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四年前、リックは、イーオンのナイトレイ伯爵の屋敷で、アンヌと、おなかに赤ちゃんを宿した、レティシアの行方が分からなくなったという、クリスティーヌからの手紙を受け取った。
それは、クリスティーヌがウッドフィールドのリヴィングストン伯爵あてに送り、受け取ったリヴィングストン伯爵が、それを丁寧に書き写して、イーオンのナイトレイ家にいるリックに、送ったものだった。
アルカンスィエル陥落の真相、ミラージュ、ラングラン公爵、アンヌの正体、そして、レティシアのことが、詳細に記されてあった。
リックは、その手紙を読んだ後、すぐに手紙の差出人であるウッドフィールドのリヴィングストン伯爵の元へと、馬を飛ばした。
リックにとって、一連の事件の真相など、どちらでもいいことだった。
レティシアさえ戻ってくれば、アンヌが何者だろうが、ユースティティアがどうなろうが、そんなことは二の次だった。
けれども、ウッドフィールドに急ぎ駆け戻ったリックを、リヴィングストン伯爵は深刻な表情でみつめた後、
「君は、ブリストンへ帰った方がいい」
そう告げた。
それは、今回の事態が想像の範疇を超えていて、どう落ち着くのか、リヴィングストン伯爵にも、予想ができなかったからだった。
それでも、リヴィングストン伯爵は、リックに約束してくれた。
これから、グラディウスの王都セヴェロリンスクに人を遣って、事態の把握に努めること、そして、レティシアの行方が分かれば、必ずブリストンへ連絡することを。
リックは、それならば、自分が直接セヴェロリンスクへ赴いて、レティシアを探すと食い下がった。
けれども、リヴィングストン伯爵は、それに反対した。
グラディウスの言葉のわからないリックが、セヴェロリンスクに向かったところで、どうしようもなかったし、もし、アンヌと共に、本当にレティシアが亡くなっていた場合に、リックの受ける衝撃を、リヴィングストン伯爵が、心配したからだった。
伯爵は、リックがセヴェロリンスクに向かうことを、認めなかった。
伯爵は、リックに十二分の支払いし、ブリストンへ帰るように、告げた。
リックは、ひとり、ブリストンに帰って来た。
リックが、フィリップやレティシアとウッドフィールドを目指して、ブリストンを離れてから、二カ月が経とうとしていた。
帰ってきたリックは、バッカスの自分の部屋に閉じこもった。
当然、バッカスの者たちも、駅馬車の御者たちも、リックがブリストンに帰ってきたことに、すぐ気づいた。
みな、二カ月前の、ミルフェアストリートの銃撃戦を見聞きしていたから、一体あの後何があったのか知りたがったし、この二カ月どこへ行方をくらましていたのか、気にかかっていたから、あれこれ尋ねるためにリックの部屋を訪れても、一切返事がなかった。
フランクが訪れても、部屋から出てこようとはしなかった。
流石に、用を足す時は部屋から出てきたが、無精ひげを生やし、疲れた表情のまま行きすぎるので、たとえ、顔を合わせても、誰も、何か話しかけられるような雰囲気ではなかった。
リックがブリストンに帰ってきてから、三日が経ち、食事を取っているような気配もないことから、バッカスの者たちも本気で心配しはじめた頃、突如、ジェフリー・マクファーレンが、やってきた。
ジェフリーは、リックの部屋をノックすると、
「入るぞ」
と、リックの了解などお構いなしに、合い鍵を使ってドアを開けた。
無精ひげが伸び、幾分頬のこけたリックは、ベッドの上で仰向けのまま、天井を見上げていた。
そのリックを、部屋に入ってきたジェフリーは、じろりと睨んだ。
「仕事に、行っていないそうだな」
リックは、答えなかった。
答えずに、ベッドの端に座って、床に足を下した。
ジェフリーは、二か月前、リックが、ブリストンからいなくなった経緯を、フランクから聞いて、知っているはずだった。
これから、この二カ月の事情を聴かれるのかと思うと、正直、勘弁してくれと、リックは思った。
けれども、ジェフリーは、そのことについては触れず、
「人が足りない。明日、朝一番の馬車に乗れ。いいな」
そう言った。
「もう馬車には乗らない」
「何?」
「あんたがどう言おうが、俺は、二度と御者はやらない」
リックは殴られることも、覚悟していた。
けれど、どう怒鳴られようが、どれほど殴られようが、もう御者はやらない、それは、リックの堅い決意だった。
ジェフリーは、しばし、そのリックの瞳をじっとみつめていたが、
「いいだろう。駅馬車には、乗らなくていい」
意外なジェフリーの言葉だった。
「馬車は、降りてもいい。嫌なら辞めろ。だが、それなら明日から、蒸気機関車の製造会社へ行くんだ」
「蒸気機関車の製造会社へ?一体何をしに?」
「新しい仕事をやる。話はつけておくから、明日から、そこで働け。いいな?」
ジェフリーは、この二か月間の詳細を、一切リックに尋ねなかった。
それは、ユースティティアの前国王の庶子フィリップの逃げる手助けをしたのが、リックで、そのフィリップが、今やユースティティアの国王になろうとしていたのだから、この二ヶ月間のリックの働きを、事情は知らないにせよ、ジェフリーなりに認めていたからなのかもしれない。
「ジェフリー・・・」
「マクファーレンの男は、何があっても働くんだ。怪我をしようが、家族が死のうが、関係ない。身体の動く限り、働くんだ。お前も、マクファーレンの端くれなら、働け。言い訳をするな。いいな」
それは、クリスティーヌがウッドフィールドのリヴィングストン伯爵あてに送り、受け取ったリヴィングストン伯爵が、それを丁寧に書き写して、イーオンのナイトレイ家にいるリックに、送ったものだった。
アルカンスィエル陥落の真相、ミラージュ、ラングラン公爵、アンヌの正体、そして、レティシアのことが、詳細に記されてあった。
リックは、その手紙を読んだ後、すぐに手紙の差出人であるウッドフィールドのリヴィングストン伯爵の元へと、馬を飛ばした。
リックにとって、一連の事件の真相など、どちらでもいいことだった。
レティシアさえ戻ってくれば、アンヌが何者だろうが、ユースティティアがどうなろうが、そんなことは二の次だった。
けれども、ウッドフィールドに急ぎ駆け戻ったリックを、リヴィングストン伯爵は深刻な表情でみつめた後、
「君は、ブリストンへ帰った方がいい」
そう告げた。
それは、今回の事態が想像の範疇を超えていて、どう落ち着くのか、リヴィングストン伯爵にも、予想ができなかったからだった。
それでも、リヴィングストン伯爵は、リックに約束してくれた。
これから、グラディウスの王都セヴェロリンスクに人を遣って、事態の把握に努めること、そして、レティシアの行方が分かれば、必ずブリストンへ連絡することを。
リックは、それならば、自分が直接セヴェロリンスクへ赴いて、レティシアを探すと食い下がった。
けれども、リヴィングストン伯爵は、それに反対した。
グラディウスの言葉のわからないリックが、セヴェロリンスクに向かったところで、どうしようもなかったし、もし、アンヌと共に、本当にレティシアが亡くなっていた場合に、リックの受ける衝撃を、リヴィングストン伯爵が、心配したからだった。
伯爵は、リックがセヴェロリンスクに向かうことを、認めなかった。
伯爵は、リックに十二分の支払いし、ブリストンへ帰るように、告げた。
リックは、ひとり、ブリストンに帰って来た。
リックが、フィリップやレティシアとウッドフィールドを目指して、ブリストンを離れてから、二カ月が経とうとしていた。
帰ってきたリックは、バッカスの自分の部屋に閉じこもった。
当然、バッカスの者たちも、駅馬車の御者たちも、リックがブリストンに帰ってきたことに、すぐ気づいた。
みな、二カ月前の、ミルフェアストリートの銃撃戦を見聞きしていたから、一体あの後何があったのか知りたがったし、この二カ月どこへ行方をくらましていたのか、気にかかっていたから、あれこれ尋ねるためにリックの部屋を訪れても、一切返事がなかった。
フランクが訪れても、部屋から出てこようとはしなかった。
流石に、用を足す時は部屋から出てきたが、無精ひげを生やし、疲れた表情のまま行きすぎるので、たとえ、顔を合わせても、誰も、何か話しかけられるような雰囲気ではなかった。
リックがブリストンに帰ってきてから、三日が経ち、食事を取っているような気配もないことから、バッカスの者たちも本気で心配しはじめた頃、突如、ジェフリー・マクファーレンが、やってきた。
ジェフリーは、リックの部屋をノックすると、
「入るぞ」
と、リックの了解などお構いなしに、合い鍵を使ってドアを開けた。
無精ひげが伸び、幾分頬のこけたリックは、ベッドの上で仰向けのまま、天井を見上げていた。
そのリックを、部屋に入ってきたジェフリーは、じろりと睨んだ。
「仕事に、行っていないそうだな」
リックは、答えなかった。
答えずに、ベッドの端に座って、床に足を下した。
ジェフリーは、二か月前、リックが、ブリストンからいなくなった経緯を、フランクから聞いて、知っているはずだった。
これから、この二カ月の事情を聴かれるのかと思うと、正直、勘弁してくれと、リックは思った。
けれども、ジェフリーは、そのことについては触れず、
「人が足りない。明日、朝一番の馬車に乗れ。いいな」
そう言った。
「もう馬車には乗らない」
「何?」
「あんたがどう言おうが、俺は、二度と御者はやらない」
リックは殴られることも、覚悟していた。
けれど、どう怒鳴られようが、どれほど殴られようが、もう御者はやらない、それは、リックの堅い決意だった。
ジェフリーは、しばし、そのリックの瞳をじっとみつめていたが、
「いいだろう。駅馬車には、乗らなくていい」
意外なジェフリーの言葉だった。
「馬車は、降りてもいい。嫌なら辞めろ。だが、それなら明日から、蒸気機関車の製造会社へ行くんだ」
「蒸気機関車の製造会社へ?一体何をしに?」
「新しい仕事をやる。話はつけておくから、明日から、そこで働け。いいな?」
ジェフリーは、この二か月間の詳細を、一切リックに尋ねなかった。
それは、ユースティティアの前国王の庶子フィリップの逃げる手助けをしたのが、リックで、そのフィリップが、今やユースティティアの国王になろうとしていたのだから、この二ヶ月間のリックの働きを、事情は知らないにせよ、ジェフリーなりに認めていたからなのかもしれない。
「ジェフリー・・・」
「マクファーレンの男は、何があっても働くんだ。怪我をしようが、家族が死のうが、関係ない。身体の動く限り、働くんだ。お前も、マクファーレンの端くれなら、働け。言い訳をするな。いいな」
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