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1.three guys and a lady
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その日の晩餐は、コーディリアの来訪を祝って、地元農家の新鮮な野菜や肉を使った贅沢な料理が、給仕によって順番に運ばれて来た。
晩餐のテーブルには、オーランドが正面、その両端にコーディリアとサディアス、次にキースが並んだ。
テールコートと、イヴニングドレスに身を包んだ紳士淑女の晩餐は、和やかに楽しく盛り上がった・・・、はずがなかった。
やって来た時よりも、コーディリアは一層沈んだ面持ちだった。
ナイフとフォークを手にするものの、ほとんど何も喉を通らなかった。
「本当に・・・、申し訳ございません」
泣くような声で、コーディリアは、みんなに謝った。
自分を歓迎するための料理に、手を付けないままで、下げられていくことが、情けなく、申し訳なかった。
「ああ・・・、気にしなくていい。初めて来た場所で、見知らぬ男たちに囲まれて、食事をするんだ。緊張もするだろう、なあ」
と、オーランドは弟に助けを求めたが、弟たちは、お前のせいだろう、と言わんばかりの冷たい視線を、オーランドに送り返した。
沈んだ面持ちのコーディリアに、どう話しかけたものかと、晩餐の始めから、メインメニューまで、ほとんど会話らしい会話もなかったが、この気づまりは事態を打開しようと動いたのは、キースだった。
「そうだ、姉上。良かったら、明日、街へ行きませんか?」
「街へ?」
「ホレスは、ウォルトンとは比べようもない田舎の街だけど、ここに住むんだったら、一度見学しておいた方がいいと思うし、いい気晴らしになればと思って。あ、そうだ、式を挙げる教会の下見にも。大聖堂ってわけにはいかないけど、落ち着いていて、趣のあるいい教会だと思います。でも、それは兄上と行く方がいいか・・・」
キースにそう言われて、コーディリアは、一気に実感が沸き上がって来た。
式を挙げる・・・。
ああ、わたくし、半月後に、結婚するのだったわ。
ここへ来たのは、そのためですもの。
わたくしが、そう手紙に記したのですもの。
だけど・・・、本当に?
半月後には、ウエディングドレスを纏って、この方の・・・、この方の、妻になる。
コーディリアは、傍らのオーランドを、そっと見上げた。
昼間の髭面と、生々しい男の肉体、そして・・・、右腕に乗った、トカゲの気味の悪い、恐ろしい瞳が甦って、コーディリアは、眼を閉じ、思わず小さく喘いだ。
コーディリアのその様子を伺っていたオーランドは、
「キース、その話だが・・・」
と、フォークを置き、口元をナフキンで拭った。
「その話だが、結婚式は、延期しようと思う」
「延期?」
「コーディリアが、ここに馴染むのには、少し時間がかかりそうだ。気持ちが整わないのに、式を挙げるのは、難しいだろう。ここでの生活に馴染んでから、結婚の話を進めて行けばいいと思う。急ぐ必要はない」
急ぐ必要はない。
それは、オーランドからコーディリアに向けての言葉のようにも、聞こえた。
「だけど、兄上、結婚式の招待状は、もう出してしまっているんだよ。いろんな人たちから、お祝いの品々も届いているし、それに、料理のメニューも・・・」
結婚式の段取りを任されているキースにしてみれば、寝耳に水だった。
「わたくしでしたら、大丈夫ですので、そのまま準備を進めてください。どうぞお気遣いなく・・・」
そう答えるコーディリアだったが、どう見ても大丈夫な様子には、見えなかった。
「俺も延期した方が、いいと思う」
口をはさんだのは、サディアスだった。
「兄上・・・」
「結婚式を挙げるのは、無理だ。このままだと、結婚式で花嫁が倒れる」
「決まりだな」
オーランドのその一言は、つまり、結論だった。
「・・・分かったよ。各方面へは、失礼のないように、ちゃんと連絡しておく」
キースの脳裏には、そら見たことか、と嘲笑う、ジャスパーの顔が思い浮かんだ。
そして、ずっと顔色の冴えないコーディリアを、心配したオーランドは、
「コーディリア、ウォルトンからの長旅で、疲れているだろう。下がって、今夜は早く休んだ方がいい」
と、切り出した。
「ですが・・・」
疲労を感じつつも、まだ、デザートの前で、自分を歓迎するための晩餐で、中座するなど、失礼極まりないことと、コーディリアは躊躇ったが、
「ラズベリーの買い取り業者の件で、兄弟だけで話し合いたいことがある。済まないが」
オーランドのその言葉に後押しされて、席を立った。
それが、オーランドの気遣いだということは、誰もが分かっていた。
コーディリアは、申し訳ございません、失礼いたしますと、頭を下げて、ダイニングを離れた。
その背に向かって、おやすみ、と、男たちは口々に声を掛けた。
「あーあ、どうなるのかな、これから」
コーディリアが立ち去ると、前途多難とばかり、キースがため息を漏らした。
「俺かお前が、ドレスを着ていれば良かったんだが」
「どういう意味?」
サディアスの真意が読めずに、キースが怪訝な顔になった。
「女だったら良かった、ってことだよ。話し相手が務まるし、彼女も少しは気が楽だったんじゃないか」
「・・・母上のドレスって、まだどこかに仕舞ってあるかな?」
真顔のキースに、兄二人は、本当に着る気かと、笑みをもらし、フォークを動かした。
コーディリアは、ベッドから起き上がり、寝室の窓辺に近寄づくと、窓を押し開いた。
深夜が近かった。
疲れているはずなのに、眼が冴えて、眠ろうとしても眠れなかった。
見上げると、澄んだ空気の上にある夜空に、いくつもの星が煌めき、瞬いていた。
それは、ウォルトンのような都会では、見ることのできない光だった。
星々の輝きを見ていると、次第に、コーディリアは胸が締め付けられて来て、泣きたいような気持ちになった。
どうして、わたくしは、こんなところへ来てしまったのかしら。
明日には、ウォルトンからやって来た付き添いの召使も、御者も、帰ってしまう・・・。
けれども、そうするように言ったのは、他ならぬコーディリア自身だった。
自分の我儘で、実家グラハム家の召使や御者を、ここへ引き止めたままにしておくことは、彼らに対して、申し訳ないことだった。
明日からは、ここでひとり・・・。
やはり、わたくしも、明日、ウォルトンに帰ろうかしら。
でも・・・、
「君は、確かに美しいけれど、退屈な女性だ。ただ、綺麗なだけだと、飽きるよ」
コーディリアの耳に、婚約者だった男の、冷たい声が甦った。
・・・帰れない。
帰っても、わたくしの生きていく場所が、ない。
コーディリアの口からは、ため息しか出て来なかった。
コーディリアはベッドに戻り、眼を閉じた。
それからも眠りは訪れず、コーディリアがようやく微睡んだのは、明け方近くになってからのことだった。
晩餐のテーブルには、オーランドが正面、その両端にコーディリアとサディアス、次にキースが並んだ。
テールコートと、イヴニングドレスに身を包んだ紳士淑女の晩餐は、和やかに楽しく盛り上がった・・・、はずがなかった。
やって来た時よりも、コーディリアは一層沈んだ面持ちだった。
ナイフとフォークを手にするものの、ほとんど何も喉を通らなかった。
「本当に・・・、申し訳ございません」
泣くような声で、コーディリアは、みんなに謝った。
自分を歓迎するための料理に、手を付けないままで、下げられていくことが、情けなく、申し訳なかった。
「ああ・・・、気にしなくていい。初めて来た場所で、見知らぬ男たちに囲まれて、食事をするんだ。緊張もするだろう、なあ」
と、オーランドは弟に助けを求めたが、弟たちは、お前のせいだろう、と言わんばかりの冷たい視線を、オーランドに送り返した。
沈んだ面持ちのコーディリアに、どう話しかけたものかと、晩餐の始めから、メインメニューまで、ほとんど会話らしい会話もなかったが、この気づまりは事態を打開しようと動いたのは、キースだった。
「そうだ、姉上。良かったら、明日、街へ行きませんか?」
「街へ?」
「ホレスは、ウォルトンとは比べようもない田舎の街だけど、ここに住むんだったら、一度見学しておいた方がいいと思うし、いい気晴らしになればと思って。あ、そうだ、式を挙げる教会の下見にも。大聖堂ってわけにはいかないけど、落ち着いていて、趣のあるいい教会だと思います。でも、それは兄上と行く方がいいか・・・」
キースにそう言われて、コーディリアは、一気に実感が沸き上がって来た。
式を挙げる・・・。
ああ、わたくし、半月後に、結婚するのだったわ。
ここへ来たのは、そのためですもの。
わたくしが、そう手紙に記したのですもの。
だけど・・・、本当に?
半月後には、ウエディングドレスを纏って、この方の・・・、この方の、妻になる。
コーディリアは、傍らのオーランドを、そっと見上げた。
昼間の髭面と、生々しい男の肉体、そして・・・、右腕に乗った、トカゲの気味の悪い、恐ろしい瞳が甦って、コーディリアは、眼を閉じ、思わず小さく喘いだ。
コーディリアのその様子を伺っていたオーランドは、
「キース、その話だが・・・」
と、フォークを置き、口元をナフキンで拭った。
「その話だが、結婚式は、延期しようと思う」
「延期?」
「コーディリアが、ここに馴染むのには、少し時間がかかりそうだ。気持ちが整わないのに、式を挙げるのは、難しいだろう。ここでの生活に馴染んでから、結婚の話を進めて行けばいいと思う。急ぐ必要はない」
急ぐ必要はない。
それは、オーランドからコーディリアに向けての言葉のようにも、聞こえた。
「だけど、兄上、結婚式の招待状は、もう出してしまっているんだよ。いろんな人たちから、お祝いの品々も届いているし、それに、料理のメニューも・・・」
結婚式の段取りを任されているキースにしてみれば、寝耳に水だった。
「わたくしでしたら、大丈夫ですので、そのまま準備を進めてください。どうぞお気遣いなく・・・」
そう答えるコーディリアだったが、どう見ても大丈夫な様子には、見えなかった。
「俺も延期した方が、いいと思う」
口をはさんだのは、サディアスだった。
「兄上・・・」
「結婚式を挙げるのは、無理だ。このままだと、結婚式で花嫁が倒れる」
「決まりだな」
オーランドのその一言は、つまり、結論だった。
「・・・分かったよ。各方面へは、失礼のないように、ちゃんと連絡しておく」
キースの脳裏には、そら見たことか、と嘲笑う、ジャスパーの顔が思い浮かんだ。
そして、ずっと顔色の冴えないコーディリアを、心配したオーランドは、
「コーディリア、ウォルトンからの長旅で、疲れているだろう。下がって、今夜は早く休んだ方がいい」
と、切り出した。
「ですが・・・」
疲労を感じつつも、まだ、デザートの前で、自分を歓迎するための晩餐で、中座するなど、失礼極まりないことと、コーディリアは躊躇ったが、
「ラズベリーの買い取り業者の件で、兄弟だけで話し合いたいことがある。済まないが」
オーランドのその言葉に後押しされて、席を立った。
それが、オーランドの気遣いだということは、誰もが分かっていた。
コーディリアは、申し訳ございません、失礼いたしますと、頭を下げて、ダイニングを離れた。
その背に向かって、おやすみ、と、男たちは口々に声を掛けた。
「あーあ、どうなるのかな、これから」
コーディリアが立ち去ると、前途多難とばかり、キースがため息を漏らした。
「俺かお前が、ドレスを着ていれば良かったんだが」
「どういう意味?」
サディアスの真意が読めずに、キースが怪訝な顔になった。
「女だったら良かった、ってことだよ。話し相手が務まるし、彼女も少しは気が楽だったんじゃないか」
「・・・母上のドレスって、まだどこかに仕舞ってあるかな?」
真顔のキースに、兄二人は、本当に着る気かと、笑みをもらし、フォークを動かした。
コーディリアは、ベッドから起き上がり、寝室の窓辺に近寄づくと、窓を押し開いた。
深夜が近かった。
疲れているはずなのに、眼が冴えて、眠ろうとしても眠れなかった。
見上げると、澄んだ空気の上にある夜空に、いくつもの星が煌めき、瞬いていた。
それは、ウォルトンのような都会では、見ることのできない光だった。
星々の輝きを見ていると、次第に、コーディリアは胸が締め付けられて来て、泣きたいような気持ちになった。
どうして、わたくしは、こんなところへ来てしまったのかしら。
明日には、ウォルトンからやって来た付き添いの召使も、御者も、帰ってしまう・・・。
けれども、そうするように言ったのは、他ならぬコーディリア自身だった。
自分の我儘で、実家グラハム家の召使や御者を、ここへ引き止めたままにしておくことは、彼らに対して、申し訳ないことだった。
明日からは、ここでひとり・・・。
やはり、わたくしも、明日、ウォルトンに帰ろうかしら。
でも・・・、
「君は、確かに美しいけれど、退屈な女性だ。ただ、綺麗なだけだと、飽きるよ」
コーディリアの耳に、婚約者だった男の、冷たい声が甦った。
・・・帰れない。
帰っても、わたくしの生きていく場所が、ない。
コーディリアの口からは、ため息しか出て来なかった。
コーディリアはベッドに戻り、眼を閉じた。
それからも眠りは訪れず、コーディリアがようやく微睡んだのは、明け方近くになってからのことだった。
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