赤毛とトカゲと淑女。

海子

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1.three guys and a lady

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 緑の茂る、小高い丘の上にある、フォーシーズンズ・ハウスと呼ばれるフィンドレー家の屋敷の前で、馬車から降り立った、コーディリア・エリザベス・グラハムは、自分の胸に、何の感慨もわかないことに失望をして、表情を曇らせた。 
半月後には、オーランドと結婚して、コーディリア自身がこの屋敷の住人となるというのに、全く喜びが感じられないその様子を見て、コーディリアの乗る馬車を、モーリンヒルから馬で先導してきたサディアスとキースは、顔を見合わせた。 
屋敷の召使たちに、コーディリアの来訪を知らせ、サディアスとキースは、屋敷の中へコーディリアを招いた。 
コーディリアは、召使と御者に、自分の荷物を運びこむよう伝えてから、伏し目がちに、案内を受け、陽当たりのいいゲストルームに入ると、促されるがままソファに座り、押し黙った。
「ええっと・・・、オーランドは、いや、兄上は、果樹園へ出向いていて、今、呼びに行かせたから、もう少ししたら、帰って来るかと・・・」 
キースが置時計の時刻を確認しつつ、コーディリアに、そう声を掛けた。
「どうか、お気遣いなさらないでくださいませ。午後から到着の予定でしたのに、早くに着いてしまって、ご迷惑をおかけしているのは、わたくしのほうですわ」 
そう言うコーディリアの表情は、やはり暗いままだった。 
「ミス・グラハム、兄上が帰って来るまでに、我々が自己紹介をしても?」 
コーディリアは、はっとした表情になると、物思いから覚めた様にソファから立ち上がり、 
「わたくしったら、ご挨拶もまだでしたのに・・・。ウォルトンから参りました、コーディリア・エリザベス・グラハムです」
右手を差し出した。
「私は、このフィンドレー家の次男で、サディアス・ジョン・フィンドレー。そしてこちらが、三男のキース・リー・フィンドレー」 
紹介を受け、微笑みを浮かべて握手を交わしながら、コーディリアは、あまり良く似ていない兄弟だわと、思った。
一メートル八十センチくらいと思われるサディアスは、整った顔立ちの中に、ライトブラウンの髪と灰色の瞳を持ち、知的で少々、神経質な印象を与えた。
二十三歳とは聞いていたが、年齢を聞いていなければ、もう少し年かさのように見えた、コーディリアだった。 
スマートな体型に、長い手足を持ち、ウォルトンの社交界で数多くの紳士たちに出会ってきたコーディリアでさえ、そのスタイルの良さには眼を引かれた。
三男のキースは、一メートル六十七センチのコーディリアと、ほとんど身長が変わらなかった。 
十七歳だということだが、細くて、子供っぽい顔立ちで、こちらは、逆にもっと年下だと言われてもおかしくなかった。
初対面だというのに、コーディリアに人懐っこい笑顔向けて来て、自分の置かれた状況を忘れて、思わず頬が綻びそうになった。 
ライムグリーンの瞳、髪は、赤みの強いレディッシュ、くりんくりんの天然パーマで、握手を交わしつつ、まるで森の妖精みたいだわと、コーディリアは、思った。
一方、サディアスは、ウォルトンから来たコーディリア・エリザベス・グラハムだと名乗る女性を冷静に観察していた。
確かに、その特徴は、事前にサディアスが入手していた、コーディリアのものと一致していて、偽物だとは、考えにくかった。 
アクアマリンの瞳に、ハニーブロンドの艶やかな美しい髪、柔らかな頬の曲線、形の良い唇。 
非の打ち所のない振る舞いに、言葉遣い、洗練された所作。 
初夏に相応しいブルーの涼し気なドレスを、上品に着こなし、ソファにそっと座るその美しい姿を見ていると、ここは、本当に我が家の一室だったかと、疑いたくなった。
そして、コーディリアが完璧すぎれば完璧すぎるほど、この縁談に疑問を抱いた。 



 サディアスが、アールーズのハットン家から戻った後、コーディリアからの手紙の内容を承諾するか、否か、オーランド、サディアス、キースの三兄弟は、じっくりと話し合った。
由緒正しき伯爵令嬢が、言わば、身一つで嫁いでくるなどと、こんな怪しい縁談は、普通じゃない、何かある、断れと、サディアスは、反対。
断ったら、こんなチャンスは、もう二度と来ないかもしれないよと、キース。 
で、結局、判断は、当の本人であるオーランドに、委ねられることになったのだったが、 しばし思案した結果、オーランドは、承諾しようと、決断を下した。 
尚も難色を示すサディアスだったが、 
「サディアス、堅苦しく考えるな。何があっても、我々三兄弟の絆があれば大丈夫さ」 
と、笑ってオーランドに、ぽんと肩を叩かれると、本当に何があっても大丈夫のような気分になるのが、不思議だった。



 今、実際にコーディリアの姿を眼にして、一体何故、あなたのような令嬢が、付き添いの召使と、御者と、数少ない荷物だけを持って、わざわざこんな田舎へやって来る必要が、と、益々、疑問は膨らんだ。 
それは、サディアスでなくとも、沸く疑問に違いなかった。
そして、憂いを含んだ、寂し気な表情も気にかかった。
当たり障りのない話から、探り出してやろうと、サディアスが口を開きかけた時だった。 
機嫌の良い鼻歌が、サディアスとキースの耳に入って来たかと思うと、次第に大きくなって来る。 
サディアスとキースは、顔を見合わせた。
オーランドだ!
いつもの、オーランドだ! 
まずい・・・、これはまずいぞ! 
サディアスとキースが青くなって、ゲストルームを飛び出そうとした時、 
「なんだ、ふたりとも。こんなところで、何をしているんだ?」 
と、オーランドの方が、一足早く、ゲストルームに入って来てしまった。
「オーランド、向こうへ行くんだ。その恰好はまずい」 
サディアスが、急いでオーランドの前に立ち塞がった。 
「何が?俺のどこがまずいって?」 
「兄上、とにかく、向こうへ行って。アイリス、いい子だから、じっとしていろよ」 
と、キースは、オーランドの腕を強く引っ張った。
「一体何なんだ、お前たち?引っ張るなよ。アイリスが、驚いてるだろう?」 
「・・・あの」 
その可憐な声が聞こえるまで、オーランドは、ソファの前に立ち上がった娘の姿に、気づいていなかった。
「君、誰?・・・ああ、もしかしてウォルトンからの・・・」 
思い当たったオーランドが、一歩前に足を踏み出した途端、コーディリアの眼にオーランドの姿が、はっきりと飛び込んできた。 
髭面の中にあるリーフグリーンの瞳と、レディッシュブラウンの、緩くカールした髪。 
けれども、コーディリアの眼を釘付けにしたのは、それらではなく、一メートル九十センチはあろうかという大男の、上半身裸の肉体だった。 
太い首、逞しい腕と胸板、肌を覆う縮れた胸毛。
これまで生きて来た二十年の人生で、コーディリアが男の裸を目にする機会など、あるはずがなかった。 
コーディリアは、初めて目にする生々しい男の肉体に、小さな叫び声を上げて、口元を手で覆った。 
さらに、コーディリアの瞳は、オーランドの太い右腕に乗る小動物を捕らえた。 
そして、ぎょろりとした、その瞳に出会った。 
あれは、あれは・・・、まさか、トカゲ! 
コーディリアは、思わず、後ずさって、ソファに尻餅をついた。 
「キース、早くオーランドを連れて行け!ミス・グラハム、気を確かに、ミス・グラハム!」
自分の名を呼ぶサディアスの声が、コーディリアの頭の中で、こだましていた。 
 


 「俺が、畑へ出向いていたことは知っているだろう。汗と埃で、シャツが気持ち悪かったんだよ。俺がシャツを脱ぐのは、いつものことさ。到着は、午後からだって言っていたから、まさかもう、来ているなんて知らなかったんだ。もし、知っていたら、俺だって服ぐらいちゃんと着て来たさ」 
「知らせをやっただろう」 
「多分行き違いだな」 
「あれじゃあ、ただの変態だよ」
「まだ、下を履いていてよかったよ」 
「当たり前だ」
コーディリアの頭の片隅に、三兄弟の会話が、うっすらと届く。 
コーディリアは小さく呻いて、眼を開いた。
「あ、気がついた」 
コーディリアを心配そうに覗き込む、キースの瞳と出会った。
「わたくし・・・」 
状況が呑み込めないまま、コーディリアはソファから身を起こしかけた。
「気を失ったのです。大丈夫ですか?」 
「ええ・・・、大丈夫です」 
「何か、冷たい飲み物を」 
「・・・ええ」
サディアスに応じるコーディリアは、まだ青ざめた表情のままだった。 
召使が運んで来たレモネードを一口、口にしたところで、
「ええっと・・・、その、先ほどは、失礼しました、ミス・グラハム。私が、このフォーシーズンズ・ハウスの主で、オーランド・ウィリアム・フィンドレーです」 
先程の一件のせいで、近寄るのが躊躇われたオーランドは、少々、遠方から声を掛けた。 
コーディリアが気を失っている間に、髭を剃り、シャツとベストを身に着けたオーランドは、チェストルの領主に相応しい服装、恰好だった。
「・・・コーディリア・エリザベス・グラハムです。コーディリアで、結構ですわ」 
と、コーディリアは挨拶の手を差し出しかけたが、先ほどのオーランドの姿を思い出して、思わずそのまま引っ込めた。 
そりゃあ、仕方ないだろうと、サディアスとキースは顔を合わせて、肩をすくめた。
サディアスは、コーディリアがこのまま気づまりな時間を過ごすよりは、と、召使にコーディリアを部屋に案内するよう、命じた。
そして、その後、チェストルの領主は、弟たちから、長い説教を、受けることになるのだった。 

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