5 / 28
1.three guys and a lady
4
しおりを挟む
四月末、グラハム家から自分宛の手紙を受け取ったオーランドは、はて、と首を傾げるばかりだった。
もちろん、ウォルトンの名家であるグラハム家の名は、知っていた。
フィンドレー家が、片田舎の小さな土地の領主で、他の領主たちのように、ウォルトンで社交に時間やお金を費やすということがなかったとはいえ、一応貴族の端くれではあったため、年に一度は王宮から夜会の招きがあり、オーランドはこれまでに何度か、王宮に上がったことがあった。
けれども、グラハム家の者と、顔を合わせた記憶もなければ、話した記憶もなかった。
それも当然と言えば当然で、自慢と世辞、人脈作りに時間を費やす人々の中で、国王陛下に招かれたから断れなかっただけ、という有様のオーランドは、何処からどう見ても浮いている存在で、誰かと懇意になることは、まずなかった。
そして、オーランドが更に首を傾げたのは、受け取った手紙の差出人が、グラハム家の主ではなく、グラハム家の令嬢、コーディリア・エリザベス・グラハムだった、ということだった。
こうなれば、オーランドには全く謎だった。
受け取った手紙を、上下逆にひっくり返してみたり、透かしてみたり、宛名が間違っているのではないかと、自分の名の綴りを確認してみたり。
しかし、宛先にも宛名にも間違いがなく、やはり、どうやらこれは自分宛の手紙らしいと観念して、ペーパーナイフを取った。
オーランド・ウィリアム・フィンドレー様
アールーズの領主様からのお手紙を、拝見いたしました。
僭越ではございますが、わたくしが提示致します条件をお認めいただけましたら、オーランド様のお申し出をお受けしたく存じます。
婚礼衣装のみを持参致します。
持参金はございません。
フィンドレー家の方がグラハム家へお越しになる必要は、一切ありません。
結婚式は、わたくしが到着した後、可能な限り早くにお願いいたします。
グラハム家からの参列者は、ございません。
ご検討の程、よろしくお願い致します。
コーディリア・エリザベス・グラハム
「これは何だ?」
手紙に眼を通したオーランドは、思わずそう呟いた。
これは、自分だけで判断できる事柄ではなさそうだと、オーランドは、書斎を出て、弟であり、無二の親友でもあるサディアスの姿を探した。
「これは、何の手紙だと思う?」
当惑のオーランドから手渡されて、手紙に眼を通した聡いサディアスは、一読して、アールーズの領主ジャスパーの仕業だなと、想像がついた。
手の込んだ嫌がらせをしやがって。
ポーカーの腹いせに、まとまるはずのない縁談を勝手に申し込んで、オーランドに恥をかかせようという訳か。
そう判断したサディアスは、コーディリアからの手紙を持って、真相を明らかにするために、馬を駆り、丸一日費やして、アールーズのハットン家へ向かった。
抗議にでも来たか。
サディアスの来訪を知ったジャスパーは、グラハム家から一体何と断りの手紙が来たか、オーランドがどんな赤っ恥をかいたかと、いつもの厳めしい顔つきの裏側で、ほくそ笑んで、サディアスを招き入れた。
しかし、コーディリアからの手紙に眼を通したジャスパーは、あ、と、十秒程抜けた顔をサディアスに晒す羽目になった。
そしてそれは、同席したエリオットも同じだった。
コーディリアは、縁談を受け入れるつもりだと、理解し、納得するまで、手紙の文面を三度は読み返したジャスパーと、エリオットだった。
「どういう経緯なのが、ご説明願いたいのですが」
「説明も何も・・・」
サディアスの追及に、こほんとひとつ咳払いをし、涼しい表情で話し出したジャスパーだったが、心の内では、まだコーディリアからの返事に衝撃を受けていた。
「コーディリア殿からの手紙に書いてあった通りです。オーランド殿がお相手を探していると言うことを耳にし、気にかけておりました。だから、縁談をお世話して差し上げた。それだけのことです。話がまとまりそうで良かったではないですか」
しれっと語るジャスパーに、タヌキめ、と、サディアスは胸の内で毒づいた。
「仮にそうだとしても、事前に、フィンドレー家へ一言、断っていただいてもよかったのでは?」
「ほう、君は、オーランド殿を心配するが故の我々の行いを、迷惑だと?」
ジャスパーの言動は、隣の小さな領主一家を、あからさまに見下していた。
本当ならば、厳しく追及したかったが、サディアスは、黙った。
周辺地域の平和維持という務めを、国王と国から委ねられているチェストルだった。
その自分たちの役割を知るオーランドが、争いごとを望まないことを、知っていたからだった。
アールーズの領主に対する自分の一言が、不利益をもたらすようなことがあってはならなかった。
サディアスの険しい表情を見て、ジャスパーはふふんと、楽し気に頬を緩めると、
「この件で、我々は感謝されこそすれ、非難される覚えは一切ない。サディアス殿、わざわざ、ここへ見当違いの苦情を言いに来るくらいなら、コーディリア殿に早く返事を差し上げるよう、兄上に助言でもされたらいかがかな。さもなければ、せっかく我々がお世話差し上げたご縁を、逃してしまうことになりますからなあ。ああ、そうそう、今度はくれぐれも、あれをご令嬢の眼に触れさせてはなりませんぞ。ご令嬢は、ああいったものを忌み嫌いますのでね!」
ジャスパーとエリオットが、可笑しそうに笑い声を上げた。
それは、明らかに嘲笑だった。
「失礼します」
サディアスは、その傲慢で無礼な振る舞いに、声を震わせて、退出した。
サディアスの背に、下品な笑い声が降り注いだ。
どうあっても、この不釣り合いで、妙な縁談が、まとまるはずはない、ジャスパーもエリオットも、そしてサディアスも・・・、そう思っていた。
もちろん、ウォルトンの名家であるグラハム家の名は、知っていた。
フィンドレー家が、片田舎の小さな土地の領主で、他の領主たちのように、ウォルトンで社交に時間やお金を費やすということがなかったとはいえ、一応貴族の端くれではあったため、年に一度は王宮から夜会の招きがあり、オーランドはこれまでに何度か、王宮に上がったことがあった。
けれども、グラハム家の者と、顔を合わせた記憶もなければ、話した記憶もなかった。
それも当然と言えば当然で、自慢と世辞、人脈作りに時間を費やす人々の中で、国王陛下に招かれたから断れなかっただけ、という有様のオーランドは、何処からどう見ても浮いている存在で、誰かと懇意になることは、まずなかった。
そして、オーランドが更に首を傾げたのは、受け取った手紙の差出人が、グラハム家の主ではなく、グラハム家の令嬢、コーディリア・エリザベス・グラハムだった、ということだった。
こうなれば、オーランドには全く謎だった。
受け取った手紙を、上下逆にひっくり返してみたり、透かしてみたり、宛名が間違っているのではないかと、自分の名の綴りを確認してみたり。
しかし、宛先にも宛名にも間違いがなく、やはり、どうやらこれは自分宛の手紙らしいと観念して、ペーパーナイフを取った。
オーランド・ウィリアム・フィンドレー様
アールーズの領主様からのお手紙を、拝見いたしました。
僭越ではございますが、わたくしが提示致します条件をお認めいただけましたら、オーランド様のお申し出をお受けしたく存じます。
婚礼衣装のみを持参致します。
持参金はございません。
フィンドレー家の方がグラハム家へお越しになる必要は、一切ありません。
結婚式は、わたくしが到着した後、可能な限り早くにお願いいたします。
グラハム家からの参列者は、ございません。
ご検討の程、よろしくお願い致します。
コーディリア・エリザベス・グラハム
「これは何だ?」
手紙に眼を通したオーランドは、思わずそう呟いた。
これは、自分だけで判断できる事柄ではなさそうだと、オーランドは、書斎を出て、弟であり、無二の親友でもあるサディアスの姿を探した。
「これは、何の手紙だと思う?」
当惑のオーランドから手渡されて、手紙に眼を通した聡いサディアスは、一読して、アールーズの領主ジャスパーの仕業だなと、想像がついた。
手の込んだ嫌がらせをしやがって。
ポーカーの腹いせに、まとまるはずのない縁談を勝手に申し込んで、オーランドに恥をかかせようという訳か。
そう判断したサディアスは、コーディリアからの手紙を持って、真相を明らかにするために、馬を駆り、丸一日費やして、アールーズのハットン家へ向かった。
抗議にでも来たか。
サディアスの来訪を知ったジャスパーは、グラハム家から一体何と断りの手紙が来たか、オーランドがどんな赤っ恥をかいたかと、いつもの厳めしい顔つきの裏側で、ほくそ笑んで、サディアスを招き入れた。
しかし、コーディリアからの手紙に眼を通したジャスパーは、あ、と、十秒程抜けた顔をサディアスに晒す羽目になった。
そしてそれは、同席したエリオットも同じだった。
コーディリアは、縁談を受け入れるつもりだと、理解し、納得するまで、手紙の文面を三度は読み返したジャスパーと、エリオットだった。
「どういう経緯なのが、ご説明願いたいのですが」
「説明も何も・・・」
サディアスの追及に、こほんとひとつ咳払いをし、涼しい表情で話し出したジャスパーだったが、心の内では、まだコーディリアからの返事に衝撃を受けていた。
「コーディリア殿からの手紙に書いてあった通りです。オーランド殿がお相手を探していると言うことを耳にし、気にかけておりました。だから、縁談をお世話して差し上げた。それだけのことです。話がまとまりそうで良かったではないですか」
しれっと語るジャスパーに、タヌキめ、と、サディアスは胸の内で毒づいた。
「仮にそうだとしても、事前に、フィンドレー家へ一言、断っていただいてもよかったのでは?」
「ほう、君は、オーランド殿を心配するが故の我々の行いを、迷惑だと?」
ジャスパーの言動は、隣の小さな領主一家を、あからさまに見下していた。
本当ならば、厳しく追及したかったが、サディアスは、黙った。
周辺地域の平和維持という務めを、国王と国から委ねられているチェストルだった。
その自分たちの役割を知るオーランドが、争いごとを望まないことを、知っていたからだった。
アールーズの領主に対する自分の一言が、不利益をもたらすようなことがあってはならなかった。
サディアスの険しい表情を見て、ジャスパーはふふんと、楽し気に頬を緩めると、
「この件で、我々は感謝されこそすれ、非難される覚えは一切ない。サディアス殿、わざわざ、ここへ見当違いの苦情を言いに来るくらいなら、コーディリア殿に早く返事を差し上げるよう、兄上に助言でもされたらいかがかな。さもなければ、せっかく我々がお世話差し上げたご縁を、逃してしまうことになりますからなあ。ああ、そうそう、今度はくれぐれも、あれをご令嬢の眼に触れさせてはなりませんぞ。ご令嬢は、ああいったものを忌み嫌いますのでね!」
ジャスパーとエリオットが、可笑しそうに笑い声を上げた。
それは、明らかに嘲笑だった。
「失礼します」
サディアスは、その傲慢で無礼な振る舞いに、声を震わせて、退出した。
サディアスの背に、下品な笑い声が降り注いだ。
どうあっても、この不釣り合いで、妙な縁談が、まとまるはずはない、ジャスパーもエリオットも、そしてサディアスも・・・、そう思っていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる