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7.I MISS YOU
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モーガン家の夜会は、晩餐会、舞踏会と、滞りなく、過ぎて行った。
高名な料理人を遠方からわざわざ呼び寄せて、供される料理の品々は、彩り鮮やかで、席についた人々の眼を楽しませ、洗練された味で、口の肥えた上流階級の人々の舌をうならせた。
広間を眩く照らすシャンデリアたち、壁にかかる絵画、さりげなく置かれた調度品の数々は、美しく、煌びやかに、場を演出し、招待客たちの称賛を受けた。
その夜のモーガン邸の宴の、どの時間の、どの空間を切り取っても、優雅さと、華やかさに溢れていて、誰しも、幻想の世界へ迷い込んだかのような気分になった。
ヘンリーやマーガレットを始めとする、モーガン家の人々は、晩餐会においても、舞踏会においても、常に礼儀正しく、洗練された会話で、招待客たちをもてなした。
晩餐会の催された広間から、大広間へ場所を移して始まった舞踏会も、中盤に差し掛かり、男女別に用意されてある別室で、休憩を取る者も現れ始めた頃、
「マギー、大成功ね」
足取り軽くマーガレットの傍にやってきた、義妹のレイチェルが、扇で口元を隠しながら、そう囁いた。
今夜の宴を取り仕切っていたのは、当主の妻であるマーガレットだったが、当然、義理の妹に当たるレイチェルも、この夜会を成功に収めるため、マーガレットに協力して、その準備を進めて来た。
だから、あちらこちらから、耳に入る、今夜のモーガン家の夜会を称賛する声が、レイチェルの耳には、心地よく響いた。
「最後まで気を抜いてはだめよ。明日のお昼前、お泊りのお客様が、帰られるまでが、夜会だということを忘れないように」
夜会の成功は、社交界での地位と名声を高める上で、必要不可欠だった。
一見、煌びやかで、華やかに映る夜会だったが、もてなす側にとっては、真剣勝負の場でもあった。
「あなたの言う通りだわ。でも、今夜の夜会は、完璧よ。身内の私ですら、宴に酔ってしまいそう。本当に、あなたのおかげだわ、マギー」
「あなたが、傍で助けてくれたからよ」
厚い信頼で結ばれる義姉と、義妹は、そっと微笑みを交わした。
「それに・・・、あちらも、うまいっているみたいね」
と、レイチェルが向ける視線の先には、バルコニーに佇んで語らう、ランドルフとシャーロットの姿があった。
シャーロットの席を、わざと、ランドルフの近くに整えた晩餐会だったが、マーガレットが、時折、ふたりへ視線を向けると、ある年配の紳士を中心にずいぶん話が弾んでいるようで、みなの顔からは、にこやかな笑みが零れていた。
そして、晩餐会の後の舞踏会では、ランドルフが、シャーロットをパートナーにして、ポルカ、カドリーユと、ギャロップを踊る姿を見かけた。
シャーロットは、中々の踊り手で、軽やかなステップを披露し、周囲の客たちの眼を惹きつけた。
一通り、踊りを楽しんだ後、喧騒を離れ、バルコニーで語らうランドルフと、シャーロットを眺めていると、ああ、ようやくこれで、ランドルフにも再び幸福がやって来る、と、心にじんわりと温かな想いがこみあげる、マーガレットだった。
「本当に、素晴らしい夜会ですわね。私、こんなに華やかで、活気のある夜会は、初めてですわ」
薄暗いバルコニーから、生演奏の中、踊りを楽しむ大広間の人々の姿を見つめながら、シャーロットは、傍らのランドルフに、そう語りかけた。
「あなたにそう言っていただけて、光栄です。父も母も、とても喜ぶでしょう」
そう応じながら、自分には、シャーロットのような娘が、あっているのかもしれない。
今夜、シャーロットと過ごして、ランドルフは、次第に、そう思うようになっていた。
シャーロトは、明るく、快活な娘だった。
結婚の二文字を傍らに置いて、これまで自由な生活を謳歌していただけあって、人生を楽しむことに貪欲で、積極的だった。
機知に富んだ会話で、周囲に笑顔をもたらす、シャーロットだった。
ステップを踏めば、柔らかにドレスが舞い、その華やぎは周囲を魅了した。
シャーロットのような娘を妻に迎えれば、きっと、毎日を楽しく過ごせるだろう。
自分に自信があって、明るくて、社交的で・・・、ユーモアで、みなを楽しませてくれる。
・・・アンヌとは、違う。
「ランドルフ様、今夜は、お疲れですの?」
一瞬、どこか遠くを見つめるような眼をしたランドルフに、シャーロットは、少々不思議そうに、そう問いかけた。
「失礼、そういうわけではないのです。・・・少し、踊りすぎたのかな。パートナーが素晴らしいから」
「まあ、お上手ですのね」
満更でもない様子のシャーロットだったが、ふと、何かを考えるような顔つきになると、
「ランドルフ様は、ご存じなのでしょう?私たちのことを・・・」
そう、話を切り出した。
「もちろん、母から聞いています。僕たちの将来的なことについて」
「それで・・・、どう思いまして?私、今夜こちらへ来る前は、少し不安もありました。これまで、街を離れて暮らしたことがありませんし、こちらの様子も、あなたのことも、良く知りませんでしたから。でも・・・、今は、ご縁があることを望んでいますわ」
そう言って、シャーロットは、少々頬を赤くした。
もちろん、僕もそう望んでいます、そう口を開きかけたランドルフだった。
そう言いさえすれば、誰もが期待する、シャーロットとの関係が始まるのだと、分かっていた。
けれども、ランドルフは、躊躇した。
そう、応じる前に・・・、シャーロットに、今、どうしても、問いかけてみたくなったことがあった。
「ランドルフ様?」
「・・・僕は、一度、妻を亡くしています。五年前に、最愛の妻を」
「伺っていますわ」
「僕は、生涯、彼女を忘れることはないでしょう。この先、誰と結婚することになっても、彼女はいつまでも、僕の心に生き続け、僕は・・・、彼女を想い続けます」
「何故・・・、そんなことを、今、私におっしゃるの?奥様を亡くされたことは、お気の毒なことだと思いますけれど、もう五年も前のお話でしょう?前の奥様のことは、私たちの将来には、関係のないお話だと思いますけれど・・・」
当惑気味のシャーロットだった。
その時、ランドルフの脳裏に、セスの住む村を訪れた時の会話が、一気に広がった。
そして、凛とした、その声が甦った。
「奥様を、忘れる必要はないのだと思います」
濃緑の瞳の持ち主は、静かに、そう告げた。
「奥様のことは、忘れずに、ずっと心にとどめて良いのだと思います。あなたが、奥様を思い出すとき、奥様はいつもあなたに寄り添っているのです。そうして、奥様は、あなたを励ましてくれているのです。奥様の身体は、もうこの世にはありませんが、奥様の心は、いつも、あなたと共にあります。わたくしは、あなたの心の中に住む奥様も一緒に、愛してくれる人が、現れるよう、祈ります」
あの初夏の眩しい日差しと、ガーデニアの甘い香りの中、全てを包み込むような、穏やかな眼差しで、アンヌは、僕を、みつめていた・・・。
「・・・僕は、馬鹿だ」
ランドルフは、小さく呟いた。
「ランドルフ様?」
「失礼・・・、飲み物を取ってきます」
ランドルフは、シャーロットにそう言い残すと、バルコニーを、大股で歩き出した。
バルコニーで静かに語らう客たちと何度もぶつかりそうになったが、失礼と、繰り返し、そのまま、突き進んだ。
ランドルフの心は、既に、この場にはなかった。
僕は、愚かだ・・・。
愚か者だ!
僕は、一度も・・・、彼女の哀しみを理解しようとはしなかった。
彼女の苦しみを、考えようとはしなかった。
何故、あのように美しく気品に満ちた女性が、人を避けるようにして生き、綿花を育てることに、生きがいを見つけようとするのか。
僕は、彼女に、僕の哀しみを癒されたいと、救われたいと望んで、ひとり静かに生きようとする彼女の心を、無理やりこじ開け、愛を要求し、彼女から愛をもぎ取った。
そのくせ、彼女の犯した罪に慄いて、さっさと彼女を見捨てた。
卑怯者め!
ランドルフは、自分に向かって、吐き捨てた。
僕はただ、自分が癒されることだけを望んでいたにすぎない。
自分だけが、哀しみから救われようとしていた。
僕こそが、彼女の救いとなるべきだったのに。
それが、愛だったというのに。
ランドルフは、屋敷を離れると厩舎に向かった。
今夜はまだ招待客たちは帰らないだろうから、しばらく自分の出番はないだろうと、暇を見つけて、厩舎の片隅でうとうと微睡んでいた馬丁は、正装の若き当主が姿を現し、驚きで、一気に目が覚めた。
駆けて来たのか、息を切らせながら、馬を、と急くランドルフに、馬丁は、跳ね起きた。
数分後、煌々と灯りの灯るモーガン邸を後にして、一頭の馬が勢いよく走り出した。
高名な料理人を遠方からわざわざ呼び寄せて、供される料理の品々は、彩り鮮やかで、席についた人々の眼を楽しませ、洗練された味で、口の肥えた上流階級の人々の舌をうならせた。
広間を眩く照らすシャンデリアたち、壁にかかる絵画、さりげなく置かれた調度品の数々は、美しく、煌びやかに、場を演出し、招待客たちの称賛を受けた。
その夜のモーガン邸の宴の、どの時間の、どの空間を切り取っても、優雅さと、華やかさに溢れていて、誰しも、幻想の世界へ迷い込んだかのような気分になった。
ヘンリーやマーガレットを始めとする、モーガン家の人々は、晩餐会においても、舞踏会においても、常に礼儀正しく、洗練された会話で、招待客たちをもてなした。
晩餐会の催された広間から、大広間へ場所を移して始まった舞踏会も、中盤に差し掛かり、男女別に用意されてある別室で、休憩を取る者も現れ始めた頃、
「マギー、大成功ね」
足取り軽くマーガレットの傍にやってきた、義妹のレイチェルが、扇で口元を隠しながら、そう囁いた。
今夜の宴を取り仕切っていたのは、当主の妻であるマーガレットだったが、当然、義理の妹に当たるレイチェルも、この夜会を成功に収めるため、マーガレットに協力して、その準備を進めて来た。
だから、あちらこちらから、耳に入る、今夜のモーガン家の夜会を称賛する声が、レイチェルの耳には、心地よく響いた。
「最後まで気を抜いてはだめよ。明日のお昼前、お泊りのお客様が、帰られるまでが、夜会だということを忘れないように」
夜会の成功は、社交界での地位と名声を高める上で、必要不可欠だった。
一見、煌びやかで、華やかに映る夜会だったが、もてなす側にとっては、真剣勝負の場でもあった。
「あなたの言う通りだわ。でも、今夜の夜会は、完璧よ。身内の私ですら、宴に酔ってしまいそう。本当に、あなたのおかげだわ、マギー」
「あなたが、傍で助けてくれたからよ」
厚い信頼で結ばれる義姉と、義妹は、そっと微笑みを交わした。
「それに・・・、あちらも、うまいっているみたいね」
と、レイチェルが向ける視線の先には、バルコニーに佇んで語らう、ランドルフとシャーロットの姿があった。
シャーロットの席を、わざと、ランドルフの近くに整えた晩餐会だったが、マーガレットが、時折、ふたりへ視線を向けると、ある年配の紳士を中心にずいぶん話が弾んでいるようで、みなの顔からは、にこやかな笑みが零れていた。
そして、晩餐会の後の舞踏会では、ランドルフが、シャーロットをパートナーにして、ポルカ、カドリーユと、ギャロップを踊る姿を見かけた。
シャーロットは、中々の踊り手で、軽やかなステップを披露し、周囲の客たちの眼を惹きつけた。
一通り、踊りを楽しんだ後、喧騒を離れ、バルコニーで語らうランドルフと、シャーロットを眺めていると、ああ、ようやくこれで、ランドルフにも再び幸福がやって来る、と、心にじんわりと温かな想いがこみあげる、マーガレットだった。
「本当に、素晴らしい夜会ですわね。私、こんなに華やかで、活気のある夜会は、初めてですわ」
薄暗いバルコニーから、生演奏の中、踊りを楽しむ大広間の人々の姿を見つめながら、シャーロットは、傍らのランドルフに、そう語りかけた。
「あなたにそう言っていただけて、光栄です。父も母も、とても喜ぶでしょう」
そう応じながら、自分には、シャーロットのような娘が、あっているのかもしれない。
今夜、シャーロットと過ごして、ランドルフは、次第に、そう思うようになっていた。
シャーロトは、明るく、快活な娘だった。
結婚の二文字を傍らに置いて、これまで自由な生活を謳歌していただけあって、人生を楽しむことに貪欲で、積極的だった。
機知に富んだ会話で、周囲に笑顔をもたらす、シャーロットだった。
ステップを踏めば、柔らかにドレスが舞い、その華やぎは周囲を魅了した。
シャーロットのような娘を妻に迎えれば、きっと、毎日を楽しく過ごせるだろう。
自分に自信があって、明るくて、社交的で・・・、ユーモアで、みなを楽しませてくれる。
・・・アンヌとは、違う。
「ランドルフ様、今夜は、お疲れですの?」
一瞬、どこか遠くを見つめるような眼をしたランドルフに、シャーロットは、少々不思議そうに、そう問いかけた。
「失礼、そういうわけではないのです。・・・少し、踊りすぎたのかな。パートナーが素晴らしいから」
「まあ、お上手ですのね」
満更でもない様子のシャーロットだったが、ふと、何かを考えるような顔つきになると、
「ランドルフ様は、ご存じなのでしょう?私たちのことを・・・」
そう、話を切り出した。
「もちろん、母から聞いています。僕たちの将来的なことについて」
「それで・・・、どう思いまして?私、今夜こちらへ来る前は、少し不安もありました。これまで、街を離れて暮らしたことがありませんし、こちらの様子も、あなたのことも、良く知りませんでしたから。でも・・・、今は、ご縁があることを望んでいますわ」
そう言って、シャーロットは、少々頬を赤くした。
もちろん、僕もそう望んでいます、そう口を開きかけたランドルフだった。
そう言いさえすれば、誰もが期待する、シャーロットとの関係が始まるのだと、分かっていた。
けれども、ランドルフは、躊躇した。
そう、応じる前に・・・、シャーロットに、今、どうしても、問いかけてみたくなったことがあった。
「ランドルフ様?」
「・・・僕は、一度、妻を亡くしています。五年前に、最愛の妻を」
「伺っていますわ」
「僕は、生涯、彼女を忘れることはないでしょう。この先、誰と結婚することになっても、彼女はいつまでも、僕の心に生き続け、僕は・・・、彼女を想い続けます」
「何故・・・、そんなことを、今、私におっしゃるの?奥様を亡くされたことは、お気の毒なことだと思いますけれど、もう五年も前のお話でしょう?前の奥様のことは、私たちの将来には、関係のないお話だと思いますけれど・・・」
当惑気味のシャーロットだった。
その時、ランドルフの脳裏に、セスの住む村を訪れた時の会話が、一気に広がった。
そして、凛とした、その声が甦った。
「奥様を、忘れる必要はないのだと思います」
濃緑の瞳の持ち主は、静かに、そう告げた。
「奥様のことは、忘れずに、ずっと心にとどめて良いのだと思います。あなたが、奥様を思い出すとき、奥様はいつもあなたに寄り添っているのです。そうして、奥様は、あなたを励ましてくれているのです。奥様の身体は、もうこの世にはありませんが、奥様の心は、いつも、あなたと共にあります。わたくしは、あなたの心の中に住む奥様も一緒に、愛してくれる人が、現れるよう、祈ります」
あの初夏の眩しい日差しと、ガーデニアの甘い香りの中、全てを包み込むような、穏やかな眼差しで、アンヌは、僕を、みつめていた・・・。
「・・・僕は、馬鹿だ」
ランドルフは、小さく呟いた。
「ランドルフ様?」
「失礼・・・、飲み物を取ってきます」
ランドルフは、シャーロットにそう言い残すと、バルコニーを、大股で歩き出した。
バルコニーで静かに語らう客たちと何度もぶつかりそうになったが、失礼と、繰り返し、そのまま、突き進んだ。
ランドルフの心は、既に、この場にはなかった。
僕は、愚かだ・・・。
愚か者だ!
僕は、一度も・・・、彼女の哀しみを理解しようとはしなかった。
彼女の苦しみを、考えようとはしなかった。
何故、あのように美しく気品に満ちた女性が、人を避けるようにして生き、綿花を育てることに、生きがいを見つけようとするのか。
僕は、彼女に、僕の哀しみを癒されたいと、救われたいと望んで、ひとり静かに生きようとする彼女の心を、無理やりこじ開け、愛を要求し、彼女から愛をもぎ取った。
そのくせ、彼女の犯した罪に慄いて、さっさと彼女を見捨てた。
卑怯者め!
ランドルフは、自分に向かって、吐き捨てた。
僕はただ、自分が癒されることだけを望んでいたにすぎない。
自分だけが、哀しみから救われようとしていた。
僕こそが、彼女の救いとなるべきだったのに。
それが、愛だったというのに。
ランドルフは、屋敷を離れると厩舎に向かった。
今夜はまだ招待客たちは帰らないだろうから、しばらく自分の出番はないだろうと、暇を見つけて、厩舎の片隅でうとうと微睡んでいた馬丁は、正装の若き当主が姿を現し、驚きで、一気に目が覚めた。
駆けて来たのか、息を切らせながら、馬を、と急くランドルフに、馬丁は、跳ね起きた。
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