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3.シュヴァリエ<騎士> 前編
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同じ日、アルトー大尉とヴィクトルは、王宮に仕える者の、身元の洗い出し作業に取り掛かる憲兵から、身元不確定として、上がってきた人物、約七十名の資料に眼を通していた。
それぞれの人物について、経歴を記した添付資料を読みながら、不審が強く疑われる者には、早急に、徹底した調査と、見張りを指示し、比較的、不審と思われる点が軽度であれば、捜査を後回しにした。
「正直に言って、私は、衝撃だ」
部下の憲兵に指示を与えた後、アルトー大尉は、アルカンスイエルの貧民街で服毒自殺した暗殺者、マリウスが、シャルドンのアパートに隠し持っていた、王宮の図面に見入っているヴィクトルに、そう話しかけてきた。
四月初日のその日は、午後五時を過ぎても、汗ばむような陽気で、ヴィクトルは、軍服を脱ぎ、上は、シャツ一枚になっていた。
「何が?」
「この王宮に、身元の不確かな者が、七十名も仕えているということが、だ」
アルトー大尉は、立ち上がり、先ほど侍女が運んできたカフェ・オ・レを自分でカップに注いだ。
「採用した者は、クビが飛ぶな」
「いい加減な紹介状が多い。見てみろ、これなんて、一見、何の問題もない。食料品貯蔵室責任者ダヴィッドの、ベルクール伯爵家からの立派な紹介状だ。ジョナタン・アルセーヌ・ド・ベルクール、と、当主のサインがある。だが、当主の名前は、ジョナタンではなく、ジュスタンだ。たった、それだけのことを、何故、今まで、誰も確認しない?私の部下が一度追求しただけで、半泣きで、偽造を認めた。即刻、牢に叩き込んでおいたが、全く、呆れて、ものが言えない。・・・さっきから、何を見ている?」
マリウスが、シャルドンのアパートに隠し持っていた、王宮の見取り図に見入ったままのヴィクトルの後方に立ちつつ、アルトー大尉は尋ねた。
「この図面にも、手掛かりがある」
「手掛かり?どんな?」
「敵は、宮殿内部に出入りできる人物の可能性が高い、ということだ」
「何故、そう思う?」
「門番や、厨房係、下女が、宮殿奥に入って来られると思うか?大広間、会議室、階段の場所、そして、国王陛下の私邸の見取り図まで、詳細に描かれている」
「なるほど。では、暗殺者は、近衛か、侍従か・・・」
「女官、侍女もだ。暗殺者は男だと決めつけない方が、いいのかもしれない」
しばらく、他に何か手掛かりはないかと、王宮の図面に見入っていたアルトー大尉とヴィクトルだったが、置き時計で午後五時半という時刻を確認したアルトー大尉が、
「そろそろ、近衛隊長との約束の時間だ。行こう」
と、ヴィクトルを促した。
特別な事態が起きれば、もちろんその都度、そうでなければ、毎日、午後六時に、アルトー大尉、近衛隊長、ヴィクトルが、王宮の会議室で、その日の成果を共有する約束になっていた。
暗殺者捜査のために与えられた、フィリップ国王の私邸の一室を出て、ヴィクトルとアルトー大尉は、王宮の会議室へと向かった。
しばらく、ふたりが歩いたところで、後方から、くすっと、笑い声が聞こえた。
訝し気に思ったふたりが振り返ると、笑顔のミレーヌが立っていた。
「こんばんは、シャリエ大尉」
近頃、ミレーヌは一方的に、ヴィクトルにすっかり打ち解けたようで、これまでのはにかんだような笑顔とは違い、親しみのある笑顔を向けるようになっていた。
無表情のまま、軽く会釈を返したヴィクトルは、ミレーヌに構わず、そのまま歩き始めたが、
「何か、我々がおかしいですか、お嬢さん?」
アルトー大尉が、代わりに答えた。
「あら、ごめんなさい。でも、こうして少し離れて見ていると、おふたりとも、歩き方がそっくり揃っていらっしゃって、背丈も同じくらいだから、まるで、双子みたいなんですもの」
「双子?」
思わず、アルトー大尉とヴィクトルは顔を見合わせたが、ああ、もしかして、と、アルトー大尉は、いつも通りの歩き方で歩いて見せた。
「そう、そうです。おふたりとも、そっくりそんな風ですわ」
「我々は、無意識ですが、歩き方が、軍人特有なのでしょう。肩を動かさず、正確な歩幅で歩く。常に重心は、足の親指の付け根にあります。軍隊の行進が、染みついているんでしょうね」
「そういうわけですのね。教えていただいて、私、ひとつ、物知りになりました。お引止めしてごめんなさい。それでは、失礼します」
ミレーヌは、屈託のない笑顔を残し、用事でも言いつかっているようで、ヴィクトルたちとは反対に、フィリップ国王の私邸へと向かって行った。
ミレーヌの立ち去った方を眺めながら、
「何だか、癒されますね。あのお嬢さん」
アルトー大尉が、頬を緩めてそう言った。
「気の毒だが、あの娘は先約済みだ」
そう答えるヴィクトルの声は、酷く刺々しかった。
同日、午後七時前、王宮の会議室にいたヴィクトル、アルトー大尉、近衛隊長の元へ、若い近衛兵が、血相を変えて飛び込んできた。
「隊長!緊急事態です。陛下の執務室に、不審者が侵入しました!」
ヴィクトル、アルトー大尉、近衛隊長は、弾かれたように立ち上がった。
「それで、陛下は?」
すぐに、全員で国王の執務室に向かいながら、近衛隊長が、部下に尋ねた。
「国王陛下は、ご無事です。陛下は今日一日、修復を終えたブロンピュール宮殿に視察へ赴かれていて、執務室にはおられませんでした。陛下が外出されるということで、そちらの警備は、万全の態勢で臨んでいたのですが・・・。隙をつかれました」
執務室手前の角で、報告を受けて、反対側から駆けて来たオジェ女官長と、ヴィクトルがぶつかり、オジェ女官長は危うく、転倒しかけた。
咄嗟にヴィクトルが手を引き、事なきを得た。
「ああ・・・、シャリエ大尉」
起こった事態の大きさに、流石のオジェ女官長も、動揺の色を隠せなかった。
ラ・フォートリエ王宮府長官、デュ・コロワ侍従長、ニコルが、次々と、血相を変えて、執務室に駆け込んできた。
フィリップの執務机には、小さなナイフがあった。
そして、執務机の上には、そのナイフで傷つけたと思われる傷跡が、いくつも残されていた。
王宮の、国王陛下の執務室へ侵入し、机を傷つけると言う、大胆な行動に、誰もが言葉を失った。
「発見したのは?」
「陛下がお戻りになる前に、部屋の支度に入った侍従です」
「不審人物を見た者は?」
「至急、警備に当たる近衛兵に、不審者の有無を確認しましたが、王宮内に侵入した不審人物はおりません。しかし、本日は、国王陛下が、ブロンピュール宮殿へ赴かれると言うことで、陛下の警備を厳重にし、警戒しておりました」
近衛隊長の問いに、直立不動で、部下が答えた。
「そう指示したのは、私だ。責任は、この私にある」
それは、王宮警護が手薄になっていたことを認める発言でもあった。
そして、その場に集う者誰もが、朝から、いつものように王宮に仕えていたが、不審人物を目撃した者はいなかった。
「陛下は今、どうしておられる?」
「国王陛下におかれましては、私邸にてお過ごしいただき、我々近衛が厳重に警護しております」
近衛隊長の問いかけに、力強く答える若い近衛兵だったが、それを耳にしたヴィクトルは、事態が事態だけに仕方がないこととは言え、四方を、厳重に近衛に囲まれて、窮屈そうに座るフィリップの顔が、思い浮かんだ。
「しかし、王宮の国王陛下の執務室にまで侵入する輩が、今日、国王陛下が、ブルークレール宮殿を留守にしていることを、知らないものだろうか?」
デュ・コロワ侍従長の疑念は、最もだった。
「多分、知っていたでしょうね」
「だとすれば・・・」
「脅しでしょう」
アルトー大尉の答えに、言葉を失う一同だった。
「シャリエ大尉は、どう思う?」
ラ・フォートリエ王宮府長官は、ずっと、執務机とナイフを見つめたままのヴィクトルに意見を求めた。
「少し、時間を。今から、アルトー大尉と現場検証に当たりたいので、少々時間を頂きたいのです」
いいだろう、と、ラ・フォートリエ王宮府長官が認め、ヴィクトルと、アルトー大尉を残し、一旦、一同は、その場を引き払うことになった。
けれども、思いついたように、ヴィクトルは、ポーシャ―ル女官長、と、呼び止め、失礼と、おもむろに、その手を握った。
「何でしょう、シャリエ大尉?」
驚きの面持ちのニコルに、いえ、失礼しました、と、すぐにヴィクトルは、引き下がった。
「敵も、大胆不敵だ」
フィリップ国王の執務室に、ヴィクトルと残ってすぐ、アルトー大尉は、深いため息を漏らした。
「大胆不敵・・・か」
ポケットからハンカチを取り出し、ヴィクトルは、小さなナイフを手に取った。
そうして、机の上に幾本も残る傷跡を、じっと眺めた。
「何か、気づいたのか?」
「暗殺者は、国王陛下の命を狙い、長期間、周囲の眼を欺いて王宮に忍んでいる。シャルドンでは、志を同じくする者が服毒自殺し、王宮には憲兵が出入りし、自分の存在が暴かれようとしている。どんな冷静な暗殺者だったとしても、いや、冷静な暗殺者だからこそ、じわじわ追い込まれているのは、わかっているだろう。そんな輩が、危険を承知で、こんな脅しを仕掛けて来るだろうか?奴の目的は、国王陛下の暗殺遂行だ。今更、我々を脅すことに、何の意味がある?」
「何が言いたい?」
それには答えずに、
「いいだろう、百歩譲って、暗殺者が、警備の眼を盗んで、陛下の執務室へやって来たとしよう。いいか、相手は、脅しに来ているんだ。殺すぞ、って言う。度胸は座っている。その暗殺者が、こんな小さなナイフを使うか?しかも、何度も、恨みがましく、引っ掻くように、机に突き立てている。私だったら、こうする」
と、ヴィクトルは、腰に差してあった軍用ナイフを引き抜いて、渾身の力で、フィリップ国王の執務机に、突き立てた。
軍用ナイフは、机に突き刺さったまま動かなかった。
「シャリエ大尉、免職処分になるぞ!」
アルトー大尉は、真っ青になった。
「これも、現場検証だ。心配はない。国王陛下は、お心が広い」
ヴィクトルは、不敵に笑った。
それぞれの人物について、経歴を記した添付資料を読みながら、不審が強く疑われる者には、早急に、徹底した調査と、見張りを指示し、比較的、不審と思われる点が軽度であれば、捜査を後回しにした。
「正直に言って、私は、衝撃だ」
部下の憲兵に指示を与えた後、アルトー大尉は、アルカンスイエルの貧民街で服毒自殺した暗殺者、マリウスが、シャルドンのアパートに隠し持っていた、王宮の図面に見入っているヴィクトルに、そう話しかけてきた。
四月初日のその日は、午後五時を過ぎても、汗ばむような陽気で、ヴィクトルは、軍服を脱ぎ、上は、シャツ一枚になっていた。
「何が?」
「この王宮に、身元の不確かな者が、七十名も仕えているということが、だ」
アルトー大尉は、立ち上がり、先ほど侍女が運んできたカフェ・オ・レを自分でカップに注いだ。
「採用した者は、クビが飛ぶな」
「いい加減な紹介状が多い。見てみろ、これなんて、一見、何の問題もない。食料品貯蔵室責任者ダヴィッドの、ベルクール伯爵家からの立派な紹介状だ。ジョナタン・アルセーヌ・ド・ベルクール、と、当主のサインがある。だが、当主の名前は、ジョナタンではなく、ジュスタンだ。たった、それだけのことを、何故、今まで、誰も確認しない?私の部下が一度追求しただけで、半泣きで、偽造を認めた。即刻、牢に叩き込んでおいたが、全く、呆れて、ものが言えない。・・・さっきから、何を見ている?」
マリウスが、シャルドンのアパートに隠し持っていた、王宮の見取り図に見入ったままのヴィクトルの後方に立ちつつ、アルトー大尉は尋ねた。
「この図面にも、手掛かりがある」
「手掛かり?どんな?」
「敵は、宮殿内部に出入りできる人物の可能性が高い、ということだ」
「何故、そう思う?」
「門番や、厨房係、下女が、宮殿奥に入って来られると思うか?大広間、会議室、階段の場所、そして、国王陛下の私邸の見取り図まで、詳細に描かれている」
「なるほど。では、暗殺者は、近衛か、侍従か・・・」
「女官、侍女もだ。暗殺者は男だと決めつけない方が、いいのかもしれない」
しばらく、他に何か手掛かりはないかと、王宮の図面に見入っていたアルトー大尉とヴィクトルだったが、置き時計で午後五時半という時刻を確認したアルトー大尉が、
「そろそろ、近衛隊長との約束の時間だ。行こう」
と、ヴィクトルを促した。
特別な事態が起きれば、もちろんその都度、そうでなければ、毎日、午後六時に、アルトー大尉、近衛隊長、ヴィクトルが、王宮の会議室で、その日の成果を共有する約束になっていた。
暗殺者捜査のために与えられた、フィリップ国王の私邸の一室を出て、ヴィクトルとアルトー大尉は、王宮の会議室へと向かった。
しばらく、ふたりが歩いたところで、後方から、くすっと、笑い声が聞こえた。
訝し気に思ったふたりが振り返ると、笑顔のミレーヌが立っていた。
「こんばんは、シャリエ大尉」
近頃、ミレーヌは一方的に、ヴィクトルにすっかり打ち解けたようで、これまでのはにかんだような笑顔とは違い、親しみのある笑顔を向けるようになっていた。
無表情のまま、軽く会釈を返したヴィクトルは、ミレーヌに構わず、そのまま歩き始めたが、
「何か、我々がおかしいですか、お嬢さん?」
アルトー大尉が、代わりに答えた。
「あら、ごめんなさい。でも、こうして少し離れて見ていると、おふたりとも、歩き方がそっくり揃っていらっしゃって、背丈も同じくらいだから、まるで、双子みたいなんですもの」
「双子?」
思わず、アルトー大尉とヴィクトルは顔を見合わせたが、ああ、もしかして、と、アルトー大尉は、いつも通りの歩き方で歩いて見せた。
「そう、そうです。おふたりとも、そっくりそんな風ですわ」
「我々は、無意識ですが、歩き方が、軍人特有なのでしょう。肩を動かさず、正確な歩幅で歩く。常に重心は、足の親指の付け根にあります。軍隊の行進が、染みついているんでしょうね」
「そういうわけですのね。教えていただいて、私、ひとつ、物知りになりました。お引止めしてごめんなさい。それでは、失礼します」
ミレーヌは、屈託のない笑顔を残し、用事でも言いつかっているようで、ヴィクトルたちとは反対に、フィリップ国王の私邸へと向かって行った。
ミレーヌの立ち去った方を眺めながら、
「何だか、癒されますね。あのお嬢さん」
アルトー大尉が、頬を緩めてそう言った。
「気の毒だが、あの娘は先約済みだ」
そう答えるヴィクトルの声は、酷く刺々しかった。
同日、午後七時前、王宮の会議室にいたヴィクトル、アルトー大尉、近衛隊長の元へ、若い近衛兵が、血相を変えて飛び込んできた。
「隊長!緊急事態です。陛下の執務室に、不審者が侵入しました!」
ヴィクトル、アルトー大尉、近衛隊長は、弾かれたように立ち上がった。
「それで、陛下は?」
すぐに、全員で国王の執務室に向かいながら、近衛隊長が、部下に尋ねた。
「国王陛下は、ご無事です。陛下は今日一日、修復を終えたブロンピュール宮殿に視察へ赴かれていて、執務室にはおられませんでした。陛下が外出されるということで、そちらの警備は、万全の態勢で臨んでいたのですが・・・。隙をつかれました」
執務室手前の角で、報告を受けて、反対側から駆けて来たオジェ女官長と、ヴィクトルがぶつかり、オジェ女官長は危うく、転倒しかけた。
咄嗟にヴィクトルが手を引き、事なきを得た。
「ああ・・・、シャリエ大尉」
起こった事態の大きさに、流石のオジェ女官長も、動揺の色を隠せなかった。
ラ・フォートリエ王宮府長官、デュ・コロワ侍従長、ニコルが、次々と、血相を変えて、執務室に駆け込んできた。
フィリップの執務机には、小さなナイフがあった。
そして、執務机の上には、そのナイフで傷つけたと思われる傷跡が、いくつも残されていた。
王宮の、国王陛下の執務室へ侵入し、机を傷つけると言う、大胆な行動に、誰もが言葉を失った。
「発見したのは?」
「陛下がお戻りになる前に、部屋の支度に入った侍従です」
「不審人物を見た者は?」
「至急、警備に当たる近衛兵に、不審者の有無を確認しましたが、王宮内に侵入した不審人物はおりません。しかし、本日は、国王陛下が、ブロンピュール宮殿へ赴かれると言うことで、陛下の警備を厳重にし、警戒しておりました」
近衛隊長の問いに、直立不動で、部下が答えた。
「そう指示したのは、私だ。責任は、この私にある」
それは、王宮警護が手薄になっていたことを認める発言でもあった。
そして、その場に集う者誰もが、朝から、いつものように王宮に仕えていたが、不審人物を目撃した者はいなかった。
「陛下は今、どうしておられる?」
「国王陛下におかれましては、私邸にてお過ごしいただき、我々近衛が厳重に警護しております」
近衛隊長の問いかけに、力強く答える若い近衛兵だったが、それを耳にしたヴィクトルは、事態が事態だけに仕方がないこととは言え、四方を、厳重に近衛に囲まれて、窮屈そうに座るフィリップの顔が、思い浮かんだ。
「しかし、王宮の国王陛下の執務室にまで侵入する輩が、今日、国王陛下が、ブルークレール宮殿を留守にしていることを、知らないものだろうか?」
デュ・コロワ侍従長の疑念は、最もだった。
「多分、知っていたでしょうね」
「だとすれば・・・」
「脅しでしょう」
アルトー大尉の答えに、言葉を失う一同だった。
「シャリエ大尉は、どう思う?」
ラ・フォートリエ王宮府長官は、ずっと、執務机とナイフを見つめたままのヴィクトルに意見を求めた。
「少し、時間を。今から、アルトー大尉と現場検証に当たりたいので、少々時間を頂きたいのです」
いいだろう、と、ラ・フォートリエ王宮府長官が認め、ヴィクトルと、アルトー大尉を残し、一旦、一同は、その場を引き払うことになった。
けれども、思いついたように、ヴィクトルは、ポーシャ―ル女官長、と、呼び止め、失礼と、おもむろに、その手を握った。
「何でしょう、シャリエ大尉?」
驚きの面持ちのニコルに、いえ、失礼しました、と、すぐにヴィクトルは、引き下がった。
「敵も、大胆不敵だ」
フィリップ国王の執務室に、ヴィクトルと残ってすぐ、アルトー大尉は、深いため息を漏らした。
「大胆不敵・・・か」
ポケットからハンカチを取り出し、ヴィクトルは、小さなナイフを手に取った。
そうして、机の上に幾本も残る傷跡を、じっと眺めた。
「何か、気づいたのか?」
「暗殺者は、国王陛下の命を狙い、長期間、周囲の眼を欺いて王宮に忍んでいる。シャルドンでは、志を同じくする者が服毒自殺し、王宮には憲兵が出入りし、自分の存在が暴かれようとしている。どんな冷静な暗殺者だったとしても、いや、冷静な暗殺者だからこそ、じわじわ追い込まれているのは、わかっているだろう。そんな輩が、危険を承知で、こんな脅しを仕掛けて来るだろうか?奴の目的は、国王陛下の暗殺遂行だ。今更、我々を脅すことに、何の意味がある?」
「何が言いたい?」
それには答えずに、
「いいだろう、百歩譲って、暗殺者が、警備の眼を盗んで、陛下の執務室へやって来たとしよう。いいか、相手は、脅しに来ているんだ。殺すぞ、って言う。度胸は座っている。その暗殺者が、こんな小さなナイフを使うか?しかも、何度も、恨みがましく、引っ掻くように、机に突き立てている。私だったら、こうする」
と、ヴィクトルは、腰に差してあった軍用ナイフを引き抜いて、渾身の力で、フィリップ国王の執務机に、突き立てた。
軍用ナイフは、机に突き刺さったまま動かなかった。
「シャリエ大尉、免職処分になるぞ!」
アルトー大尉は、真っ青になった。
「これも、現場検証だ。心配はない。国王陛下は、お心が広い」
ヴィクトルは、不敵に笑った。
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