コットンブーケ

海子

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8.UNFORGETTABLE

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 十二月に入ったある日の午後、アンヌは、アンダーソン邸でのお茶会に、招かれた。 
ベアトリス主催のお茶会には、ベアトリス自身が親しくする上流階級の婦人たちと、ベアトリスの息子たちの妻の知人、友人、併せて二十名程が招かれていた。
人数が多く、招待客の多数が、社交界の有力者たちで・・・、つまりは、地位と権力の所有者ということで、ベアトリスのお茶会は、華やぎと格式を、併せ持った集いになった。 
そのような集まりであったため、自分が社交界で疎まれていることをよく知っているアンヌとしては、出席を見送りたかったのだが、アンヌへの協力を続けてくれているベアトリスのお茶会だと言うこと、そのベアトリスが、孤立しがちなアンヌを気遣って、これまで再三自宅に招いてくれているのに、多忙を理由に、四月のベアトリスの誕生会以来、招きに応じていないこと、そして、あるもうひとつの理由から、アンヌは出席することにしたのだった。 



 アンダーソン邸でのお茶会は、ベアトリスお気に入りのゲストルームで催された。 
ベアトリスお気に入りのゲストルームは、ベージュの壁に白い柱が通る、明るい色合いの造りで、広大な邸宅を取り囲むベランダへと向かって大きな窓が設けてあるせいで、陽当たりが良く、開放感があった。
また、窓の上部にはめ込まれた、ステンドグラスが印象的でもあった。
その広々としたゲストルームに集まった婦人たち二十名は、ふたつのグループに分かれて、ふたつのテーブルについた。 
ひとつは、ベアトリス自身が親しくする婦人たちで、もうひとつは、ベアトリスの息子たちの妻の友人のグループだった。 
もちろんマーガレットは、ベアトリスと同じテーブルにつき、顔なじみの友人たちと、歓談していた。 
そして、アンヌは、もう一方の、若い妻女や娘たちのグループのテーブルについていた。 
そのアンヌの方へ、マーガレットがちらりと視線を向けると、談笑する若い婦人たちの会話には入ることもなく、静かに一番端の席についていた。
若い婦人たちのテーブルは、流行のファッションや、恋の話で盛り上がり、楽し気な笑い声が、頻繁に上がった。
その中で、黙って席に着くアンヌの存在は、その場に馴染まず、その存在は誰が見ても浮いていた。
ランドルフは、あの娘の一体どこに惹かれたのだろう・・・。 
マーガレットは、遠目に、そのアンヌの姿を眺めつつ、そっとため息を漏らした。 



 一カ月前、モーガン邸で、秋の夜会が催された夜、ランドルフは帰って来なかった。 
舞踏会の最中に、置き去りにされたと知ったシャーロットは、ショックのあまり、涙で瞳を潤ませ、ブラウン夫妻に身体を支えられるようにして、帰って行った。
ブラウン夫妻からは、舞踏会の最中、シャーロットを置いて、どこかへ消えてしまったランドルフの無礼を詰られ、厭味を投げつけられ、さりとて、悪いのは、ランドルフだということは明らかで、言い訳の余地はなく、ただ、詫びるよりほかないマーガレットだった。
ダンスを楽しみ、バルコニーで楽しそうに語らうランドルフとシャーロットの姿を、幸福な気分で眺めていたマーガレットだったので、ランドルフの無礼な振る舞いは、全く理解できなかった。
翌早朝、ランドルフは帰宅した。 
その帰宅を、一睡もせず、マーガレットは待ち構えていた。
どんな事情があるにせよ、シャーロットを置き去りにしたランドルフを、許すわけにはいかなかった。
マーガレットは、ランドルフが帰宅したことを召使から聞いて、すぐに、ランドルフの部屋へ向かった。 
「お待ちなさい」 
ランドルフが、ちょうど自分の部屋へ入ろうとしていたところを、マーガレットは、呼び止めた。
「自分が・・・、一体何をしたのか、分かっているのでしょうね」 
ランドルフの顔を見て、怒りが沸々とこみ上げるマーガレットだった。 
マーガレットが見る限り、ランドルフは、平静だった。 
マーガレットの怒りに対して、何の反応も示さなかった。
ただ、しばらくじっと、マーガレットの顔を見つめた後、
「シャーロットとは、交際しない」 
それだけを告げて、部屋に入った。 
待ちなさい、と、捕まえようとして、マーガレットは、はっと、息をのんだ。
ランドルフから、甘い匂いがした。 
それは、ガーデニアの香りだった。
一晩帰って来なかったランドルフから、ガーデニアの移り香がした。
それが、どういう意味を持つのか、マーガレットは即座に理解した。
到頭、恐れていたことが、起きてしまった。
ランドルフは、あの娘と一夜を過ごしたのだ・・・。 
その事実に、一睡もしていなかったせいもあって、マーガレットは、眩暈を覚えた。 
これから一体どうなるのか、ランドルフや、あの娘が、何を主張してくるのか・・・。 
そう考えただけで、頭痛がした。
けれども、マーガレットの予想に反して、ランドルフも、アンヌも、何も言いだしては来なかった。 
てっきり、アンヌとの結婚を言い出すに違いないと思っていたマーガレットは、肩透かしを食らった。 
何も言いだしてこないどころか、朝帰りの日以来、ランドルフはアンヌの屋敷を訪れる気配もなく、落ち着いた様子で、仕事に励んでいた。
変わったことと言えば、共に農園を経営する、従兄弟のイーサンと、何やら頻繁に打ち合わせを重ねていることだった。 
もちろん、一緒に農園を経営しているわけで、相談しなくてはならないことも、あったには違いなかったが、近頃は、始終一緒にいて、仕事の話をしているようだった。 
また、そのイーサンの表情が、どうにも硬いのが、マーガレットの気にかかった。 
本来、イーサンは、冗談が好きで、陽気な性質だった。
そのイーサンが、近頃は、冗談どころか、マーガレットと顔を合わせると、不自然に目を逸らした。
何か、隠し事がある。
そう睨んだマーガレットは、一度、イーサンをきつく問い詰めたが、ランドルフから強く口留めをされているようで、イーサンは冷や汗を流しつつも、絶対に口を割らなかった。



 そういうわけで、夜会からのこの二週間、マーガレットの心中は、怒りと不満と心配で、 落ち着くことがなかった。
アンヌが、ベアトリス主催のお茶会に来ていることは、今日顔を合わすまで、知らなかったが、マーガレットの姿を認めても、アンヌは別段、何も変わる様子はなかった。
マーガレットに軽く会釈をして通り過ぎ、それからは近づいて来ることもなかった。
アンヌと顔を合わせて、慌てたのは、むしろマーガレットの方だった。
すれ違ったアンヌから、あの夜のランドルフの移り香と、全く同じ匂いがしたからだった。
ランドルフと一夜を過ごした相手は、やはりアンヌだったと、マーガレットは確信した。 



 あなたは、ランドルフと、一夜を過ごしたのでしょう? 
それで一体、何が望みなの?
本当なら、アンヌを捕まえて、そう問いただしてみたいマーガレットだった。 
けれども、アンヌの方から何も言いだしては来ないのに、まさか、そう尋ねるわけにもいかなかった。
マーガレットは、もう一度、アンヌの方を、盗み見た。
周囲の若い娘たちが、話に花を咲かせる中、会話に加わることもなく、ひとり、静かに端の席についていた。 
マーガレットは、深いため息と共に、首を振った。 

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