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2.Ⅿy baby
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リックとレティシアが家に戻っても、まだデイヴは見つかっていなかった。
デイヴが姿を消してから、二時間以上が過ぎていた。
連絡を受けたフランクも、先ほど家に戻って来て、ハンカチを手に、蒼白な表情で椅子に座り込んだままの妻の肩を、しっかりと抱きしめていた。
慌てて帰宅したせいか、いつもはきちんと撫で付けられている、フランクの少し癖のある茶色い髪が、乱れていた。
マクファーレン一家の並びに住む、もうすぐ六十を迎えようとする、ふくよかでお喋りな姉妹、モリ-とデボラも、行方がわからなくなったデイヴを探しに行った後、このフランクの家のリビングに、集まって来ていた。
「それにしても、坊やは一体、どこに行ってしまったのかねえ」
「子供の足で、そんなに遠くまで行けるとは、思えないよ」
「まさか、誰かに、さらわれでもしたんじゃ・・・」
「姉さん、ケイティの前よ」
妹のデボラが、モリ-を窘めた。
もともと、お喋りな姉妹ではあったが、心配のせいからか、いつも以上に、言葉数の多いモリ-と、デボラだった。
「警察へ連絡しよう」
フランクが、妻の手をぎゅっと握って、大きく息を吐いた。
「あなた、ごめんなさい・・・」
ケイティが、ハンカチで口元を押さえながら、絞り出すような声で言った。
「君が、悪い訳じゃない。家のことを、何もかも君に任せていた私に、責任がある」
フランクは、妻を労わった。
「だけど、本当に、どこへ行ってしまったんだろうね」
「子どもは、暗くて狭いところが好きだから、間違って、どこかに入り込んでしまって、身動きとれなくなっているとか・・・」
「そういえば、私たちがまだ小さかった頃、やっぱり、近所に住むショーンが、見当たらなくなって、大騒ぎをしたことがあったじゃないか」
「ああ、そんなこともあったねえ。確かあの時は、鳥小屋の中に入りこもうとして、柵に首を入れたまま、身動きとれなくなったんだった」
モリ-とデボラの話は、尽きそうになかった。
デイヴ、デイヴ・・・、いったいどこへ・・・。
レティシアの脳裏に、デイヴの人懐っこい笑顔が、浮かんだ。
その時、ふっ、とレティシアの頭に、閃くものがあった。
もしかして、ああ、ひょっとすると・・・。
レティシアは、屋根裏部屋への階段を駆け上がった。
突然、走り出したレティシアを追って、みな屋根裏への階段を上がり始める。
レティシアは、屋根裏の自分の部屋の、衣類が入れてある、大きなバスケットの前に立った。
朝、掛けたはずの、バスケットの留め金は、外れていた。
震える指でバスケットを開くと、中には、すやすやと眠るデイヴがいた。
「ああ・・・、神様」
レティシアは、力が抜けて、その場に座り込んだ。
「坊や・・・、ああ、私の、大切な坊や・・・」
ケイティが、夫の腕を離れて、心地よさそうに眠るデイヴへと近づく。
けれども、先にデイヴに腕を伸ばして、もうすぐ四歳を迎える、ずっしりとした重みのある身体を、細い腕で抱き上げたのは、レティシアだった。
レティシアの耳に、修道院長の言葉が、甦る。
あなたは、修道女となって、ここで神に仕えて暮らすことで、何かから逃げようとしているのではありませんか?
はい、修道院長様・・・、私は逃げようとしておりました。
左肩に刻まれた、醜い烙印から。
そして、唯一残る、記憶から。
赤ちゃんを失ったという記憶から・・・。
ケイティが、デイヴに腕を伸ばそうとしたものの、レティシアは、床に座り込んだまま、しっかりとデイヴの身体を抱きしめて、離そうとはしなかった。
「レティシア・・・」
ケイティはそう声をかけたが、レティシアは首を振って、譲らなかった。
戸惑うケイティの肩を、フランクがそっと叩いて、自分の方へ引き寄せた。
ケイティもフランクも、敏感に感じ取っていた。
レティシアの涙には、何かもっと深い意味があるのではないか、と。
デイヴの無事に安堵する涙ではなく、何かもっと、違う意味のある涙ではないか、と。
レティシアは、力いっぱい、デイヴを抱きしめた。
先夜、ウォルトがレティシアの腕で眠りに着いた時、レティシアは、抱きしめることの叶わなかった温もりを目の当たりにして、自分を見失った。
そして今、レティシアの鼻をくすぐる、デイヴの柔らかな髪の匂いを嗅ぎながら、思った。
そうよ・・・、無事に生まれさえしてくれれば、よかったのよ。
父親が誰かなんて、わからなくても、かまわなかった。
毎日、いっぱい、いっぱい・・・、こうやって、抱きしめてあげたかった。
レティシアの腕の力が、よほどきつかったのか、デイヴは、けほっ、と咳をして、その瞳を開いた。
眼の前に、大人が六人もいて、みなが真剣な表情で、自分を見つめる視線に怖くなったのか、デイヴは声を上げて泣き出した。
「ごめんね、ごめんね・・・」
レティシアは、そのデイヴに、何度も、何度も、謝り続けた。
その時、何気なく、リックの顔を見たケイティは、当惑した。
その表情が、これまで見たことが無いほど、哀しみに満ちていたからだった。
リックは、デイヴを抱きしめたまま、繰り返し、謝り続けるレティシアを、哀しみを帯びた黒い瞳で、じっと、見つめ続けていた。
デイヴが姿を消してから、二時間以上が過ぎていた。
連絡を受けたフランクも、先ほど家に戻って来て、ハンカチを手に、蒼白な表情で椅子に座り込んだままの妻の肩を、しっかりと抱きしめていた。
慌てて帰宅したせいか、いつもはきちんと撫で付けられている、フランクの少し癖のある茶色い髪が、乱れていた。
マクファーレン一家の並びに住む、もうすぐ六十を迎えようとする、ふくよかでお喋りな姉妹、モリ-とデボラも、行方がわからなくなったデイヴを探しに行った後、このフランクの家のリビングに、集まって来ていた。
「それにしても、坊やは一体、どこに行ってしまったのかねえ」
「子供の足で、そんなに遠くまで行けるとは、思えないよ」
「まさか、誰かに、さらわれでもしたんじゃ・・・」
「姉さん、ケイティの前よ」
妹のデボラが、モリ-を窘めた。
もともと、お喋りな姉妹ではあったが、心配のせいからか、いつも以上に、言葉数の多いモリ-と、デボラだった。
「警察へ連絡しよう」
フランクが、妻の手をぎゅっと握って、大きく息を吐いた。
「あなた、ごめんなさい・・・」
ケイティが、ハンカチで口元を押さえながら、絞り出すような声で言った。
「君が、悪い訳じゃない。家のことを、何もかも君に任せていた私に、責任がある」
フランクは、妻を労わった。
「だけど、本当に、どこへ行ってしまったんだろうね」
「子どもは、暗くて狭いところが好きだから、間違って、どこかに入り込んでしまって、身動きとれなくなっているとか・・・」
「そういえば、私たちがまだ小さかった頃、やっぱり、近所に住むショーンが、見当たらなくなって、大騒ぎをしたことがあったじゃないか」
「ああ、そんなこともあったねえ。確かあの時は、鳥小屋の中に入りこもうとして、柵に首を入れたまま、身動きとれなくなったんだった」
モリ-とデボラの話は、尽きそうになかった。
デイヴ、デイヴ・・・、いったいどこへ・・・。
レティシアの脳裏に、デイヴの人懐っこい笑顔が、浮かんだ。
その時、ふっ、とレティシアの頭に、閃くものがあった。
もしかして、ああ、ひょっとすると・・・。
レティシアは、屋根裏部屋への階段を駆け上がった。
突然、走り出したレティシアを追って、みな屋根裏への階段を上がり始める。
レティシアは、屋根裏の自分の部屋の、衣類が入れてある、大きなバスケットの前に立った。
朝、掛けたはずの、バスケットの留め金は、外れていた。
震える指でバスケットを開くと、中には、すやすやと眠るデイヴがいた。
「ああ・・・、神様」
レティシアは、力が抜けて、その場に座り込んだ。
「坊や・・・、ああ、私の、大切な坊や・・・」
ケイティが、夫の腕を離れて、心地よさそうに眠るデイヴへと近づく。
けれども、先にデイヴに腕を伸ばして、もうすぐ四歳を迎える、ずっしりとした重みのある身体を、細い腕で抱き上げたのは、レティシアだった。
レティシアの耳に、修道院長の言葉が、甦る。
あなたは、修道女となって、ここで神に仕えて暮らすことで、何かから逃げようとしているのではありませんか?
はい、修道院長様・・・、私は逃げようとしておりました。
左肩に刻まれた、醜い烙印から。
そして、唯一残る、記憶から。
赤ちゃんを失ったという記憶から・・・。
ケイティが、デイヴに腕を伸ばそうとしたものの、レティシアは、床に座り込んだまま、しっかりとデイヴの身体を抱きしめて、離そうとはしなかった。
「レティシア・・・」
ケイティはそう声をかけたが、レティシアは首を振って、譲らなかった。
戸惑うケイティの肩を、フランクがそっと叩いて、自分の方へ引き寄せた。
ケイティもフランクも、敏感に感じ取っていた。
レティシアの涙には、何かもっと深い意味があるのではないか、と。
デイヴの無事に安堵する涙ではなく、何かもっと、違う意味のある涙ではないか、と。
レティシアは、力いっぱい、デイヴを抱きしめた。
先夜、ウォルトがレティシアの腕で眠りに着いた時、レティシアは、抱きしめることの叶わなかった温もりを目の当たりにして、自分を見失った。
そして今、レティシアの鼻をくすぐる、デイヴの柔らかな髪の匂いを嗅ぎながら、思った。
そうよ・・・、無事に生まれさえしてくれれば、よかったのよ。
父親が誰かなんて、わからなくても、かまわなかった。
毎日、いっぱい、いっぱい・・・、こうやって、抱きしめてあげたかった。
レティシアの腕の力が、よほどきつかったのか、デイヴは、けほっ、と咳をして、その瞳を開いた。
眼の前に、大人が六人もいて、みなが真剣な表情で、自分を見つめる視線に怖くなったのか、デイヴは声を上げて泣き出した。
「ごめんね、ごめんね・・・」
レティシアは、そのデイヴに、何度も、何度も、謝り続けた。
その時、何気なく、リックの顔を見たケイティは、当惑した。
その表情が、これまで見たことが無いほど、哀しみに満ちていたからだった。
リックは、デイヴを抱きしめたまま、繰り返し、謝り続けるレティシアを、哀しみを帯びた黒い瞳で、じっと、見つめ続けていた。
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