に見つめていた。
指定された日時にリックが、フランクの家へ訪れると、レティシアは、アンディ、デイヴと共にマクファーレンの実家へ行っており、留守だった。
そこまでするからには、相当込み入った話なのかと、リックも気持ちを引き締めた。
リックは、その日も仕事帰りで、時刻は九時を過ぎていたが、フランクは、まだ帰っていなかった。
ギルとウォルトは、既にベッドの中だった。
酒は出てこず、ケイティは、リックにソファを勧め、お茶を入れた。
「話というのは・・・、レティシアのことよ」
リックの向かいに座りながら、ケイティは、そう切り出した。
「だろうな」
「単刀直入に言うわ。今後一切、夜、レティシアを連れ出すことを、止めてほしいの。あなた、バッカスから引っ越したそうだけど、自宅にレティシアを連れて行くことも、禁止します」
ケイティは、きっぱり言い切った。
「レティシアには、もう会うなってことか」
「そうは言ってないわ。これまで通り、レティシアが、昼食を届けに行くのは、かまわないわ。今夜のように、仕事帰りに、あなたがここへ立ち寄ることもかまわない。ふたりの都合をつけて、日の高い間に、外で会うことに関しては、問題ないわ」
「つまり、男と女の関係を、止めろって?」
「そういうこと」
「訳を聞こうか。そこまで口を出すんなら、それなりの理由があるんだろう」
「世間の批判から、レティシアを守るためよ」
「俺たちのことを、とやかく言う奴がいるのか?」
リックは、眉をひそめた。
「今はまだいないわ。でも、そういうことを続けていれば、必ず、人の口に上る」
「言いたければ、好きなだけ言えばいい。俺達には、関係ない」
「あなたは、それでもいいでしょうね、男ですもの。でもレティシアは違う。こういったことは、女の方が、酷く言われるものよ。こういう言い方をして、ごめんなさい。・・・あの娘は、未婚のくせに、ふしだらな娘だって」
「言いたい奴には、言わせておけばいい。いずれ、結婚する。とやかく言われる筋合いはない」
「もし、子供が出来たら、どうするの?あの娘に、また、哀しい想いをさせるの?」
「今後は、出来ないように気を付ける。それで、問題ないだろう?」
リックは、苛立ちを覚えていた。
リックは、これまで世間体というものを、さほど、気にせずに生きて来た。
だから、今、突然、世間体を気にしろと言われたところで、そういう生き方を、すぐに受け入れることは難しかった。
ただ、自分だけの事なら、右から左へ聞き流して終わらせただろうが、レティシアに関わって来るとなると、ケイティの話に、耳を傾けないわけにはいかなかった。
「リック・・・、私の言っていることが、わかってもらえないようね」
「周りを気にしていて、何ができる?くだらない陰口を叩く奴とは、付き合わなければいい」
「あなたたちが、マクファーレンと縁を切る覚悟なら、それでもいいかもしれないわね」
「何?」
「あなたが・・・、あなたとレティシアが、今後一切、マクファーレンと関わりを持たないのなら、自由にしてくれて結構よ。でも、リック、冷静になって、考えてちょうだい」
リックの向かいに座るケイティのアンバーの瞳には、信念があった。
それで、リックは、この話し合いは、思い付きなどではなく、ケイティなりに熟慮を重ねたうえでの、話し合いなのだと言うことが、よくわかった。
「レティシアは、これから、身寄りのない外国で、生きて行かなくてはならない。いくら、頼りにできる夫がいるからと言って、レティシアの、全ての拠り所になることができると思う?本当に、あなただけで、十分だと思う?」
そう言われると、リックは、答えようがなかった。
「これからブリストンで生きていくために、彼女には・・・、レティシアには、家族や、友人が、必要よ。マクファーレンの家族や、友人が、彼女のこれからの支えになってくれるでしょう。だったら、レティシアに関する不評の芽を摘んでおくことは、私は、大切なことだと思うの。レティシアに、少しでも、より良い環境を与えてあげることも、あなたの役割なのじゃないかしら。男のあなたにとっては、辛い時間になるんでしょうけど。私の言っていること、間違っているかしら?」
正論だった。
正論過ぎて、反論の隙が無かった。
「私は、ユースティティアの修道院からやって来た、身寄りはないけれど、行儀のいい娘として、レティシアを、あなたに嫁がせてあげたいの」
「この話は、レティシアにもしたのか」
「ええ、したわ」
「レティシアは、何て言ってる?」
「彼女は、私の提案を受け入れたわ。彼女は、マクファーレンに嫁ぐということを、よく理解している。でも、あなたが、誘えば・・・、彼女はついて行くでしょうね」
「だから、俺に釘を刺しているっていう訳か」
「その通りよ」
リックは押し黙った。
その沈黙が、ケイティに対する抗議なのか、それとも、違っているのか、その心中を、測りかねた。
だから、しばしの沈黙の後、
「リック、これは、私が間違っているとか、あなたが間違っているとかいう、問題じゃない。あなたの言う通り、周りを気にせずに、本人の想いが優先される世の中だったら、どれだけ素敵かしら。私は、親の反対を押し切って、自分の気持ちに正直に、フランクと結婚したわ。今は、とても幸せだし、後悔はしていない。でも、いつもどこか、心にひっかかりを持っている。誰からも、祝福されて結婚したかった、って。レティシアには、私のような想いをしてほしくないの。私のこの気持ち、わかってもらえるかしら?」
ケイティは、そう、尋ねた。
「少なくとも、レティシアのことを、大切に考えてくれているのは、わかった」
リックのその言葉で、ケイティは、そっと、笑みを漏らした。
「レティシアには、あなたしか、いないんでしょう?」
リックには、その言葉が、妙に響いた。
ケイティのアンバーの瞳を見つめるリックを、ケイティも、じっと、見返した。
「もしかして、知っているのか?左肩の・・・」
左肩の烙印と言おうとして、リックは言葉を飲み込んだ。
「数か月前、バッカスで、あなたが大乱闘を起こした日よ。酔った私たちの悪戯で、レティシアに、モスリンのドレスを着せた時、私、着替えを手伝ったの。その時に、偶然、眼に入ったのよ」
そういう、ケイティの瞳は、落ち着いていた。
リックを責めるような口ぶりは、一切なかった。
「それで、私、全部わかったような気がした。何故、あなたが、レティシアの過去を、彼女に伝えようとしないのか。きっと、彼女にとっては、記憶を失いたくなるような、酷い過去があったということなのでしょう」
「ケイティ、俺は・・・」
「誤解しないで、リック。私は、レティシアの過去を知りたいわけじゃない。それに、あの烙印を刻まれたのは、レティシアが記憶を失う五年以上前のはず。だとすれば、レティシアは、まだ二十歳になっていない。二十歳にならない、あんなに素直な娘が、取り返しのつかない過ちを犯したとは、到底、思えないの。ユースティティアは・・・、今のフィリップ国王になる以前は、色々、問題の多い国だったと聞いているわ。レティシアは、その真面目は人柄を、きっと狡猾な大人に利用されたのでしょうね」
「ご明察だ。恐れ入る」
リックも、脱帽だった。
前から、賢明だとは思っていたが、流石に、これほど、思慮に長けた女だとは、思いもしなかった。
「過ぎ去ったことは、もうどうでもいい。大切なことは、これからのことよ。私は、あの優しくて、真面目で、一途な娘を、幸せにしてあげたいと思う。だから、あなたにとって、耳が痛いのを承知で、こういった話をしているの。あなたも、そうでしょう?・・・レティシアを、どうしても、幸せにしてあげたいのでしょう?教会で、きちんと式を挙げて、世界初の蒸気機関車の開発に携わった、リック・スペンサーの正式な妻として、迎えてあげたいのでしょう?」
「そうだ。その通りだ」
「だったら、この私の提案を受け入れるべきね。レティシアは、素直で、真面目で、誰からも、愛される娘だわ。私は、レティシアを、誰からも愛される、美しい娘のままで、あなたに嫁がせます」
ケイティは、きっぱりと言い切った。
リックは、その提案をのまないわけにはいかなかった。
何故なら、ケイティの言う通り、全ては、レティシアのためだったから。
そして、今後、陰になり日向になり、守ってくれるのは、結局、ケイティのような女なのだ、ということを、今、痛烈に理解したからだった。
リックは、ケイティと話した後、荷物の積みあがった新居のアパートへ、戻った。
自室にアルコールの用意はなく、バッカスのように、下へ行けば、酒を飲ませる店があるわけでもなく、リックは、素面のまま、ベッドに仰向けになった。
ケイティの言うことは、よくわかった。
ケイティの言うことは、正しかった。
後は、俺自身の問題か。
灯りがひとつ灯っただけの、薄暗い部屋で、リックはそう呟いた。
レティシアを抱く前なら、まだ、易しいことなのかもしれなかった。
でも、もう肌を重ねた後だ。
五年ぶりに、レティシアの匂いと、息遣いと、何よりも、肌の感触を覚え、わかち合った後で、今更、辛抱しろって?
男にとっちゃ、拷問だぜ。
リックは、頭が痛かった。
最近、色香を増して、一段と美しくなったレティシアを思い出して、悶々とする気持ちを、抑えられそうになかった。
ケイティも、難題を突き付けやがる。
リックは、恨みがましい気持ちにもなった。
けれども・・・、レティシアのためだ、というのなら、のまないわけにはいかなかった。
先ほどの、ケイティの言葉が、甦る。
「レティシアは、素直で、真面目で、誰からも、愛される娘だわ。私は、レティシアを誰からも愛される、美しい娘のままで、あなたに嫁がせます」
ケイティの、年長者としての、家族としての、温かな愛情のこもった言葉だった。
「教会で、きちんと式を挙げて、世界初の蒸気機関車の開発に携わった、リック・スペンサーの正式な妻として、迎えてあげたいのでしょう?」
・・・そうだ、その通りだ。
燻ってる前に、やることあるだろ。
時間を見つけて、当分、役所通いだ。
リックは、自分自身に発破をかけた。
レティシアとの結婚に向けて、動き出すことにした。
ふと、リックは、思った。
そうか、ケイティが、誰かに似て来たと思ったら・・・。
そうだ、あの口やかましい、頑固で、一筋縄ではいかない、セルマだ。
もちろん、それは、レティシアに会いに行くためだったが、先日、レティシアから、ケイティがリックに話があると、聞かされていたので、それを聞きに行くのも目的だった。
が、ケイティは、改めて日時を指定してきた。
今、ここでは話せないの、と言った。
どうやら、レティシアには、聞かせたくない様子で、当のレティシアは、話のあらましを知っているのか、気づかわしげな眼で、ケイティとリックを、交互に見つめていた。
指定された日時にリックが、フランクの家へ訪れると、レティシアは、アンディ、デイヴと共にマクファーレンの実家へ行っており、留守だった。
そこまでするからには、相当込み入った話なのかと、リックも気持ちを引き締めた。
リックは、その日も仕事帰りで、時刻は九時を過ぎていたが、フランクは、まだ帰っていなかった。
ギルとウォルトは、既にベッドの中だった。
酒は出てこず、ケイティは、リックにソファを勧め、お茶を入れた。
「話というのは・・・、レティシアのことよ」
リックの向かいに座りながら、ケイティは、そう切り出した。
「だろうな」
「単刀直入に言うわ。今後一切、夜、レティシアを連れ出すことを、止めてほしいの。あなた、バッカスから引っ越したそうだけど、自宅にレティシアを連れて行くことも、禁止します」
ケイティは、きっぱり言い切った。
「レティシアには、もう会うなってことか」
「そうは言ってないわ。これまで通り、レティシアが、昼食を届けに行くのは、かまわないわ。今夜のように、仕事帰りに、あなたがここへ立ち寄ることもかまわない。ふたりの都合をつけて、日の高い間に、外で会うことに関しては、問題ないわ」
「つまり、男と女の関係を、止めろって?」
「そういうこと」
「訳を聞こうか。そこまで口を出すんなら、それなりの理由があるんだろう」
「世間の批判から、レティシアを守るためよ」
「俺たちのことを、とやかく言う奴がいるのか?」
リックは、眉をひそめた。
「今はまだいないわ。でも、そういうことを続けていれば、必ず、人の口に上る」
「言いたければ、好きなだけ言えばいい。俺達には、関係ない」
「あなたは、それでもいいでしょうね、男ですもの。でもレティシアは違う。こういったことは、女の方が、酷く言われるものよ。こういう言い方をして、ごめんなさい。・・・あの娘は、未婚のくせに、ふしだらな娘だって」
「言いたい奴には、言わせておけばいい。いずれ、結婚する。とやかく言われる筋合いはない」
「もし、子供が出来たら、どうするの?あの娘に、また、哀しい想いをさせるの?」
「今後は、出来ないように気を付ける。それで、問題ないだろう?」
リックは、苛立ちを覚えていた。
リックは、これまで世間体というものを、さほど、気にせずに生きて来た。
だから、今、突然、世間体を気にしろと言われたところで、そういう生き方を、すぐに受け入れることは難しかった。
ただ、自分だけの事なら、右から左へ聞き流して終わらせただろうが、レティシアに関わって来るとなると、ケイティの話に、耳を傾けないわけにはいかなかった。
「リック・・・、私の言っていることが、わかってもらえないようね」
「周りを気にしていて、何ができる?くだらない陰口を叩く奴とは、付き合わなければいい」
「あなたたちが、マクファーレンと縁を切る覚悟なら、それでもいいかもしれないわね」
「何?」
「あなたが・・・、あなたとレティシアが、今後一切、マクファーレンと関わりを持たないのなら、自由にしてくれて結構よ。でも、リック、冷静になって、考えてちょうだい」
リックの向かいに座るケイティのアンバーの瞳には、信念があった。
それで、リックは、この話し合いは、思い付きなどではなく、ケイティなりに熟慮を重ねたうえでの、話し合いなのだと言うことが、よくわかった。
「レティシアは、これから、身寄りのない外国で、生きて行かなくてはならない。いくら、頼りにできる夫がいるからと言って、レティシアの、全ての拠り所になることができると思う?本当に、あなただけで、十分だと思う?」
そう言われると、リックは、答えようがなかった。
「これからブリストンで生きていくために、彼女には・・・、レティシアには、家族や、友人が、必要よ。マクファーレンの家族や、友人が、彼女のこれからの支えになってくれるでしょう。だったら、レティシアに関する不評の芽を摘んでおくことは、私は、大切なことだと思うの。レティシアに、少しでも、より良い環境を与えてあげることも、あなたの役割なのじゃないかしら。男のあなたにとっては、辛い時間になるんでしょうけど。私の言っていること、間違っているかしら?」
正論だった。
正論過ぎて、反論の隙が無かった。
「私は、ユースティティアの修道院からやって来た、身寄りはないけれど、行儀のいい娘として、レティシアを、あなたに嫁がせてあげたいの」
「この話は、レティシアにもしたのか」
「ええ、したわ」
「レティシアは、何て言ってる?」
「彼女は、私の提案を受け入れたわ。彼女は、マクファーレンに嫁ぐということを、よく理解している。でも、あなたが、誘えば・・・、彼女はついて行くでしょうね」
「だから、俺に釘を刺しているっていう訳か」
「その通りよ」
リックは押し黙った。
その沈黙が、ケイティに対する抗議なのか、それとも、違っているのか、その心中を、測りかねた。
だから、しばしの沈黙の後、
「リック、これは、私が間違っているとか、あなたが間違っているとかいう、問題じゃない。あなたの言う通り、周りを気にせずに、本人の想いが優先される世の中だったら、どれだけ素敵かしら。私は、親の反対を押し切って、自分の気持ちに正直に、フランクと結婚したわ。今は、とても幸せだし、後悔はしていない。でも、いつもどこか、心にひっかかりを持っている。誰からも、祝福されて結婚したかった、って。レティシアには、私のような想いをしてほしくないの。私のこの気持ち、わかってもらえるかしら?」
ケイティは、そう、尋ねた。
「少なくとも、レティシアのことを、大切に考えてくれているのは、わかった」
リックのその言葉で、ケイティは、そっと、笑みを漏らした。
「レティシアには、あなたしか、いないんでしょう?」
リックには、その言葉が、妙に響いた。
ケイティのアンバーの瞳を見つめるリックを、ケイティも、じっと、見返した。
「もしかして、知っているのか?左肩の・・・」
左肩の烙印と言おうとして、リックは言葉を飲み込んだ。
「数か月前、バッカスで、あなたが大乱闘を起こした日よ。酔った私たちの悪戯で、レティシアに、モスリンのドレスを着せた時、私、着替えを手伝ったの。その時に、偶然、眼に入ったのよ」
そういう、ケイティの瞳は、落ち着いていた。
リックを責めるような口ぶりは、一切なかった。
「それで、私、全部わかったような気がした。何故、あなたが、レティシアの過去を、彼女に伝えようとしないのか。きっと、彼女にとっては、記憶を失いたくなるような、酷い過去があったということなのでしょう」
「ケイティ、俺は・・・」
「誤解しないで、リック。私は、レティシアの過去を知りたいわけじゃない。それに、あの烙印を刻まれたのは、レティシアが記憶を失う五年以上前のはず。だとすれば、レティシアは、まだ二十歳になっていない。二十歳にならない、あんなに素直な娘が、取り返しのつかない過ちを犯したとは、到底、思えないの。ユースティティアは・・・、今のフィリップ国王になる以前は、色々、問題の多い国だったと聞いているわ。レティシアは、その真面目は人柄を、きっと狡猾な大人に利用されたのでしょうね」
「ご明察だ。恐れ入る」
リックも、脱帽だった。
前から、賢明だとは思っていたが、流石に、これほど、思慮に長けた女だとは、思いもしなかった。
「過ぎ去ったことは、もうどうでもいい。大切なことは、これからのことよ。私は、あの優しくて、真面目で、一途な娘を、幸せにしてあげたいと思う。だから、あなたにとって、耳が痛いのを承知で、こういった話をしているの。あなたも、そうでしょう?・・・レティシアを、どうしても、幸せにしてあげたいのでしょう?教会で、きちんと式を挙げて、世界初の蒸気機関車の開発に携わった、リック・スペンサーの正式な妻として、迎えてあげたいのでしょう?」
「そうだ。その通りだ」
「だったら、この私の提案を受け入れるべきね。レティシアは、素直で、真面目で、誰からも、愛される娘だわ。私は、レティシアを、誰からも愛される、美しい娘のままで、あなたに嫁がせます」
ケイティは、きっぱりと言い切った。
リックは、その提案をのまないわけにはいかなかった。
何故なら、ケイティの言う通り、全ては、レティシアのためだったから。
そして、今後、陰になり日向になり、守ってくれるのは、結局、ケイティのような女なのだ、ということを、今、痛烈に理解したからだった。
リックは、ケイティと話した後、荷物の積みあがった新居のアパートへ、戻った。
自室にアルコールの用意はなく、バッカスのように、下へ行けば、酒を飲ませる店があるわけでもなく、リックは、素面のまま、ベッドに仰向けになった。
ケイティの言うことは、よくわかった。
ケイティの言うことは、正しかった。
後は、俺自身の問題か。
灯りがひとつ灯っただけの、薄暗い部屋で、リックはそう呟いた。
レティシアを抱く前なら、まだ、易しいことなのかもしれなかった。
でも、もう肌を重ねた後だ。
五年ぶりに、レティシアの匂いと、息遣いと、何よりも、肌の感触を覚え、わかち合った後で、今更、辛抱しろって?
男にとっちゃ、拷問だぜ。
リックは、頭が痛かった。
最近、色香を増して、一段と美しくなったレティシアを思い出して、悶々とする気持ちを、抑えられそうになかった。
ケイティも、難題を突き付けやがる。
リックは、恨みがましい気持ちにもなった。
けれども・・・、レティシアのためだ、というのなら、のまないわけにはいかなかった。
先ほどの、ケイティの言葉が、甦る。
「レティシアは、素直で、真面目で、誰からも、愛される娘だわ。私は、レティシアを誰からも愛される、美しい娘のままで、あなたに嫁がせます」
ケイティの、年長者としての、家族としての、温かな愛情のこもった言葉だった。
「教会で、きちんと式を挙げて、世界初の蒸気機関車の開発に携わった、リック・スペンサーの正式な妻として、迎えてあげたいのでしょう?」
・・・そうだ、その通りだ。
燻ってる前に、やることあるだろ。
時間を見つけて、当分、役所通いだ。
リックは、自分自身に発破をかけた。
レティシアとの結婚に向けて、動き出すことにした。
ふと、リックは、思った。
そうか、ケイティが、誰かに似て来たと思ったら・・・。
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