赤毛とトカゲと淑女。

海子

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1.three guys and a lady

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 四月末、グラハム家から自分宛の手紙を受け取ったオーランドは、はて、と首を傾げるばかりだった。
もちろん、ウォルトンの名家であるグラハム家の名は、知っていた。 
フィンドレー家が、片田舎の小さな土地の領主で、他の領主たちのように、ウォルトンで社交に時間やお金を費やすということがなかったとはいえ、一応貴族の端くれではあったため、年に一度は王宮から夜会の招きがあり、オーランドはこれまでに何度か、王宮に上がったことがあった。 
けれども、グラハム家の者と、顔を合わせた記憶もなければ、話した記憶もなかった。 
それも当然と言えば当然で、自慢と世辞、人脈作りに時間を費やす人々の中で、国王陛下に招かれたから断れなかっただけ、という有様のオーランドは、何処からどう見ても浮いている存在で、誰かと懇意になることは、まずなかった。
そして、オーランドが更に首を傾げたのは、受け取った手紙の差出人が、グラハム家の主ではなく、グラハム家の令嬢、コーディリア・エリザベス・グラハムだった、ということだった。 
こうなれば、オーランドには全く謎だった。
受け取った手紙を、上下逆にひっくり返してみたり、透かしてみたり、宛名が間違っているのではないかと、自分の名の綴りを確認してみたり。 
しかし、宛先にも宛名にも間違いがなく、やはり、どうやらこれは自分宛の手紙らしいと観念して、ペーパーナイフを取った。 


オーランド・ウィリアム・フィンドレー様

アールーズの領主様からのお手紙を、拝見いたしました。
僭越ではございますが、わたくしが提示致します条件をお認めいただけましたら、オーランド様のお申し出をお受けしたく存じます。 

婚礼衣装のみを持参致します。
持参金はございません。 
フィンドレー家の方がグラハム家へお越しになる必要は、一切ありません。
結婚式は、わたくしが到着した後、可能な限り早くにお願いいたします。 
グラハム家からの参列者は、ございません。 
ご検討の程、よろしくお願い致します。 
   
                     コーディリア・エリザベス・グラハム 


 「これは何だ?」 
手紙に眼を通したオーランドは、思わずそう呟いた。
これは、自分だけで判断できる事柄ではなさそうだと、オーランドは、書斎を出て、弟であり、無二の親友でもあるサディアスの姿を探した。
「これは、何の手紙だと思う?」 
当惑のオーランドから手渡されて、手紙に眼を通した聡いサディアスは、一読して、アールーズの領主ジャスパーの仕業だなと、想像がついた。 
手の込んだ嫌がらせをしやがって。
ポーカーの腹いせに、まとまるはずのない縁談を勝手に申し込んで、オーランドに恥をかかせようという訳か。 
そう判断したサディアスは、コーディリアからの手紙を持って、真相を明らかにするために、馬を駆り、丸一日費やして、アールーズのハットン家へ向かった。 
抗議にでも来たか。 
サディアスの来訪を知ったジャスパーは、グラハム家から一体何と断りの手紙が来たか、オーランドがどんな赤っ恥をかいたかと、いつもの厳めしい顔つきの裏側で、ほくそ笑んで、サディアスを招き入れた。
しかし、コーディリアからの手紙に眼を通したジャスパーは、あ、と、十秒程抜けた顔をサディアスに晒す羽目になった。 
そしてそれは、同席したエリオットも同じだった。
コーディリアは、縁談を受け入れるつもりだと、理解し、納得するまで、手紙の文面を三度は読み返したジャスパーと、エリオットだった。 
「どういう経緯なのが、ご説明願いたいのですが」
「説明も何も・・・」 
サディアスの追及に、こほんとひとつ咳払いをし、涼しい表情で話し出したジャスパーだったが、心の内では、まだコーディリアからの返事に衝撃を受けていた。
「コーディリア殿からの手紙に書いてあった通りです。オーランド殿がお相手を探していると言うことを耳にし、気にかけておりました。だから、縁談をお世話して差し上げた。それだけのことです。話がまとまりそうで良かったではないですか」 
しれっと語るジャスパーに、タヌキめ、と、サディアスは胸の内で毒づいた。
「仮にそうだとしても、事前に、フィンドレー家へ一言、断っていただいてもよかったのでは?」 
「ほう、君は、オーランド殿を心配するが故の我々の行いを、迷惑だと?」 
ジャスパーの言動は、隣の小さな領主一家を、あからさまに見下していた。 
本当ならば、厳しく追及したかったが、サディアスは、黙った。
周辺地域の平和維持という務めを、国王と国から委ねられているチェストルだった。 
その自分たちの役割を知るオーランドが、争いごとを望まないことを、知っていたからだった。
アールーズの領主に対する自分の一言が、不利益をもたらすようなことがあってはならなかった。 
サディアスの険しい表情を見て、ジャスパーはふふんと、楽し気に頬を緩めると、 
「この件で、我々は感謝されこそすれ、非難される覚えは一切ない。サディアス殿、わざわざ、ここへ見当違いの苦情を言いに来るくらいなら、コーディリア殿に早く返事を差し上げるよう、兄上に助言でもされたらいかがかな。さもなければ、せっかく我々がお世話差し上げたご縁を、逃してしまうことになりますからなあ。ああ、そうそう、今度はくれぐれも、あれをご令嬢の眼に触れさせてはなりませんぞ。ご令嬢は、ああいったものを忌み嫌いますのでね!」
ジャスパーとエリオットが、可笑しそうに笑い声を上げた。 
それは、明らかに嘲笑だった。 
「失礼します」
サディアスは、その傲慢で無礼な振る舞いに、声を震わせて、退出した。 
サディアスの背に、下品な笑い声が降り注いだ。 
どうあっても、この不釣り合いで、妙な縁談が、まとまるはずはない、ジャスパーもエリオットも、そしてサディアスも・・・、そう思っていた。 

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